note.002 SIDE:G

 結局、行き先がわからないままミスティスさんの後ろをついていくこと30分ほど。
 気がつけば、辺りはすっかり森になっていた。
 森と言っても、それほど木々の密度は高いわけじゃないから……どっちかと言うと、まだ林?ぐらいかな?
 見上げてみれば、まだまだ梢よりは空の方が割合が多い、といったところだ。

 周囲を確認しながらそんなことを考えていると、ふとミスティスさんが立ち止まった。

「ん〜……この辺でいいかな? とうちゃ〜く♪」
「ここは……」
「そっ、スライム森!」

 この辺りのことは、情報サイトの知識でだけど、僕も知っている。
 通称「スライム森」――確か一応ちゃんとしたマップ名があったはずだけど……PC、NPCを問わず、「スライム森」という通称の方が有名で、基本皆この呼び方をしているようだ。
 その名の通り、ここらの森一体の主なMobはグリーンスライムという、名前そのままの緑色のスライムだ。
 というより、この森で動物と呼べるものはほぼグリーンスライムしかいないと言っていい。
 スライム以外に存在するのは、スライムの餌になるほどの魔力を持たず、スライムの捕食から逃れられる樹の上を主な生活圏とする、リスや小鳥なんかの小動物ぐらいだそうだ。
 何故そんなことになっているのかと言うと、スライムの性質と、この森の魔力濃度の問題らしい。

 この世界のスライムは、種類にもよるけど、主に魔力を主食としている。
 基本的には大気中の魔力だけでも生存可能で、下手に近づきさえしなければ比較的無害な存在だ。
 だけど、魔力を糧とする魔物の例に漏れず、魔力の流れには非常に敏感なんだよね。
 なので、ある意味魔力の塊とも言える、人間や他の魔物を探知すると、積極的に捕食しようとしてくる。
 ここで厄介なのが……まぁ、一般的に想像されるだろう、スライムの性質だ。
 この世界のスライムも、その例に漏れず、生半可な物理攻撃なら受け止め取り込んでしまう、粘着質で柔軟な不定形の身体と、貯め込んだ魔力が尽きるか、核が破壊されない限りは再生し続ける、強靭な回復能力を持っているのだ。
 故に、その粘液の守りを突破して核にダメージを通すことができる攻撃力か、弱点である火属性魔法が扱える魔法行使能力のある存在がいない場所では、容易に頂点捕食者足り得てしまうんだよね。

 そして元々、この世界において森林地帯という場所は魔力を貯め込みやすい性質がある。
 加えてこの森は、周囲のいろいろな環境的要因から、他の同程度の密度の森よりも少しだけ魔力濃度が高いらしい。
 その少しの差のせいで、この森は、「スライムの天敵になるほどの魔物には薄すぎるけど、スライムは発生し得る」ちょうどいい魔力濃度になっている、ということだ。
 まさに、スライムの楽園だね。

「ここなら、マジシャン系が初めてパーティーを組むにはちょうどいい場所かなーって」

 そう言って、ミスティスさんは笑顔でこちらに振り向いて、説明を続けた。

「今の私たちのLvだと、私の剣じゃスライムに攻撃通せないんだよねー。かと言って、マイス一人だと……多分、詠唱反応で押し潰されるんじゃないかな」
「うん、まぁ……多分、そうかな……」

 一応、火属性魔法が最大の弱点であるスライムだけど、核にダメージを与えない限りほぼ無尽蔵に復活する再生能力は厄介だ。
 多分、今の僕のファイヤーボルトLv10を撃ち込んでも一撃では殺しきれないだろう。
 そうしている間に接近されてしまえば、おそらくその時点で詰みだ。
 フロストスパイクをひたすら連打して寄せ付けなければ、その内倒せるだろうけど……その間にどれだけのスライムが詠唱反応で呼び寄せられるかわかったものじゃないし、倒せたとしても、すごく効率の悪い狩になるだろうね。
 そもそもの問題として、僕のLvが47に対して、ここのスライムの平均Lvは59。
 僕が一人で狩りに来るにはまだ早すぎる場所なのだ。

