note.012 SIDE:R

 お屋敷からトワイライトゾーンは、少し西寄りのほぼ真北ぐらいになる。
 まずは一旦川沿いの道まで抜けた僕たちは、川に沿って西に向かう。
 程なくして、川が境山の裾野に沿って緩やかに北にカーブし始める手前辺りで、問題の区画が見えてくる。

「わ〜! すごい、本当にあそこだけ夕暮れなんだね、太陽がもう一つ見えるよ!」

 塚本さんの言う通り、まだ川沿いを歩いている僕たちの正面には本来の太陽が見えているにも関わらず、橋から見える、そこだけ時間が切り取られたように茜色に染まった空間の直線上にも、もう一つ、家々の屋根に今にも沈みそうな位置に真っ赤に燃える太陽の姿があった。

「すげぇ! マジかアレ!」

 興奮を抑えきれないといった様子で九条君が駆け出していく。

「ハハハッ! すげぇぞ! お〜い、お前らも早く来てみろよ!」

 九条君に急かされて、僕らも少し駆け足気味になりつつ、夕暮れのエリアに入った橋の真ん中で足を止めた。

「これは……驚いたね。本当に東にも西にも、両方太陽がある」

 小倉君に釣られて後ろを振り返れば、そちらも空は一面の茜色に染まっていて、行政区のビルの脇、少し左側にズレた辺りを今まさに昇ってこようかというところに太陽が燃えている。

「見て見て! 影もちゃんと両方できてる!」
「ホントだ、すげぇな。こりゃ境山がなかったら方向感覚が狂っちまいそうだぜ、ははは」

 足元を指差す塚本さんに、九条君がくるくると半回転ずつ回りながら、自分の前と後ろに伸びる影を交互に見て面白がる。

「ふむ、しかし面白い空間だね。他の場所は、違う区画の空も全部繋がってモザイクアートみたいに見えるのに、ここだけはどちらを向いても空間全てが黄昏時だ。むしろ外の青空の方が、まるでそこだけ切り取ってくっつけたみたいだ」
「うん、すごいね……」

 僕にとっては既に見慣れた光景の一つだけど、今はジッパチに日常的に出入りしていることはバレちゃいけないからね。
 ここは適当に話を合わせて、初めて見る風を装っておかないと。

「そう言われてみりゃそうだな。これ、このまま内側から土手を進めば街全体がこの空間だったりするのか?」

 まぁ、この空間を初めて見れば、誰もが一度はそう思うよね。
 九条君が橋の脇からガードレールを跨いで土手に降りて、そのまま東に向かって黄昏に染まった空間を歩いていく。
 これ、僕もやったことあるんだけど、こうすると……

「ぬぉぁ!?」

 しばらく歩いたところ、ちょうど、他の区画からこの場所を見た時の境界線を超えたところで、九条君は驚いた様子で立ち止まって、キョロキョロと周囲を確認する。

「どうしたんだーい!?」

 それなりに距離があるから、少し叫び気味の小倉君の呼びかけに、

「ここまでは朝焼けだったのに、ここでいきなり外に出たー!」

 と、足元に向けた手を振って境界線を示しつつ、九条君も叫び声気味の答えが返される。
 だけど、ここから見ると、当然ながら九条君の位置はまだ茜色の空間の中だ。
 その答えに、小倉君は「ふむ」、と少し考えてから、

「僕もそこに行くから、少し待ってくれー!」
「おーう!」

 という、九条君の返答を待ってから、自らも土手に回る。

「あ、あたしも行ってみたーい」
「なら、僕も行くよ」

 というわけで、結局全員で土手に降りて、九条君の待つ場所まで歩いていくことに。
 まぁ、やはり、僕にとっては予想通り、と言うべき結果で、九条君のいる位置の一歩手前、目の前までは、見た通りのままトワイライトゾーンがずっと先まで続いて見えていたんだけど……

「む!?」
「ひゃっ!?」
「あっ」

 九条君の位置に並んだ瞬間、突然、動画のシーン切り替えのように、プツリと周囲に元の青空が戻ってきて、突然の光源の変化に僕らは揃って目を瞬かせる。
 ……久々にこれやったけど、やっぱりこの唐突すぎる切り替えはわかってても目に悪いねぇ。

「な? びっくりするだろ?」
「なるほど、これはなかなかに不条理な空間だね……」

 と、少し呆れ気味の小倉君と一緒に、九条君に並んで後ろを振り返る。
 すると、目の前でくっきりと空間の色が分かれていて、その先の西側には、橋の上から見た時同様に、見渡す限り夕暮れが広がっていた。

