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note.163 SIDE:G

 昼間だというのに時間感覚がわからなくなるような暗さの悪路が続く深層部を引き続き進んでいく。

 それにしても、悪路っぷりが本当に酷いねぇ……。不整地踏破の加護は効いているし、僕に至っては前回来た時に自分でもエクストラスキルとして不整地踏破を手に入れているはずなのに、ツキナさんのライトの補助魔法で照らしてもらっていて尚、時折足元を確認しないと足を取られそうになることもあるぐらいだ。ミスティスじゃないけど、まさしく「クソ地形」だねぇ……。
 だけど、足元に注意を向けるのも悪いことばかりでもなかったようで。

「あ」
「うん?」

 不意に足を止める形になった僕の声にみんなが振り向くけど、その視線は一旦置いといて、僕は今し方跨ぎ越えようとして見つけた木の根の隙間に手を伸ばす。

「見つけた」

 そこにあったのは、鮮やかな緑色をしたジェムだった。かなり明るい、黄緑に近い緑色だから、魔力量は十分っぽそうだね。

「うん、これならちょうどよさそうだね」

 魔石の色味を確認した僕は、ストレージからエーテル保存ポットを取り出して、拾ったそれをソケットにセットする。

「あー、それの保存に緑ジェム使うんだっけ」
「うん。足場確認してたらちょうど見つけたから」
「確か、緑色なら3〜5日は持つという話だったか。ふむ、それだけ持てば今回の依頼には十分だろう」

 オグ君の言う通り、これでポットの電源としては問題ないだろうね。

「後は妖精ちゃんが知ってるっていうエンジェルズリリーの場所まで行くだけね」
「だね」
「えぇ、そっちは任せて頂戴」
「うん、ありがとう、頼んだよ」

 依頼品であるエンジェルズリリーの方は、大妖精の少女に任せよう。

 というところで再び探索を再開して。
 少し進んで現れたのは、地面にへばりつくように生える、傘の直径が2メートルぐらいはありそうな大きなキノコ……が……なんか移動してる!?
 と思いきや、キノコの方もこちらに気が付いたか、ピタリと動きを止める。
 直後、キノコの根本がモコモコと盛り上がって不透明な黄色い粘液の塊を形成していく。あっという間に膨れ上がったそれは、最終的にキノコの傘を被った不透明なスライム、とでも言うような形になった。

 これは……この森の深層部に固有の魔物、マッシュスライムだね。
 見た目はこの通り、キノコが生えたスライムって感じだから便宜上スライムと名付けられているけど、粘液部分が不透明で、普通のスライムと違って弱点となる核が存在していない。更には、基本的に大気中や吸収して溶かした物体から魔力を取り込んで餌とするスライムに対して、マッシュスライムはリアルの粘菌の類と同じように枯れ木や落ち葉なんかを餌としているらしいこと、分裂ではなく背中のキノコからの胞子で増えるらしいこと、生やしたキノコの形も含めて形態も個体によって一定せず、さっきの姿のような動くキノコだったり、今の姿のようなキノコが生えたスライム状態で活動する個体や、粘液部分を脚のように形成した「歩くキノコ」のようなタイプもいたりと、明らかにこの世界のスライムとは生態が違いすぎるということで、生物学上スライムなのかキノコなのか動物なのかよくわかっていない謎の生き物らしい。
 そもそもスライム自体の生物学的な立ち位置からしてよくわかってないのに、更によくわからないことになってるこいつは一体何なんだという話は……まぁ、この世界の後世の学者さんたちにお任せしよう、うん。

 閑話休題(そんなことより)

「うぇ〜……こいつ物理無効なんだよねぇ……」

 ミスティスがしょんぼりと肩を落とす。
 核を攻撃できればある程度は物理でも通せる普通のスライムと違って、核がそもそも存在してないこいつは完全に物理攻撃自体が無効だからねぇ。キノコ部分なら一応攻撃はできるけど、どうも本体はあくまで粘菌側らしくて、ダメージにはならないらしい。
 となると、こいつに対しては僕しかまともに戦えない……?と思っていたら、

