戻る


note.147 SIDE:G

 ギルドに入ると、まだ人が増える時間には少し早いこともあって、比較的穏やかな空気が流れていた。
 今日は……受付担当はジャスミンさんみたいだね。

「ジャスミンさ〜ん、こんちわー」
「こんにちはー」
「あら、ミスティスちゃんにマイスくんじゃない。割と久しぶり? あぁでも、外界(パラスフェア)ってこっちと比べると時間の進みが遅いんだっけ。あなたたちからすると、まだ昨日の今日ってところ?」
「そんな感じ〜」
「ですね」
「不思議なものよねぇ。こっちからも外界に渡れたら、一度くらいは見てみたいわぁ。ふふっ」

 なんて、興味津々に尻尾を揺らしていたジャスミンさんだったけど、はたと我に返って。

「それで、そっちの子は? 新しい登録希望者かしら?」
「いえ、えっと……ちょっと訳アリでして」
「訳アリ……? まぁ、じゃあ、話を聞くわ」

 そう言って、ジャスミンさんはオーブを操作する。

「オーケー。情報は遮断したわ。それで? 訳アリの訳を聞かせてくれる?」
「はい。この子はステラ。えっと……僕と契約した、魔導書です」
「あぁ〜、訳アリってそういうことかぁ。意思持ちの武具ってわけね」
「ん。ステラ。よろしく」
「可愛い子じゃない。お人形さんみたいで素敵よ。ふふっ。私はジャスミン。よろしくね」

 なんだか予想以上にあっさり受け入れられて普通に会話してる……。

「あんまり驚かないんですね」
「あら、驚いて欲しかったの?」
「いや、そういうわけでは……普通はもっと驚くものかと思ってたので」
「まぁそこは私もデーモン族だからね〜。少なくとも見た目よりはだいぶ長く生きてるわ。だから、私からすれば意思を持った魔道具とかって別に珍しいって程でもないのよ。
 ……いや、全く珍しくないってわけでもないけど、かと言って世紀の大発見!みたいな話でもないかなーぐらい? 出てくる数はそう多くはないけど、出てきた時のパターンとしてはあるあるっていうか……。
 あー、最近聞いたちょうどいい言い回しがあるわ、『稀によくある』ってやつね」

 な、なるほど……禁書指定のユニークレアも高位魔族たるデーモン族目線だと稀によくあるレベルになっちゃうのか……。
 う〜ん……なんともはや……。

「それに、一目見た瞬間になんとな〜く察しはついてたしね。ピクシー族みたいに直接見えるって程でもないけど、デーモン族も魔力の波長はそれなりに感じ取れるから。
 魔力波長って結構個人差が大きいんだけど、ステラちゃん、あまりにも綺麗な正弦波なのよ。波長が正確に整いすぎてて、これは少なくとも生物ではないなーっていうのは見た瞬間にわかったわ」

 魔力波長……そういうところでも、見る人が見ればわかるってことか。
 それと、もう一つ気になるのは……

「それで、えっと、ギルド的にはステラの扱いってどうなるんでしょう? 見た目は人間ですけど、一応、僕の所持品扱いですし……」

 ここを確認しておかないとね。

「あぁ〜、そうねぇ。ギルドとしての対応、となると、かなり特殊なケースなのは間違いないから、対応する規定がないのよねぇ。とは言っても、結局のところ扱いとしては魔道具だから、ギルドとしてどう、というよりは、あなたたちの対外的な問題よね。冒険者としてオーブを持ってないのは不自然だし、かと言って魔導書であることを毎度説明して回るのも大変だろうし、っていう……」
「確かに、言われてみるとそうかもしれないです」
「ってことだから、シンプルに解決しちゃいましょ♪」

 そう言ってウィンクしたジャスミンさんは、奥の戸棚から見覚えのある小箱を取り出してくる。
 これは……新規登録者用の新しいオーブだね。

「魔力波長さえ登録できれば理論上問題ないはずだから、いけると思うんだけど……ステラちゃん、どうかしら?」
「ん……」

 ジャスミンさんが蓋を開いた小箱を差し出して、言われるままにステラが中のオーブを手に取る。
 と、特に問題もなさそうにオーブが一度光った。

「うん、大丈夫そうね。それじゃ、あとはこっちで……と」

 頷いたジャスミンさんがマザーオーブの側を操作すると、ステラが手に持つオーブとマザーオーブが数回呼応して光って、新たなオーブの認証作業が完了する。

「オーケー、これでいいわ。ステラちゃんを冒険者として登録したから……ステラちゃん、今後はそのオーブを外から見える位置に身に着けておいてね」
「ん。こういうこと?」

