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note.006 SIDE:G

「さ〜、いっくよー!」

 ミスティスさんの掛け声に、僕が杖を構えれば、すぐさま盾が打ち鳴らされる。
 状況はさっきと同じ、孤立しているスライムを見つけて、ミスティスさんが挑発(プロボック)で引き寄せる。

「猛り燃ゆる紅蓮の炎よ、我が意を示し、槍と形成せ。貫き、穿て。焼き尽くせ!」

 イメージングはもうできているし、回路構築の大体の感覚も掴んでいるので、さっきの感覚のままにLv2分の魔力を注ぎ込んで、一気に詠唱を完了させる。
 だけど、今詠唱しているのは、先ほどのレベルアップでLv3に上がったブレイズランスだ。
 当然、Lv2より魔力許容量も上がっているので、思った通り、発動させるには少し魔力が足りなかった。
 全体の魔力流量を推し量りながら、魔術回路に魔力を満たしていく。
 その時間は、ミスティスさんが十分に稼いでくれている。

 ミスティスさんの剣が、スライムに深く食い込む。
 ……が、攻撃が通ったというよりは、スライムの側がわざと受けた、という感じらしい。
 剣は確かに深く食い込んでいるが、その奥の核はしっかりと軸をズラして、その剣筋を回避している。
 そうして、剣を受け止めたスライムが、押し込まれた反動を利用するようにして、ミスティスさんの身体ごと一気に剣を体外へ弾き出す。
 ミスティスさんはその流れに逆らわずに、自らも後ろへ軽く飛んで、一旦スライムと距離を取ることにしたようだった。
 ……うん、魔力の充填も完了できている。
 撃つならここだ!

「《ブレイズランス》!」

 放たれた炎の螺旋は、今回も狙い違わずスライムの核を爆散させた。

「いぇ〜い、ナイスタイミング〜!」
「ふぅ……ちょうどいいところで詠唱完了できて、よかったよ」

 こちらに戻ってきたミスティスさんが手を掲げるので、僕もそれに応えてハイタッチを交わした。
 僕としては、こういうのはまだ気恥ずかしいんだけど……ホントにこういうところの距離感が近い人だなぁ……。
 まぁ、言いつつ、なんだかんだ慣れてきつつあるのも事実だけどね。

 それは置いといて……。
 この分なら……というか、Lv2の時点から薄々感じてはいたけど、ここでのスライム狩だけなら、これ以上ブレイズランスのLvだけ上げてても、ちょっとオーバーキル気味な感じがするよね。
 もちろん、最終的にはLv10を目指すんだけど……ここで経験値を稼げる間に、少し他のスキルに寄り道してもいいかもしれない。

 その後も、順調に狩は進んで、見る間にLvも上がっていった。
 そうしていく内、お互いの連携にも慣れてきたおかげで、ある程度なら不測の事態にも対処できるようになってきていた。

「――我が意を示し、槍と形成せ。」

 半分までブレイズランスを詠唱したところで、ガサリ、と後ろで草むらを揺らしてスライムが迫る気配。
 数時間前だったら、焦って詠唱を止めちゃいそうなところだったけど……。
 カァン!と盾が打ち鳴らされる音が響く。
 前方で戦っていたミスティスさんが、僕の後ろの二匹目に気づいて挑発してくれたんだね。
 その音に引き寄せられて、二匹目のスライムが僕の横を素通りしてミスティスさんへ向かっていくのを横目に見つつ、残りの詠唱を終わらせる。
 回路に魔力が満たせたところで、冷静にタイミングを見計らう。
 もはや僕には見向きもせずにミスティスさんに向かって一直線に進む二匹目と、元々僕たちが戦闘中だった一匹目、両方が僕の射線上でなるべく一直線に並ぶタイミングを待って……ここだ!

「《ブレイズランス》!!」

 パァンッ!と、破裂音を響かせる勢いで、ブレイズランスが宙を閃く。
 手前側、ミスティスさんへと向かっていた二匹目の核を正確に貫いた炎の槍は、核があった場所に大穴だけを残して、分厚い粘液の身体を貫通し、その奥、元々戦っていた一匹目に深々と突き刺さった。
 僕の狙いが甘かったのか、スライムの方が察知したか、ギリギリで核からは逸れた位置に刺さった槍だったけど、半分ほど突き抜けて、ちょうど槍の中心が核に一番近くなったタイミングで――爆発。
 粘液の守りがなければ脆弱な核が、内部からの爆発に耐えきれるはずもなく、水風船が割れるようにして飛び散ったその身体の破片ごと、一瞬でフォトンに分解されて蒸発した。

