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 西暦2071年――
 実用量子コンピューターの普及と小型化によって、VR・AR技術が飛躍的な進歩を遂げ、仮想空間技術は人間の五感を完全に再現するまでに至る。
 同様に発展したクラウド化技術とウェアラブルデバイスによって、今や人類の文明圏は、その全てが都市区画1つ、建物1つの単位でクラウドサーバー化され、繊維として衣服に編み込めるウェアラブルデバイス「サーキットライン」をクライアントとすることで、リアルと完全に同期したAR空間ネットワークを構築していた。
 このリアルに「重ね合わされた」AR空間ネットワークに、VR技術を使ってネット経由でアクセスする「レイヤードネット」によって、自宅に居ながらにして世界中のあらゆる文明圏への「アクセス」すらも可能となった時代――

 そんな時代にあっても、「学校」という、ある種前時代的な組織体系はなくならなかった。
 何故かと言えば、曰く、子供の成長期の義務教育課程においての集団生活による心の教育の必要性が云々かんぬんだとか。
 はたまた、学校を廃止した場合の教員の大量失職による雇用問題だとか。
 まぁつまるところ、これまた前時代的なしがらみによるところが大きかったりするわけで。
 ともかく、「学校」という組織体系はなくならなかった。

 そういうわけで、今以て17歳という年齢の世間一般における社会的地位は変わることなく「高校2年生」であり。
 それは僕――「マイス」こと高坂 大樹においても例外ではなかった。

 ミスティスとの出会いの翌日のこと。
 昼休みも半ばを過ぎた遠堺南高校――通称「南高」の教室で、僕は頭を悩ませていた。
 その理由はと言えば、目の前のARウィンドウに映る画面……HXT(ホーリークロステイル)のスキルシミュレーターだった。
 僕は昨日まではソロしかやってなかったから、スキルの取得もそのつもりで進めていた。
 けれど、今後ミスティスや、おそらくは他の人ともパーティーを組む機会があるかもしれない可能性が出てきたことで、まだスキル振りの修正が利く今の内の段階で、パーティーのことも考えた振り方に方針を切り替えておいた方がいいかと思ったのだった。
 とは言え、パーティープレイの知識なんてないに等しいので、情報サイトの概略的な記述だけしか判断材料がなくて、どうにも決めかねていたんだけども。

「おやおや、何やら困りごとかね? 高坂君」
「ぅわ!?」

 この時、まさか自分が誰かに話しかけられるとも思っていなかった僕は、突然後ろから名前を呼ばれたことで、半ば飛び上がりそうになりながら振り向いた。

「おぉっと、少し驚かせちゃったか。こりゃ失敬」

 そう言って、頭の後ろを掻きながら僕の反応に謝ってきたのは、クラスメイトの小倉君――小倉 恭一だった。

「いやいや、見たところなかなかにお困りのようだったから、僕でよければ力になれないかと思ってね」

 言われて、なるほどそういえば、と声をかけられた理由に思い至って納得した。
 彼は、同じクラスメイトの幼馴染2人と共に3人で、曰く、「元々は小さい頃からの遊びの延長線」として、クラス内やご近所の「お悩み相談室」のようなことを普段から進んでやっているらしかった。
 なるほど、どうやらそんな彼の目に留まる程度には、僕の様子は真剣に悩んでいるように見えたらしい。
 まぁ確かに、この時の僕にとってはそれなりに真剣な悩みであったことには間違いなかった。
 とは言え……。

「はは……いや、言うほど大したことじゃないんだよね。ゲームの話だし」
「お、もしかしてHXT(ホリクロ)かな?」
「あー……うん、そうだけど……。どうしてわかったの?」
「いやぁ、最近のタイトルでそんなに悩むようなものって思いつかなかったから、ネトゲ系かな?って。まぁ、最初に思いつくのはHXT(ホリクロ)だよね。君もやってたのはちょっと意外だったけど」
「いやまぁ、最近ちょっとやってみようかなって。けど、まだ始めたばっかりで……」
「なるほど。HXT(ホリクロ)なら僕もそれなりにやってるつもりだから……ま、対人関係とか重い話じゃないなら相談には乗るよ?」

 この申し出は渡りに船だった。
 実際、一人ではどうにも答えが出なかったから、こうして唸っていたわけだしね。
 ここは素直にお言葉に甘えて、相談させてもらうことにした。