 言われて、ステラはオーブを拘束衣の首元に押し付けると、周囲の金色の刺繍が形を変えて、その中央にオーブが完全に埋め込まれて新たな装飾となった。
 なるほど、この姿自体、ステラが自分で生み出してるものだから、こういう融通も利かせられるってことだね。

「うん、それでいいわ。ステラちゃんのことはこれでいいわね」

 ふぅ……よかった、ステラの処遇についてはこれで一安心できたかな。
 さて、まぁ、ステラのことは聞いておかなきゃいけないことではあったけど、ギルドに来た目的はこれじゃないんだよね。
 ここからがようやく本題だ。

「それで、ミスティスちゃんも一緒にいるってことは、きっと他にも用事があるのよね?」
「うん! 私たち、そろそろ上位職のライセンス取れないかなーって思って見てもらいに来たの!」

 そう、上位職のライセンスがもらえるかどうかが今回の目的だ。

「あぁ〜、そういえば、話は聞いてるわ。王都まで観光に行ったんだっけ。上位職の許可申請ってことは、あっちには無事に着いたのね」
「もっちろん!」
「はい、着けました」
「それなら、オーブの判定もクリアできてると思うわ。それじゃ、確認してみましょっか」
「「はい」」

 と、ここからはやることとしてはいつもと変わりない手続きだね。
 ジャスミンさんがマザーオーブを操作して、僕たちがそれに手をかざす。

「えぇ、いいわね。二人とも合格! おめでとう!」

 マザーオーブのホログラムには、「中位冒険者ライセンス認証」のタイトルと、僕とミスティスの名前、そしてその両方に緑色で許可の文字が表示されていた。

「やったぁ♪」
「わぁ……! ありがとうございます!」
「二人とも、頑張ったわね〜、えらいえらい」

 どうやら、何事もなく転職できた……のかな?
 あまりにもいつも通りのあっさりした手続きだったし、あんまり実感が……と一瞬思いかけて。
 ふと、身体が軽くなったような感覚に全身が包まれる。
 なんて表現したらいいか……身体の中でエーテルが弾けて、全体が一回り拡張したかのような、そんな感覚。

「それじゃあ、これで手続きは完了。今この瞬間から、あなたたちは中位冒険者……上位職を名乗れるわ。身体がちょっと軽くなったんじゃないかしら?」
「あ、はい」
「とは言っても、こんな手続きとその感覚だけじゃまだちょっと実感薄いんじゃない? だから、私たちギルドで基礎講義を用意してあるの。上位職になって何が変わるのか、それと、名乗る人口が多くてギルド側でもある程度のノウハウがある汎用的な上位職を、基本職系統1つにつき5つずつ、全部で20種類をコモンジョブとして規定してあるから、それらの中から職を選ぶのなら基礎的な知識の実践練習も受けられるわ。受けるかどうかは自由だけど。どうする?」
「それじゃあ、お願いします」
「マイスが受けるんなら私も受けてみよっかな〜。実は、1stの時は座学めんどくてこの講義パスしちゃったんだよね〜」

 あはは……それはなんともミスティスらしい理由だね。

「オーケー、二人とも受講ね。じゃあ、ちょっと待ってね」

 と、一旦奥に下がって、呼んできたのは、

「はいは〜い……って、ミスティスさんにマイスさんじゃないですか! 帰ってきてたんですね! おかえりなさい!」
「エリィちゃん! たっだいま〜!」
「こんにちはー、ただいまです」

 プエラリアさんだった。

「それで、そちらの方は……」

 とまぁ、当然の疑問に、プエラリアさんにもステラを紹介しておく。

「そういうことでしたか〜。ステラさんですね。私はプエラリア・ミリフィカといいます。エリィとお呼びくださいっ! 当ギルドの窓口担当として今後もお会いすると思うので、よろしくお願いしますねっ」
「ん。よろしく」
「そしてそして! まずはお二人とも中位昇格おめでとうございます!」
「ありがとー♪」
「ありがとうございます」
「で、中位ライセンスの基礎講義ですね。お任せください! とりあえず、こちらへどうぞ〜」

 プエラリアさんの案内についていく。
 向かう先は……ギルドの2階かぁ。
 普段使う基本の機能は全部1階のラウンジで完結できるようになってるから、2階に上がるのは最初のチュートリアルとして同じように受けた初級講義以来だねぇ。
 2階にあるのは主に、外からのギルド幹部に対するお客さんを招いたりする応接室と、今回みたいな講義に使われる講義室の二つだ。
 講義室の方は、たまに発生するスタンピードやなんかのレイドイベントの時には招集された冒険者たちが作戦を立てるブリーフィングルームとしても使われる。

 部屋に入り、ひとまず適当に一番前列の真ん中の席に僕とステラ、ミスティスで並んで着いて、すぐ目の前の教壇にプエラリアさんが立つ。
 さて、どんな授業になるかな。


戻る