「でも、私たち二人できちんと役割分担すれば、今のLvでもここのスライムぐらいなら勝てる」
「役割分担……」

 思わずオウム返しに呟いてしまった僕だけど、どうやらよっぽど深刻そうな顔をしていたらしい。

「あははっ、そんなに難しく考えることはないよ。ここは本当に、ただ基本ができてさえいればラクショーだから」

 と、軽く笑って、ミスティスさんは僕の肩をポンポンと叩いた。

「とりま、やることは単純なんだよね〜。私がタンクで、マイスがアタッカー! 要するに、私がタゲは引いてあげるから、マイスは横から魔法撃ってくれればおっけー」
「なる……ほど、わかったよ」

 うん、なるほど、確かに単純な話だ。
 ミスティスさんが詠唱反応しないようスライムを引き付けてくれるから、僕は単に、落ち着いて魔法の詠唱を完了させればいいということだね。

 ちなみに実際、このスライム森の突破は、HXT(ホーリークロステイル)初心者脱出のための登龍門と言われている。
 ソロであれば、スライムの物理耐性や詠唱反応を乗り越えて殲滅が可能な攻撃力や魔力制御能力と言う意味で。
 パーティーであれば、ミスティスさんが説明してくれたような、極単純な職業による役割分担を、各々が理解し実践できるか、と言う意味で。
 そんな、「冒険者としての基本」ができていれば、実はスライム自体はそれほど恐れるような相手ではない……というのが、情報サイトや各所で言われていることだ。

「47なら、そろそろブレイズランスも覚えてるよね?」
「まだLvは2だけど、一応……」

 ブレイズランスは、名前の通り、巨大な一本の炎の槍を生み出して撃ち出す、ファイヤーボルトの上位版のような位置付けの火属性中級魔法。
 僕は、最近ようやくスキル取得に手をつけられた、というところだ。
 だけど一つ問題があって――

「うんうん、ここのスライム程度ならLv2あればヨユーヨユー。詠唱はちゃんと覚えてるよね?」
「詠唱文は、大丈夫。けど、まだLv1を何回か試し撃ちしたぐらいで、実戦で使ったこともLv2で撃ったこともないから、魔力制御がちょっと不安かも……」

 問題はそこなのだ……。
 僕はまだ、ブレイズランスをまともに使いこなせていない。
 というのも、中級魔法であるブレイズランスは詠唱も相応に長くなっていて、SP消費も大きい。
 もちろん、魔力制御も相応に複雑になっている。
 そうなると、今まで僕一人で行けた範囲の狩場では、詠唱時間が足りずに肉薄されて詠唱を中断されたり、オーバーキルになりすぎてSP効率が悪かったりと、まともに実戦で使える機会がほとんどなかったんだよね。
 情報サイトによれば、もっとLvが上がって無詠唱で撃てるようになれば、好きなタイミングで即座に撃てる単発中威力の高効率魔法として非常に便利、とのことなんだけど……。

「あー……そっかー。う〜ん……ま、大丈夫でしょ。なんとかなるなる♪ それぐらいの時間は稼いでみせるよ」

 そう言って、ミスティスさんはカラカラと笑ってみせた。
 なんというか……まだ出会ってから1時間と経ってないはずなんだけど、彼女が言うと大体のことは本当になんとかなってしまうような気がしてきているから不思議だよね。
 なかなかに、悪い気分ではない。

