note.003 SIDE:G
結局、行き先がわからないままミスティスさんの後ろをついていくこと30分ほど。
気がつけば、辺りはすっかり森になっていた。
森と言っても、それほど木々の密度は高いわけじゃないから……どっちかと言うと、まだ林?ぐらいかな?
見上げてみれば、まだまだ梢よりは空の方が割合が多い、といったところだ。
周囲を確認しながらそんなことを考えていると、ふとミスティスさんが立ち止まった。
「ん〜……この辺でいいかな? とうちゃ〜く♪」
「ここは……」
「そっ、スライム森!」
この辺りのことは、情報サイトの知識でだけど、僕も知っている。
通称「スライム森」――確か一応ちゃんとしたマップ名があったはずだけど……PC、NPCを問わず、「スライム森」という通称の方が有名で、基本皆この呼び方をしているようだ。
その名の通り、ここらの森一体の主なMobはグリーンスライムという、名前そのままの緑色のスライムだ。
というより、この森で動物と呼べるものはほぼグリーンスライムしかいないと言っていい。
スライム以外に存在するのは、スライムの餌になるほどの魔力を持たず、スライムの捕食から逃れられる樹の上を主な生活圏とする、リスや小鳥なんかの小動物ぐらいだそうだ。
何故そんなことになっているのかと言うと、スライムの性質と、この森の魔力濃度の問題らしい。
この世界のスライムは、種類にもよるけど、主に魔力を主食としている。
基本的には大気中の魔力だけでも生存可能で、下手に近づきさえしなければ比較的無害な存在だ。
だけど、魔力を糧とする魔物の例に漏れず、魔力の流れには非常に敏感なんだよね。
なので、ある意味魔力の塊とも言える、人間や他の魔物を探知すると、積極的に捕食しようとしてくる。
ここで厄介なのが……まぁ、一般的に想像されるだろう、スライムの性質だ。
この世界のスライムも、その例に漏れず、生半可な物理攻撃なら受け止め取り込んでしまう粘着質で柔軟な不定形の身体と、貯め込んだ魔力が尽きるか、核が破壊されない限りは再生し続ける、強靭な回復能力を持っているのだ。
故に、その粘液の守りを突破して核にダメージを通すことができる攻撃力か、弱点である火属性魔法が扱える魔法行使能力のある存在がいない場所では、容易に頂点捕食者足り得てしまうんだよね。
そして元々、この世界において森林地帯という場所は魔力を貯め込みやすい性質がある。
加えてこの森は、周囲のいろいろな環境的要因から、他の同程度の密度の森よりも少しだけ魔力濃度が高いらしい。
その少しの差のせいで、この森は「スライムの天敵になるほどの魔物には薄すぎるけど、スライムは発生し得る」ちょうどいい魔力濃度になっている、ということだ。
まさに、スライムの楽園だね。
「ここなら、マジシャン系が初めてパーティーを組むにはちょうどいい場所かなーって」
そう言って、ミスティスさんは笑顔でこちらに振り向いて、説明を続けた。
「今の私たちのLvだと、私の剣じゃスライムに攻撃通せないんだよねー。かと言って、マイス一人だと……多分、詠唱反応で押し潰されるんじゃないかな」
「うん、まぁ……多分、そうかな……」
一応、火属性魔法が最大の弱点であるスライムだけど、核にダメージを与えない限りほぼ無尽蔵に復活する再生能力は厄介だ。
多分、今の僕のファイヤーボルトLv10を撃ち込んでも一撃では殺しきれないだろう。
そうしている間に接近されてしまえば、おそらくその時点で詰みだ。
フロストスパイクをひたすら連打して寄せ付けなければ、その内倒せるだろうけど……その間にどれだけのスライムが詠唱反応で呼び寄せられるかわかったものじゃないし、倒せたとしても、すごく効率の悪い狩になるだろうね。
そもそもの問題として、僕のLvが47に対して、ここのスライムの平均Lvは59。
僕が一人で狩りに来るにはまだ早すぎる場所なのだ。
「でも、私たち二人できちんと役割分担すれば、今のLvでもここのスライムぐらいなら勝てる」
「役割分担……」
思わずオウム返しに呟いてしまった僕だけど、どうやらよっぽど深刻そうな顔をしていたらしい。
「あははっ、そんなに難しく考えることはないよ。ここは本当に、ただ基本ができてさえいればラクショーだから」
と、軽く笑って、ミスティスさんは僕の肩をポンポンと叩いた。
「とりま、やることは単純なんだよね〜。私がタンクで、マイスがアタッカー! 要するに、私がタゲは引いてあげるから、マイスは横から魔法撃ってくれればおっけー」
「なる……ほど、わかったよ」
うん、なるほど、確かに単純な話だ。
ミスティスさんが詠唱反応しないようスライムを引き付けてくれるから、僕は単に、落ち着いて魔法の詠唱を完了させればいいということだね。
ちなみに実際、このスライム森の突破は、HXT初心者脱出のための登龍門と言われている。
ソロであれば、スライムの物理耐性や詠唱反応を乗り越えて殲滅が可能な攻撃力や魔力制御能力と言う意味で。
パーティーであれば、ミスティスさんが説明してくれたような、極単純な職業による役割分担を、各々が理解し実践できるか、と言う意味で。
そんな、「冒険者としての基本」ができていれば、実はスライム自体はそれほど恐れるような相手ではない……というのが、情報サイトや各所で言われていることだ。
「47なら、そろそろブレイズランスも覚えてるよね?」
「まだLvは2だけど、一応……」
ブレイズランスは、名前の通り、巨大な一本の炎の槍を生み出して撃ち出す、ファイヤーボルトの上位版のような位置付けの火属性中級魔法。
僕は最近ようやくスキル取得に手をつけられた、というところだ。
だけど一つ問題があって――
「うんうん、ここのスライム程度ならLv2あればヨユーヨユー。詠唱はちゃんと覚えてるよね?」
「詠唱文は、大丈夫。けど、まだLv1を何回か試し撃ちしたぐらいで、実戦で使ったこともLv2で撃ったこともないから、魔力制御がちょっと不安かも……」
問題はそこなのだ……。
僕はまだ、ブレイズランスをまともに使いこなせていない。
というのも、中級魔法であるブレイズランスは詠唱も相応に長くなっていて、MP消費も大きい。
もちろん、魔力制御も相応に複雑になっている。
そうなると、今まで僕一人で行けた範囲の狩場では、詠唱時間が足りずに肉薄されて詠唱を中断されたり、オーバーキルになりすぎてMP効率が悪かったりと、まともに実戦で使える機会がほとんどなかったんだよね。
情報サイトによれば、もっとLvが上がって無詠唱で撃てるようになれば、好きなタイミングで即座に撃てる単発中威力の高効率魔法として非常に便利、とのことなんだけど……。
「あー……そっかー。う〜ん……ま、大丈夫でしょ。なんとかなるなる♪ それぐらいの時間は稼いでみせるよ」
そう言って、ミスティスさんはカラカラと笑ってみせた。
なんというか……まだ出会ってから1時間と経ってないはずなんだけど、彼女が言うと大体のことは本当になんとかなってしまうような気がしてきているから不思議だよね。
なかなかに、悪い気分ではない。
「……うん。ありがとう、ミスティスさん。正直さっきまで不安だったけど、だいぶ気が楽になったよ」
「そーお? えへへ、ならよかった。どういたしまして、かな」
僕の素直な気持ちに、ミスティスさんも笑顔で返してくれた。
……うん、なんだか気合が入った気がする。
ブレイズランスの魔力制御、頑張ろう。