note.004 SIDE:G
そんなわけで、いざスライム狩り!……かと思いきや。
「さて……っと、その前にー……」
ここに来て初めて少し歯切れ悪げに、ミスティスさんが言葉を切った。
「ちょっとごめんね。これだとさっきの今でソロ用装備だから、盾がないんだー。一旦戻ってすぐ取ってくるよ」
「そっか、さっき会うまではお互いソロだったからね。了解」
僕の了解を得て、ミスティスさんは、ストレージから青……というよりは藍色をした、宝石のような石を取り出す。
石の内部には何やら魔法陣が刻まれていた。
「《ポータルスフィア》!」
発動のトリガーとなるスキル名を唱えると、石はすぐにフォトンに還元されて掻き消えて、代わりに石に刻まれていた魔法陣が彼女の足元、少し前方にズレた位置に展開される。
展開された魔法陣がすぐさま発動すると、魔法陣の中心にフォトンが集まって、ふわふわと浮かぶバランスボール大ぐらいの光の球が生まれた。
「それじゃ、すぐ行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
と、こちらに軽く手を振ってから、ミスティスさんが光の球に触れると、その身体が一瞬で光と共にフォトンに変換されて、光の球に吸い込まれて消えてしまった。
後には展開されたままの魔法陣と光の球だけが残されていた。
彼女が唱えたポータルスフィアという魔法は、「術者とそのパーティーメンバーが、発動地点と術者のセーブポイントの間を1往復だけ転移できる」というものだ。
効果は術者が発動地点に帰還するまで続く。
パーティーメンバーリストを確認すれば、ミスティスさんの現在地表記が、僕も拠点にしているここから一番近い街「始まりの街・アミリア」に戻っていた。
本来であればマジシャン系の上位職であるサマナーのスキルであるはずのポータルスフィアを、ソーディアンであるミスティスさんが発動できたのは、先ほどの石――刻印魔石のおかげだ。
ジェムというのは、魔石とも呼ばれ、この世界では普遍的に存在する、魔力そのものが凝縮した結晶体のことを指す。
内包する魔力の量によって、紫から赤まで虹色に変化していくのが特徴で、紫から青色ぐらいまでだったら、ちょっと注意して探せば、そこら辺の石ころにも紛れているぐらいには、この世界では普遍的なものとして認識されている。
魔力そのものの結晶体だから、単純にMP回復剤としても使えるけど……主な使い方としては、魔法陣を記録して、さっきのように、記録した魔法の効果を誰でも使えるようにする消耗品アイテム「刻印魔石」に利用するのが一般的だ。
この世界の魔法陣とは、魔力を制御し、魔法として発動させるための魔術回路の投影――言わば、魔力制御のガイドレールのようなものだ。
そして詠唱文とは、この魔術回路の構造を示す指示書――設計図のようなものに当たる。
つまり、どの単語を唱えることで、どんな形が魔法陣として現れ、どんな効果を齎すのか、というところには明確な法則性が存在するのだ。
術者が正確なイメージを以て、正しく詠唱文を唱えることで、その構築式に沿った魔法陣が自動展開され、そこに魔力を流し込むことによって、魔法が発動するようになっている。
さて、ここで、それぞれの要素を取り出してみると……。
詠唱による魔法陣がなくとも、自身の魔力制御だけで同様の操作ができるのであれば、そもそも詠唱など必要ない。
これが短縮詠唱や無詠唱の原理だ。
その逆に、詠唱によらずとも、望む形の魔法陣さえ正確に描けているのであれば、そこに魔力を流すだけで、魔法は問題なく発動する。
これが刻印魔石の原理というわけだ。
刻印魔石の場合、そもそも純粋な魔力そのものの結晶体であるジェムに魔法陣を刻んであるんだから、術者の魔力すら発動には必要ない。
ただ術者が発動の意思を以て、トリガーとなるスキル名を唱えさえすれば、ジェムに込められた魔力を消費して、後は勝手に魔法が発動する。
この刻印魔石という技術が一般化されているおかげで、さっきの転移魔法「ポータルスフィア」とか、死亡によって肉体を破棄してしまった魂に周囲のエーテルから直接肉体を再構築する蘇生魔法「リザレクション」といった、汎用性の高い補助魔法を記録した刻印魔石は、ポーションなんかと同列の消耗品として普通に販売されてるんだよね。
……と、本当に数分も経たないぐらいで、今度は先ほどの工程の逆再生のように光の球からフォトンが吐き出されて、ぼんやりとした人型を形作る。
曖昧だった人型が元の輪郭を形どるように収縮したかと思えば、パッと弾けるようにして人型を作っていたフォトンが消えると、そこには何事もなかったようにミスティスさんの姿があった。