「う〜ん……じゃあ、少しいいかな」
「どうぞ。何がお悩みかな?」
「実は、マジシャンのスキル振りで悩んでて……今がこんな感じなんだけど」

 プライベートモードで表示していたスキルシミュレーターのARウィンドウを、他人からも見えるパブリックモードに切り替えて、小倉君の側に寄せつつ、話を続ける。

「パーティーとか考えたら、この後何から振っていけばいいかなぁって……。昨日、初めてパーティー組む機会があったから、この際いろいろ考えておこうと思ったんだけど、わかんなくて……」
「ほほぅ、なるほどなるほど……。ふむ、わかんないと言う割には、今の振り方は割といい線いってるね」
「えっ、そうなの?」

 いい線いってる、と言われたのは嬉しかったけど、何が「いい線」なのかはさっぱりで、思わず聞き返した。

「うん、ブレイズランスを3で止めたのは、いい判断だと思うよ。正直、使っててオーバーキルだと思っただろ?」
「あぁ、うん。だから昨日、途中で止めて先にフレアボムに少し振ったんだよね」
「そこに気づくかどうかなんだよね。初心者だと、大体中級魔法も初級魔法と同じノリで全振りしちゃいがちなんだけど、最初のうちの中級魔法って、ぶっちゃけかなりオーバーキルなのさ。むやみにLvを上げ過ぎると構築も難しくなってくるしね。中級魔法のLvを先行して上げ過ぎて、扱い切れずに結局実戦ではLv落として使ってます、っていう初心者さんはかなり多いよ」
「あー……なるほどねぇ」

 言われてみて、すごく納得した。
 確かに、昨日あぁして実戦で使う機会がなければ、僕も何も考えずにブレイズランスに全振りしていたかもしれなかった。

「ちなみに聞くけど、どうしてブレイズランスがオーバーキルだって気づいたんだい?」
「えっと、昨日パーティー組んだ人に、Lv47ぐらいからスライム森に連れて行ってもらって……」
「な〜るほど、そりゃあその人の狩場選びが上手かったね。なかなかいい人と組めたみたいじゃないか、いいことだ」
「うん、その人にはすごく感謝してるよ」

 そうか、ミスティスはそこまで考え……てないよなぁ、まさか……。
 一瞬、感心しかけて、魔法のことはよく知らないとか言ってた気がして思い直した。
 多分当人としては、自分で言ってた「分担が楽で初心者のパーティー狩にちょうどいい」以上の理由はなかっただろう。
 けどまぁ、結果的に僕は、ブレイズランスのLvだけ上げてもオーバーキルすぎることに気づいて、フレアボムにポイントを回す余裕ができたというわけだ。
 改めて彼女には感謝しないとね。

「それに、もっとLvが上がってくれば、熟練度システムの恩恵も段々出てくるからね。中級以上の魔法は、実用に必要最低限のLv1から3ぐらいまでで止めて、それ以上のLv上げは熟練度に任せるのが賢いやり方なのさ」
「なるほど、覚えておくよ」

 熟練度システムは、キャラLvとジョブLvを分けていない故のHXTの独特のシステムだ。
 ジョブのLvがキャラLvと別れていないので、スキルLvを上げるためのスキルポイントは、Lvアップごとに1ポイントずつもらえることになっているわけだけど、当然ながら、キャラのLvが上がるほど次のLvアップまで時間がかかるようになってくる。
 そうなってくると、Lvが上がるほどジョブの選択肢が増えるのに、Lvが上がるほどスキルポイントの供給が足りなくなる、っていうお話になってしまうわけだ。
 このスキルポイント不足を解消するために、スキルポイント以外でのスキルのLvアップ方法として、全てのスキルに熟練度が設けられている。
 熟練度は各々のスキルを繰り返し使っていくことで蓄積されていって、一定値が溜まるごとに自動的にそのスキルのLvが上がるようになっている。
 ただ、キャラLvが上がりやすく、取得ジョブの数も少ない序盤のバランスを取るために、低Lv帯ではいくらスキルを使っても熟練度の上昇は微々たるものになっていて、キャラのLvが上がるほど、熟練度も上がりやすくなるように調整されている。
 中盤以降はスキルポイントを常に10〜30程度余らせておくのが定石になっているのは、この辺りの理由も大きいんだよね。
 新しく何かジョブを取得した時に、とりあえず余らせたポイントで主要なスキルのLv1だけ取得してしまえば、中盤以降のキャラLvであれば、大体熟練度だけでいずれはスキルLvMaxまで到達できるから、スキルポイントの余裕があればあるだけ、いろいろなジョブの取得がスムーズになるってわけだね。

