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note.159 SIDE:G

 てんとう虫を後にして、アミリアを出発する。

 しばらく歩けば、いよいよカスフィ森が見えてくる。
 僕にとっては数日ぶりの光景だけど……

「カスフィ森かー。ひっさびさに来るけど、あのビルよりでっかい樹は何度見ても圧倒されるよねぇ」

 一旦足を止めて、額に手を翳して身を乗り出すように、この距離でも既に威圧感のある巨木を眺めるミスティスに、僕たちも同意する。

 そんなカスフィ森が近づいてくるにつれて、僕の中に、森に惹かれるかのような、じわりと暖かい感覚が生まれてくる。その感覚に気が付いて意識的にあの大妖精の少女のことを思い浮かべれば、胸の中の暖かさは更に強まる。
 これは……あの日に少女と交わした信仰の繋がりで間違いないね。
 そうして、ちょうどあの日に彼女と別れることになった森の境界線となる領域に足を踏み入れた途端、

「マイス! 来たのね、待っていたのだわ!」

 胸の温もりが明確に何かと繋がる感覚。同時に目の前にフォトンの光が収束したかと思えば、大妖精の少女が現れたのだった。

「久しぶり。約束通り、サマナーになってきたよ」
「それじゃあ、召喚術師として私をここから連れ出してくれるということね。うふふっ、とっても嬉しいわ。それに……」

 少女はミスティスたちをぐるりと見回して、

「今日はマリーはいないみたいだけど、代わりに随分たくさんお友達を連れてきてくれたのね。今日も面白い一日になりそうだわ、今からとっても楽しみよ」

 期待の笑みを浮かべる。

「わぁ……ホントに人間並みにおっきい……マイス、この子が?」
「うん。紹介するよ。この子が僕を助けてくれた、この森に住んでる大妖精の女の子」
「はじめまして、マイスのお友達! 私はこの森の奥のあの大きな樹……カスフィウム・デレクシアに宿った妖精よ。今はひとまず大妖精(グレーター・フェアリー)と名乗っておくわ」

 ミスティスに急かされて、ひとまず少女をみんなに紹介して、みんなも自己紹介する。

「それじゃあ早速、契約を結びに行きましょう。まずは私の本体である依代のところまで案内するのだわ。私の加護をあげるから、みんなしっかりついてきなさいな」

 大妖精の少女が全員を囲むように光のベールをかけてくれると、前回と同じ不整地踏破の加護がかかったのがわかる。

「わぁ〜……!」
「きれ〜い!」
「おぉ……これは……?」
「うふふっ、効果は歩いてみてのお楽しみよ」

 初めての妖精の加護のエフェクトに、みんなも興味津々だね。

「ありがとう。じゃあ、行こうか」
「どういたしましてなのだわ。さぁ、こっちよ」

 しっかりと気持ちを込めて「信仰」を送ってあげてから、彼女の先導について、森の中へと分け入っていく。

 すると、案の定加護の効果はみんなもすぐにわかったようで、

「あれっ? 何これ何これ!」
「すご〜い、普通に歩いてるだけのつもりなのに! 妖精ちゃんありがとー!」
「これが妖精の加護の力か……ありがたい、感謝するよ」

 効果に気付いたミスティスも、適当に辺りを駆け回ったり岩を足場に跳んだりと具合を確かめて、

「これなら平地と変わんないぐらいに戦えるよ! 本当にありがとね♪」

 感謝を伝えると、例によって信仰で力が増したようで、少女の身体が光を発する。

「あぁ、いいわ、さすがはマイスのお友達ね。私たち妖精の扱いというものを理解しているのだわ。いいわ! もっともっと崇め奉りなさい!」

 ……うん、前回より人数が多い分、力の増分も多いのか、何やら調子に乗り出しているようなので半眼を送っておく。

「ちょっ、マイス〜! わかったわよぅ、悪かったってば〜! 力が抜けるからその視線はやめてぇ〜!」

 途端に彼女がふにゃふにゃになって泣きついてくる。
 やっぱりこの辺の手綱の加減は僕がちゃんと握っておかないとね。

 なんて思っていると……あれぇ……? なんかみんなから僕にも生温い視線を感じるんだけど!?

