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note.007 SIDE:G

 思わぬ収穫に上機嫌なミスティスさんの後を追って、探索を再開する。

 次の相手はすぐに見つかった。
 まぁ、やることは変わらないね。
 ミスティスさんが挑発で引き付けてくれたら、僕がブレイズランスで仕留める。

「いくよっ、せーの!」

 盾が打ち鳴らされると、スライムがそれに反応し……て!?

「へ……? っちょ、ウッソ待って多い多い、めっちゃ隠れてた!?」

 本当にどこにこんなに隠れていたのやら、見える範囲には一匹しかいなかったはずのスライムが、草叢の裏の死角やら樹の陰やらから突然わらわらと湧いてきた。
 僕の後ろにも一匹迫っていたようで、挑発に釣られて僕の横を素通りしていく。
 その数、総勢五匹。
 ……って、真面目にちょっとマズいんでは……?

「うわわ……ごめん、マイス! 一旦逃げるよ!」
「わぁぁ待って待って!?」

 ミスティスさんが全力でこちらに駆け戻ってくるので、慌てて僕も同じ方向に逃げるべく走る。
 っていうか、最初の時も思ったけど、この世界のスライムって見かけによらず脚速いよねぇ!?
 振り切ろうにもミスティスさんの挑発が効いてしまっているので、効果が切れるまで……は……?
 あれ?そっか、ちょっとテンパって一緒に逃げちゃってるけど、これって、今追われてるのは挑発の効果で引き寄せたミスティスさんだけだよね?
 逃げることに無我夢中で頭の中は真っ白だったはずなのに、自分でもよくわからない内に、ふとそこに思考が辿り着く。
 瞬間、驚くほど急速に、冷静な思考が戻ってきた。

 そうだよね、予想外の数が集まってきて僕もパニクっちゃったけど、あくまでも今追われているのは、挑発の効果でタゲが集中しているミスティスさんだけだ。
 なら、僕が魔法を詠唱する余裕はあるはず。
 そして今なら、ここで狩るだけならブレイズランスのLvは3で十分と判断して、さっき取得した新しい魔法――フレアボムがある。
 取得した時に一度ミスティスさんには伝えてあるはずだから、今言えば彼女も思い出してくれるはず……。

 一旦冷静になってみれば、ここまで思考を巡らせるのは、時間にするとほぼ一瞬だったように思う。
 まとまった考えをすぐさま実行に移すべく、ほとんど滑るように身を翻して僕は叫んだ。

「ミスティス! フレアボムだ! 範囲に敵をまとめられる!?」
「――!! そっか、おっけーだよ! やってみる!」

 言われて、案の定、彼女も冷静さを取り戻すことに成功したようで、一旦足を止めて迫りくるスライムに向き直ると、改めて挑発を発動させてタゲを自身に固定する。
 それから、何か考えがあるのか、タゲの固定を確認すると、真横に向かって走り出した。
 僕も咄嗟だったし、彼女もやってみるとは言ったけど……どうするつもりなのかな?
 ともあれ、ここは彼女を信じて、僕もやるべきことをやろう。

「猛り狂える灼熱の烈火、其が成すは燃えて渦巻く紅蓮の轟炎――」

 火属性中級魔法、フレアボム。
 空間上の指定した地点を中心として巨大な爆発を起こす、範囲攻撃魔法だ。
 ブレイズランスも爆発は起こすけど、それはあくまで、対象に刺さった後に内部からダメージを与えるため。
 単体への火力としては優秀だけど、爆発の範囲自体はそれほど広いわけではないんだよね。
 対して、フレアボムは最初から複数体への攻撃を意図した大規模な爆発を起こす。
 爆風が主なダメージ源だから、十分なダメージを与えるためにはある程度敵が一ヵ所に固まっている必要はあるけど、ブレイズランスと同じ中級魔法だから、後々には無詠唱も可能になってくることもあって、状況さえ整えれば優秀な範囲攻撃だ。

 初めてのフレアボムの詠唱。
 にも関わらず、不思議と僕の口からは澱みなく詠唱文が紡がれ、まるで使い慣れた魔法のように、回路の構築と同時に魔力が満たされていく。
 これが火事場の馬鹿力というやつなのかな?と、頭のどこかで冷静に状況を観察するかのような思考すらあった。

