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note.012 SIDE:R

「よっ、オグ、とー……高坂か。珍しいな」
「やほー」

 後ろからまた別の声がかけられて、振り向いた先にいたのは、件の小倉君の幼馴染――九条 直也と塚本 理奈の2人だった。

「いやね、どうも何やらお悩みのようだったから、我らが『探偵部』としては黙ってられないなと思ってね」
「あー! なになに? HXTの話?」
「うん、僕は最近始めたばかりなんだけど、スキル振りがまだいまいち決まってなくてね。相談に乗ってもらってたんだ」
「なるほどね〜」

 パブリックモードで表示しっぱなしだったスキルシミュレーターを見て、塚本さんが食いついてくる。

「えーっと、じゃあもしかして、塚本さんも?」
「そ。あたしもオグと一緒にやってるの」
「それじゃあ、九条君も?」
「いや、俺はやってねぇんだ」

 二人がやっているなら、幼馴染らしい三人で一緒にやっているのかと思って何気なく聞いたんだけど、返ってきたのは意外な答えだった。

「ナオも誘ってるんだけどね〜」
「俺も興味がないとは言わねぇけどさ。ま、今の俺には『アレ』を追ってるのが一番の冒険なのさ」
「ずっとこんな感じなの」
「『アレ』? ……って、何?」

 その質問をした途端、九条君の目がキラリと光ったように見えたのは見間違いではなかったと思う。

「よくぞ聞いてくれた!」
「ネトゲの攻略から!」
「巷の噂の真相まで!」
「日常のお悩みは我ら『遠堺探偵部』にお任せあれ!!」

 え、えぇぇ……。
 なんか無駄に完璧なポージングで突然戦隊モノか何かみたいなノリが始まったんだけど……えーっと……僕はこれにどう反応すればいいんだろうか……。
 なんか小倉君と塚本さんまでノリノリで加わってるし……。

「……う、うん……?」
「と、言うわけでだ」

 あっけにとられた僕の微妙な反応はさらっとスルーされたらしい。
 まぁ、変にリアクションを求められても困るところだったからそれはそれで助かったけど……。

「高坂も何か知らないか? 『黄昏の欠片』って単語の噂について」
「黄昏の欠片?」
「あぁ、俺たち探偵部の目下最大の『調査案件』さ」

 黄昏の欠片……と言われても、いまいち聞き覚えはなかった。
 そもそも僕は人見知り癖が抜けなくて、クラス内でも必要以上に誰かと話すということ自体あまりなかったから、その手の噂話なんかの類には滅法疎い。

「う〜ん……特に聞き覚えはないかなぁ……。そもそも、それってどういう話なの?」
「それが、俺らにもよくわかんねぇんだよなぁ」
「わかんない? って……?」
「なんつぅかな……聞く度に話の中身が全然違ぇんだよなー」

 うん、どういうことだろう、さっぱりわからない。
 ひたすら疑問符を浮かべるしかなかったけど、塚本さんと小倉君が具体例を補足してくれた。

「最初に聞いたのはー……いつ頃だったっけ? 覚えてないけどー……なんだっけ? どこそこに落ちたUFOから『黄昏の欠片』って命名された『何か』がアメリカ軍に回収されたーとか、そんなだっけ?」
「あぁそうそう、そんな感じだったね。んで次が、徳川埋蔵金の在処を示す暗号解読のキーワード、だったかな」

 更に九条君が続けて、

「その次は、何の事かはわかんないけど『手に入れれば世界のパワーバランスがひっくり返る』だかなんだかで、何故かそれをラクター連中が必死に探してるだとかなんとか?」
「あー、そんなのもあったあった」

 「ラクター」というのは、仮想空間から突然ログアウトが出来なくなるという謎の「奇病」だ。
 語源は「Locked」に「er」をつけて、「Lockeder」――即ち、「施錠された人」。
 人間の五感を完全再現した実用仮想空間技術の成立後しばらく経った、ある時期を境に発生し始めたとされ、それ以前には発生例がないこと、全世界規模で日々幾度も検証が重ねられているものの、いずれの結果も仮想空間技術の関連システムやプロトコルのバグではない、とされていること、明確な医学的根拠はまだないものの、ある種の「感染性」を持つことが経験則的に知られていることから、暫定的に「病気」として扱われている。
 しかし、医学的な観点でも原因は今のところ全く不明で、年々増え続ける発生数は近年社会問題になっている。