「ふむ……そうだね、このスキル振りだと今のところ火と氷魔法しか取ってないみたいだし、このまま氷炎型でいくなら、チリングボムとフロストヴァイパー辺りの氷の中級魔法を2か3ぐらい振ったら、他の属性の初級魔法を一通り取っておくのがいいんじゃないか」
「実は、そこもまだあんまり決めてないんだよね……。先に他の属性の初級魔法を試してみるってのはあり?」
「あぁ、全然アリアリ。どのみち、初級魔法ぐらいは全属性一通り揃えておくってのはマジシャンの必須事項みたいなもんだからね。いろいろ試して合う型を見つけていくといいさ」

 氷炎型というのは、マジシャンのスキル振りのテンプレの1つのこと。
 ジョブの自由度がウリのHXTとは言え、既にそれなりに長く続いているゲームなだけに、ある程度定番のスキルの振り方みたいなものは確立されているんだよね。
 大体のジョブは、自分のメイン武器に合わせて必要なスキルを取っていけばいいんだけど、魔法がメインになるマジシャン系の場合は、全属性の魔法を全て覚えようと思うと必要なスキルポイントが膨大な量になってしまうので、取得する魔法属性を2つぐらいに絞って運用するのが一般的になっている。
 基本属性はまぁ、この手のゲームでは定番の地水火風に光闇を加えた6属性なんだけど、水属性の中で氷を扱う魔法と、風属性の中で雷を扱う魔法は、それぞれ「氷魔法」、「雷魔法」として便宜上別系統として扱われている。
 そして、光属性に関しては、マジシャン系にも一応多少は存在するものの、大半はクレリック系の領分になっている。
 つまり、基本6属性から光を除いて氷と雷を加えた、合計7属性から1〜2種類を選んで特化したスキル振りにするのがマジシャン系におけるテンプレと呼ばれているんだよね。

 その一方で、相手に合わせた属性魔法を使い分けられることもマジシャン系の利点の1つとされているから、マジシャンの段階で覚えられる初級〜中級程度までの魔法は全属性を一通り揃えておくというのもまた、マジシャンの定石とされているんだよね。

 氷炎型は文字通り、氷魔法と火属性魔法をメインにする型。
 氷魔法には、マジシャン系の防御の要と言われるフロストスパイクを筆頭に、凍結の状態異常を含めた足止めスキルが多くて、それらで時間を稼ぎつつ、火属性魔法でトドメを刺すっていう、やることも詠唱難度もわかりやすい、初心者に人気の型だ。
 ただ、マジシャンとしての基本的な動き方がしやすいっていう意味で初心者でも扱いやすいのはメリットだけど、まぁ、想像できる通り、氷魔法と火属性魔法ってそれほど相性がいいわけではないんだよね。
 属性の組み合わせによる相乗効果を狙うなら、氷魔法と雷魔法の氷雷型や、風属性と火属性の風炎型なんかが人気の型だ。
 他にもいくつかテンプレとされる組み合わせはあるんだけど……この時点での僕はまだ、いまいち具体的な方針を決めかねていた。

 と、そこへ、また後ろから声がかかった。

「よっ、オグ、とー……高坂か。珍しいな」
「やほー」

 振り向いた先にいたのは、件の小倉君の幼馴染――九条 直也と塚本 理奈の2人だった。

「いやね、どうも何やらお悩みのようだったから、我らが『探偵部』としては黙ってられないなと思ってね」
「あー! なになに? HXT(ホリクロ)の話?」
「うん、僕は最近始めたばかりなんだけど、スキル振りがまだいまいち決まってなくてね。相談に乗ってもらってたんだ」
「なるほどね〜」

