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note.002 SIDE:G

「そこっ!」
「わぁ!?」
「ひゃぅ!?」

 誰かが近づいてくる足音に気が付いて身を起こしてみれば、突然、鼻先に剣の切先を突き付けられて、思わず悲鳴を上げて後ずさってしまう。
 と思えば、その剣の持ち主もこちらの反応に驚いたようで、たじろぎながらも剣を引いたようだった。

「ごっ、ごめんね! まさか人がいるだなんて思わなかったから!」
「いや、その、こんなところで寝てた僕も僕ですし…」

 バツが悪そうに平謝りしてきたのは、僕と同い年ぐらいに見える少女だった。
 肩に触れない程度のショートカットに切られた、明るいピンク色の髪に、利発で好奇心旺盛といった印象を受ける、わずかに釣り気味の同じ色の瞳。
 服装は、このLv帯では平均的と言える、革鎧と鉄製の胸当てと籠手の簡易な防具に、左腰に剣を携えた剣士スタイルだ。
 イメージカラーなのか、鎧の下に着こんだ長袖の上着や動きやすさ優先の短めのスカートも、ところどころに白や黒をワンポイントに使いつつ、全体的に淡いピンク色で統一されていた。
 こんなに鮮やかな髪と目の色はさすがにこの世界でも珍しいので、おそらくはNPCではなくプレイヤーだろう。

「あはっ。でも、気持ちはわかるよー。ここら辺はMobの密度もそんなじゃないし、今日みたいに晴れてると気持ちいいもんねー。あ、隣いい?」
「えっ、あ、ど、どうぞ……」
「ありがとー、えへへ」

 周囲を確かめるようにキョロキョロと見回していたかと思えば、何か勝手に納得したらしく、うんうんと頷いてからの、唐突な申し出。
 思わずOKしてしまったけど……距離感が近い近いっ!
 さらに少女は、僕の恰好を一通り見回して、内心ドギマギしっぱなしのこちらの心境などお構いなしに言葉を続けていく。

「ふむふむ……見た感じ、マジシャン? だよね? ソロ中かな?」
「えぇ、まぁ……。えっと、その……」

 なんというか、第一印象通り、グイグイくる人だなぁ……。
 そもそも人と会話することからして苦手なのに、女の子相手で、しかも向こうからこうも遠慮なく近寄られるなんて……正直、どうしたらいいのやら……。

 思わず一瞬身を引きそうになってしまったけど、でも……と思い直す。
 僕がこのゲームを始めた理由は、元はと言えば、半分はこの人見知りを治したいからだったじゃないか。
 まぁ、もう半分は単にゲームとして面白そうだったからだし、結局、これまで自分から誰かに話しかける勇気は持てないまま、ズルズルとソロを続けてきちゃったわけだけどさ。
 それに、僕自身も今ようやく自覚したんだけど――ここまでのやり取りを果たして「会話」と呼んでいいかは微妙だが――どうやら僕は、自分で思っていたよりは、「誰かと喋る」ということ自体は好きらしい。
 ただ、初対面の相手になると、自分から会話を始める切欠が掴みきれずに、なんとなく人の輪から外れていってしまうのだ。
 しかし今回は、相手の方から踏み込みにきてくれているのだ。
 その相手が女の子であることには、まだ少し……いや、かなり気後れしている部分はあるけど……ここはなんとか乗り切らなくては、それこそ一生この人見知りは克服できない予感がする……。

 そんな僕の一瞬の葛藤を知ってか知らずか、少女は何かに得心したように、ポンと手を打った。

「あぁ、そっかそっか。ごめんごめん、名前まだ言ってなかったじゃん。私はミスティス! よろしくね!」
「えっと、マイス、と言います。その、よろしくお願いします……」

 名乗りと一緒に、自然に差し出された彼女の手を、こちらも名乗りつつおずおずと握り返す。
 すると、手は握ったまま、彼女は顔をしかめて、

「むー、かた〜い! 敬語なしで! もっかい!」

 と、ずいっと身を乗り出しながら迫ってくる。
 う〜ん……まぁ、こうまで言われたら、素直に従うしかないよね。

「えーっと……よろしく、ミスティス……さん」

 と、なんとか言えたものの、彼女はまだ不満そうで、

「むむぅ……さん付けもなんか落ち着かな〜い。……けど、とりま今はいっか。うん、じゃ、改めてよろしくねっ」

 ようやく、一応は納得してくれたらしく、笑顔でもう一度握手を握り返された。
 僕も、内心でほっと胸をなでおろす。
 本人に悪気はないのはわかるんだけど……僕としては、慣れるまでしばらくかかりそうだなぁ。