「なんかもう、なんて言ったらいいんだろう、よくわかんなくなってきちゃった」

 ポカンとした表情で、塚本さんがトワイライトゾーン側に半分だけ顔を突っ込んで、外側との境界線を横から眺めようとする。
 それに倣って、僕らも同じように境界線を覗き込むけど、まぁ見た通り、まるでそこに仕切り板でも張られているかのように、視界の右と左で完全に違う色になっていることがわかっただけだった。

「う〜ん……後何かありそうっつったら……橋の下……か?」
「だろうね」

 九条君に頷いて、全員で橋の真下の土手まで来た道を戻る。
 橋の影は両側の太陽に従って、両方の川面方向に伸びているので、両方の陽の光がほぼ真横から差し込む橋の下は、意外と橋の上と大して変わらず明るかった。

「……別に何もないね」
「……みたいだな」
「ふむ、この橋がこの空間の朝焼けと夕焼けの境目なんだし、何かありそうな気はしなくもないけどね」
「少し探してみる?」

 微妙に納得いかなそうな小倉君に僕から提案して、とりあえずみんなで周囲を探してみることにする。
 そうしてしばらくの間、思い思いに川縁を覗き込んでみたり、橋の付け根や土手の草むらを適当に掻き分けてみたりしてたんだけど……

「……うん、何もないね」

 その結論に至るまで、そう時間はかからなかった。
 まぁ、そうだよね。
 みんな最初はこの、ジッパチの中でも異彩を放つ謎の空間に、何かあるだろうと探そうとするんだけど、まぁここまで見ての通り、本当にただ環境データの設定の問題で、それ以上のことは何もないっていう事実にすぐに気が付いて、興味を失っていくんだよね。

「う〜ん……まぁ、これ以上は何があるわけでもなさそうだ。一旦上に戻ろうか」

 とまぁ、発案した小倉君があっさり諦めたことで、結局僕らも橋の上に戻ることとなった。

 気が付けばリアルの時刻もだいぶ進んでいたようで、トワイライトゾーンの外へ繋がっているはずの空間も、同じようなオレンジ色に染まりつつあって、中と外を見分けるのがかなり難しいぐらいになっていた。

「うわぁ、すっかり日が暮れちまったな」
「こうして見てると、あたしたちの方が『黄昏』に閉じ込められていくみたい」

 なるほど、言い得て妙な表現だ、と思った。
 今はまだ、辛うじて境界線がわかるぐらいだけど、このまま中と外の空の色が完全に一致したら、そのままこの茜色の世界に永遠に閉じ込められてしまいそうな……。

 何とはなしに、そんな事を考えている間に、ついに「その瞬間」がやって来た。
 中と外の空の色が完全に一致した、その瞬間――

 チッ……――

 それは単に、そんな空想に耽っていたから感じただけの、気のせいだったのかもしれない。
 けど今一瞬、何か、頭の中に直接響くような……何だろう、ノイズ……?……の、ような、何か……。
 たった数秒前のことのはずなのに、今のが本当に起こったことなのか、既に確信が持てない。
 ただ、ほんの僅かな違和感。
 何か、ど忘れしてしまったモノを思い出そうとして、喉まで出かかっているのに後一歩で思い出せないような、そんなもどかしさがどうしても拭いきれなかった。

「ふむ、『黄昏の欠片』か……。(まさ)しく、この場所を一言で言い表すのに、これ以上の表現はないね」

 そんな、半ば独り言のように呟いた小倉君の声に、僕の意識は一気に現実に引き戻される。
 次の瞬間には、さっきまでの違和感はすっかり忘れられて、もはや何処にも引っ掛かることなく記憶から抜け落ちていた。

「まぁ、つっても、これ以上ここに何かがあるってわけでもなさそうだな……。しゃーねぇ、そろそろ暗くなる前に帰ろうぜ」
「そうだね、忘れかけていたけど、ここがアングラであることを考えれば、おそらく夜になってしまうのはいろいろと不味い」
「う……そう聞いたらなんか急に怖くなってきたかも……。早く帰ろうよ」
「それで、此処を出るにはどうするんだい、高坂君? 普通にログアウトできるのかな?」
「あー、それは無理かな。アングラって通常のネットとは独立した空間だから、座標がバグるらしいんだよね。ついてきて」