 そして、ミスティスの方はというと、どうも真横ではなく、スライムたちの周りを、大きく円を描くように走っているようだ。
 それもどうやら、一番後ろにいた一匹を中心点にしているらしい。
 挑発でタゲを固定されて、ただ最短距離で真っ直ぐにミスティスを追うだけの単純な動きしかしないスライムたちは、彼女が描く円の内側――後続にいた個体ほど、円の中心に近いせいか、走り回る彼女に向かって狭い範囲を方向転換しようとするばかりで、移動範囲を限定されているようだった。
 反対に、彼女の近くにいた個体は、必死に彼女に追いすがろうと、その旋回速度に追い付こうとして、結果として不規則な楕円軌道を走らされていた。
 ミスティスは時折振り返って、自分に一番近い先頭のスライムの位置を確認しながら、速度も調節して走っているらしい。
 そうして、スライム全体の位置関係を確認しながら、旋回半径や中心点を絶妙に調整しつつ、何周かを回り切る頃には、気づけば全てのスライムが円の中心付近の一点に、ひしめき合うように集められていた。

 すごいなぁ、なるほど……。
 ただ単純に真っ直ぐ獲物に向かうだけのスライムの行動パターンを上手く利用して、各々の進路で散らばっていたスライムたちを、あっという間に一ヵ所にまとめてしまった。
 今の動き方は参考になるなぁ。

 ……なんてことを、頭の片隅で思考しつつ、僕の詠唱も滞りなく完了する。

「――爆ぜろ烈火よ! 拡がり、喰らえ! 焼き尽くせ!」

 イメージはもう出来上がっている。
 風船に空気を入れるように、一定の空間に極限まで炎を押し込んでいく。
 極限までその密度が高まった瞬間、風船は耐え切れずに破裂して、貯め込んだ炎を破壊と共にまき散らす……そんなイメージだ。
 魔力の充填も、暴発することなく完了。
 あとは発動させる座標を決めるだけで、いつでも撃てる状態だ。

「へっへ〜ん! どんなもんよ! んじゃマイス、あとよろしくぅ!」

 すっかりスライムたちをまとめ終わったミスティスが、円運動を止めて、僕の後ろまで真っ直ぐ走り抜ける。
 それを追ってスライムたちも馬鹿正直に、僕の方へとほとんど一塊になって一直線に突っ込んでくる。

 ……どうでもいいけど、あれでよくお互いの粘液部分は混ざらないね。
 多少スライム同士で接触するようなことがあっても、互いの個体が融合してしまうようなことにはならないようだ。

 っと、ホントにどうでもよかったね。
 ともかく、全ての準備は万全だ。
 これなら間違いなくスライム全員をまとめて吹き飛ばせるだろう、理想的と言っていい配置。
 狙いはもちろん、塊の中心にいる一匹の核部分!

「《フレア……ボム》!!」

 袈裟斬りに杖を振り下ろしたと同時に、足元に展開されていた魔法陣が一瞬輝きを増す。
 発動したフレアボムは、狙い通りに密集したスライムの中心点で炸裂した。
 真ん中にいたスライムの身体をほとんど呑み込むようにして、一瞬で膨れ上がった火球が、次の瞬間――爆発。
 轟音と共に撒き散らされた衝撃波は、まだ距離があったはずの僕たちのところまで、ほとんど衰えることなく届いたほどで、僕は思わず腕を前に出して顔を防御していた。
 爆音に驚いた小鳥や小動物たちが、慌ただしく逃げ去っていく。
 それらも全て静まると、撒き上がった土煙も晴れてくる。
 土煙が収まってみれば、全部で五匹いたスライムの内、三匹は痕跡すら残さずに消し飛んでいて、残った二匹も、その身体の粘液を3分の2以上が消えて、ほとんど核が露出してしまっている状態で、全体が溶け出すように力なく形を崩していた。
 更に、身体のところどころではまだ炎が燃えていて、わずかに残った粘液をも燃やし尽くそうとしていた。

 ……と、不意に、僕の上空を後ろから何かの影が横切って、思わず見上げると、

「てやぁぁぁぁあああッ!」

 上空高く跳躍したミスティスが、僕の頭上を飛び越えたところだった。
 大跳躍から、自身の体重と落下の勢いを乗せた大上段の唐竹割り。
 ソーディアンの攻撃スキルの一つ、メテオカッターだ。
 軌跡の残像すら残して上空から振り下ろされた刃は、もはやほとんど守りの用を成していない粘液ごと、片方のスライムの核を一刀の下に両断する。

「シッ!」

 片膝をついた着地姿勢から、即座に右前方に踏み込みつつ、横一閃。
 残った最後のスライムも、核を上下に両断されて力尽きたのだった。


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