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note.151 SIDE:G

 キングさんが誰かを呼びつけて程なく。
 「バーン!」とドアが蹴破らんばかりの勢いで開かれて、

「来てやったわよ! 撮影の時間よ! うりゃー!!」

 現れたのは、驚きの人物。
 サクランボを思わせる、二つの赤い玉の装飾がついたヘアゴムでまとめられた、肩口まで伸びる金髪のツインテール。その頭の左側には水色とピンク、大小二つの星をあしらった小さなバレッタ。溢れ出る自信をたっぷりに湛えたクリっとした赤い瞳に、あどけなさと小動物的な愛らしさを感じさせるよく整った顔立ち。未だ年齢相応の幼さを残しつつも、しっかりと出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ大人顔負けのプロポーション。
 そんな自らの恵まれた容姿を理解した上で最大限武器として活かしきった、魔法少女ものの主人公と言われても違和感のない、しかし、その手にマイクを持たせれば明らかにステージに立つ者のそれとわかるであろう、アイドル衣装に身を包んだ彼女は――

「みんなの〜、アイドル〜っ! 魔法少女まじかる☆まこりん♪ キラッ☆と参っ上〜〜〜♡」

 弱冠十五歳にして、歌って踊れるアイドルとしてはもちろん、抜群の演技力で子役女優としても活躍し、更にはデザイナーとして自らのブランドも立ち上げて、アパレル業界においても絶大な人気を誇る、百年に一人の天才とも評されるマルチタレント。そっちの方面には全く興味のない僕でさえ、直近の代表曲と主演作品、それぞれのフレーズとメロディー、タイトルと役名をパッと思い出せる程の、超のつくトップアイドル「倉敷 まこ」その人だった。

 そんな彼女は、HXTのゲーム内でも本人であることを公言した上で、プレイヤー名「まこりん♪」として、今し方の名乗りの通り「魔法少女まじかる☆まこりん♪」を自称する、トッププレイヤーの一人として活動しているのは有名な話。
 ……うん、有名な話なんだけど……実際こうして目の前で目にすると……

「ほ、本物だ……」

 呆然と、ほとんど無意識的に、辛うじてそう口に出ていたのが精一杯だった。
 どどど、どうしよう、え、どんな反応したらいいの……!?
 普段スクリーン越しでしか見る機会のない人が普通に話せる距離にいるって……頭が全然追いつかないんだけど!?

 ちなみに、本人と公表なんてすれば、ゲーム内でも追っかけとか付きまといとかで酷いことになるのでは……と思いきや、それらの全てをプレイヤーとしての戦闘スタイルと実力で以て叩き潰して捩じ伏せているらしく、今では真っ当なファンにアイドルらしく至って穏当に握手やサイン程度の軽いファンサービスをする以外の問題は発生していないらしい。

 なんて、現実逃避気味に少しズレた話を思い出している間にも、話は進んでいて。

「それで? 女神様とやらは……この子? ふぅん? まぁ確かに悪くないけど……」
「違うよ〜、私はチカだよ、やっほーまこりんっ♪」
「えっ!? チカなの!? うっそ、あたしと身長かわんないレベルじゃん、マジぃ? あでも、言われたら顔は変わってないんだ」
「女神様はこちらに」

 と、キングさんがそれはもう仰々しくステラを示せば、

「ん。ステラ。よろしく」
「は……な…………なんてこと……!」

 まこさんがその表情を驚愕に染めてフリーズする。
 直後、愕然と膝から崩れ落ちて、

「ま、負けたわ……敗北よ……トップアイドルたるこのあたしが……美において負けた……!」

 両手を突いてこれ以上なく綺麗な「orz」で落ち込んだかと思えば一転、いつの間にか隣に陣取ったキングさんと並んで跪いて、祈りの形に手を組んで。

「「貴女様が女神……っ!」」
「……? 女神は私じゃない、よ?」

 ……いや、だからもう何なのこの状況……。
 なんかもういろいろとカオスすぎて思考が全く追いつかない……。

 ステラ当人の困惑をよそに一頻り謎の祈りを捧げたところで、周囲の生温い視線に気が付いたか、ハッとなったまこさんがようやくこちらに向き直る。

「あー……んんっ、ごめんなさい。女神様があまりに神々しくてつい……。女神様もだけど……あなたも初めて見る人よね? それじゃあ、改めまして。まぁ、まさかこのあたしのことを知らないなんてことはないでしょうけど、一応自己紹介。みんなのアイドル、倉敷 まこでーすっ! と言っても、HXT(こっち)にいる間はライブの時以外はアイドルまこちゃんはお休みなんだー。ってことでぇ、今はただのプレイヤー『まこりん♪』だから、気軽に『まこりん♪』って呼んでくれると嬉しいなっ。よろしくねっ」

