note.017 SIDE:N

 全ての襲撃者がデリートされ、辺りに束の間の静寂が戻る。
 ようやく一息つけるかと安堵しかけるマイスとユイリィ。
 しかし、そこへ突如あらぬ方向から巨大な鉄塊が飛び込んでくる。

「わぁ!?」

 反射的に身を引いて身構える二人だったが、それが何であるかを正確に認識していたミノリだけは呆れ顔だった。

「ちょっとー、カ〜ジマ〜? あんた、あんだけ大口叩いておいて、いつまで遊んでるわけぇ?」
「ぐぅ……すまん、面目ねぇ……」

 言われて、もぞもぞと起き上がった鉄塊ことカジマは、バツ悪げに片手を頭の後ろに回して頭を振った。
 そこに、もう一つ、宗教家じみた声が響く。

「全くだね。いやはや、口ほどにもない」

 声の方へと目を向ければ、無傷のままのカタギリが、悠々とこちらに歩を進めていた。

「おや? ところで、ここにもう百人ぐらい、ボクの配下に下った使徒たちがいたはずだけど、どこへ行ったかな?」

 過剰に演技がかった調子で不思議そうに周囲を見回すカタギリに、相変わらず呆れ顔のミノリは不機嫌に返した。

「とっくの昔に全員デリートしてやったわよ」
「……よもや、3分すら持たずに全滅とは……使えない連中だ」

 少し苛立ったように舌打ちするカタギリだったが、すぐに宗教家めいた余裕を取り戻して、

「まぁ、いいさ。君たちの力でこのボクのラクトグレイスに勝てるわけがない。まとめて相手をしてやるとしよう」

 両手を軽く広げて、見下し気味にそう宣言した。

「……《氷蒼雪華》」

 腰元に生まれた氷の刀を、ミノリは静かに抜き放つ。
 その背後で、マイスたちを守る位置についたカジマから警告が飛んだ。

「気を付けろ。アイツ、見かけによらずとんでもねぇ怪力だ。この状態のオレの拳を片手で受け止めやがる」
「ふぅん。まぁ、打撃は止められても、刀までは止められないわ」

 と、特に意にも介さず、ミノリは刀を正眼に構えた。

「さっきから随分と余裕ぶってるみたいだけど、その態度がどこまで続くか……試してあげるわ!」

 言うが早いか、ほとんど一瞬の速さで、ミノリは距離を詰める。
 対するカタギリは、それを避けようとすらせず、

「試す? このボクを? 面白いことを言うね」

 刀の軌道に沿わせるように、指を一本差し出しただけだった。

「事によれば、試されるのはむしろ、君の方かもしれないよ?」
「なっ――!?」

 氷の刃は、狙い違わず差し出されたカタギリの指先に触れて――しかして、その指先の皮一枚すら傷つけることはできなかった。
 逆に、接触した点を起点に、刀の側に亀裂が刻まれ、次の瞬間にはその刀身は真っ二つに折られていた。

「あたしの《氷華操相(アイス・ナイン)》が……!?」

 驚愕に目を見開くミノリ。
 その一瞬の迷いを、カタギリは見逃さなかった。

「おやおや、驚いている暇はあるのかな?」

 バク宙で背後の壁を捉えたカタギリは、壁を足場に蹴り出して、一気に加速する。
 その速度は先程のミノリの踏み込みよりも遥かに速く、もはや常人の視覚で認識できる速度を超えていた。

 音速を超えた破裂音と共に、ミノリの鳩尾に拳が叩き込まれる。

「ごっ……は……!」

 体内の空気を無理やりに押し出され、悲鳴を上げることもままならずに、ミノリの華奢な身体が吹き飛ばされる。
 その身体は10m程を飛ばされて、その背後にあったブロック塀を粉々に砕き、更にその奥の民家の外壁に叩きつけられたところでようやく動きを止めた。

