note.019 SIDE:G

 ――21時4分0秒。

 ミスティスとの約束の時間に向けて、気持ち早めにキャラクターセレクトまでを済ませた僕の、目の前で時計が進んでいく。
 その下に併記されたもう一つの時刻表示は、6時台を指しているけど、その分の表示は異様に目まぐるしい速さで進んでいく。
 上は通常通りのリアルの時間、下の表示は15分で1日が経過するゲーム内時間だ。
 21時のQ1朝8時が約束の時間だから、5分ぴったりでログインすればいいわけだけど、このログイン画面の段階では、時間感覚はまだリアルのままで進んでるから、ゲーム内の時間は0.625秒で1分っていう、恐ろしい速度で進んじゃうんだよね。
 待ち合わせであることも考えると、ゲーム内時間で5分……3、4秒ぐらいは余裕を持ってログインしたいところだ。

 そうこうしているうちにも時刻は50秒を回る。
 表示が56秒を示したところで、僕は2つの時刻の下の[GAME START]のボタンを押した。

 下りエレベーターのような一瞬の浮遊感の後に、白一色だった視界が開けると、そこはもう爽やかな晴天の空が広がるアミリアのストリームスフィア前だ。
 空は雲一つない快晴……この分なら、今日は天気の心配は要らなさそうだね。
 システムメニューから時刻を確認すると、7時55分をちょうど回ったところだった。
 うん、時間も狙い通り、バッチリってところかな。

 とりあえずストリームスフィアを出入りする人々の邪魔にならない位置に避けてから、軽く辺りを見回す。
 う〜ん……ミスティスはまだ来てないみたいだね。
 パーティーメンバーリストを確認すると、現在地表示はアミリアで既にログインしてることにはなってるから、近い位置にはいるのかもしれないけど。

 と、そこで、ミスティスも僕のログインに気づいたらしく、パーティーチャットで耳元に直接声が飛んでくる。

『あ、おっはよ〜、マイス!』

 そう言えば、ずっとソロだったからすっかり忘れかけてたけど、こんな便利な機能があったんだったね。
 このゲームにも、MMORPGの基本的なUIとして、パーティーチャットやクランチャット、指定した個人へのウィスパーの機能は存在している。
 現在どこに会話が送信されているかは、ステータスバーと一緒に視界の左上に常にアイコンで表示されてわかるようになっていて、送信先の変更は、アイコンに対する視線入力か、アイコンをARオブジェクトとしてタッチする直接入力でできるようになっている。
 もしくは、受話器を耳に当てるようににして片耳を手のひらで覆うショートカットジェスチャーと、その時の指の形で、ジェスチャー中のみ一時的に送信先を変えることもできる。

 えっと、ひとまず今回はジェスチャーで……っと。

『おはよう、ミスティス。とりあえずストリームスフィア前で待ってるけど、今どこにいるの?』
『ちょっと待ってね〜、私、昨日からログインしてたから、今ちょうど宿出たところなんだ〜』
『了解。じゃあ、ここで待ってるよ』
『オッケー、すぐ行くね〜』

 なるほど、じゃあ、もう少し待機だね。

 改めて、周囲を見渡す。
 朝8時前のアミリアは、何かの依頼か完全武装で揚々とストリームスフィアに飛び込んでいく冒険者たちや、大通りを出発する馬車の定期便、開店の準備を進める人々、朝市の露店の呼び込みや、それに足を止める客――早くも様々な活気に満ちていた。

 そんな街の彩りを、何とはなしに眺めていると、程なくして特徴的なピンク色が目に留まる。

「いたいた! やっほー、お待たせ、マイス!」
「おはよう、ミスティス」
「おっはよっ♪ さてっとー、それじゃ、今日はどこいこっか?」
「あ、その前に……」

 っと、話を進められる前に、小倉君……オグ君たちと合流しておかないとね。

「何なに?」
「実は今日、学校でちょっと、スキル振りについてクラスメイトに相談に乗ってもらってね。それで、少し話をして、その人たちにもパーティー組まないかって誘われたんだ。ミスティスさえよければ、その人たちにも紹介して、一緒にパーティー組めるといいかなって思うんだけど……」
「おぉ〜、いいねいいね、そういうの! 人が増えるのはいいことだよ! みんなでやる方が絶対楽しいし、人数がいれば、それだけ行ける範囲も広がるしね♪」