 確かに、どれも内容はてんでバラバラだ。
 というか……

「どれもこれも、検証のしようもないオカルトとか陰謀論みたいなのばっかりじゃないか」

 前半2つはそれこそまるっきりオカルトそのものだし、最後のに至っては、仮にそんなものが本当に存在するのであれば、多分最初に動くのは国連だとか、どこかしらの政府機関とかの然るべき場所だろうし、そもそもこんな一般人が噂にするぐらいまで話が広がっているなら、もっと大々的なニュースになっていてもおかしくないだろう。
 ついでに、そんなものをラクターが探しているというのも意味がわからない。

「そうなんだよなぁ。けど、全てにおいて、『黄昏の欠片』っていう単語だけが共通してるんだ」
「しかも、な〜んかしんないけど、噂話にはなるんだけど、どれもそんなに大きな話にはならなくて、いつの間にかぱったり消えちゃうのよねぇ」
「それに、一番の謎は、新しい噂が出てくると、前の『黄昏の欠片』のことはスッパリ忘れられて、誰も内容を覚えてないってことだ」
「そもそも、俺たちが気付いたのも、俺たちが普段からそういう噂話を集めてたから偶然気が付いたみたいなもんだしな」

 なるほど、確かに謎だ。聞いただけでは、どれも全く関連性はないように見える。
 けれど、どの話にも「黄昏の欠片」という単語だけは共通して出現する……。

「う〜ん……関係なさそうに見えて、実は全部繋がってるとか? UFOから回収されたモノが実は埋蔵金の鍵で、それをラクターが奪還しようとしてる……とか……」

 その場の思いつきで適当に無理やり話を繋げただけだったんだけど、それを聞いた九条君は、一瞬ポカンとした表情になったかと思えば、お腹を抱えて盛大に吹き出した。

「……ぷっ……ハハハハハハハッ! なんだそりゃ! アッハハハハハ!」
「えぇぇ……そ、そんなに笑わなくても……」
「ハハハッ! いや、わりぃわりぃ、いやでも……ハハハッ、なるほどな。クックックッ……」

 まだお腹を抱え続ける九条君を代弁するように、小倉君は笑いを含みつつも至極真面目な顔で、

「フフ……そうか、なるほどね。確かに、噂が出る度に一つ一つ検証していた僕らは、ついついそれぞれ個別の話として見てしまっていた。ある意味では噂の『渦中』にいた僕らでは辿り着かなかった発想だ。
 なるほど、面白いね。ハハハ……とは言え、その繋げ方はさすがに荒唐無稽に過ぎると思うけどね、ククッ……」

 と、そこでようやく復活したらしい九条君が、今度は大真面目に、

「いやぁ、でも多分、考え方は間違っちゃいないと思うぜ。面白れぇ、気に入ったぜ」

 得心した笑顔でバシバシと僕の背中を叩いてくれる。

「ちょ、い、痛いって……」
「ハハッ、すまんすまん。いやでも、俺は気に入った! 高坂、よければお前も『探偵部』、一緒にやらないか? 歓迎するぜ」

 おぉぅ……これはまた予想外の展開だ。
 けど……

「い、いいのかな……? 僕なんか、入っても何もできないと思うけど……」
「何言ってんだ、たった今、俺たちだけじゃ絶対に出てこなかった意見をくれたじゃないか。それに、『探偵部』なんて名乗っちゃいるが、別に正式な部活ってわけでもねぇ、俺らが勝手に『部』って名乗ってるだけさ。そんな片っ苦しく考えなくていーんだよ。
 ……ま、回りくどい話をすっ飛ばせば、要するに――友達になろうぜ、ってこったよ」

 九条君の右手が握手の形で差し出される。
 なるほど、そっか。
 そういうことなら、僕としても否はない。
 これもきっと、人見知り癖を直すにはいい機会だと思うしね。
 差し出された手に、素直に応じて握手した。

「えっと、ありがとう。改めてよろしくね、九条君。それに、小倉君と、塚本さんも」
「おぅ、よろしくな!」
「あぁ、よろしく」
「よろしくね〜」

 そうして改まった挨拶が済んだところで、九条君が話を戻した。

「でー、だ。改めて、『黄昏の欠片』で何か気付いたこととかないか?」
「う〜ん……あっ……」
「お、どうした?」

 「黄昏の欠片」と聞いて……単語ではないんだけど、一つだけ、そう呼べるものに心当たりがあった。
 けど……う〜ん……これをここで言ってもいいものかどうか……。
 どうしようかな……。


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