 うん、仮想空間ネットのバックアップを再利用してるとはいえ、アングラって、通常のワイヤードだったりレイヤードだったりの空間とは独立して存在してるから、座標が根本的に通常空間と繋がってないんだよね。
 例えるなら、同じ間取りを重ねた高層マンションの、別の階層の真上なり真下の位置にある同じ部屋にいる、って感じかな。
 通常の空間にいる限りはもちろん、同じ階層の範囲で部屋を移動してるだけ、って状態なんだけど、アングラへの接続って要するに、目隠ししてこの階層をエレベーターで移動しちゃうようなものだから、一見して確かに間取りは一緒なんだけど、実際には全然違う場所にいる状態なんだよね。
 だから、アングラから普通にログアウトしようとすると、現在座標不明でDNSエラーを吐かれるだけで終わってしまう。

 というわけで、ジッパチに入る前と同じように、僕が先導する形で、近い位置にある脱出用のバックドアの一つに向かう。
 住宅区の中を幾度か曲がりながら数区画進んで、その中の一軒の敷地に躊躇なく入っていく。

「お、おい、ここ人ん家じゃ……?」
「うん、でもここは『アングラ』だからね」

 誰の家かも知らない普通の民家に躊躇なく入ろうとする僕に、一瞬戸惑った様子を見せるみんなを気にも止めずに、僕は玄関の扉を開く。
 すると、そこにあったのは本来あるべき家の玄関ではなく、路地裏からジッパチに入った時と同じ、ただ真っ黒な平面だった。

「なるほどね、ここは文字通り『玄関口』の一つ、と言うわけだ」
「そういうこと」

 あー……でもここはそう言えば……。

「あ、ここはジャンプで入ってね、ちょっと座標がズレてるから」
「? よくわからんが、わかった」

 このバックドアの出口、微妙に座標が不正確で、膝下分ぐらいの高さで空中に出てくるから、これを先に言っておかないと大体着地に失敗するんだよねぇ。
 まぁ、そうとわかれば、この真っ黒空間自体は入ってくる時に一度経験済みなだけあって、みんなも躊躇なく飛び込んでいく。
 最後に僕も飛び込むと、これまた入ってきた時と同じように、暗黒空間を経由してから、通常空間へのアクセスと同じ白い空間を挟んで、無事に想定通りの出口に出現する。

「っとっと、ジャンプしろって言ったのはこれか。空中に出るのかよ、大した高さじゃなかったけど」
「わわぁ!?」
「おっと」
「あ、ありがと、ナオ……」

 と、僕の横では、危なげなく着地した九条君に、着地に失敗したらしい塚本さんが抱きとめてもらっていた。
 心なしか、塚本さんの顔が赤いような……。
 それを見ていたのか、僕の後ろから、悠々と着地した小倉君は、服の襟元で首筋を扇ぐ仕草で、

「やれやれ、もう日も落ちるというのに、昼間より熱くなってきたんじゃないか?」
「も、もう! 茶化さないで、オグ!」

 あー……完全に塚本さんの顔が真っ赤に……。
 対して、九条君は両手を頭の後ろに組んで、してやったりといったにやけ顔だ。
 うん、これはつまり完全にわざとだね。
 まぁでも、九条君も満更でもない感じが見え隠れしてるから、あの態度はどっちかと言うと照れ隠しみたいなものかな。
 なんとなく、ここで僕が何か言うのも無粋な気がしたので、軽く肩をすくめるにとどめておくことにする。

「で、ここは……」
「遠堺の駅ナカか。また随分飛んだなおい」

 周りを見渡せば、僕たちが出現したのは、遠堺の駅ビルの中の、比較的人通りが少ない一角、関係者以外立入禁止の扉の一つの前だった。
 人混みに紛れて北口へと戻って、空を見上げれば、西の端に僅かばかり濃い紫色が残るばかりで、そろそろ完全に夜と言っていいだろう時間帯だった。

「ふー……んん〜……ようやく帰ってきた、ってところか。なんかえらく長いことあっちにいた気がするぜ」
「あはは、確かにね」

 大きく伸びをした九条君の感想に、僕も同意する。

「はー……怖かったぁ、ようやく落ち着けるわ……」
「確かに、あのラクトグレイスに巻き込まれた時は、流石にどうなることかと思ったよ」

 と、塚本さんと小倉君も、それぞれの感想を漏らした。

「しかし結局、環境データがそうなってるってだけで、『黄昏の欠片』自体には別にな〜んもなかったなー」
「そうね。他の『黄昏の欠片』との繋がりも特になさそうだったし」