「……うん。ありがとう、ミスティスさん。正直さっきまで不安だったけど、だいぶ気が楽になったよ」
「そーお? えへへ、ならよかった。どういたしまして、かな」

 僕の素直な気持ちに、ミスティスさんも笑顔で返してくれた。
 ……うん、なんだか気合が入った気がする。
 ブレイズランスの魔力制御、頑張ろう。

「さて……っと、その前にー……」

 珍しく少し歯切れ悪げに、ミスティスさんが言葉を切った。

「ちょっとごめんね。これだとさっきの今でソロ用装備だから、盾がないんだー。一旦戻ってすぐ取ってくるよ」
「そっか、さっき会うまではお互いソロだったからね。了解」

 僕の了解を得て、ミスティスさんは、ストレージから青……というよりは藍色をした、宝石のような石を取り出す。
 石の内部には何やら魔法陣が刻まれていた。

「ポータルスフィア!」

 発動のトリガーとなるスキル名を唱えると、石はすぐにフォトンに還元されて掻き消えて、代わりに、石に刻まれていた魔法陣が彼女の足元、少し前方にズレた位置に展開される。
 展開された魔法陣がすぐさま発動すると、魔法陣の中心にフォトンが集まって、ふわふわと浮かぶバランスボール大ぐらいの光の球が生まれた。

「それじゃ、すぐ行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」

 と、こちらに軽く手を振ってから、ミスティスさんが光の球に触れると、その身体が一瞬で光と共にフォトンに変換されて、光の球に吸い込まれて消えてしまった。
 後には展開されたままの魔法陣と光の球だけが残されていた。

 彼女が唱えたポータルスフィアという魔法は、「術者とそのパーティーメンバーが、発動地点と術者のセーブポイントの間を1往復だけ転移できる」というものだ。
 効果は術者が発動地点に帰還するまで続く。
 パーティーメンバーリストを確認すれば、ミスティスさんの現在地表記が、僕も拠点にしている、ここから一番近い街「始まりの街・アミリア」に戻っていた。

 本来であればマジシャン系の上位職であるサマナーのスキルであるはずのポータルスフィアを、ソーディアンであるミスティスさんが発動できたのは、先ほどの石――刻印魔石(シーリングジェム)のおかげだ。
 ジェムというのは、魔石とも呼ばれ、この世界では普遍的に存在する、魔力そのものが凝縮した結晶体のことを指す。
 内包する魔力の量によって、紫から赤まで虹色に変化していくのが特徴で、紫から青色ぐらいまでだったら、ちょっと注意して探せば、そこら辺の石ころにも紛れているぐらいには、この世界では普遍的なものとして認識されている。
 魔力そのものの結晶体だから、単純にSP回復剤としても使えるけど……主な使い方としては、魔法陣を記録して、さっきのように、記録した魔法の効果を誰でも使えるようにする消耗品アイテム「刻印魔石(シーリングジェム)」に利用するのが一般的だ。

 この世界の魔法陣とは、魔力を制御し、魔法として発動させるための魔術回路の投影――言わば、魔力制御のガイドレールのようなものだ。
 そして詠唱文とは、この魔術回路の構造を示す指示書――設計図のようなものに当たる。
 つまり、どの単語を唱えることで、どんな形が魔法陣として現れ、どんな効果を齎すのか、というところには明確な法則性が存在するのだ。
 術者が正確なイメージを以て、正しく詠唱文を唱えることで、その構築式に沿った魔法陣が自動展開され、そこに魔力を流し込むことによって、魔法が発動するようになっている。

 さて、ここで、それぞれの要素を取り出してみると……。
 詠唱による魔法陣(ガイドレール)がなくとも、自身の魔力制御だけで同様の操作ができるのであれば、そもそも詠唱など必要ない。
 これが短縮詠唱や無詠唱の原理だ。
 その逆に、詠唱によらずとも、望む形の魔法陣(ガイドレール)さえ正確に描けているのであれば、そこに魔力を流すだけで、魔法は問題なく発動する。
 これが刻印魔石(シーリングジェム)の原理というわけだ。

 刻印魔石(シーリングジェム)の場合、そもそも純粋な魔力そのものの結晶体であるジェムに魔法陣を刻んであるんだから、術者の魔力すら発動には必要ない。
 ただ術者が発動の意思を以て、トリガーとなるスキル名を唱えさえすれば、ジェムに込められた魔力を消費して、後は勝手に魔法が発動する。
 この刻印魔石(シーリングジェム)という技術が一般化されているおかげで、さっきの転移魔法「ポータルスフィア」とか、死亡によって肉体を破棄してしまった魂に周囲のエーテルから直接肉体を再構築する蘇生魔法「リザレクション」といった、汎用性の高い補助魔法を記録した刻印魔石(シーリングジェム)は、ポーションなんかと同列の消耗品として普通に販売されてるんだよね。