「お〜、やるぅ! 結構慣れてきたじゃん」
「あはは、まぁ、なんとかね。でも、今のは助かったよ、ありがとう」
「い〜え〜。ま、前衛やるからには、あれぐらいのヘイトコントロールはできないとね〜」

 なんてやり取りをしつつ、ミスティスさんがスライムのいた場所から何かを拾い上げた。

「お、リンゴの種げっと〜」

 魔力を糧にしているスライムは、植物を取り込んだ場合、魔力が豊富な実の部分は消化するけど、魔力がほとんど含まれない種は消化せずに残すことが多いらしい。
 残った種は適当に体外に排出してしまうので、植物にとってはスライムは種子の運び役になる。
 この性質があるから、動物と呼べるものがほとんどスライムしかいないこの森でも、全体の生態系は保たれているんだとか。
 で、たまに排出される前の種がスライムの体内に残っていると、こうしてドロップ品として獲得できる、というわけだね。

 ……と、それはいいんだけど……。

「えーっと……ねぇ、これも回収するの……?」

 僕が指差した先には、さっきのブレイズランスで核を失ったまま、丸ごと残されたスライムの粘液だった……。

「おぉぅ……」

 と、その光景に目を瞬かせたミスティスさんだったけど、すぐにその目を輝かせて、

「あったりまえじゃん! っていうかナイスだよ! 全部回収するよ!」

 と言うが早いか、こちらに駆け寄ってくる。

 まぁ、ドロップ品には違いないと思うけどさ……。
 試しに手を突っ込んですくい上げてみると、ひんやりと冷たく、見た目通りのドロリと粘つく感触が手全体を包む……。
 うへぇ……これ、何か使い道あるの……?

「なんか嬉しそうだけど、こんなの回収してどうするの……?」

 試しに聞いてみると、ミスティスさんは、さも当然といった表情で、

「スライムの粘液って優秀なんだから! 核を正確に狙わないと、スライムって大概すぐに爆散しちゃうから、何気に結構貴重だしね〜」
「そ、そうなの……?」

 こ、これがそんなに珍しい素材だったとは……。
 なんだかミスティスさんの勢いが止まらなくなってるし……。

「そうなの! 水分が飛ぶと固まるから簡単な接着剤にもなるし、魔力をよく通すから魔法触媒にもなるし、少し手を加えればいくつか水に溶けない素材も溶かせるから錬金術の触媒にもなるし、何よりも……」
「何よりも?」
「保湿成分たっぷりで美容にいいの!」
「え、えぇぇ……」

 う、うん……他の効果の方が重要なような……っていうのは、言わない方がきっと賢明なんだろうね、女性の前では……。
 って、いや、待った、危うく忘れかけてたけど、これゲームだよね!?
 ゲームのアバターに美容も何もないような……?

「なによぅ、その顔〜。スライム製の美容液とか保湿クリームとか、結構な高級品なんだからね〜? 他の使い方も有用なせいで、そーゆー用途に回されるスライム素材って供給が少ないんだから!」
「は、はぁ、なるほどね……」

 思わず顔に出てしまっていたらしい……。
 なんというか、ここは素直に頷いておくしかなさそうだ……。

「ついでに、食べても美味しい!」
「えっ!? 食べれるの!? これを!??」

 これを食べるのは……なかなかに勇気が要るなぁ……。

「まぁ、見た目が結構アレなことになるのは間違いないけどね〜。でも、水と一緒にスライムで煮込むスライム鍋とか、絶品だよ! ……見た目はアレだけど」
「なんで『見た目はアレ』のくだりだけ2回言った上に目を逸らすのかな……?」

 僕の指摘に、もはや露骨に首ごと顔を背けるミスティスさん……。
 まぁ、なんとなく想像はつくけども……。

「ま、まぁともかく、スライムの粘液は優秀ってことだよ! もちろん、単純に素材としてギルドに捌いても結構な値段になるしね」
「ははぁ……とりあえず、いろいろ優秀なことは理解したよ」
「うむうむ、っというわけで……」

 と、ミスティスさんは、すくい上げるように躊躇いなく両手を粘液の塊に突っ込んで、まとめて一塊でストレージに放り込んで、

「うん、これでよし、っと」

 おそらく、スライムがきちんとインベントリに収まったことをストレージウィンドウで確認したのだろう、こちらからは見えないウィンドウを空中でいくつか操作して、うんうんと頷いた。

「よ〜し、それじゃ、もう少し続けよっか♪」

 粘液がよほど嬉しかったのか、幾分上機嫌で次のスライムを探し始めるミスティスさんだった。


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