 パブリックモードで表示しっぱなしだったスキルシミュレーターを見て、食いついてきたのは塚本さんだった。

「えーっと、じゃあもしかして、塚本さんも?」
「そ。あたしもオグと一緒にやってるの」
「それじゃあ、九条君も?」
「いや、俺はやってねぇんだ」

 二人がやっているなら、幼馴染らしい三人で一緒にやっているのかと思って何気なく聞いたんだけど、返ってきたのは意外な答えだった。

「ナオも誘ってるんだけどね〜」
「俺も興味がないとは言わねぇけどさ。ま、今の俺には『アレ』を追ってるのが一番の冒険なのさ」
「ずっとこんな感じなの」
「『アレ』? ……って、何?」

 その質問をした途端、九条君の目がキラリと光ったように見えたのは見間違いではなかったと思う。

「よくぞ聞いてくれた!」
「ネトゲの攻略から!」
「巷の噂の真相まで!」
「日常のお悩みは我ら『遠堺探偵部』にお任せあれ!!」

 え、えぇぇ……。
 なんか無駄に完璧なポージングで突然戦隊モノか何かみたいなノリが始まったんだけど……えーっと……僕はこれにどう反応すればいいんだろうか……。
 なんか小倉君と塚本さんまでノリノリで加わってるし……。

「……う、うん……?」
「と、言うわけでだ」

 あっけにとられた僕の微妙な反応はさらっとスルーされたらしい。
 まぁ、変にリアクションを求められても困るところだったからそれはそれで助かったけど……。

「高坂も何か知らないか? 『黄昏の欠片』って単語の噂について」
「黄昏の欠片?」
「あぁ、俺たち探偵部の目下最大の『調査案件』さ」

 黄昏の欠片……と言われても、いまいち聞き覚えはなかった。
 そもそも僕は人見知り癖が抜けなくて、クラス内でも必要以上に誰かと話すということ自体あまりなかったから、その手の噂話なんかの類には滅法疎い。

「う〜ん……特に聞き覚えはないかなぁ……。そもそも、それってどういう話なの?」
「それが、俺らにもよくわかんねぇんだよなぁ」
「わかんない? って……?」
「なんつぅかな……聞く度に話の中身が全然違ぇんだよなー」

 うん、どういうことだろう、さっぱりわからない。
 ひたすら疑問符を浮かべるしかなかったけど、塚本さんと小倉君が具体例を補足してくれた。

「最初に聞いたのはー……いつ頃だったっけ? 覚えてないけどー……なんだっけ? どこそこに落ちたUFOから『黄昏の欠片』って命名された『何か』がアメリカ軍に回収されたーとか、そんなだっけ?」
「あぁそうそう、そんな感じだったね。んで次が、徳川埋蔵金の在処を示す暗号解読のキーワード、だったかな」

 更に九条君が続けて、

「その次は、何の事かはわかんないけど『手に入れれば世界のパワーバランスがひっくり返る』だかなんだかで、何故かそれをラクター連中が必死に探してるだとかなんとか?」
「あー、そんなのもあったあった」

 「ラクター」というのは、仮想空間から突然ログアウトが出来なくなるという謎の「奇病」だ。
 語源は「Locked」に「er」をつけて、「Lockeder」――即ち、「施錠された人」。
 人間の五感を完全再現した実用仮想空間技術の成立後しばらく経った、ある時期を境に発生し始めたとされ、それ以前には発生例がないこと、全世界規模で日々幾度も検証が重ねられているものの、いずれの結果も仮想空間技術の関連システムやプロトコルのバグではない、とされていることから、暫定的に「病気」として扱われている。
 しかし、医学的な観点でも原因は今のところ全く不明で、年々増え続ける発生数は近年社会問題になっている。

 確かに、どれも内容はてんでバラバラだ。
 というか……

「どれもこれも、検証のしようもないオカルトとか陰謀論みたいなのばっかりじゃないか」

 前半2つはそれこそまるっきりオカルトそのものだし、最後のに至っては、仮にそんなものが本当に存在するのであれば、多分最初に動くのは国連だとか、どこかしらの政府機関とかの然るべき場所だろうし、そもそもこんな一般人が噂にするぐらいまで話が広がっているなら、もっと大々的なニュースになっていてもおかしくないだろう。
 ついでに、そんなものをラクターが探しているというのも意味がわからない。

