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note.011 SIDE:R

 西暦2071年――
 実用量子コンピューターの普及と小型化によって、VR・AR技術が飛躍的な進歩を遂げ、仮想空間技術は人間の五感を完全に再現するまでに至る。
 同様に発展したクラウド化技術とウェアラブルデバイスによって、今や人類の文明圏は、その全てが都市区画1つ、建物1つの単位でクラウドサーバー化され、繊維として衣服に編み込めるウェアラブルデバイス「サーキットライン」をクライアントとすることで、リアルと完全に同期したAR空間ネットワークを構築していた。
 このリアルに「重ね合わされた」AR空間ネットワークに、VR技術を使ってネット経由でアクセスする「レイヤードネット」によって、自宅に居ながらにして世界中のあらゆる文明圏への「アクセス」すらも可能となった時代――

 そんな時代にあっても、「学校」という、ある種前時代的な組織体系はなくならなかった。
 何故かと言えば、曰く、子供の成長期の義務教育課程においての集団生活による心の教育の必要性が云々かんぬんだとか。
 はたまた、学校を廃止した場合の教員の大量失職による雇用問題だとか。
 まぁつまるところ、これまた前時代的なしがらみによるところが大きかったりするわけで。
 ともかく、「学校」という組織体系はなくならなかった。

 そういうわけで、今以て17歳という年齢の世間一般における社会的地位は変わることなく「高校2年生」であり。
 それは僕――「マイス」こと高坂 大樹(たいき)においても例外ではなかった。

 ミスティスとの出会いの翌日のこと。
 昼休みも半ばを過ぎた私立遠堺(とおさかい)学園――通称「遠学」の教室で、僕は頭を悩ませていた。
 その理由はと言えば、目の前のARウィンドウに映る画面……HXT(ホーリークロステイル)のスキルシミュレーターだ。
 というのも、僕は昨日まではソロしかやってなかったから、スキルの取得もそのつもりで進めていた。
 けれど、今後ミスティスや、おそらくは他の人ともパーティーを組む機会があるかもしれない可能性が出てきたことで、まだスキル振りの修正が利く今の内の段階で、パーティーのことも考えた振り方に方針を切り替えておいた方がいいかと思ったのだった。
 とは言え、パーティープレイの知識なんてないに等しいので、情報サイトの概略的な記述だけしか判断材料がなくて、どうにも決めかねていたんだけどね。

「おやおや、何やら困りごとかね? 高坂君」
「ぅわ!?」

 まさか自分が誰かに話しかけられるとも思っていなかった僕は、突然後ろから名前を呼ばれたことで、半ば飛び上がりそうになりながら振り向いた。

「おぉっと、少し驚かせちゃったか。こりゃ失敬」

 そう言って、頭の後ろを掻きながら僕の反応に謝ってきたのは、クラスメイトの小倉君――小倉 恭一だった。

「いやいや、見たところなかなかにお困りのようだったから、僕でよければ力になれないかと思ってね」

 言われて、なるほどそういえば、と声をかけられた理由に思い至って納得する。
 彼は、同じクラスメイトの幼馴染2人と共に3人で、曰く、「元々は小さい頃からの遊びの延長線」として、クラス内やご近所の「お悩み相談室」のようなことを普段から進んでやっているらしかった。
 なるほど、どうやらそんな彼の目に留まる程度には、僕の様子は真剣に悩んでいるように見えたらしい。
 まぁ確かに、今の僕にとってはそれなりに真剣な悩みであることには間違いないんだけど……。
 とは言え……

「はは……いや、言うほど大したことじゃないんだよね。ゲームの話だし」
「お、もしかしてHXT(ホリクロ)かな?」
「あー……うん、そうだけど……。どうしてわかったの?」
「いやぁ、最近のタイトルでそんなに悩むような謎解き系とかって思いつかなかったから、ネトゲ系かな?って。  まぁ、最初に思いつくのはHXTだよね。君もやってたのはちょっと意外だったけど」
「いやまぁ、最近ちょっとやってみようかなって。けど、まだ始めたばっかりで……」
「なるほど。HXTなら僕もそれなりにやってるつもりだから……ま、対人関係とか重い話じゃないなら相談には乗るよ?」