「ミノリさんっ!!」

 ブロック塀が壊されたことによる土煙が立ち込めて、ミノリの姿をかき消す中、マイスは思わず叫んでいた。

「言ったはずだよ。君たちではボクのラクトグレイスには勝てないと」

 自らの勝利を確信した表情で、カタギリはマイスと、その後ろのユイリィへと向き直りかけて、

「さぁ、異端の魔女に神罰を――……うん?」

 背後の気配に気付いて、収まりつつあった土煙の向こう側へと目を凝らした。

 土煙が晴れた先にいたのは、ほとんど無傷の状態で瓦礫を抜け出したミノリの姿だった。

「な……に……!?」

 ゆらりと立ち上がったミノリの視線は、しっかりとカタギリを捉えていた。
 土煙が完全に収まり、明確に視認できるようになった、その背中からはパキパキと音を立てて氷の塊が崩れ落ち、身体の表側にも、腹部を中心に、全身にガラスが割れたような罅割れが走っていた。

「《氷層絶華》」

 ミノリの台詞と共に、背後の氷塊は完全に崩れ落ちて、同時に腹部の罅割れは見る間に隙間を埋めるようにして凍り付いて、その氷も一瞬にして見えなくなる。

「なるほどね、氷の鎧と言うわけか。体表全体に常に薄く氷の幕を張って障壁にしてるわけだ。加えて、咄嗟に背中側の氷を分厚くしてダメージを分散した、か」

 笑みを消したカタギリは、改めてミノリに対峙する。

「面白いね。まぁ確かに、これであっさりお仕舞いというのも少々興醒めだったところだ。君なら、少しは楽しませてくれそうだね?」

 対するミノリも、その身に纏った冷気を体現するかのような、より一層鋭利な光をその瞳に宿す。

「あんたの方こそ、まさかこんな程度で終わりなんて言わないでしょうね? この程度じゃ、あたしの方が興醒めだわ」

 しかしてその視線を受けて尚、カタギリは宗教家ぶった余裕を崩さない。

「はは、いくら強がったところで、目の前の事実は変えられないよ。君の氷はボクのラクトグレイスには通用しない。我らが神より授かりし祝福の前にひれ伏すがいい」
「それはどうかしら? その余裕がどこまで続くか見物ね。《氷槍閃華》!」

 ミノリの振り出した腕の動きに合わせて、一瞬にして六本もの氷の槍が生み出されて、一斉に撃ち出される。
 それにも、カタギリは不敵な笑みを崩すことなく、むしろ自ら撃ち出された槍全てに当たりに行くように両手を広げて迎えた。
 槍は狙い通りにカタギリの全身を貫いた――かに見えた。
 が、次の瞬間には全ての槍が先端から粉砕される。
 貫いたように見えたのは彼の服だけで、体表に接触した瞬間には槍は残らず粉々に砕け散っていた。

「やれやれ、酷いことをするね。この服、気に入っていたのに」

 と、台詞とは裏腹に、さして気にした様子もなく、カタギリはボロボロになった服を見直して嘆息する。

「オレのことも忘れてもらっちゃあ、困るぜ!!」

 服に気を取られていると見た背後から、カジマが不意打ちをかける。
 だが、直前で反応したカタギリは、バク宙でその拳を回避する。

「おっと、忘れてはいないさ」

 それどころか、空中でその拳を足掛かりに着地、再び先程の急加速を見せて、拳の勢いをすら利用した速度でミノリに向かって飛び込んだ。

「――!! 《絶華》!」

 ほとんど反射的に、ミノリは両手を翳して前方に氷塊の盾を生み出す。
 反応が間に合ったこと自体、半ば偶然ですらあったが、音速を超えた空隙を伴った一撃は、あっさりと防御を粉砕した。

「ぐぅ……っ!」

 ミノリの身体は再び宙を舞い、壁面へと叩きつけられる。
 先程同様になんとかダメージの分散には成功するものの、状況の打開策は見出せなかった。
 氷の鎧を修復しつつ、ミノリは思考する。

(速い……! それに、あたしの氷とカジマの拳……斬、突、打、物理攻撃がどれも全く通用しない。とにかく奴のラクトグレイスの正体を突き止めないと、奴の言う通り対処のしようがない……)