「え、そ、その、何? なんの視線?」
「いや〜、仲良きことは美しきかな〜ってね〜」
「まぁ、その、なんだ、これから契約を結ぼうという相手と仲が良さそうなのは何よりだなと」

 と、ミスティスとオグ君には曖昧に頷かれ、

「ふふっ。二人とも、いいコンビじゃない」

 ツキナさんにまでそう言われてしまえば……うん、まぁ、マリーさんにも言われたことだし、認めよう。きっと僕たちはこれでいいコンビってことなんだろう……多分。

「まぁ……否定はしないかなぁ……」
「もぅ、相変わらず素直じゃないわねぇ。ふふん、でもまぁ、これで少しはあの視線を送られる私の気持ちもわかったかしら?」
「う……うん……これすっごい居たたまれない……!」

 かと言って調子に乗った彼女の制御手段としてやめる気はないけどね!

 とまぁ、そんなこんなでゆる〜く森を進んでいると、

「グル、グォアアァァァッ!」

 現れたのはカスフィグリズリー。今日の初戦闘になりそうだね。
 その特徴的な前脚の巨大な爪を高く上げて威嚇するグリズリーに、

「おー、いきなり大物だねぇ」

 ミスティスがすらりと盾の裏から剣を抜き放てば、連動するようにソードゴーレムの2本も独りでに鞘から抜けて、

「フ、まぁ、ハンターになった小手調べとしてはむしろこれぐらいでちょうどいいさ」

 オグ君も薄く笑みを浮かべて矢を番える。

「ん」『――援護する。私のことは魔導書として自由に使って欲しい。それが書としての本来の役割だから』
「わかった。よろしくね、ステラ」

 ステラは本の姿になって、差し出した僕の左手に収まるように浮いてくれる。

「マイス」
「うん、行こう!」

 一緒に戦ってくれることへの感謝を込めて、少女に応えてあげれば、

「いいわね、加護を追加するのだわ」

 彼女がまた僕たちを囲んで光のベールをかけてくれる。
 これは……前回ももらった、魔力制御の加護だね。魔力の流れから余計な力が抜けて操作しやすくなったのがわかる。

「ありがとう!」
「わ……すっごい魔力の流れがスムーズになった……! これは助かるわ」
「魔力制御の応答が格段によくなった。感謝する」
「おぉ〜、身体が軽〜い♪ ありがと、妖精ちゃん!」
「これぐらいはお安い御用なのだわ」

 と、僕たちが用意を整える間、ミスティスが目を離さずにいてくれたおかげで、お互い威嚇体勢のままにらみ合い状態で膠着していたグリズリーだったけど、

「そんじゃ、始めるよー!」

 いつも通りに打ち鳴らされたミスティスの挑発を合図に戦闘が開始された。

 初手で懐に飛び込んだミスティスに、威嚇姿勢からそのままの大上段から熊の爪が振り下ろされる。
 対するミスティスは、わざと木の根でできた窪みに足を突っ込むように着地すると、窪みの傾斜を利用して半ばつんのめるように前のめりの勢いを付けて跳躍することで、その爪を受け止める……どころか、グリズリーの巨体を一歩後退らせる程の勢いで押し返してみせる。
 普通なら足を取られていただろう地形を逆に利用した攻撃……さすが、もうもらった加護の力を応用してかなり有効に使いこなしてるね。
 そのまま盾で熊を押しのけた反作用で後方に離脱すれば、そこに取り残されるのは、万歳のような格好で後ろにバランスを崩された、隙だらけのグリズリーの身体だ。
 そこへおまけとばかりにバイティングファングとソードゴーレム2本による追撃も入れられる。

 もちろん、この隙を見逃す僕たちじゃないよね。
 僕からは、

「《ブレイズランス》!」

 そしてオグ君からは、

「《ブラスティックアロー》!」

 鏃に魔力が集中した矢がチャージング付きで放たれる。

「ガッ!? グガォァッ!」

 ブレイズランスの着弾から僅かにズレて、明らかにブレイズランスのそれとは別の爆発が巻き起こり、二度の爆発によって為す術もなくグリズリーは更に数歩たたらを踏まされる。

