note.009 SIDE:G
「んじゃ、早速まとめてっちゃおー♪」
と、やる気満々のミスティスなんだけど……。
ここで一つ問題は、僕のフレアボムの詠唱なんだよね。
さっきのはだいぶ咄嗟の土壇場だったから、我ながらむしろ暴発しなかったのが奇跡みたいなものだからね……。
「あー……その前に、まずは1匹でフレアボムの詠唱を試させて欲しいかな」
「ん? あれ、さっきできてたんじゃないの?」
「いやぁ、さっきのは土壇場で結構夢中だったし……今同じにやれって言われたら、ちょっと不安かも……」
「あぁねー、りょーかいりょーかい。」
そんなわけで、次は僕のフレアボムの試し撃ちになった。
孤立したスライムを見つけると、ミスティスの挑発に続けてフレアボムの詠唱を開始する。
「猛り狂える灼熱の烈火――」
さっきの感覚をなんとか思い出そうとしながら、魔術回路を構築していく。
「其が成すは燃えて渦巻く紅蓮の轟炎――」
あー……うん、なんとかいけそう、かな?
さっきの咄嗟の感覚を完璧に思い出せたわけじゃないけど、曲がりなりにも一度詠唱に成功してるからか、大まかな部分はなんとなくだけど、感覚的にわかる……ような気がする。
「爆ぜろ烈火よ。拡がり、喰らえ。焼き尽くせ」
念のため、少し控えめに魔力を注いでるけど、魔術回路が完成してみると……これならもう少し詠唱しながら流しても大丈夫そうだね。
イメージはさっきの感覚でいいから、あとは足りない魔力を充填して……完了!
僕たちのLvもだいぶここのスライムたちに追い付いてきて、ミスティスの攻撃も多少なりとダメージになってきてるみたいだね。
数時間前までは、ほとんど水でも斬っているかのように即座に再生されていた剣戟が、一瞬とはいえ、僕からでも見える程度には粘液に切れ目を入れるぐらいにはなっていた。
そのせいか、核の動きも目に見えて鈍っているようで、狙いをつけるのは簡単だった。
「《フレアボム》!」
ミスティスの離脱のタイミングを見計らって、魔法陣を起動。
爆発に呑まれたスライムはフォトンとなって砕け散った。
「ナ〜イス、結構詠唱速かったじゃん」
「そうだね。自分でも思ったよりは、意外と覚えてたみたい」
戻ってきたミスティスと、今日何度目かのハイタッチを交わす。
「うんうん、これならまとめ狩でもいけるよね」
「2、3匹ぐらいなら多分、大丈夫」
今ので詠唱の要領は十分掴めたからね。
さっきの調子でミスティスが1ヵ所に集めてくれるなら、多少の数はなんとかなりそうだ。
「でも、2、3匹ぐらいまでだからね? さっきは5匹まとめて2匹は残ったわけだし」
「大丈夫大丈夫ぅ♪ ある程度ダメージになってれば、多少の撃ち漏らしはさっきみたく私が処理できるから、マイスはしっかり全員巻き込むように撃ってくれれば大丈夫だよ」
平気かなぁ?と一瞬不安にならないではないけど、さっきのはまぁ、事故みたいなものだし、今のところそれ以外でミスティスが戦力の目測を誤ったことはないので、多分大丈夫だろうと思っておくことにする。
ミスティスがどう思っているかはわからないけど、僕からミスティスに対しては、それぐらいの信頼は置けるかな、ぐらいにはなってきている。
「よぅっし、ガンガンいこ〜!」
そこからの狩は終始順調だった。
見つけたスライムは片っ端から挑発して、1匹ならブレイズランス、複数ならフレアボムで蹴散らしていく。
フレアボム1発で倒しきれなくても、爆発に巻き込むことができていれば、生き残っていても粘液の守りの大半は吹き飛ばせる。
そうして防御さえ手薄にできれば、宣言通りにミスティスが残ったスライムにトドメを刺してくれた。
気が付けば、すっかり日も傾いて、赤みを帯び始める時間に差し掛かっていた。
Lvもだいぶ上がって、2人とも57になっている。
ここのスライムのLvが平均59だから、ほとんど狩場のLvに追い付いちゃった感じだね。
なかなかのパワーレベリングだったと言っていいだろう。
「ありゃー、そろそろ暗くなってきちゃうね〜。この辺にしとこっか」
「そうだね、だいぶ疲れてもきたし……」
だいぶ傾いたことで、木々の梢に邪魔されずに横から真っ直ぐ差し込んでくる陽の光に目を細めつつ、ミスティスに同意する。
この手の世界観の例に漏れず、この世界においても、夜という時間帯は基本的に魔物の力が強くなる。
これが困ったことに、ゲーム上の設定だけの話じゃなくて、夜になると、大半のMobには「月の魔力」っていう専用のバフがかかって、実際にステータスが向上するんだよね。
月の満ち欠けによって、バフのLvは最大で15まで上がる。
えぇっと、今日は確か……Lv8だっけ?9だっけかな?