「《氷蒼雪華》!」

 もう一度、刀を生成して、正眼に構え直す。

(違和感があったのは、今の二度目の突撃……。あたしは間違いなく回避を選択したはず。あたしの反応が遅かった? ……いいえ、後から出した《氷層絶華》は間に合ってる。あの瞬間、まるで脚だけが地面に縫い付けられたみたいに動けなかった。……確かめてみる必要があるわね)

 構え直した一瞬で、思考をまとめたミノリは、柄を固く握り直してカタギリを見据えた。

「フッ!」

 一足飛びに、正面から袈裟斬りに飛び込む。

「何度やっても同じことだよ」

 その剣閃は、やはり容易くカタギリの指先一つで押し留められてしまう。
 だが、その結末は先程までと同じにはならなかった。

「……何?」

 刀に入った罅割れは、そのままミノリ自身の腕にまで伝わり、全身に広がっていく。

「これは……身代わり!? いや――」

 全身が罅割れた、ミノリの姿をしたそれ(・・)からは、見る間に色彩が失われていき、ただの氷像となって砕け散る。
 その時には既に、カタギリの意識は、更に自身の左右両側から同時に迫る二人のミノリの姿へと向けられていた。

「《氷双鏡華》!」
「分身か! 小賢しい! ……だけどね」

 カタギリは両腕を広げて、左右それぞれの刀の軌道を平手で受け止める。

「無駄だと、言ったはずだよ」

 カタギリの掌に触れた途端に、左右のミノリ両方ともが元の氷像へと戻って砕ける。
 そのカタギリの後方から、納刀状態から何時でも抜き放てるよう、左腰に刀を構えたもう一人のミノリが迫る。
 その気配にも、カタギリは迅速に反応した。

「やれやれ、そんなわかりやすい陽動で、不意を取ったつもりかな?」

 前方へ逃げる方向へと跳んだカタギリは、空中で半回転捻りを入れて、その先にあった壁に着地。
 壁を蹴っての急加速で、刀が振り下ろされるよりも前にミノリの身体を貫いた。
 胸部に大穴を開けられ、ミノリの身体が上下に分断される。
 しかし、それもまた氷像であり、次の瞬間には色彩を失って単なる氷として砕けていた。

 立て続けに分身で攪乱され、さすがに苛立った様子でカタギリが舌打ちする。

「……くだらない真似を!」

 吼えるように叫んで反転したカタギリの正面上空に、刀を大上段に構えたミノリの姿があった。

「はあぁぁぁっ!」
「愚かしい!」

 激昂したカタギリは、もう一度背後の壁面を捉える。
 が、彼が壁を蹴るよりも一瞬速く、ミノリが叫んでいた。

「カジマ!」
「おうよ!」

 その呼び声に応えて、ミノリの更に後ろから、何かが上空高くへと跳び上がった。

「なっ……!?」

 ミノリの頭上を越えて、更に上方。
 見上げれば、そこには全身をゴムへと変えて伸び上がったカジマの姿があった。

 どちらを迎撃するか、咄嗟の判断。
 下のミノリを受け止めに行けば、その頭上からカジマが来る。
 加えて、目の前のミノリもまた氷像の分身である可能性も捨てきれず、カタギリは目標をカジマへと切り替えた。

 ソニックブームの破裂音を残して、カタギリは壁を蹴り出す。
 その視線の先で、カジマの身体は右腕の肩口から手首までだけを残して、再び重金属の塊へと戻っていた。

「まぁこっちだろうと思ったぜ!」
「何ッ!?」

 カジマが右腕を振りかぶる。
 ゴム質のままの右腕は、拳の慣性に従って、遥か後方へと伸びていく。

「そぅら喰らいな! ゴムゴムのなんとやらだぁッ!!」

 張力の限界まで伸びた腕は、一瞬の均衡の後に、音速を超えて逆方向――前方へと撃ち出された。
 音速同士の激突――。
 それでも、拳そのものは苦も無くカタギリに受け止められていた。
 しかして、足場のない空中で、拳だけでも100kg級の超重金属に変換されて上空から叩きつけられた慣性には抗えず。
 勝ったのは、カジマの拳の方だった。