 ……と、本当に数分も経たないぐらいで、今度は先ほどの工程の逆再生のように光の球からフォトンが吐き出されて、ぼんやりとした人型を形作る。
 曖昧だった人型が元の輪郭を形どるように収縮したかと思えば、パッと弾けるようにして人型を作っていたフォトンが消えると、そこには何事もなかったようにミスティスさんの姿があった。
 直後、足元で柔らかく光り続けていた魔法陣が、光を失うように消えて、光の球も形を維持できなくなって同様に消えていった。

「お待たせっ! ごめんね」
「ううん、言うほど時間も経ってないし、気にしないで」
「ありがと♪」

 軽く平手を立てて謝ってくるミスティスさんだったけど……実際、気になるほどの時間が経ったわけでもない。

「さって、それじゃ! 改めて!」

 オーバーアクション気味に、前に向けて斜め上にかざしたミスティスさんの左手に、ストレージから盾が取り出される。
 そうして、左腰に提げていた剣を鞘ごと外して、盾の裏側に上から垂直に差し込むように取り付けて固定する。
 それで準備完了のようで、今度は剣を鞘から抜いて、切先を勢いよく前方へと向けて、

「スライム狩、いってみよ〜!」
「お、おー!」

 と、高らかな宣言に、僕も思わず釣られて杖を掲げて答えてしまった。
 ……周りに他に誰もいなかったからいいけど、我ながらちょっとこれは恥ずかしかったかな……。

 っとと、そんなことを気にしてる場合じゃないね。
 既に歩き出したミスティスさんに遅れないように、後を追う。

 程なくして、目的のグリーンスライムが一匹見つかった。

「いたいた〜。……うん、周りに他のスライムもいなさそうだし、まずは小手調べってことでちょうどいいかな」

 ミスティスさんが軽く周囲を確認する。
 他のスライムを詠唱反応させちゃう心配がないのはありがたいね。
 何しろ、実質初めてのブレイズランスの実戦使用だ。
 まずは落ち着いた状態で確実に成功させて、魔力制御の感覚を掴まないと……。

「それじゃ、プロボでタゲ取っちゃうから、私にタゲが向いたのが見えたら撃ち始めちゃっていいよー」
「了解!」

 プロボとは、ソーディアンの持つ補助スキルの一つ、挑発(プロボック)のこと。
 装備している両の手の武具にそれぞれ魔力を通しながら、両者を打ち合わせることで、魔力を共鳴させた音を鳴らして、音と魔力の両方で周囲の敵のヘイトを自身に引き寄せる、タンク役を引き受けるソーディアンの基本スキルだ。
 この時、音と魔力の波の共鳴で、魔力を探知方法とする敵の感覚を狂わせて、詠唱反応を含む自分以外の味方へのタゲ移りも一定時間の間防いでくれるんだよね。
 問題点は、音を使ったスキルだから、範囲内の反応した敵全部を強制的に引き寄せちゃうことで、状況によっては余計な敵までまとめて引き寄せちゃって、逆に不利に陥ってしまうこともあるってこと。
 だから、余計な敵まで引きたくない今は、一度周囲の敵を確認したってことだね。

「じゃ、いくよ〜!」

 カァン!と小気味いい音で剣と盾が打ち鳴らされると、すぐさまスライムが反応して、ミスティスさんに向かっていく。
 ……って、見た目と違って意外と動きが速いね……。
 ともかく、挑発はきちんと成功したようだ。
 僕も詠唱を始めよう。