まぁ、このバフには取得経験値が上がる効果もあるから、月の魔力込みで倒せる実力がある人にとっては、むしろ夜が狩の本番と言われてもいるけど……。
それを抜きにしても、VRゲームであるHXTでは、ゲームと言えど、リアルと同じように普通に物を食べたり眠ったりする必要があるんだよね。
だから、強化されたステータスを乗り越えての経験値バフ目当てに睡眠時間を削る廃人プレイでもない限りは、普通に夜は寝て、昼に活動するのが一般的だ。
「じゃーそろそろ帰ろっか。帰りは各自ジャンプでいいよね? セーブ、アミリアでしょ?」
「うん、大丈夫」
「各自ジャンプ」とは、ポータルスフィアを簡略化した、「術者をセーブポイントへ転送する」だけの簡易転送魔法「ジャンプボール」で各自に帰還、という意味だ。
本来はポータルスフィア同様にサマナーのスキルだけど、一番ランクが下の紫のジェムで記録できることもあって、安価な消耗品としてポーションなんかと同列に売られている、便利な魔法の一つだね。
ちなみに、この辺の転送系魔法がサマナーのスキルになっているのは、「パーティーメンバーや術者自身を『召喚』の対象とする」っていう、召喚術の延長線上で実現しているかららしい。
ストレージから刻印魔石シーリングジェムを取り出すと、ミスティスの手にもちょうど同じ紫色の石が現れたところだった。
「《ジャンプボール》!」
トリガーとなるスキル名を宣言すると、ジェムが砕けて、それぞれの目の前にポータルスフィアの時より幾分小さい光の球体が現れる。
途端に光の球がキラリと強く光って、視界が完全にホワイトアウト。
と同時に、突然地面が消えてしまったような浮遊感に包まれる。
けど、落下するような恐怖感はない。
代わりに感じられるのは、エレベーターで一気に下に降りた時のような、ふわっとした独特の重力感。
それも一瞬で収まって、確かな地面の感触と共に視界が開ければ、そこはもうセーブポイントにしてある「始まりの街・アミリア」の中心にある、渦巻く巨大なフォトンの球体「ストリームスフィア」の前だった。
ストリームスフィアとは、この世界で「町」と呼べる大きさのある集落には必ず設置されている、空間移動インフラ兼復活ポイントのこと。
この世界でプレイヤーが死ぬと、敵が死ぬ時と同じ理屈で、肉体が放棄されることによって、一時的に魂だけの状態になる。
けど、どういうわけか、NPCを含めてこの世界の人類は、敵の魔物たちと違って、空間中に満ちているエーテルを認識できないらしい。
だから、放棄した肉体を再構築するためには、どうにかして周囲のエーテルを、物質を構成できるフォトンの状態に変換してあげる必要があるんだよね。
ストリームスフィアには常に一定量のフォトンが安定還流によって維持されていて、ここに戻ってくることで、肉体を再構築して復活できるようになっている。
召喚術式の応用による自動帰還機能もあるから、セーブポイントの機能もある。
さらに、もう一つの機能として、各町のストリームスフィアは全て魔法的にリンクされていて、移動用ポータルにもなっている。
ポータルとして使うためには、移動者本人が転送先のストリームスフィアとリンクしていることが必要だから、行ったことのない場所へは自分の足で一度たどり着く必要があるけど、一度行った場所であれば、割かし行き来は自由なんだよね。
そして此処、アミリアは、言ってしまえば「特徴がないのが特徴」とでも言うべき、中規模の街だ。
まぁ、この手の「剣と魔法の中世ファンタジー世界」と言われて、大体の人が思い浮かべるだろう、石造りの簡易な防壁で囲まれた中に土壁の木造建築やレンガ造りの家々が立ち並び、石畳の道が整備されて馬車や人が行き交い、街の外には農民が作業する田畑が広がる――そんな典型的なこの世界の中核都市だ。
そんなアミリアが「始まりの街」と呼ばれているのは、この街がHXTで新しくキャラを作った時に最初に降り立つ街に設定されているから。
キャラメイク後に、この街に降り立ち、この世界の冒険者の統括組織「ギルド」で冒険者として登録して、クエストのシステムなんかの基本的な部分の説明を受けるまでが、このゲームのチュートリアルとなっている。
「とりあえず精算しちゃおっか」
「そうだね」
「ギルドでいいよね?」
「うん」
このゲームでは、敵が直接お金をドロップしたりということはないので、狩で手に入れた素材を換金するか、ギルドからクエストを受けて達成した報酬が主な資金の獲得手段になっている。
換金に関しては、PC、NPCを問わず、対応する商人の伝手があれば、相応の値段で買い取ってもらったり、手に入れた素材で製造してもらったりとかもできるんだけどね。
でも、それにはそもそもそういう伝手がなければダメだし、今回みたいなドロップ品が目的ではない狩だと、発生した雑多なドロップ品をそれぞれ対応するお店に卸さないといけないしで、一長一短な部分はあるんだよね。
伝手がなかったり、そういうのがめんどくさい時は、ギルドに持っていけば、敵からのドロップ品であれば全部まとめて取り扱ってくれる。
まぁその分、個別に専門店に持っていくよりは多少割安にはなっちゃうけどね。
ギルド側としては、日々冒険者から持ち込まれる、それらの多種多様な素材を一括で分類管理して、適切な業者に回す、仲介業者のようなことをして、運営の資金源の一つとしているわけだね。
そんなわけで、1日の終わりには、特に理由がなければ、その日の精算のためにギルドに寄っていくのが大半の冒険者たちの日課になる。
さて、じゃあ僕らも早速ギルドへ向かおうか。