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note.190 SIDE:G

 ミスティスの挑発を合図に、アイアンイーター改めジュエルイーターとの戦闘が始まる。

「それじゃあみんな、よろしくね」

 人の姿になったステラが、陣形の一番後ろに陣取って詠唱を開始する。

「任せて〜! 《セイクリッドクロス》!」

 そのステラに、ツキナさんがセイクリッドクロスで防壁を張る。
 ルクス・ディビーナもかけてあるはずだし、これで当面は大丈夫そうだね。

「《再起呼出(リカーシブコール)自己複製演算(セルフエミュレーション)開始(スタート)。《自動筆記(オートエンコード)解釈記録(フルコンパイル)実行(エグゼキュート)

 ステラの……魔法というよりはコンピュータープログラムを思い出させるような詠唱が始まると、彼女の身体が一瞬光に包まれて……胸元から、魔導書の方のステラが出てきた!?
 そのままステラは自分で自分の書を操って詠唱を始める。
 セルフエミュレーションとかなんとか言ってたから、どういう魔法なのか、自分をもう一人作り出しているらしい。多分、ステラの本質が魔導書だからこそ可能なこと……なんだと思う、多分……。

 さて、僕たちは詠唱に集中し始めたステラを護りながら、奴を倒さないといけない。
 ソフォラさんは強力な魔法を使うと言っていたけど、ミスティスでも知らないような敵だ。一体何をしてくるやら……。

「せぁ〜〜〜〜〜っ!!」

 まずは小手調べとばかりに、挑発を鳴らしたのと同時にミスティスが吶喊する。
 けど、ミスティスが自分の間合いに入って、奴に飛びかかろうかというその瞬間――

「シャアアアァァァァッ!!」

 ――大蛇がまるで狼の遠吠えのように天井に向かって咆哮すると、奴の全身の宝石が光って、赤いオーラが大蛇を覆うと同時に、何か青いオーラがドーム状に空間全体に広がって……えっ、何!? 光を浴びた途端、急に身体が重く……!?
 それはどうやら僕だけではなかったようで、

「はぇ……?」

 ミスティスも踏み込みの瞬間にカクンと膝が落ちたように体勢を崩してしまい、中途半端に崩れた無防備な状態で奴に向けて飛び込む形になってしまう。

 大きく隙を晒すことになってしまった彼女を見逃すはずもなく、大蛇が大口を開けて……は、速い!?

「きゃああああっ!? ……ッガハッ!」
「ミスティス!」

 ミスティスですら反応できないスピード!? 僕には本当に何も見えなかった……。
 それに攻撃力も、一撃でルクス・ディビーナのバリアが割られて、後ろの壁まで叩き付けられる程の威力……!
 ぶつかったのがただの壁面でまだよかった……。宝石の結晶に刺さりでもしたらただじゃ済まないところだった。

 僕も反撃に魔法を……と思ったんだけど……あれ……?
 何かがおかしい……魔力がいつもの感覚で掴めない……。いつも通り魔法を構築しようとしても、魔力がまるで霞か靄でも掴もうとしているかのように捉えきれなくて……。この魔力の感覚……なんというか、少し前の、まだLvが低かった頃のよう……な……?
 そこまで思い至って、ハッと気が付く。
 これは……視界の左上、ステータスバーに目を向けると……やっぱり!
 そこに表示されていたのは、大量のデバフアイコン。ご丁寧に、「全ステータス低下」をかけられた上で更に追加でStrからMinまで6種全てのステータスにもそれぞれ個別のステータス低下デバフがかかっている。
 まさかと思ってボスのステータスバーも確認したら、向こうには丸々真逆の「全ステータス上昇」と6種の個別ステータス上昇のバフ。
 なるほど、これじゃさすがのミスティスでも対応できないわけだよ。きっとさっきの赤と青の光の正体がこれだね。

「師匠!」
「っぐ……割合デバフか……キツいな……!」
「《ヒール》! ミスティス、平気!?」
「っけほ……なんとかね〜……!」

 みんなも何が起きているかは把握してるみたいだね。
 ツキナさんからのヒールももらって、ミスティスもなんとか立ち上がる。

 こっちには二重のデバフ、あっちには二重のバフ。ステラの魔法自動記録機能――解釈分離にも頼れない今、このステータスで魔法を自力詠唱しようにもかなりの詠唱が必要だし、奴の動きはもう僕の目じゃ追えないぐらいになってしまっているから、そんな詠唱ができるような隙もない。
 一体どうしたら……。

「リーフィー!」
「えぇ、状況は把握しているわ」

 呼びかければ、すぐにリーフィーが隣に現れてくれる。ここで今僕が頼れるのは彼女だけだ。本当に頼もしいね。

「この魔法、リーフィーならどうにかできる?」
「任せて、と言いたいところだけれど……あれだけ大量の宝石を纏っているだけあって、かなり複雑で強固な術式ね。さすがに私でも一筋縄ではいかないのだわ。仕方ないわね、少し強引だけど、ひとまずあなたたちをまともに戦えるぐらいにはしてあげる」

 そう言って、彼女がくるりと指先を回すと……わ、一気に身体が軽くなった。……あー、と言っても、これでようやくいつも通りに戻ったかな、ぐらいかな?
 ステータスバーを見ると……なるほど、少し強引って言ったのはそういうことか。デバフアイコンに並んで、同じ数のバフ……つまりは「全ステータス上昇」と個別ステータス6種のバフが追加されて、アイコンの数がなんかもうすごいことになっている。

