note.006 SIDE:R

 4限が終わって、放課後。
 時刻は午後2時になろうかというところだ。

 今の時代、学校という組織は残ってはいるものの、その授業内容は、人間の生理学的な機能に基づく人間工学や教員の負担減を考慮した学習指導要領の見直し、VR・AR技術をフル活用した徹底的な効率化によって1日の授業数はかなり削減されて、大体の学校は朝9時前後に始業して、午後2時から3時までには放課となるのが一般的になっている。
 それはこの遠堺南高校でも変わらず、朝は8時50分から10分のホームルームの後、9時から45分を1限として中休み15分を挟みつつ、午前に3限、11時45分から70分の昼休みと準備時間が5分、13時から午後の授業が1限もしくは2限で、遅くても14時45分までには放課になる。

 そんなわけで、4限で終了の今日は、まだ日も高いこの時間帯ながら校内は既に放課後の喧騒に包まれていた。
 三々五々に部活や帰宅、それぞれの目的へ散っていく中、僕を新たに加えた「探偵部」は、昼休みの続きを話し合おうと、九条君の席に集まっていた。

「で、だ。4限の間考えてたんだけどよ。やっぱり、どうにかして一度、例の場所に行ってみるべきだと思うんだよなぁ」

 あー……やっぱりそうなっちゃうかー……。
 まぁ、僕自身もちょっと疑問になってきちゃったぐらいだしね。
 あの場所に何もないってことはわかっているんだけど……。
 「黄昏の欠片」の噂には、実はあの場所に今まで見落とされていた何かがあるんじゃないか、という気にさせる、不思議な魅力とでも言うべきものがあるような気がしてしまうんだよね。

「やっぱり、あたしは危険だと思うけどなー……」

 塚本さんは慎重派かな。
 ここは僕も一応、反対に回っておこう。

「僕もあんまり賛成はできないかなぁ……」

 この時点で2人が反対ということになるわけだけど……九条君はまだ折れる気はないらしかった。

「でも、お前らだって行ってみたいとは思うだろ?」
「まぁ、そりゃあ、僕とて興味がないと言えば嘘になるけどね。実際リスクが大きいのは確かだ。それに、いずれにしても、侵入の手段もわからない以上、現状では手の打ちようがない」

 小倉君は、今のところ反対気味の中立、ってところかな?
 なるほど、幼馴染だけあって、この三人はこれでバランスが取れているってことなのかな。
 行動派の九条君を慎重派の塚本さんが抑えて、そこに小倉君が両方を汲んだ中立的な意見を出して、最終的な判断を仰ぐ、と。

 さて、ある意味、今回の案件は僕が最大の鍵だ。
 ここからどう舵を切るべきか……。
 昼休みにも少し考えたけど、正直なところ、僕が一緒にいけば、トワイライトゾーンまで行って帰ってくるだけなら、実はそれほど危険はないんだよね。
 更に言えば、僕個人の興味を満たすだけなら、ここは一旦却下しておいて、後で一人で見に行けばいいだけの話だ。
 はっきり言ってしまえば、ジッパチは僕の日常的な行動範囲の範疇だ。
 けどまぁ、それじゃあみんなは納得しないよねぇ、この流れだと……。
 かと言って、僕がジッパチに入れることを言ってしまうと、それはそれで今度は僕が怪しまれるようなことにもなりかねない。
 ジッパチに日常的に出入りしていることはなんとか隠しておかないと……。

 う〜ん……やっぱり、そもそもジッパチのことは言うべきじゃなかったなぁ……。
 今更ながらに少し後悔する。
 けど、あの瞬間は、「黄昏の欠片」と聞いて、不思議とピンときてしまったんだよね。
 僕の事情だけなんとか誤魔化してしまえば、実際のところ大した危険はないことがわかっているのもあって、内心ちょっとだけ、行ってみよう派に傾いている自覚もあった。

「確かにまぁ、結構危ない橋かもしんねーけど、噂の真相を足で確かめるってのは、俺ら探偵部の本分だろ。ガキの頃を思い出せよ」
「フフ……確かにね。今にして思えば、あの頃は子供ながらに無茶したものだ」
「はぁ〜……そうよね。で、こうなったアンタが人の話聞かないのもあの頃からだったわね」