 ブラスティックアローは今見た通り、相手に刺さった後に体内で爆発する矢を放つ単発強攻撃スキル。ハンターになったことで使えるようになった新しいスキルだね。
 アーチャー時点から使えるバーストアローとの差は、矢の消費が1本でいいことと、爆発によるノックバック効果がついてることかな。ただ、単発の火力はバーストアローよりも上だけど、鏃に魔力を収束させる間がある分わずかに連射力で劣ることと、ノックバックも状況によって良し悪しだから、その辺りは使い分けというところだね。

「おぉ〜、やるぅ! じゃー私も〜! 新技いっくよー! 《コンセントレーション》!」

 コンセントレーションは、意図的に極度の集中状態に入ることで、次の1アクション……通常攻撃1回かスキル1回までの間のみの極短時間、全ステータスを最大1.25倍まで引き上げる自己バフスキルだね。
 これもまぁブレーダーで使用可能になる新スキルではあるけど、わざわざ新技と宣言するからには、本命は次の攻撃スキルのはず。

 コンセントレーションで上昇した身体能力をフルに使って……ということなのだろう、一体どうやったのか、ミスティスがほとんど瞬間移動じみた挙動で一足飛びにグリズリーの懐へと飛び込む。
 ほとんど密着と言えるような間合いまで肉薄したミスティス。そしてその瞬間には既に、そのままウルヴズファングも起動できそうな形に突き出した盾で剣先を隠しつつ、その裏で思いっきり体を開いて剣を引いた刺突の構えを取る。
 明らかに刺突攻撃だし、一見すると今までも使っていた単発刺突スキルのピアシングスラストに似てるようにも見えるけど、腰だめに重心を落として中距離から飛び込みつつ突きを放つピアシングスラストと違って、今は既に密着した間合い。構えも相応に直立に近くなっている。つまるところ、格闘技で例えるなら、これは言わば――

「とぇ〜いっ」

 ――寸勁(ワンインチパンチ)……!

 例によってのいまいち気合の入らないミスティスの掛け声と共に、しかしそのゆるさとは対照的に、足の前後を踏み替えて、同時に放たれたのは、「パァン!」という破裂音と共に衝撃波が視覚的にもわかった程の、神速の突き。身体に風穴が開く……とまではさすがにいかなかったけど、そうなったんじゃないかと一瞬思わせる程度には、衝撃波が背後まで抜けたことまで視覚化されていた。正直、僕の目からでは、いつ突き入れていつ引き抜いたのか全くわからない。手元自体は何も動いていないのに、突然衝撃波が発生したというようにしか見えないぐらいだった。

 そんな衝撃を受けて、しかし背中まで穴が開いていない……ということは、あの可視化される程の衝撃波の威力が全て体内で炸裂したということ。
 さしもの大熊も、そんな一撃をまともに受ければ、

「ゴゲァッ!?」

 口と大穴を開けられた腹部から血を吹き出しながら絶命するのみ。
 そしてミスティス自身は既に返り血を避けて、その巨体に押し潰されない位置まで離脱している。

 これは、今見た通りの密着を通り越してほぼ「接触」と言っていいレベルの超極短射程を引き換えにした、超高速、超高火力の単発刺突スキル、インパルスピアーシング……!
 新技と宣言した通り、もちろんブレーダーのスキルだね。
 ほぼ接触しなきゃいけないぐらいの極至近距離を代償としているだけあって、一撃での威力と技の出はブレーダーどころか現在確認されている全スキルで見てもトップ3には入るぐらいの、まさにハイリスクハイリターンの権化とも言うべきスキル。まぁ、見た目でもう察しはつくだろうけど、有り体に言ってしまえばパイルバンカーだ。

 なんというか、ミスティスの戦闘スタイルって、防御に関しては、盾はあくまで避けきれなかった時とか味方のフォローに回る時なんかの補助用で、基本は回避一辺倒って感じな割に、攻撃となると、回避型キャラにありがちな手数で攻める連撃系というよりは、こういう一撃の火力に偏った単発高火力スキルを選ぶことが多い感じだよね。こう見るとなかなかにピーキーなスタイルな気がするんだけど、何か拘りとかあるのだろうか。機会があったら聞いてみようかな。


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