「あ、それで、マイスはここでー……ソロ狩?」
「あー……うん、そんなところで……そんなところ、かな」

 思わず敬語が出そうになったところで、ミスティスさんが頬を膨らませたのを見て、慌てて言い直す。
 やっぱりまだ慣れないなぁ……。
 けど、そんな僕の胸中にはお構いなしとばかりに、彼女は目を輝かせた。

「おぉー。ここにソロで来るってことは、Lvは?」
「47だけど……」
「おぉぉー。いいねいいねっ。私が今48だから、大体一緒ぐらいだー」

 また何やら勝手に納得したように、うんうんと頷くミスティスさんは、こちらに向かってパッと顔を輝かせる。

「よしよし、それじゃ、私とパーティー組もっか!」

 うん、なんとなく予想がつくようになってきたとは言え、何がよしよしで何がそれじゃあなのかはさっぱりわからなかった。

「え、えぇ!? えっと、それはつまり……君と、僕で?」
「今この場には私とマイスしかいないんだから、当たり前でしょ。いやー、私もいい加減ちょっとソロには限界感じてたから、ちょうど後衛役が欲しかったのよね〜」

 と、また一人で納得した様子のミスティスさん。
 う〜ん……その申し出は嬉しいけど……。

「えーっと、僕まだパーティーとか組んだことなくて……」
「あー、もしかしてソロ専だった? ごめんね?」
「あぁ、いやいや、そういうことじゃなくて……。その、僕はまだ、このゲーム始めてそんなに長くないから……」

 一足飛びでズレた結論を出そうとしたミスティスさんだったけど、僕がそこまで訂正したところで、ようやく察してくれたようだ。

「おぉー、なるほどなるほど。初心者さんだったんだねー」
「うん、だから正直、パーティー以前にソロの基本もまだ覚束ないというか……多分、僕じゃ組んでも足引っ張っちゃうんじゃないかな……」

 僕の一番の懸念はそこだったんだけど……彼女はどうやら気にした様子もないようだった。
 むしろ笑顔を向けて、

「ふふ〜ん、心配ないよ〜! 実はね、私はこれ、2ndキャラなんだよねー。だからむしろ、初心者ジョートー! 私が基礎から教えてあげちゃうから、おねーさんに任せなさ〜い、えっへん」

 と、オーバーリアクション気味にふんぞり返って、拳で胸元を叩いてみせた。
 突然おねーさんなんて言ってるけど、見た感じ僕と同い年じゃないかなぁ……という無粋なツッコミは一旦置いておこう……。
 それはともかく、なんとなく、こういうゲームには慣れてるんだろうなーって雰囲気はあったけど、2キャラ目を作るほどやりこんでた人だったとは。
 そういうことなら、ここは有難く、お言葉に甘えさせてもらっておくのがいいのかな。
 HXT(ホリクロ)はリリースからそれなりに経っているゲームだから、情報サイトなんかの類も既に充実してて、必要な情報の大体は探せばすぐに出てくるものではあるんだけど……。
 それでも、経験者から直接教えてもらえる機会というのは貴重であることには違いないよね。
 それに、人との会話に慣れるっていう、個人的な目標にも合っているわけだし。
 ここは素直に彼女の厚意を受け取らせてもらおうっと。

「それじゃあ……よろしくお願いします」

 と、頭を下げれば、

「ふっふ〜ん、まっかせなさ〜い♪」

 と、自信満々の答えが返ってくる。
 問題は……こう言っちゃ失礼だけど、ここまで話した感じからして、ミスティスさんって人に何か教えるとかってあんまり上手そうには見えないよね……。
 なんだろう、ちょっと別の意味で不安になってきたかも……。

「さ、そうと決まれば、早速……はいっ、要請飛んだ?」
「うん、大丈夫」

 ミスティスさんから送られてきたパーティー加入要請を承諾すると、視界の左上でステータスバーが二段に増える。
 増えた二段目の、自分のものより一回り小さなバーの上には「MISTIS」というキャラ名と、左側にはパーティーリーダーを表す星のマークがついていた。
 彼女の側でも僕がパーティーに加入できたことを確認したようで「うん」と一つ頷いた。

「おっけー。それじゃ、ちょっと場所変えよっか。ここじゃ2人で狩るにはMobが少なすぎるし、せっかく初めてのパーティーなら、もっとパーティーらしいことしたいもんねっ」

 ニコッと笑顔でそう言うと、ミスティスさんは僕の返答を聞く前にスタスタと歩き始めてしまう。
 慌ててその後を追いつつ、一応聞いてみる。

「えっと、場所を変えるって、どこへ?」
「まぁまぁ、いいからおねーさんに全部任せなさい♪」

 う〜ん……本当に大丈夫かなぁ……?


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