 ミスティスならこういう話は断らないだろうなーって予想はしてたけど、あっさりOKだったね。

「ありがとう、ミスティス。えっと、それじゃあまずはその人たちと合流でいいかな。この辺をうろついてるって話だったけど……」

 頭上のキャラ名表示を意識するようにしながら、今一度周囲を見回す。
 二人のキャラ名は教えてもらってあるから、意識的に確認すれば、二人だけはキャラ名が見えるはずだ。
 えーっと……あ、いたいた。
 軽く手を挙げると、二人もこっちに気が付いたみたいだね。
 とりあえず二人の下に合流する。

 オグ君は、顔立ちはリアルとあんまり変わってないけど、髪は濃いめの茶髪で、輪郭も少しすっきりさせてある感じかな。
 加えて、何かゲーム的に効果のあるアクセサリーなのかな、横長の四角いレンズをした、リムレスの眼鏡をかけているから、リアルにも増して理知的な印象を受ける。
 服装は赤を基調に金色や黒で複雑に紋様が刺繍された、袖のゆったりしたローブっぽい上着に、黒に近いこげ茶のタイトな長ズボンと、近い色のブーツ、と、そのままマントでも羽織れば魔術師っぽくも見える格好だったけど、つけているのはマントではなく金属製の胸当てを中心とした軽装の鎧だった。
 その辺り、なんだか微妙にちぐはぐな印象だね。

 ツキナさんも顔立ちはリアルのまま、目の色を鮮やかなライムグリーンに、髪色を淡く金色がかった銀髪に変えただけだね。
 服装はプリーストらしい、白をベースに金色であちこちに刺繍の入った、一見神官服っぽい感じのワンピースタイプのフード付きローブだけど、襟元やフードの意匠はむしろ修道女っぽいアレンジだね。
 袖は内側のレース地との二重構造でふんわりと広がったベルスリーブ、スカート部分は太股の半ばぐらいまでとかなり短い丈のフリルと二重構造のフレアスカート、そのスカート丈を強調するように、右脚にだけ太股の裾のすぐ下辺りに黒のレッグチョーカーが巻かれていて、足回りは膝下ぐらいまでの丈のライトブラウンの編み上げブーツ。
 アイテムパックも兼ねているのだろう、ウエストを絞るポーチ付きの革ベルトがいい感じのワンポイントになっている。
 全体的に、プリーストっぽさを出しつつも可愛さと動きやすさ重視でまとまってる感じかな。
 ……あー、シルエットになんとな〜く既視感があったけど、これ多分、南高の制服も参考にしてそうだなぁ。

「やぁ、マイス。どうやら話はついたみたいだね?」
「うん、それで、えーっと……」

 と、早速二人にミスティスを紹介しようかと思ったんだけど、それよりも早く、僕の後ろからひょっこりと顔を出した彼女が予想外の反応を示した。

「あれ〜? オグとツキナじゃん。やっほ〜」
「あー! ミスティス!」
「ツキナ〜! 直接会うのは久しぶり〜♪」

 ミスティスとツキナさんは、慣れた様子でお互い両手を合わせて小躍りしながら再会を喜んでいた。
 これでは逆に、僕が少し状況に遅れてしまっている状態だ。

「ふむ、なるほど。君が誘われたのはミスティスだったか」
「あれ? えっと……三人とも知り合いだったの?」
「うん、1キャラ目の頃からね〜」

 どこか納得したようなオグ君の物言いに、思わず浮かんだ僕の疑問に答えたのはツキナさんだった。
 そこで、今度はミスティスが疑問を挟む。

「あれ〜? じゃあ、マイスのクラスメイトって……」
「あぁ、僕らのことだね」
「なんだぁ〜、そっかそっか。マイスのクラスメイトっていうから、どんな子たちかな〜と思ったら……案外、世の中狭いもんだねぇ」
「いや、世が狭いんじゃなくて君の顔が広すぎなんだ」

 うんうんと例によって勝手に納得した風に首を縦に振るミスティスに、オグ君が冷静にツッコむ。
 ……うん、これは多分、僕もオグ君のツッコミが正しい気がするよ……。
 ミスティスって、それこそ昨日の僕の時みたいに、誰彼構わずあちこち首突っ込んでそうだし。

「まぁまぁ、細かいことは気にしない気にしない♪ それならそれで、ちょうどよかったよ〜。ツキナとオグのサポートがあれば、行ける狩場も一気に広がるよ!」

 と、当の本人はそんなツッコミどこ吹く風だ。

「ふむ、ミスティスが前衛、僕が中衛を務めて、マイスとツキナで後衛に回れば、確かにバランスのいいパーティーにはなりそうだ」
「あれ? 僕も中衛じゃなくて?」

 オグ君が僕と同じマジシャン系、ツキナさんがヒーラーって言ってたから、てっきり魔法二人で中衛役をやるのかと思ってたけど、僕も後ろでいいのかな?