「ぐあぁっ!!」

 伸びた拳の重量と共に、カタギリの身体が地面へと叩きつけられる。

「っぐ……やって……くれたな……!」

 舞い上げられた雪煙の中、よろめきながらも立ち上がったカタギリから、それぞれ少し距離を置いた位置に、ミノリとカジマも降り立つ。
 その場所は、住宅地になる前の地形データが適用された、雪が厚く降り積もった更地の区画の一つだった。

「ようやくダメージらしいダメージが入ったみたいね」
「くっ……この程度で、いい気になるなよ異端者共め……!」

 そこに先程までの余裕はもはやなく、怒りと異端者への侮蔑の入り混じった表情で、カタギリは両者を睨み付ける。

「ハハハ、さっきまでの威勢はどうした? 随分と余裕なさそうだなぁ?」
「黙れ!」
「よほど今のが堪えたみてぇだな。そんじゃ、そろそろこっちのターンだぜ!」

 対照的に笑みすら浮かべたカジマは、今度は両脚の膝から足首だけをゴムに変換して、自重でたわませてから、その反動で一気にカタギリへと肉薄する。

「調子に乗るなぁッ!!」
「ぬおぉ!?」

 その拳を右手だけで軽く受け止めたカタギリは、そのまま振り回すようにして、右方向へとカジマを放り投げる。
 それとほぼ同時に、カタギリの背中に無数の氷片が突き刺さる。
 しかし、

「《氷叢烈華》!」
「無駄だと――」

 やはりそれも、服を多少傷つけることには成功しても、体表に達した瞬間には全て粉砕され、

「《氷槍閃華》!」
「――言っている!」

 次いで、生み出した氷の槍を手に、吶喊したミノリのその穂先も、カジマを投げた勢いそのままに、後ろ回し蹴りで叩き割られる。
 その慣性に逆らわず、自身も左に飛ぶことで、ミノリは再び距離を取った。

 直後、蹴りを振り切ったその背後から、再び跳び上がったカジマが拳を振りかぶる。

「そぅら、後ろがガラ空きだぜぇ!」
「――ッ!!」

 半ば反射的な行動だったのか、カタギリは拳を受け止めようとはせず、代わりに前方へと飛ぶことで回避した。
 再び三者の距離が開き、仕切り直しになる。
 だがもはや、荒く肩で息を吐くカタギリに余裕が残されていないことは、誰の目からも明らかだった。

「なるほど、ね。ようやくあんたの能力の正体が掴めたわ」
「ほほぅ?」
「何……だと……?」

 ミノリの宣言に素直に感心した様子のカジマ。
 対して、明らかな動揺を見せるカタギリだったが、それで少し冷静さが戻ったのか、演技がかった宗教家の口振りを取り戻す。

「何を馬鹿な。貴様ごときに、ルーラーより授かりし我が祝福の力が見切れるはずがない」
「どうかしらね? なら、答え合わせといきましょう」

 そう前置きして、ミノリは確信を以て言葉を続けた。

「視界の範囲内と、自分で直接触れているものにかかっている、圧力に干渉して操作する……それがあんたの能力の正体よ」
「……なるほどね? 参考までに、どうしてその結論に至ったのかを聞いておこうか」

 あくまでも平静といった調子で問い返したカタギリだったが、ほんのわずか、その右足が後ろに引かれたのを、ミノリは見逃さなかった。

「どうやら図星ってところかしら。いいわ、教えてあげる。まず一つ目」

 ミノリは指を一本立てて、言葉を区切った。

「最初におかしいと思ったのは、あんたが(けしか)けてきた『北』の馬鹿共の挙動よ。最初に鉄パイプで壁を壊してみせた時……あの瞬間には確かに、『加護』と呼べるような何らかの効果が発揮されていた。あいつらもそのことを信じ切っているみたいだったしね。だけど、その後のあいつらとの戦闘では、明らかに『加護』の効果は失われていた。
単純に効果に制限時間があって、時間切れ、と考えることもできたけど、それなら『加護』を与えた張本人であるはずのあんたが、その効果時間を把握もせずにあれだけの人数を使い捨てる意味はない。なら、何か別の要因があったはず」