直後、足元で柔らかく光り続けていた魔法陣が、光を失うように消えて、光の球も形を維持できなくなって同様に消えていった。
「お待たせっ! ごめんね」
「ううん、言うほど時間も経ってないし、気にしないで」
「ありがと♪」
軽く平手を立てて謝ってくるミスティスさんだったけど……実際、気になるほどの時間が経ったわけでもない。
「さって、それじゃ! 改めて!」
オーバーアクション気味に、前に向けて斜め上にかざしたミスティスさんの左手に、ストレージから盾が取り出される。
そうして、左腰に提げていた剣を鞘ごと外して、盾の裏側に上から垂直に差し込むように取り付けて固定する。
それで準備完了のようで、今度は剣を鞘から抜いて、切先を勢いよく前方へと向けて、
「スライム狩、いってみよ〜!」
「お、おー!」
と、高らかな宣言に、僕も思わず釣られて杖を掲げて答えてしまった。
……周りに他に誰もいなかったからいいけど、我ながらちょっとこれは恥ずかしかったかな……。
っとと、そんなことを気にしてる場合じゃないね。
既に歩き出したミスティスさんに遅れないように、後を追う。
程なくして、目的のグリーンスライムが一匹見つかった。
「いたいた〜。……うん、周りに他のスライムもいなさそうだし、まずは小手調べってことでちょうどいいかな」
ミスティスさんが軽く周囲を確認する。
他のスライムを詠唱反応させちゃう心配がないのはありがたいね。
何しろ、実質初めてのブレイズランスの実戦使用だ。
まずは落ち着いた状態で確実に成功させて、魔力制御の感覚を掴まないと……。
「それじゃ、プロボでタゲ取っちゃうから、私にタゲが向いたのが見えたら撃ち始めちゃっていいよー」
「了解!」
プロボとは、ソーディアンの持つ補助スキルの一つ、挑発のこと。
装備している両の手の武具にそれぞれ魔力を通しながら両者を打ち合わせることで、魔力を共鳴させた音を鳴らして、音と魔力の両方で周囲の敵のヘイトを自身に引き寄せる、タンク役を引き受けるソーディアンの基本スキルだ。
この時、音と魔力の波の共鳴で、魔力を探知方法とする敵の感覚を狂わせて、詠唱反応を含む自分以外の味方へのタゲ移りも一定時間の間防いでくれるんだよね。
問題点は、音を使ったスキルだから、範囲内の反応した敵全部を強制的に引き寄せちゃうことで、状況によっては余計な敵までまとめて引き寄せちゃって、逆に不利に陥ってしまうこともあるってこと。
だから、余計な敵まで引きたくない今は、一度周囲の敵を確認したってことだね。
「じゃ、いくよ〜!」
カァン!と小気味いい音で剣と盾が打ち鳴らされると、すぐさまスライムが反応して、ミスティスさんに向かっていく。
……って、見た目と違って意外と動きが速いね……。
ともかく、挑発はきちんと成功したようだ。
僕も詠唱を始めよう。
「猛り燃ゆる紅蓮の炎よ――」
詠唱に従って、魔術回路が構成されていく。
けれど、詠唱によって構築される魔術回路が発現するのは、単語を実際に言葉にした、ほんの一瞬だけ。
魔法陣全体の完成までこれを維持するためには、回路保持のための最低限の魔力をここに通しておかないといけないんだよね。
だけど、この時点では当然、詠唱が終わった部分までしか回路は構築されていないわけで……。
ここに過剰に魔力を流しすぎると、回路の先がどこにも繋がっていないまま、魔力だけが漏れ出して暴発しちゃうんだよね。
そうなってしまうと詠唱は失敗、場合によっては、中途半端な回路を通ったことで一度流量を絞られた魔力が一気に解放されることで、魔力爆発を起こして自滅することすらあるんだよね。
だから、初めて使う魔法を詠唱する時というのは、構築した魔術回路を維持しつつ、暴発は起こさないように、どの程度の魔力を流すべきかを慎重に見極めながら事を進めないといけないんだよね。
僕の視線の先では、ヘイトの維持ついでに少しでもダメージを与えておこうと、ミスティスさんがスライムに斬りかかっていく。
けど、本人の言っていた通り、その斬撃は、身体の弾力に弾かれたり、まるで水面でも斬ったように、切れ目すらろくに残すことなく再生されたりで、まともなダメージにはなっていないようだ。
「我が意を示し、槍と形成せ――」
……と、そこで、
「……っくぅ!? マイス、まだ!?」
スライムが縦に伸びるように形を変形させて、ミスティスさんを飲み込もうと、覆い被さるように押し潰しにかかろうとする。
ミスティスさんは、なんとか盾で押し返そうとしてるけど……完全にスライムの質量に押し負けている。
これは不味いかも……?