「猛り燃ゆる紅蓮の炎よ――」

 詠唱に従って、魔術回路が構成されていく。
 けれど、詠唱によって構築される魔術回路が発現するのは、単語を実際に言葉にした、ほんの一瞬だけ。
 魔法陣全体の完成までこれを維持するためには、回路保持のための最低限の魔力をここに通しておかないといけないんだよね。
 だけど、この時点では当然、詠唱が終わった部分までしか回路は構築されていないわけで……。
 ここに過剰に魔力を流しすぎると、回路の先がどこにも繋がっていないまま、魔力だけが漏れ出して暴発しちゃうんだよね。
 そうなってしまうと詠唱は失敗、場合によっては、中途半端な回路を通ったことで一度流量を絞られた魔力が、一気に解放されることで魔力爆発を起こして自滅することすらあるんだよね。
 だから、初めて使う魔法を詠唱する時というのは、構築した魔術回路を維持しつつ、暴発は起こさないように、どの程度の魔力を流すべきかを慎重に見極めながら事を進めないといけないんだよね。

 僕の視線の先では、ヘイトの維持ついでに少しでもダメージを与えておこうと、ミスティスさんがスライムに斬りかかっていく。
 けど、本人の言っていた通り、その斬撃は、身体の弾力に弾かれたり、まるで水面でも斬ったように、切れ目すらろくに残すことなく再生されたりで、まともなダメージにはなっていないようだ。

「我が意を示し、槍と形成せ――」

 ……と、そこで、

「……っくぅ!? マイス、まだ!?」

 スライムが縦に伸びるように形を変形させて、ミスティスさんを飲み込もうと、覆い被さるように押し潰しにかかろうとする。
 ミスティスさんは、なんとか盾で押し返そうとしてるけど……完全にスライムの質量に押し負けている。
 これは不味いかも……?
 応えてあげたいけど……余計な言葉を挟んで、詠唱を中断するわけにはいかない。
 ごめんね、ミスティスさんっ、もう少しお願い……!

 けど、ここで焦ったらそれこそ台無しだ。
 ここまで詠唱してしまった魔法を暴発なんかさせたら、自爆は必至。
 ここは焦らず、確実に……!

「貫き、穿て。焼き尽くせ」

 よし、これでなんとか、暴発させずに詠唱は完了。
 あとは、出来上がった魔術回路に、溢れないよう慎重に魔力を流して全体を満たすだけ。
 わかりやすく例えるなら、魔法陣の形に掘った堀に、水を流し込むイメージかな。
 ここで重要なのは、術者が、意図する魔法の効果を、どこまで正確にイメージできるか、ということだ。
 操作したい現象の発生原理、それをどのように形取り、どんな挙動で以て、どういう効果を望むのか――。
 魔術回路を満たしきった時に、そこに流れる魔力の流量は、この時のイメージの情報量に比例する。
 望む結果をより細部まで、より正確にイメージできているほど、回路内に流せる魔力の密度は上がっていくのだ。

 気がつけば、杖と共に真上に掲げた僕の両腕の先には、巨大な炎の塊が発生していた。
 その熱量を両腕に感じながら、溢れすぎないよう、少しずつ回路を流れる魔力の「水量」を増やしつつ、イメージを固めていく。
 ブレイズランスはその名の通り、炎の槍を生み出す魔法……。
 であれば、僕がイメージするのは……名前の通りのランス――ただ真っ直ぐに、突き進み、刺し貫くことだけに特化した馬上槍。
 魔力を燃料として、酸素と反応することで燃え上がる灼熱の炎。
 それを、槍の形に形成する。
 もっと……もっと長く、もっと鋭く……!
 槍は真っ直ぐに敵を貫き、その場で一気に爆発、敵諸共跡形もなく消し飛ばしてしまうような、そんな絶対の威力を……!
 僕のイメージに従って、最初は単に真横に噴き出しているだけのようだった炎は、長さと鋭さを増していき、螺旋を纏って円錐を描いていく。

「ちょっ……ごめ……っ、もう、限界……!!」

 見れば、ミスティスさんはとっくに片膝を衝かされて、今にも仰向けにスライムに押し潰されて倒されそうになっていた。
 けど、事が起こるよりも先に、僕の魔術回路が完全に魔力で満たされた。
 頭上の炎は、綺麗に螺旋の渦巻く鋭角の円錐形を保っている。
 ――うん、いける!