「安心なさいな、あなたたちでも戦えるようにしてあげるわ」

 大妖精の少女が新しい加護をかけてくれる。
 おぉ、これは……

「わぁ〜! さっすが妖精ちゃん! これなら戦えるよ〜、ありがとっ♪」
「ふむ、魔法攻撃力付与か。僕からも感謝しよう、これは本当に助かる」
「どういたしましてなのだわ」

 武器に物理攻撃力と同じ数値の魔法攻撃力が追加されている。まぁ、武器攻撃力に対してだから、杖で直接殴るわけじゃない僕には意味はないけど、ミスティスたちはこれで攻撃に加われるね。ついでにこれ、物理が効く相手に対しては事実上攻撃力が2倍になってるのと同じだから、トロールに対してもこれでかなり楽に戦えるんじゃないかな。

「よっし、じゃあいくよっ!」

 ミスティスが挑発を打ち鳴らして戦闘を開始する。

「ほゃっ」

 手始めにウェイブエッジがスライムを切り裂く。普通のスライムのような核がないから、見た目にはちょっとわかりにくいんだけど……切り裂かれた傷がすぐには再生せず、一瞬でろんと力が抜けたように溶けたところで慌てて再生した、というような反応になった辺り、きちんと加護の効果は発揮されてダメージが入っているらしい。

「《ブレイズランス》!」

 僕とオグ君からもブレイズランスとブラスティックアローで畳み掛ける。立て続けの爆発にスライムが呑まれた。
 けど、

「……っ! やるな……!」

 爆風が晴れてみると、僕たちの攻撃は背中の巨大キノコを盾に使って完全に防がれてしまっていた。しかも、偶然かもだけどご丁寧に傾斜装甲にして防御効果を上げている。

 お返しとばかりに、スライムが体中から無数に細い触手を生やしてタゲを引いているミスティスに向けて伸ばす。
 こういうところも対象を呑み込む以外で自分から積極的に変形することはあまりない普通のスライムとは明らかに違うね。

 対するミスティスも、周囲の倒木やら根っこの取っ掛かりなんかも上手く使って、一気に距離を詰めにかかる。

「ほいっ、さっ、はっ……っとや〜いっ!」

 襲い来る触手を右、左とステップで躱し、続く一本を切り落として、次の一打を右に避けて、そのまま半ば壁を走るように倒木の壁面を数歩駆け抜けて、追撃を側宙で回避、その空中に向けて伸ばされた数本をソードゴーレムと合わせて斬り飛ばして叩き伏せ、着地と同時にその反動を利用して姿勢を落として前へと飛び込み、着地際を狙った一撃のタイミングをスカしてその下を掻い潜る。
 そして、前に飛んだ勢いのままにピアシングスラストで吶喊、更にそこから切れ目なくソードゴーレムと共に目にも留まらぬ速さの刺突を3発放つ。ソードゴーレムも追従して同じ攻撃をしたから、今の一瞬だけで合計で9連撃だ。

 これはブレーダーで覚えられる3連撃刺突スキル、トリプルステイクだね。
 見ての通り刺突で素早い3連撃を撃ち込むスキルで、出も速くて火力も優秀だけど、必ず足が止まることと、スキルの後に一瞬隙があるから、撃った後のことをしっかり考えておくのがコツらしい。
 本来はその場での足を止めての攻撃だけど、ピアシングスラストと組み合わせることで距離を詰めつつの4連撃にできるこの派生技も、クアッドピアーシングとして公開オリジナルスキルになっているらしい。

 一瞬での連撃に、スライムの粘液が抉り取られるように消し飛ぶ。粘液を大きく削られて、スライムの動きが止まってしまっている間にミスティスは一旦後ろに飛んで離脱。
 となれば、僕たちのターンだね。

 僕もこの間で既に次の魔法を構築できている。

「《ブレイズランス》っ!」
「終わりだ!」

 射線が開いたところに、僕のブレイズランスとオグ君のスパイラルアローが間髪入れずに刺さって、爆発と多段ヒットで残った粘液もほとんどが吹き飛ばされて、スライムはフォトンへと散っていった。


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