 思い返すように目を閉じて、立てた指をくるくると回しながら言葉を続ける。

「『加護』が切れる前と後、時間経過以外で変化した要素としては、あんた自身があの場にいたかどうか、ぐらいなものよ。その時点で、あの力は、あんたの視覚か一定範囲内か……少なくともあんたの周囲の、ある程度近い範囲でないと発動しないってことまでは察しがついた。
んーで、あとは戦闘中に確かめていった感じかなー。あんたは正面からならどんな攻撃も防いだし、あたしの刀や《氷叢烈華》なら、左右同時や、背後からすら防いでみせた。だけど、一つだけ、回避に回った攻撃があった。それが『背後からのカジマの打撃』。1回目は反撃に転じることで誤魔化そうとしたみたいだけど、2回目、最後のカジマの攻撃は明確に、前に跳んで逃げた。そこで確信できたのよ」

 そうして、回していた指をぴたりと止めて、結論する。

「どうしてカジマの打撃だけは回避したのか? この雪の積もった中で、何故かあんたはずっと裸足のままだったことと合わせれば、その答えは、あたしの斬撃は服を破って直接肌に触れてくるから受け止められるけど、視界の外、かつ、服越しの攻撃になるカジマの打撃に対しては、あんたの能力が発動できないからよ。そう考えれば、さっきここに叩き落した時の攻撃でダメージが入ったのも同じ理屈よね。背中から落ちたせいで服越しになった落下の衝撃に、あんたの力では対処できなかった」

 そこで一度言葉を切って、ミノリは二本目の指を立てた。

「二つ目、あんたの能力の具体的な効果について。最初にヒントになったのは……あたしの刀が受け止められた時の感触、かしらね。単純にあんたが肉体をとんでもなく硬くできるとかだったら、弾かれるとか、刃が通らないにしても、表面を滑るとか、攻撃の角度次第でそういう反応があってもよかったはず。でも、あんたを斬った時は全部、触れた場所から即座に氷を砕かれた。
次に違和感があったのは、最初の反撃で吹っ飛ばされた時。あの時あたしは、壁にぶつかる衝撃を全て分散して、すぐに反撃に移れるつもりで背中側の氷を張った。だけど、壁にぶつかった衝撃は、あたしの想定よりも異常にでかかったのよね。あの攻撃がブロック塀をぶち抜くほどとは思わなかったもの。それに、最初に限らず、あんたが壁を蹴って跳ぶ時の速度だけは、他の動作と比べて明らかに速すぎた……。その段階で、刀のことと合わせて、あんた自身を含む周囲の物体の、接触の瞬間に何かしらの手が加えられていたと予測した」

 ミノリは人差し指を下唇に当てて、宙を仰ぎながら言葉を組み立てていく。

「それからー……そう、次に違和感があったのは、2回目の、カジマを蹴って跳んだ時の突撃ね。1回目ので防御が難しいと思ったから、あの時あたしはまず回避しようとしたはず。なのに、どうしてかあの瞬間だけは脚が動かなかったのよね。金縛り……と言うよりは、力を入れてるのに何処か違うところに抜けている感じ……。この違和感を確かめるために、《氷双鏡華》でわざと分身への攻撃を誘ったの。で、それを回避させようとしたんだけど、やっぱり脚に力が入らなくてダメだったのよね。ここで、効果範囲内の『接触面』に何か干渉されてるってことに気が付いた。
で、最終的に確信できたのは、ここに叩き落したカジマの攻撃ね。作用反作用辺りに干渉してるなら、あの空中でも完全に攻撃を受け止めて、慣性も0にしてしまえるかと思ったけど、結果は、カジマの攻撃そのものは受け止められても、既に発生している運動エネルギーには逆らえなかった。つまり――」

 カタギリを指差して、告げる。

「あんたの力は、あくまで接触面同士に発生している圧力のみに干渉している。視界範囲内と、直接触れている物体に対する圧力操作――それがあんたのラクトグレイスの正体だわ」