「お〜? 動けるようになった?」
「これは……なるほど強引だな」
「でもま、楽にはなったわね」
「ありがとうございます、守護精霊様!」

 みんなも、とりあえずいつも通り動けるぐらいには復活したみたいだね。

「ありがとう、リーフィー」
「どういたしまして。……と言っても、今は奴にかけられた弱化を私の加護で同じだけ強化して無理やり相殺しているだけよ。それに、アイツにかかっている強化の方は、術式も強固な上にアイツ自身の内部で全て完結しているせいで、私にも手が出せそうにないのだわ」
「オッケーオッケー。とりま、デバフだけでもなんとかなってくれてるんなら、今はそれで十分! あとは――」

 一度言葉を切ったミスティスが、一つ、大きく息を吸い込んで。

「――なんとでもしてみせるっ! 《コンセントレーション》!」

 目を見開いてコンセントレーションの集中状態に入る。
 これはまた火事場の馬鹿力……フルコンセントレイトでなんとかするつもりみたいだね。
 とは言え、さすがに前回の空を飛べるブースタースキルは使わないらしい。まぁ、あの時は普段の状態に+でリーフィーの加護をもらってようやくだったから、加護でようやく±0になってるだけの今の状態じゃ使えないってことかな。天地さんからの口伝って話でもあるから、相当な秘蔵スキルでもあるんだろうしね。

「逆に言えば、奴の弱化魔法さえ無力化できれば、私の加護だけが残るって寸法ね。まずは弱化を司っている青い宝石を壊しなさい。術式の維持ができなくなれば効果も消えるはずよ。私も援護するのだわ」
「わかった!」
「りょーかいりょーかいっ! んじゃいくよ〜っ!」

 念のためか改めて挑発をかけ直したミスティスが吶喊していく。ここから仕切り直しだね。

「シュッ!!」
「ほゃっと〜ぉ〜せいっ!」

 デバフは打ち消したとはいえ、バフは依然としてかかっているはずの蛇の咬み付き攻撃は、僕には未だに残像ぐらいにしか見えないぐらいなんだけど……フルコンセントレイトのおかげもあってか、ミスティスはしっかり見切っているみたいだね。余裕を持って回避に成功して、ついでにお返しとばかりにすり抜けた先の首筋の右側に早速一つ見つけた青い宝石にダブルバッシュを叩き込む。
 「パキン!」と音を立てて、早速一つ宝石が壊せた……と思ったんだけど……

「嘘っ!?」
「なっ……馬鹿な、再生が早すぎる!」

 ミスティスが距離を取り直した、その離脱が終わるか終わらないかの内に、割れたはずの宝石がみるみる再生してしまった。

「フー……シュルルルル……」

 奴も完全に織り込み済みのことだったか、こちらを嘲笑うかのように舌を出して息を吐く。
 続けて、奴の全身の宝石がまた光ったかと思えば……って、大量の魔法陣!?
 しかも、火、水、風、地、雷、氷、全属性の弾が弾幕になって雨あられと降り注いでくる!?

「やっば……!」
「わあああああああ!?」
「そうはさせないのだわ!」
「《セイクリッドクロス》ッ!」

 ツキナさんのセイクリッドクロスに加えて、リーフィーも光の盾を展開してくれて、どうにか凌げたけど……こんなのどう対策したらいいのさ!?

「くっ……どういうことだ……? 見る限り赤と青の宝石しかないのに、どうやって他の属性の魔法を使っている?」

 オグ君の疑問も尤もだね。さっき聞いた時は宝石の魔法に関する効果は色で属性が決まるって話だったのに、赤と青の宝石しかないなら火と水の魔法しか使えないはずだけど……。

「そもそも、初手の雷魔法にしても……いや待て、そうか! 『混色』か!」
「えぇ、正解よ。よく覚えていたわね」

 あ、そっか、魔術回路の経路上で複数の宝石を経由すると魔力の色が「混色」するって話だったっけ。つまり、赤と青の両方の宝石を通るような魔術回路を構築すれば、火と水だけじゃなくて、紫の雷魔法も使えるわけだ。
 あれ? それでもまだ疑問は残る。さっきの弾幕の残り、緑の風、黄色の地、水色の氷の属性はどうやって発動させて……?
 と思ったら、その答えはリーフィーが教えてくれた。

「さっきの再生の瞬間、奴の中に何か別の術式の発動を感じたわ。おそらく、身体のどこかに再生を司っている緑の宝石もあるはずなのだわ」
「緑……そうか、この辺りでも稀ではあるが、サーペンティンが出るはずだ。おそらくどこかにそれがある」

 なるほど、見えていないだけでどこかに緑色の宝石も持っているのなら赤青緑の三原色が揃うから、魔術回路の構築次第で基本6属性の魔法なら全て使えてしまうわけだ。

「そーゆーことなら、私がこのままタゲ引いておくから、みんなで緑色の宝石はよろしくぅ!」
「OK」
「了解した」
「お任せください、師匠ー!」

 僕たちが返答するが早いか、ミスティスが大蛇に向けて飛びかかっていく。
 さて、それじゃあ僕たちは、奴の身体のどこかに隠された緑色の宝石を見つけ出そう。


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