「ブレイズランス! いっけええぇぇぇぇぇッ!」

 全力の気合を込めるつもりで、掲げた杖を斬り裂かんばかりに大上段から振り下ろす。
 螺旋状の熱気を軌道上に残しながら一瞬で着弾した炎の槍は、こちらに気づくことなく単にミスティスさんから一番遠い位置に退避していただけのスライムの核の中心を寸分違わず貫いて、爆発。
 轟音と共に吹き荒れた爆風は、本当に文字通り、跡形もなくスライムを吹き飛ばしてしまっていた。

「ぅわぷ!?」

 少し爆風に煽られる形になったミスティスさんは、軽く尻餅をついたものの、なんとかそこで踏み止まったようだ。
 それとほぼ同時に、二人の頭上ではレベルアップを示すファンファーレが鳴り響いていた。
 まだ次のLvまでの必要経験値は結構あったと思ったけど……さすが、Lv12もオーバーの相手に挑んだ甲斐はあった、というところかな?

 まぁ、それより先に、ミスティスさんを助け起こさなきゃ。
 急いで彼女の下に駆け寄った僕は……自分でも驚くほど自然に、彼女に手を差し伸べていた。

「ごめん、ミスティスさん! 大丈夫だった?」
「あっはは、ありがと♪ ヘーキヘーキ! あでも、最後はちょっと危なかったかな?」

 僕の手を取って立ち上がったミスティスさんは、そう応えて破顔してみせた。
 けれど、僕はと言うと……今更ながらに、女の子と手を繋いでしまった気恥ずかしさが襲ってきて、しばらく彼女を直視できなかった。

「ご、ごめん、もうちょっと早く撃てればよかったんだけど……」
「いーのいーの。最初は大体そんなもんでしょー、魔法のことはよくわかんないけど。あ、けど、毎回これだとさすがにちょっと私が持たないかな〜」

 あー……うん、そりゃそうだよね、さすがにさっきのアレは、僕が前衛役だったら多分パニックだ……。
 まぁでも――

「そこは大丈夫。今ので大体感覚は掴めたから……多分、次からは、魔力を流しながら回路構築してもいけると思う」

 うん、今は完全に初めてみたいなものだったから、加減がわからなくて、回路構築、イメージング、魔力循環と手順を踏んで確かめながらになっちゃったけど、イメージングの部分って、一度脳内で確立させちゃえば、それを忘れないようにすればいいだけだから、実際の詠唱の段階ではほとんど無意識レベルで省略できるんだよね。
 最終的な全体の魔力流量も、なんとなくは把握できたことだし……ちょっとまだ不安だから、今思ってるこの感覚から少し少な目にして注いで、足りない分は回路が完成してから注ぎ足す感じになるかもだけど、詠唱と同時にある程度魔力を流しながら回路を構築することは十分にできるはずだ。
 さっきの感覚を忘れない内にしっかりと掴んでおくように、僕は杖を持ってない左手を何度か握りなおした。
 ……うん、よし、後は慣れの問題だ、頑張ろう。

「そっか、おっけーおっけー。そういえば、Lv上がってたっけ、おめでと〜!」
「ありがとう……って、ミスティスさんも上がってたよね、おめでとう」
「おめあり〜♪」

 そうそう、お互いLvが上がったんだったね。

 HXT(ホーリークロステイル)の育成システムは、レベルアップごとに、職業ごとに応じた補正のかかったランダムな値が自動的に加算されていく仕組みだ。
 同時に、小数点以下切り上げで現在のLvを10分の1にした値の「ステータスポイント」が手に入り、これはプレイヤーが自由にステータスに割り振ることができる。
 情報サイトなんかでは、HXTも他のこの手のゲーム同様、一つのステータスにひたすらポイントを振り込み続ける「極振り」が一般的と言われている。
 けど、このゲームの場合、レベルアップ時のランダム上昇システムに加えて、Lvに上限が存在しないことと、同じステータスに割り振るほど、ステータスを1上昇させるために必要なステータスポイントが増えていくので、後半になるに従って、必ずしも極振りだけが最適解とは言えなくなってくるらしい。