「そうなんだよなぁ。けど、全てにおいて、『黄昏の欠片』っていう単語だけが共通してるんだ」
「しかも、な〜んかしんないけど、噂話にはなるんだけど、どれもそんなに大きな話にはならなくて、いつの間にかぱったり消えちゃうのよねぇ」
「それに、一番の謎は、新しい噂が出てくると、前の『黄昏の欠片』のことはスッパリ忘れられて、誰も内容を覚えてないってことだ」
「そもそも、俺たちが気付いたのも、俺たちが普段からそういう噂話を集めてたから偶然気が付いたみたいなもんだしな」

 なるほど、確かに謎だ。
 聞いただけでは、どれも全く関連性はないように見える。
 けれど、どの話にも「黄昏の欠片」という単語だけは共通して出現する……。

「う〜ん……関係なさそうに見えて、実は全部繋がってるとか? UFOから回収されたモノが実は埋蔵金の鍵で、それをラクターが奪還しようとしてる……とか……」

 その場の思いつきで適当に無理やり話を繋げただけだったんだけど、それを聞いた九条君は、一瞬ポカンとした表情になったかと思えば、お腹を抱えて盛大に吹き出した。

「……ぷっ……ハハハハハハハッ! なんだそりゃ! アッハハハハハ!」
「えぇぇ……そ、そんなに笑わなくても……」
「ハハハッ! いや、わりぃわりぃ、いやでも……ハハハッ、なるほどな。クックックッ……」

 まだお腹を抱え続ける九条君を代弁するように、小倉君は至極真面目な顔で、

「フフ……そうか、なるほどね。確かに、噂が出る度に一つ一つ検証していた僕らは、ついついそれぞれ個別の話として見てしまっていた。ある意味では噂の『渦中』にいた僕らでは辿り着かなかった発想だ。なるほど、面白いね。ハハハ……とは言え、その繋げ方はさすがに荒唐無稽に過ぎると思うけどね、ククッ……」

 と、そこでようやく復活したらしい九条君が、今度は大真面目に、

「いやぁ、でも多分、考え方は間違っちゃいないと思うぜ。面白れぇ、気に入ったぜ」

 得心した笑顔でバシバシと僕の背中を叩いてくれる。

「ちょ、い、痛いって……」
「ハハッ、すまんすまん。いやでも、俺は気に入った! 高坂、よければお前も『探偵部』、一緒にやらないか? 歓迎するぜ」

 おぉぅ……これはまた予想外の展開だ。
 けど……

「い、いいのかな……? 僕なんか、入っても何もできないと思うけど……」
「何言ってんだ、たった今、俺たちだけじゃ絶対に出てこなかった意見をくれたじゃないか。それに、『探偵部』なんて名乗っちゃいるが、別に正式な部活ってわけでもねぇ、俺らが勝手に『部』って名乗ってるだけさ。そんな片っ苦しく考えなくていーんだよ。……ま、回りくどい話をすっ飛ばせば、要するに――友達になろうぜ、ってこったよ」

 九条君の右手が握手の形で差し出される。
 なるほど、そっか。
 そういうことなら、僕としても否はない。
 これもきっと、人見知り癖を直すにはいい機会だと思うしね。
 差し出された手に、素直に応じて握手した。

「えっと、ありがとう。改めてよろしくね、九条君。それに、小倉君と、塚本さんも」
「おぅ、よろしくな!」
「あぁ、よろしく」
「よろしくね〜」

 そうして改まった挨拶が済んだところで、九条君が話を戻した。

「でー、だ。改めて、『黄昏の欠片』で何か気付いたこととかないか?」
「う〜ん……あっ……」
「お、どうした?」

 「黄昏の欠片」と聞いて……単語ではないんだけど、一つだけ、そう呼べるものに心当たりがあった。
 けど……う〜ん……これをここで言ってもいいものかどうか……。

「う〜ん……でもなぁ……う〜ん……」
「なんだ? なんでもいい、ちょっとでも気付いたなら教えてくれ」

 まぁ……僕もここまで言いかけちゃったしね、今更教えないわけにもいかない、か……。

「じゃあ、ちょっと……。う〜ん……でも、ちょっとこれはあんまり大きな声では話しにくいかなぁ……グループチャットでいいかな」
「おー? 何々? そんなになんかヤバげな話?」
「まぁ、ちょっとね……」

 うん、これはちょっとあんまり人に聞かれるのはよろしくない話かなぁ……。
 というわけで、新しくチャット用のARウィンドウを作って、許可した人だけに見えるグループモードに設定して、三人を招待する。

>んで、ここまでしなきゃいけないようなヤベぇ話ってなんだよ?