 おぉ、この申し出は渡りに船だね。
 実際、一人ではどうにも答えが出なかったから、こうして唸っていたわけだしね。
 ここは素直にお言葉に甘えて、相談させてもらうことにしようかな。

「う〜ん……じゃあ、少しいいかな」
「どうぞ。何がお悩みかな?」
「実は、マジシャンのスキル振りで悩んでて……今がこんな感じなんだけど」

 プライベートモードで表示していたスキルシミュレーターのARウィンドウを、他人からも見えるパブリックモードに切り替えて、小倉君の側に寄せつつ、話を続ける。

「パーティーとか考えたら、この後何から振っていけばいいかなぁって……。  昨日、初めてパーティー組む機会があったから、この際いろいろ考えておこうと思ったんだけど、わかんなくて……」
「ほほぅ、なるほどなるほど……。ふむ、わかんないと言う割には、今の振り方は割といい線いってるね」
「えっ、そうなの?」

 いい線いってる、と言われたのは嬉しかったけど、何が「いい線」なのかはさっぱりで、思わず聞き返す。

「うん、ブレイズランスを3で止めたのは、いい判断だと思うよ。正直、使っててオーバーキルだと思っただろ?」
「あぁ、うん。だから昨日、途中で止めて先にフレアボムに少し振ったんだよね」
「そこに気づくかどうかなんだよね。初心者だと、大体中級魔法も初級魔法と同じノリで全振りしちゃいがちなんだけど、最初のうちの中級魔法って、ぶっちゃけかなりオーバーキルなのさ。むやみにLvを上げ過ぎると構築も難しくなってくるしね。  中級魔法のLvを先行して上げ過ぎて、扱い切れずに結局実戦ではLv落として使ってます、っていう初心者さんはかなり多いよ」
「あー……なるほどねぇ」

 言われてみて、すごく納得した。
 確かに、昨日あぁして実戦で使う機会がなければ、僕も何も考えずにブレイズランスに全振りしていたかもしれない……。

「ちなみに聞くけど、どうしてブレイズランスがオーバーキルだって気づいたんだい?」
「えっと、昨日パーティー組んだ人に、Lv47ぐらいからスライム森に連れて行ってもらって……」
「な〜るほど、そりゃあその人の狩場選びが上手かったね。なかなかいい人と組めたみたいじゃないか、いいことだ」
「うん、その人にはすごく感謝してるよ」

 そうか、ミスティスはそこまで考え……てないよなぁ、まさか……。
 一瞬、感心しかけて、魔法のことはよく知らないとか言ってた気がして思い直した。
 多分当人としては、自分で言ってた「分担が楽で初心者のパーティー狩にちょうどいい」以上の理由はなかっただろう。
 けどまぁ、結果的に僕は、ブレイズランスのLvだけ上げてもオーバーキルすぎることに気づいて、フレアボムにポイントを回す余裕ができたというわけだ。
 改めて彼女には感謝しないとね。

「それに、もっとLvが上がってくれば、熟練度システムの恩恵も段々出てくるからね。中級以上の魔法は、実用に必要最低限のLv1から3ぐらいまでで止めて、それ以上のLv上げは熟練度に任せるのが賢いやり方なのさ」
「なるほど、覚えておくよ」