「…………フッ……クク……ハハハ、なるほど、素晴らしい!」

 不意に肩を震わせて笑い出したカタギリは、開き直った様子で演技めいた余裕を取り戻していた。

「たったそれだけの情報から、このボクの《感圧転化(バウンス・バック)》をそこまで見抜くか!」
「能力に頼りすぎなのよ、あんたは。あたしの攻撃に対しても、わざと回避を挟まれたりしてたら、能力の特定は難しかったでしょうね」

 ミノリは肩を竦めて(うそぶ)いた。
 カタギリの表情から、いよいよ以て笑みが消える。

「……君は危険だ。事によれば、異端の魔女そのものよりも。君には……君たちにはやはり、ここで消えてもらう必要がある」
「いいえ、死ぬのはあんただわ」

 冷気を宿した瞳に、一瞬たじろいだカタギリだったが、努めて平静に反論する。

「何を馬鹿な。能力を見切ったところで、物理的な攻撃手段しか持たない君たちでは、ボクの《感圧転化(バウンス・バック)》に勝ち目などありはしない」

 しかし、対するミノリもまた、その表情を崩さなかった。

「あたしはあんたの力を見切ったけど、どうやらあんたはまだあたしの《氷華操相(アイス・ナイン)》を見切れてはいないようね。そもそもあんたまだ気付いていないみたいだけど、この雪はあたしが降らせてるのよ?」
「何……!?」
「《大瀑布(だいばくふ)氷掃崩華(ひょうそうほうか)》!」

 瞬間、ゴッ、とくぐもった轟音と共に、更地一帯の全周から、爆発でも起こしたように、雪が大きく巻き上げられた。
 巻き上げられた雪は雪崩となり、瞬く間にその高さを増して、もはや雪の津波とでも表現するべき威容となって、更地の中央のカタギリへと迫る。

「くっ……!? 馬鹿な! こんな馬鹿なッ!?」

 カタギリが反応できた時には既に逃げ場などなく、何処を向いても視界は津波に巻かれた粉雪によって白一色に染まっていた。
 例え、視界の範囲、直接触れる範囲の雪に対処したところで、その上から間接的に圧し掛かる雪の重みに対処することは不可能――。
 唯一、まだ雪が覆っていない、頭上の空へと一縷の望みをかけて、カタギリは上へと跳躍する。
 ラクトグレイスを発動し、本来なら反作用として自分の足に返ってくるはずの圧まで全て押し付けて、足元の雪を踏み固める。
 雪は押し固められて氷となり、その氷も圧縮によって溶け出して水となる。
 そうして、膝をたわませて、全力で跳躍する。

 その一瞬の間にすら、頭上に映る曇天は白一色にかき消されていく。
 残されたわずかな光に、必死になって手を伸ばした。

「ようやくだ! ようやく神より祝福を、この力を授かったんだ!」

 だが、目の前で、最後の光は白く閉ざされて、

「オレはまだッ! こんな――」

 一点に収束し、衝突した雪の津波に呑まれて、その台詞の先を聞くことができた者はいなかった。

 カタギリの姿が呑まれたところで、カチコチ、パキパキと、それまでとは異質な音を立てて、雪津波は動きを止める。
 舞い上げられていた雪煙も程なくして晴れると、そこにあったのは、更地全体に裾野を広げた、20mはあろうかという氷山と、その頂点付近で、何かに縋るように上へと手を伸ばした格好で氷に閉じ込められたカタギリの姿だった。
 その身体は既に、ヒトの形を認識するのが困難な程にブロックノイズで覆われて、そうして見ている間にも、ノイズの割合を増やしつつあった。

「お仕舞いね」

 何の感情も籠っていない声で、その様子を見上げたミノリは、もはや興味もないと言わんばかりに氷山に背を向ける。
 それとほぼ同時に、ブロックノイズの塊は[SYSTEM ERROR:OBJECT DELETED]のエラーコードに変換されていた。

「さよなら」

 それだけ告げて、ミノリは髪に手櫛を入れる。
 それと連動するようにして、氷山は一瞬にして砕け散る。
 後に残ったのは、雪が消えて地肌を晒した一面の更地だけだった。


戻る