>えっと、みんな、「トラッシュエリア」とか「アングラ」って知ってるかな?

>あー、聞いたことはあんな

>あたしも知ってるー
>なんか空間データの古いキャッシュとかを不法占拠して使ってるゴロツキみたいな連中の溜まり場とかそんなんだっけ?

 「トラッシュエリア」とは、塚本さんの説明通り、仮想空間データの古いキャッシュや使われなくなったバックアップなんかが、セキュリティホールやバグでアクセス可能になってしまっている場所のこと。
 そういった空間データの一部は、出入り用のバックドアが確立されて、ゴロツキやチンピラのような連中や、ハッカー、クラッカーたちの溜まり場として不法占拠されていて、そういう場所は「アングラ」と呼ばれて、ネット上の様々な犯罪行為の温床として、ラクターと並ぶ現代の社会問題の1つとなっている。

>そう、それ
>実は、この遠堺にもアングラがあるんだけど、
>僕はそこに、たまたまセキュリティホールか何かで迷い込んじゃったことがあるんだ

>マジ!?それヤバくね!?

>なるほど、大っぴらに話せないのはそういうことかい

>うん、まぁ、本当に自分でもわからない内に迷い込んじゃっただけで、
>その時は、なんとか誰かに見つかる前に出口を見つけてすぐ逃げたんだけど…

>マジかよ…

 ……実のところ、半分は本当、半分は嘘だ。
 最初は偶然で迷い込んだまでは本当。
 だけど、実際には内部で人に遭遇しているし、もっと言えば、少しばかり縁あって、今に至るまでちょくちょく入り浸っている。
 まぁ、もちろん、学校にバレたらいろいろと不味いわけで、僕だけの秘密だけどね。

>あー、まぁ、一旦置いとこう
>で、その話と黄昏の欠片がどう関係してるんだ?

>そのアングラの中で1ヵ所だけ、環境データが夕暮れ時と朝焼けで固定されたエリアっていう、変な場所があったんだよね

>夕暮れ時と朝焼け?

>うん
>えっと…境橋があるでしょ?

>おう

>僕がそこに入ったのは昼間だったはずなのに、
>境橋でちょうど区切って、東側1区画だけが朝焼けで時間帯が固定されてて
>反対の西側1区画だけは夕暮れで固定されてたんだ
>だから、橋の上から見た時だけ、辺りが全部黄昏時になってて
>東と西のどっちを見ても両方に太陽があるっていう、変な場所になってたんだ

>なるほどな
>確かに、「黄昏の欠片」としか表現のしようがねぇ

>でしょ?
>境橋の周りだけがそうなってたから、なんだかそこだけ妙に記憶に残ってて…

 僕たちの住む遠堺市は、山脈のちょうど西端に位置する、南側が海に面したベッドタウンだ。
 山脈の最西端を形成する、標高200m程度の「境山」で市の東側が南北に分断されていて、そこから東に向かって山脈が連なっているから、人が住んでいる部分は全体としてはちょうど「C」の字の形をしている。
 このCの字に沿うようにして川が流れていて、川はそのまま市内を東側へ抜けて、隣の市で海へと注がれている。
 「境橋」は、この川を市内で渡している橋の1つで、市の南側、少し南西寄りの位置を南北に繋いでいる。

 そして、この市内全域を利用した大規模アングラは、「遠堺パッチワークス」と呼ばれている。
 拠点とする住人からは、「遠堺パッチワークス」→「遠パッチ」→「トーパチ」から、通称「トーパチ」、もしくは「108」、「ジッパチ」などと呼ばれる方が多い。
 その中で唯一、「夕暮れと朝焼けが向かい合った」形で時間帯が固定されている謎の領域は、通称「トワイライトゾーン」と呼ばれている。
 何故境橋を挟んだその区画だけがそんな設定になっているのか、起源も目的も一切不明で、長くジッパチに出入りしている人でも出自がわからないらしい。

 僕が「黄昏の欠片」と聞いて、具体的に思い当たるのはここしかなかった。

>ふむ…よし、そこちょっと行ってみようぜ!

>えぇっ!?