 アテが外れたとばかりに、両手を頭の後ろに組んだまま、何処ともなく空を見上げてポツリと零した九条君に、塚本さんもどこか残念そうに言う。

「ふむ、やっぱりあの場所自体は、最初の推測通り……単に遠堺のアングラにそういう場所がある、というだけの話に尾ひれがついただけ、というのが結論としては正しい、ということかな」
「かもなー」
「今度こそ『黄昏の欠片』について何かわかるかと思ったのにね〜」
「まぁでも、一歩前進はしただろ。ありもしないような陰謀論なんかじゃない、確かに『黄昏の欠片』と呼べるモノは実在した」

 なるほど、それまでの噂が雲を掴むような話でしかなかった彼らにとっては、今回のことは大きな収穫と言えるのかもしれない。

「そうは言っても、その陰謀論との関係性は一切不明だけどね」
「まぁ、そうなんだが……」

 と、小倉君が付け加えた一言に、お手上げといった感じで九条君は頭の後ろを掻く。
 そこだよね。
 UFOだとか埋蔵金だとかのまるっきりオカルト話と、トワイライトゾーン、何か関係があるのか、はたまた、実はそれらのオカルト話も、元は何かの話に背びれ尾ひれがついただけだったりするのか……。
 なかなかに疑問の尽きない話だ。
 とは言え、トワイライトゾーンそのものには結局、何かあるというものでもなく。
 情報がなさすぎて、考えても答えは出そうになかった。

 そうして、しばしの間、思考に沈んでいた僕たちだったけど、ふと、そろそろ19時になろうかという、北口正面の時計がふと目に入って、僕の思考は引き戻された。

「あ……そろそろ落ちないと。HXT(ホリクロ)で21時に待ち合わせがあるんだった」
「あぁ、そう言えば、昨日初めてパーティーを組んだようなことを言っていたね」
「うん、その人と今日も待ち合わせてるんだ」

 21時のQ1朝8時の約束だし、そろそろ落ちて、夕飯やらお風呂やらは済ませておかないとね。

「最近始めたばっかりなんだっけ。よかったら、あたしたちともパーティー組んでみない?」
「そうだね、僕もメインはマジシャン系だから、パーティーが組めれば、アドバイスできることもあると思うよ。リナもヒーラーだから、一緒に組んで損はないはずだ」

 なるほど、それはありがたい提案だ。
 小倉君が同じマジシャン系、塚本さんがヒーラーなら、ミスティスも入れて4人で組めれば、前衛1、中衛2、後衛1になって、複数人のパーティー戦の初体験にはちょうどよさそうだし。
 ただまぁ、人が増えても大丈夫か、ミスティスには確認しておかないとね。
 と言っても、ミスティスなら多分、ノリノリでOKするんだろうけど。
「ありがとう、2人とも。じゃあ、21時のQ1朝8時で約束してるから、それぐらいにアミリアで待っててくれるかな。あの人にも聞いて、OKが出たら連れていくよ。ダメだった時はメールする」
「おっけー!」
「了解、21時のQ1、8時にアミリアだね」
「そうだ、メールになるかもなら、先にお互いキャラ名を教えておかないとね」
「あぁ、そうだね。合流にもその方が便利だ」

 HXTのキャラ名は相手の名前を知っていないと表示されないわけだけど、別にゲーム内で直接教わる必要はないようで、リアルで予めキャラ名を教えてもらってあれば、ゲーム内で会ったことはなくてもキャラ名の識別はできるようになってるんだよね。
 ゲーム内メールも宛先はキャラ名で指定するから、フレンドリストに登録していない相手に送る時は、正確なキャラ名が把握できていないと送れない。

「僕のキャラ名は『.ogg』で『オッグ』だ。まぁ、そのまま『オグ』と呼んでくれればいいよ」
「あたしの名前は『ツキナ』だよー。そのままローマ字で『TsukIna』、『T』と『I』だけ大文字ね」
「僕のキャラ名は、『マイス』。『M』だけ大文字で、『Myth』」

 Myth――「神話」を意味する単語だけど、別に深い意味があって付けたわけじゃないんだよね。
 ただ、キャラ名を決める時に思いつかなくて、なんとなくその時手元にあった英和辞典に、なんとなくぱっと見で開いたページに乗っていた単語の中から、なんとなく語感で選んだというだけの話だ。

「了解した。じゃあ、時間になったら適当にアミリアのストリームスフィア近くをうろついていよう」
「うん、じゃあ、あとはHXTで」

 と、こちらの話がまとまったところで、

「んじゃ、そっちの話もついたなら解散すっかー。お疲れ!」
「お疲れ様〜。んじゃ、HXTでね、高坂君」
「お疲れ、また後で」
「うん、みんなお疲れ様。九条君は、また明日ね」
「おう、んじゃな!」

 それぞれ軽く手を振って、この日の小さな冒険は解散となったのだった。


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