 ……まぁ、と言うのは、今の僕たちにとってはまだまだ当面先の話だけどね。
 現時点ではもちろん、魔法攻撃力を上げられるInt一択だよね。
 Lv47から48に上がったので、獲得したステータスポイントは5。
 今の僕の割り振り具合だと、Intを1上げるには2ポイント消費する。
 ってことで、今回のポイントはIntを2つ上げておしまいかな。

 それと、スキルポイントの方も忘れずに振っておかないとね。

 HXT(ホーリークロステイル)はキャラクターLvと職業Lvを分けていないので、単純にLvが上がるごとに1ポイントずつスキルポイントが配られることになっている。
 それを取得可能なスキルツリーの中から選んで割り振っていくわけなんだけど……。
 このゲームの場合、キャラがある程度育った中盤以降は、常にスキルポイントの余裕を10〜30程度作っておくのが定石と言われてるんだよね。

 というのも、このゲーム、職業の選択がとんでもなく自由なのだ。
 冒険者への登録や、依頼の斡旋等を取りまとめている統括組織である「ギルド」を経由して、一定条件の下でもらえる許可さえ下りれば、任意のタイミングで、自由に職業を変更してしまえるんだよね。
 職業は、衣装を含めた装備品に紐付けされていて、紐付けの組み合わせ方は装備ウィンドウやアイテムストレージから自由に変更が可能。
 戦闘中ですら、それらを切り替えることで戦闘スタイルを職業ごと別物に切り替えることもできる。
 ステータスの適正の問題を度外視すれば、例えばソーディアンが突然クレリックに変わる、なんてこともできてしまう。
 そのステータス適正に関しても、実はどうやら、普段ステータスウィンドウで確認できる自分のステータスは、レベルアップ時のランダム上昇同様に、職業ごとの補正値がかかった状態で表示されているようで、言わば「職業なし」の状態の「素のステータス値」というものが内部的に存在しているらしい。
 そして、職業を切り替えると、その「素のステータス値」を基にして職業補正も再計算されるようになっていて、あまりに大きく適正から外れたステータスでもない限りは意外となんとかなってしまうんだとか。
 ただ、レベルアップ時のランダム上昇部分にも職業補正がかかっている以上、1つの職業を長く続けるほど、素のステータスにも偏りが生じるようで、職業切り替えの頻度によっては職業の適正不適正も発生してくるとのことだ。

 更に、このゲームには、生産職というものがデフォルトの職業の中には存在しない代わりに、生産職に当たるものとして、特定の行動条件で発生する「エクストラスキル」、「エクストラジョブ」というものが無数に存在する。
 トリガーとなる行動を行うことで、対応するエクストラスキルが発生するんだけど、この段階ではスキルポイントの割り振りはできないようになっていて、エクストラスキルは対応する行動の熟練度だけでLvが上がる。
 そして、この熟練度Lvが最大になることで、エクストラスキルはエクストラジョブに派生する。
 そうなると、職業として確立されるから、関連するスキルツリーが一気に増設されるんだよね。

 そんなわけで、キャラが育っていくほどに、様々な職業が追加される可能性が高くなっていくこのゲームでは、新しい職業を取得した時に、ある程度そこに即座に割り振れるスキルポイントの余裕を持っておくと何かと便利、と言われているわけだね。

 とは言え、これも今の僕たちにはまだちょっと早い話かな。
 今はひとまず、ブレイズランスのLvを上げていこう。

 ……うん?とすると……そうか、ブレイズランスのLvがこれで3になるわけだから、許容魔力流量もそれだけ上がるはず……。
 ってことは、Lv3の詠唱で、さっきの感覚でLv2分の魔力をそのまま流しちゃって、足りない分を注ぎ足す方が多分楽だね。
 うん、次はそれでやってみよう。

 ステータスウィンドウを閉じると、ミスティスさんもちょうどポイントの割り振りを終えたところみたいだった。

「よ〜し、おっけー! そっちも準備よさそうだね?」
「大丈夫、いつでもいけるよ」
「じゃ、次いってみよ〜!」
「うん、行こうか!」

 こうして、少し危ういながらもどうにか狩は成立できるらしいことを確かめた僕たちは、しばらくスライム狩に興じることになった。


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