>おいおい、本気かい?

>えー…やめといた方がよくない?
>学校にバレたら大変だよ!?

 思わず声に出してしまいそうになるのをなんとか堪えつつ、九条君に視線を向ける。
 小倉君と塚本さんも似たような表情で、九条君に目をやっていた。

>あたしは反対かな
>アングラってゴロツキとかチンピラみたいな奴らの溜まり場なんでしょ?
>絶対危ないって!

>僕も流石に賛成はしかねるね
>入って、中でトラブルを起こさずに帰ってこれる保証がない

>僕もそう思うよ
>言い出した僕が言うのもなんだけど、あんまりオススメはできないかなぁ…

 う〜ん……やっぱり、言わない方がよかったかなぁ……。
 なんとか諦める方向に話を持っていかないと……。

>第一、アングラになんてどうやって入るつもりなの?
>僕が迷い込んだのは本当にただの偶然で、きちんとした入り方なんて誰も知らないよ?

>あー、そうか
>う〜ん…そりゃ詰んでるな…

>行こうにも、入る方法がわからないんじゃどうしようもない
>残念だけど、今回は諦めた方が賢明だと思うよ、ナオ

>やっぱダメかなぁ…
>高坂、本当に何も知らないのか?

>知らないよ
>あの時はただ、いつの間にか周りの人とか、そこにあったはずの物とかが消えてて、
>それで何かおかしいって気づいただけだったからね

>うん?じゃあ何でそこがアングラだって気が付いたんだ?
>人が消えたってだけなら、ただのトラッシュエリアの可能性もあったわけだろ?

>それは、何かおかしいって気づいてから、まず最初に大通りに出ようとしたからね
>そしたら、なんかもう明らかにアレな感じの人ばっかり集まってたのが見えて、慌てて見つかる前に引き返したよ

 そこまで送信して、僕はチラリと視線だけで九条君の様子を伺う。
 これで諦めてくれればいいけど……。

>んー…やっぱ詰んでるかー…!
>チクショウ、ようやくあと少しで初めて具体的な形のある黄昏の欠片に手が届くってのに…
>まぁしょうがねぇ
>無理言ってスマンな、高坂
>サンキュー

>いいよ、僕こそあんまり力になれなくてごめん

>何、気にすんなって

 ふぅ……なんとか諦めてくれたっぽいかな……。
 内心で胸をなでおろす。

 まぁ、下手にみんなを関わらせるわけにはいかない手前、なんとか誤魔化したけど……。
 実際のところどうかと言うと、僕は既に割とあの界隈の人たちとも顔見知りな程度には入り浸ってるんだよね。
 と言っても、本当にただお互い顔見知りって程度で、頻繁に会話するほど仲がいいのはほんの数人だけなんだけどね。
 それでも、それなりに面識はある人がほとんどだし、あの人たちの大半は、駅前区画を中心とした時間帯が夜で固定されたエリアに(たむろ)しているだけだから、実はジッパチに入ってトワイライトゾーンまで行って帰ってくるだけなら、僕が一緒に行く分にはなんの危険もないんだよね。
 もちろん、学校にバレたらヤバいって意味での危険性は変わらないんだけど、それも結局、そもそもジッパチの存在自体が屯している住人たち以外にはほとんど知られていないから、大した問題にならなかったりする。

「っかー! でもやっぱ悔しいなー、ようやくずっと探してきた案件に初めて手が届きそうだってのに!」

 それでもまだ完全には諦めきれないのか、九条君はARウィンドウを消して、(かぶり)を振った。

「まぁ、今回はそういうモノが確かに実在しているってことがわかっただけでも収穫としておくべきだと僕は思うね」

 と、それに応じて小倉君が肩をすくめる。
 そこへ、塚本さんが何かを思いついたように、少し声を潜めて割り込んできた。

「んー……でもさ、そーゆー場所がアングラに実際にあるってことはー……もしかして、3つ目の、何のことかわかんないけどラクターの人たちが探してるっていうのは、ある程度正解だった、ってこと?」