 そう言って、彼女の方から自然に握手が差し出される。
 あわわ……ゲーム内のアバターとは言え、本物のアイドルに握手してもらえるなんて……えぇぇっと……。
 一瞬思考が止まりかけるところだったけど、この状況で答えないのもおかしな話だしと思い直して、おずおずと差し出された手を握る。

「えーっと、あの、あ、僕はマイスと言います。よろしくお願いします!」

 うあぁ……緊張する……!
 名前でテンパって危うくリアルの本名で答えてしまいそうになったけど、なんとかそれは回避できただけでも僕にしては上出来だった……はず……。

「あはっ、緊張してる?」
「は、はい……」
「ま、初対面の反応は誰でも似たようなもんだけどね〜。でもさっきも言ったけど、今はただのプレイヤー『まこりん♪』のつもりだからさ。慣れてきたらでいいから、もっと気楽に接してくれて全然いいよ」
「は、はい」

 う、う〜ん……そうは言ってくれるものの……何というか、天地さんの時と比べても、緊張の格も方向性も段違いすぎて……。こ、これは慣れるには苦労しそうだなぁ……。

「それで、女神様は、えーと……ステラちゃんって言ったっけ」
「ん。ステラ」
「そっか。それで、あなたは……」

 あー、まぁ、ステラのことはひとまず説明しておかないとね。

「えーっと、ステラは僕の……契約相手です。その、僕はサマナーになったばっかりで……」
「ほほぅ」
「なるほど、あなたの手持ちの子だったのね」

 僕の紹介に、キングさんとまこさんが関心を示す。
 まぁ、素直に魔導書と言ってしまってもよかったけど……図書館の件のほとぼりが冷めるまでは悪目立ちする要素はできるだけ減らしたいしね。

「ここまで人間に近いなんて……どう見てもただのMobや精霊の類ってわけじゃなさそうだから、何かのユニーククエストの報酬ってとこかな?」
「えっと、まぁ、そんなところです」
「そういうことならあんまり詮索はしないけど、転職していきなりこんな可愛い子と契約できるなんて、かなり運がいいわね」
「というよりは、逆ですかね。ステラが来てくれたから、サマナーを選ぶ決心がついたって感じです」
「なるほどね〜」


 と、納得してくれたらしいところで。

「さて、それはそれとして……。マイス!」
「は、はいっ!」

 唐突に勢い強く指差されて、思わず先生に指名された生徒みたいな反応になってしまう。

「それとチカ、あなたもよ!」
「あ〜、やっぱり?」

 ミスティスや他のみんなはどうも、彼女の突然の謎の不機嫌の理由がわかっているみたいだね。
 ミィナさんたちも、いつものこととでも言いたげな表情でやれやれしてるし……。
 そうして、告げられたのは……

「あなたたちねぇ、このあたしの前に立とうというのなら、エニルム装備に! デフォ(ベースウェア)の色カスタムしただけとか! そんなクソダサ装備、断じて許さないわ!」
「え、えぇぇー……」

 そ、そんな理由ー!?
 いや、そう言われても、これ以外の装備なんて僕持ってないんだけど、どうしろと!?

 ちなみに、HXT(このゲーム)で「ベースウェア」と言った場合は、システム上の「装備品」を全て外した時にも裸になってしまわないように自動的に着用される、「装備品」に含まれない最低限の基本の服装の部分のことだね。
 今のミスティスの場合は、システム的な意味での「装備品」は上に着けてる胸当てや各所のプロテクターなんかの軽鎧の部分だけで、下に着ているピンクと白を基調にした服の部分はキャラクリの時に選べるデフォルトのベースウェアを色替えしただけってことだね。

 ともあれ、突然の理不尽に困惑していると、

「ほら、早くそれ脱いで、こっちによこしなさいな」
「え、今?」
「あったりまえでしょー! ほら、早く!」

 とまぁ……この銅鐸ローブをどうするのか知らないけど、こうまで言われればひとまず渡すしか選択肢はなさそうだね。
 ローブの装備を解除すれば、僕の姿も簡素なデフォルトのベースウェア状態に切り替わる。

 そうしている間にも、まこさんが目の前の中空に魔法で呼び出したのは……キャンバス?というか……これは、型紙……?