 小倉君は昔を懐かしむように笑って、塚本さんは溜息を吐きつつもどこか楽しげに、どうやらそれぞれ折れることにしたようだった。
 仕方ないなぁ、まぁ、言いだしっぺは僕なんだし、僕も覚悟を決めようか。
 さて、そうと決まれば、後は僕の事情をどう誤魔化すかって話だけど……あー……。

「しょうがないなぁ……これは秘密だよ?」
「おっ、何だ? 何か知ってるのか高坂」

 僕は少し勿体付けてから、昼休みのグループチャットをもう一度呼び出した。

>昼休みに、アングラを脱出した後、危なくない範囲で調べたって言ったでしょ?
>あんまり危ないことしてるなんて疑われたくないから黙ってたんだけど、
>実はその時に、中に入る方法も一つだけ調べがついたんだ

>おぉ、でかしたぞ高坂!

>よくそこまで踏み込んだねぇ
>なんて言うか、君、意外と肝が据わってるよね
>今までそんなイメージ全くなかったけど、驚いたよ

>いやまぁ、たまたまだよ
>その時は運よく縁があっただけだってば

 適当に曖昧な笑みで流しておく。
 うわぁ……小倉君、なかなか勘がよさそうだから、こういう時は怖いなぁ……。

>けどそれ、大丈夫なの?
>なんか危ない人たちの罠とかそういうのじゃ…?

 塚本さんはやっぱり慎重だね。
 けどまぁ、実際のところ、ジッパチのバックドアで一番人と遭遇する可能性の低いルートを選ぶつもりだから、そんな心配はないんだけどね。
 とは言え、あんまりそこら辺深くツッコむと怪しまれそうだし、ここは適当に……。

>う〜ん…そこは僕も保証しきれないかも…
>さすがに、実際行って確かめようとまでは思わなかったし…

>ま、そこはぶっちゃけ出たとこ勝負じゃね?
>行ってみりゃ、案外なんとかなるだろ

>そうだね、行くと決まったからにはある程度のリスクは承知の上だ
>むしろなかなか面白くなってきたじゃないか

 口元にニヤリと笑みを浮かべる小倉君。
 あー……最初は冷静に見えたけど、一旦ノリだしちゃうと小倉君も案外アグレッシブだね。
 まぁ、ここで下手にツッコまれて誤魔化しにボロが出ても困るから、ここはもうこのままノリで押し切ろう。

>一応、それなりに信用はできる情報のつもりだから、多分大丈夫じゃないかなー
>少なくとも、中に入る方法としては間違ってはないはずだよ

>なんか不安な気もするけど…
>ま、どうせ言っても聞かないんだから、あたしだって
>今更引き返すつもりはないわよ

 よし、これで大筋は決まったかな。

>んじゃ、早速行ってみようぜ
>あー、つっても、アングラってことはネットからだよな?
>レイヤードか?ワイヤード?

 「レイヤード」と「ワイヤード」というのは、現在、全世界規模で構築された基幹インフラになっている2種類の仮想空間ネットワークのこと。
 実用量子コンピューターの小型化と普及によって、AR技術を活用したIoTネットワーク構築が進んだ結果、今や人類の文明圏と呼べる領域は全て、建物1つ、都市区画1つといった単位でクラウドサーバー化されている。
 そこに、人間の五感を完全再現したフルダイブ型VR技術が完成したことで、このクラウドサーバーネットワークの活用方法が国際的に模索された結果、最終的に採用されたのが、サーバー上に記録されたAR情報を使ってリアルを完全再現した独立仮想空間ネットワークを構築した「ワイヤードネット」と、リアルと重なり合ったAR情報空間にVR技術でネットを経由して「アクセス」する「レイヤードネット」の2つだ。
 「ゼウスギア」と名付けられたバイザー型インターフェースで、どちらの空間にも、旧世代のインターネット同様に自由にアクセスできるようになっている。

>教えてもらったルートはレイヤードだね
>というわけで一旦帰って、2時半に、駅前公園の南口集合でいいかな

>OK!

>了解

>いいよー

「よっしゃ、んじゃ、善は急げだな!」

 チャットウィンドウを閉じるなり、パシン、と平手に拳を打ち合わせて立ち上がる九条君。
 それを合図に、僕たちもチャットウィンドウを片付ける。

「それじゃ、ひとまず帰ろうか」
「じゃ、後でな、高坂」
「またね〜」
「うん、駅前で!」

 と、軽く挨拶を交わして、その場は一旦解散になった。


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