応えてあげたいけど……余計な言葉を挟んで、詠唱を中断するわけにはいかない。
ごめんね、ミスティスさんっ、もう少しお願い……!
けど、ここで焦ったらそれこそ台無しだ。
ここまで詠唱してしまった魔法を暴発なんかさせたら、自爆は必至。
ここは焦らず、確実に……!
「貫き、穿て。焼き尽くせ」
よし、これでなんとか、暴発させずに詠唱は完了。
あとは、出来上がった魔術回路に溢れないよう慎重に魔力を流して全体を満たすだけ。
わかりやすく例えるなら、魔法陣の形に掘った堀に水を流し込むイメージかな。
ここで重要なのは、術者が、意図する魔法の効果をどこまで正確にイメージできるか、ということだ。
操作したい現象の発生原理、それをどのように形取り、どんな挙動で以て、どういう効果を望むのか――。
魔術回路を満たしきった時に、そこに流れる魔力の流量は、この時のイメージの情報量に比例する。
望む結果をより細部まで、より正確にイメージできているほど、回路内に流せる魔力の密度は上がっていくのだ。
気がつけば、杖と共に真上に掲げた僕の両腕の先には、巨大な炎の塊が発生していた。
その熱量を両腕に感じながら、溢れすぎないよう、少しずつ回路を流れる魔力の「水量」を増やしつつ、イメージを固めていく。
ブレイズランスはその名の通り、炎の槍を生み出す魔法……。
であれば、僕がイメージするのは……名前の通りのランス――ただ真っ直ぐに、突き進み、刺し貫くことだけに特化した馬上槍。
魔力を燃料として、酸素と反応することで燃え上がる灼熱の炎。
それを、槍の形に形成する。
もっと……もっと長く、もっと鋭く……!
槍は真っ直ぐに敵を貫き、その場で一気に爆発、敵諸共跡形もなく消し飛ばしてしまうような、そんな絶対の威力を……!
僕のイメージに従って、最初は単に真横に噴き出しているだけのようだった炎は、長さと鋭さを増していき、螺旋を纏って円錐を描いていく。
「ちょっ……ごめ……っ、もう、限界……!!」
見れば、ミスティスさんはとっくに片膝を衝かされて、今にも仰向けにスライムに押し潰されて倒されそうになっていた。
けど、事が起こるよりも先に、僕の魔術回路が完全に魔力で満たされた。
頭上の炎は、綺麗に螺旋の渦巻く鋭角の円錐形を保っている。
――うん、いける!
「《ブレイズランス》! いっけええぇぇぇぇぇッ!」
全力の気合を込めるつもりで、掲げた杖を斬り裂かんばかりに大上段から振り下ろす。
螺旋状の熱気を軌道上に残しながら一瞬で着弾した炎の槍は、こちらに気づくことなく単にミスティスさんから一番遠い位置に退避していただけのスライムの核の中心を寸分違わず貫いて、爆発。
轟音と共に吹き荒れた爆風は、本当に文字通り、跡形もなくスライムを吹き飛ばしてしまっていた。
「ぅわぷ!?」
少し爆風に煽られる形になったミスティスさんは、軽く尻餅をついたものの、なんとかそこで踏み止まったようだ。
それとほぼ同時に、二人の頭上ではレベルアップを示すファンファーレが鳴り響いていた。
まだ次のLvまでの必要経験値は結構あったと思ったけど……さすが、Lv12もオーバーの相手に挑んだ甲斐はあった、というところかな?