「まずはチカね。ほいっと」

 そう言ってまこさんが指先を動かすと、それに合わせて型紙がミスティスの頭上へと移動する。
 そして、指先がスッと下に下げられると同時に、型紙はまるで布にでもなったかのように拡大して彼女の全身に覆い被さった。
 その光景に驚いていると、今度は真空パックのように型紙がピッタリと張り付いていき、どういうわけか着ていたはずの軽鎧や服の存在を全て無視して、彼女の体型を浮かび上がらせる。
 ……って、これなんというか、その、ある意味裸を直接見るより艶めかしくて……うん、そっと目を逸らしたのは男としては致し方ない反応というかなんというか……。
 
 そんな僕の反応は気にも留めずに、まこさんはもう一つ呼び出された型紙を同じように指先で操作して、僕の上にも被せる。
 わわ……全身覆われて何も見えないからとりあえずそのまま目をつぶったんだけど、僕の身体にも同じように型紙が張り付いていっているらしい。
 さすがに男性のアレの部分はどういう原理か都合よく省略してくれたみたいだけど、今の僕も外から見れば真空パックでマネキンみたいになっているはずだ。

 数秒かけて、型紙が完全に足先までくまなく覆ったのが感じられた瞬間、パッと元通り視界が開ける。
 何が起きたのかとまこさんを見やれば、二つの型紙はそれぞれ一度フォトンに分解されていて、彼女の前で再び収束して、元の型紙の姿を取り戻していた。
 ただ、変化があったのはもう一つ。
 型紙には、精密なスケッチでも取ったかのように、さっき張り付いた形そのままの僕たちの体型が写し取られていた。
 しかもただの絵かと思いきや、タップすると何やらペイントソフトみたいなUIまで表示されて、3DCGのモデリングのように、彼女の持ったペン先で角度や拡大率、姿勢を自由に変えて書き込みできるらしい。
 ミスティスの方に至っては、レイヤー分けまでできているらしく、軽鎧の表示非表示すら切り替えられるようになっていた。

「うん、いいわね」

 それらの編集機能が一通り問題なく動作しているらしいことを確認して一つ頷いたまこさんが改めて、

「マイス、エニルムローブをよこしなさい」
「あ、は、はい」

 差し出してきた手に、言われるまま銅鐸ローブを手渡す。
 渡されたそれの肩口を持って広げたまこさんが、手の中で何か魔法を発動させると、銅鐸ローブが襟口から空中に向かってするすると……糸に解けてる!?
 ベースの暗い藍色部分と、各所の魔術的な紋様や謎顔レリーフを構成する黄色部分の二色に分かれた糸は、僕の体型が描かれた方の型紙に吸い込まれていく。
 すると、左上に表示されたカラーパレットの脇に色をストックするスペースが追加されて、吸い込まれた二色がそこに表示される。
 更にその下には、銅鐸ローブの追加効果であった「MAtk+15%」の表記が増える。

 えーっと……ここまでくればさすがにまこさんが何をしようとしているのかは察しがつくんだけど……。
 あれっ?これ、もしかして、今この場でデザイン起こすところから服作ろうとしてる……?
 えぇぇー……まこさんって、デザイナーとしてもトップブランドの一角と言えるオリジナルレーベルを展開してる程の超一流だから、こうして採寸からフルオーダーなんて頼んだら、リアルならおそらく一着が十万単位の世界……HXT内でも服飾と彫金のトッププレイヤーとして知られているから、一着で結構なお値段のアウルが飛び交う世界のお話なはずなんだけど……い、いいのかな……。

 なんて、値段が頭をよぎって目を回しそうになる僕を置き去りにして、彼女の筆は怒涛の勢いでデザインを描き込んでいく。
 うわぁ……これはもう、完成するまで手は止まりそうにないね……。
 ……うん、よし、もう、こうなったらなるようにしかならないね!
 まぁなんだかんだ、どんな仕上がりになるかちょっと気になってきたし……うん、出来上がるまで見守ろうっと……。


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