 その一言で、全員がハッとなって、小声で顔を突き合わせる。

「ふむ……元々は、この遠堺のアングラにそういう場所がある、という話で、噂として広まる内に背びれ尾ひれがついてラクターが探してるという話になった、という推論は、確かに十分成り立つね。黄昏の欠片と呼べる何某かが存在すること、そしてアングラ関係する、という意味ではラクターとも関わりが深い。この二点で話の大枠としては一致している」
「だとしたら、やっぱ『黄昏の欠片』ってのはその妙な区画のことを言ってるってわけか?」
「でも結局、他の噂との関連が全く不明だ。これを『黄昏の欠片』の正体と認められるのは、あくまでも3件目の噂だけと見るべきだろうね」

 まぁ、確かにそう考えれば、ラクターの噂だけは話がつながるんだけど……。
 そうだとしても、まだ僕としてはちょっと疑問が残ってるんだよね。

「う〜ん……でも、そうだとして、どこから話が伝わったんだろう? そもそも、僕は迷い込んじゃったから知ってたわけだけど、みんなは今まで、この遠堺にアングラがあるなんて話、聞いたことある?」
「言われてみれば、聞いたことないわね、そんな話」
「確かに。俺たち探偵部でガキの頃からこの街のいろんな噂を集めてきたけど、そんな話は一度も聞いたことがねぇ」
「考えてみれば、それもそれでまた不思議な話だね。この治安のいい街にそんな犯罪者の溜まり場みたいなものが存在するだなんて、どこかで一度ぐらい噂になってもよさそうなものだけど」

 それについては、意外と単純な理屈なんだよね。

「僕もそう思ったから、後で少しだけ、危なくない範囲で調べてみたんだよね。それで聞いた話なんだけど……どうも、この街のアングラっていうのは、そういう本気でヤバいような人たちの拠点というよりは……なんて言えばいいかな、ほら、こう、よくいるじゃん、夜中のコンビニ前で屯ってる不良グループみたいな」
「あぁ……あぁいうね……」
「うん、話を聞くに、要するにこの街のアングラっていうのは、あぁいう場所の延長線みたいなものらしいんだよね。集まってる連中は自分たちの縄張りとして身内同士で固まってればよくて、他の人にアングラのことを教えたりとかはあんまりしないみたい」
「なるほど、だからあぁいう連中と関わりのない俺ら一般人には話が伝わらないってわけか」
「そういうこと」

 三人がひとまず納得したところで、また塚本さんが新たな疑問に気が付いたらしい。
 そして、それこそが僕にとっての、この噂の最大の疑問だった。

「じゃあ逆に、この話だけなんで外に出てきたの?」
「そう、僕がわからないのはそこなんだ」

 と、そこまで言って、全員が考える構えに入ろうとしたところで、昼休みの終了を告げる予鈴が響いた。

「あー……一旦タイムアップだな。しょうがねぇ。まぁ、今日この4限で最後だし、終わったらまたな」
「うん」

 軽く挨拶を交わして、三人ともそれぞれの席に戻っていく。

 う〜ん……これは確かに、僕としてもちょっと疑問が湧いてきちゃったなぁ。
 さっき言った通り、ジッパチの住人は、ほぼ9割方が地元のチーマーグループの集まりみたいなもので、まぁある意味では身内だけで引き籠っているような状態に近い。
 その性質上、誰かが意図的に情報を漏らしたとは考えにくい。
 確立されたバックドア以外にはかなり強固なセキュリティが施されていて、穴が発覚すれば随時更新もされているから、最初に僕が迷い込んだ時のような、偶然のセキュリティホールでもない限りは、誰かが外から入ってくることもほとんどない。
 というか、僕も何度か実際行ってみたことはあるけど、トワイライトゾーンって、確かに見た目は目を引くけど、本当にただ環境データが固定されてるだけで、そこに特別な何かがあるってわけじゃないから、そもそもジッパチ内でもほとんど話題にならないんだよね。
 多分、この噂のことをジッパチの住人に話したところで、ろくに相手にもされないだろうことは容易に想像できるぐらいには。
 となると、本格的に噂の出所がわからない。
 まぁ、一番妥当な結論としては、たまたまトワイライトゾーンに関係あるように見えるだけで、実際は全く関係ない、他の「黄昏の欠片」の噂と同じく根も葉もないデタラメって可能性……かな。

 けど、なんだか考えれば考えるほど、噂とトワイライトゾーンが完全に全くの無関係とは言い切れなくなってくるような気になってしまって、結局、4限の授業はほとんど頭に入ってこなかった。


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