 熟練度システムは、キャラLvとジョブLvを分けていない故のHXTの独特のシステムだ。
 ジョブのLvがキャラLvと別れていないので、スキルLvを上げるためのスキルポイントは、Lvアップごとに1ポイントずつもらえることになっているわけだけど、当然ながら、キャラのLvが上がるほど次のLvアップまで時間がかかるようになってくる。
 そうなってくると、Lvが上がるほどジョブの選択肢が増えるのに、Lvが上がるほどスキルポイントの供給が足りなくなる、っていうお話になってしまうわけだ。
 このスキルポイント不足を解消するために、スキルポイント以外でのスキルのLvアップ方法として、全てのスキルに熟練度が設けられている。
 熟練度は各々のスキルを繰り返し使っていくことで蓄積されていって、一定値が溜まるごとに自動的にそのスキルのLvが上がるようになっている。
 ただ、キャラLvが上がりやすく、取得ジョブの数も少ない序盤のバランスを取るために、低Lv帯ではいくらスキルを使っても熟練度の上昇は微々たるものになっていて、キャラのLvが上がるほど、熟練度も上がりやすくなるように調整されている。
 中盤以降はスキルポイントを常に10〜30程度余らせておくのが定石になっているのは、この辺りの理由も大きいんだよね。
 新しく何かジョブを取得した時に、とりあえず余らせたポイントで主要なスキルのLv1だけ取得してしまえば、中盤以降のキャラLvであれば、大体熟練度だけでいずれはスキルLvMaxまで到達できるから、スキルポイントの余裕があればあるだけ、いろいろなジョブの取得がスムーズになるってわけだね。

「ふむ……そうだね、このスキル振りだと今のところ火と氷魔法しか取ってないみたいだし、このまま氷炎型でいくなら、アイスボムとフロストヴァイパー辺りの氷の中級魔法を2か3ぐらい振ったら、他の属性の初級魔法を一通り取っておくのがいいんじゃないか」
「実は、そこもまだあんまり決めてないんだよね……。先に他の属性の初級魔法を試してみるってのはあり?」
「あぁ、全然アリアリ。どのみち、初級魔法ぐらいは全属性一通り揃えておくってのはマジシャンの必須事項みたいなもんだからね。いろいろ試して合う型を見つけていくといいさ」

 氷炎型というのは、マジシャンのスキル振りのテンプレの1つのこと。
 ジョブの自由度がウリのHXTとは言え、既にそれなりに長く続いているゲームなだけに、ある程度定番のスキルの振り方みたいなものは確立されているんだよね。
 大体のジョブは、自分のメイン武器に合わせて必要なスキルを取っていけばいいんだけど、魔法がメインになるマジシャン系の場合は、全属性の魔法を全て覚えようと思うと必要なスキルポイントが膨大な量になってしまうので、取得する魔法属性を2つぐらいに絞って運用するのが一般的になっている。
 基本属性はまぁ、この手のゲームでは定番の地水火風に光闇を加えた6属性なんだけど、水属性の中で氷を扱う魔法と、風属性の中で雷を扱う魔法は、それぞれ「氷魔法」、「雷魔法」として便宜上別系統として扱われている。
 そして、光属性に関しては、マジシャン系にも一応多少は存在するものの、大半はクレリック系の領分になっている。
 つまり、基本6属性から光を除いて氷と雷を加えた、合計7属性から1〜2種類を選んで特化したスキル振りにするのがマジシャン系におけるテンプレと呼ばれているんだよね。

 その一方で、相手に合わせた属性魔法を使い分けられることもマジシャン系の利点の1つとされているから、マジシャンの段階で覚えられる初級〜中級程度までの魔法は全属性を一通り揃えておくというのもまた、マジシャンの定石とされている。

 氷炎型は文字通り、氷魔法と火属性魔法をメインにする型。
 氷魔法には、マジシャン系の防御の要と言われるフロストスパイクを筆頭に、凍結の状態異常を含めた足止めスキルが多くて、それらで時間を稼ぎつつ、火属性魔法でトドメを刺すっていう、やることも詠唱難度もわかりやすい、初心者に人気の型だ。
 ただ、マジシャンとしての基本的な動き方がしやすいっていう意味で初心者でも扱いやすいのはメリットだけど、まぁ、想像できる通り、氷魔法と火属性魔法ってそれほど相性がいいわけではないんだよね。
 属性の組み合わせによる相乗効果を狙うなら、氷魔法と雷魔法の氷雷型や、風属性と火属性の風炎型なんかが人気の型だ。
 他にもいくつかテンプレとされる組み合わせはあるんだけど……これも僕はまだ、いまいち具体的な方針が定まっていない。

 と、そこへ、また後ろから新たな声がかかった。

「よっ、オグ、とー……高坂か。珍しいな」


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