「今回はLv差があるからね。君やミスティスに合わせた狩場で僕が魔法を使ってしまったら、まぁ間違いなく僕一人でオーバーキルだ。だから、僕は今回アーチャーに回ろうかと思ってね。それなら、前1、中1、後ろ2でちょうどいい」
「なるほど、そっか。なんか気を使わせちゃうみたいで、ごめんね。ありがとう」
「いや、君が気にすることじゃないさ。何せ、元々エクステンドのためのサブ職候補で弓はいつか触ってみるつもりだったんだが……なかなか機会がなくてね。むしろ、僕としても今回がいい機会になる」

 あー、だから服装は魔術師っぽいのに軽装鎧っていう微妙に噛み合わない見た目になってたんだね。
 多分、防具にジョブを紐付けしてあって、僕のイメージ通りのマントにでも切り替えれば本来のマジシャン系職になるんだと思う。

「そっか。そういうことなら、中衛はお任せしようかな」
「あぁ、任せてくれ。と言っても、ステータスはあるとは言え、弓は初めてだから僕も実質初心者みたいなものだ。お手柔らかに頼むよ」

 とのオグ君の言に、自信たっぷりに答えたのがツキナさんだったんだけど……。

「任せて。あたしがしっかりサポートするわ!」
「あー……うん、そう、だな……。頼りに、しているよ……大人しくしている限りは」

 あ、あれー……?何その反応……。
 なんかミスティスまで微妙に遠い目してるし……。
 逆に、本人はドヤ顔なのがすっごい不安なんだけど!?

 二人の微妙な反応の理由が気になるところだったけど、そんな微妙な温度差を本人に言ってあげるべきなのか迷っている間に、ミスティスが強引気味に話を進めにかかってしまった。

「とー……とりま、狩場はどこにしよっか〜? このパーティー構成なら結構いろんなとこ行けそうだよね!」
「僕はパーティーの知識はまだないし、みんなに任せるよ」
「ふむ、そうだね……」

 オグ君が腕組みで思案する。

 一応、ソロでのレベリングのための予習として、情報サイトでアミリア周辺の狩場の基本的な知識……フィールドごとの敵の平均Lvだとか、どんな敵がいるのかとかぐらいは調べてある程度知ってるつもりだけど……。
 複数人のパーティーとなると初めてだから、どの程度格上への無茶が利くのかとか、編成的な相性とかもあるだろうし、そういう匙加減はまだちょっとわからないからね。

「そう言えば、二人のLvを聞いてなかったね。今いくつだい?」
「私は57〜」
「僕も57だね」
「それなら……プリーストの支援もあることだし、アミ北とか行けるんじゃない?」
「ウルゴブ森かー、いいねっ!」
「確かに。支援込みで考えればちょうどいいぐらいだろう」

 通称「アミ北」――確か、単に「アミリア北の森」っていうのが正式名称だったかな。
 名前の通り、アミリアから北へ向かった先を塞ぐように東西に伸びている森林地帯のことだ。
 敵の平均Lvは70前後だったはずだから、今回も結構な格上が相手ということになりそうだけど、ツキナさんのプリーストスキルの支援があればなんとかなる……のかな?
 まぁ、三人の意見が一致してるから、大丈夫ってことだとは思う。

 森の西側と東側で生息する魔物が大きく分かれているのがアミ北の特徴で、西側はフォレストウルフの支配地域、東側はゴブリンの支配地域になっていて、それぞれ「ウルフ森」、「ゴブリン森」、両方合わせて「ウルゴブ森」という通称がつけられている。
 何で一つの森でそんなに綺麗に生息域が分かれてるのかと言うと、この二つの種族が森の支配権を巡って縄張り争いをしてるってことらしい。

 フォレストウルフは名前の通り、森林地帯を主な生息域とする狼。
 3〜10匹程度の群れ単位で行動するのが基本で、リーダー格の個体を中心とした連携で狩をするだけの知能を持っている。
 この魔物の危険なところは、群れが集まると、集まった群れ全体を指揮する個体が現れ、更に群れが大きくなると、またそれら全体を指揮する個体が現れ……と、群れが巨大化するにつれて強固に系統立てられた強大な軍隊組織が作られていくことなんだよね。
 そうして群れが肥大化すると、今度は群れの維持のために生息域を広げようと、周囲への侵攻が始まるらしい。
 こうなったフォレストウルフはかなり厄介で、人間の軍隊にも劣らない高度な統率と連携で、小さな町程度なら簡単に攻め落としてしまうぐらいなんだとか。

 ゴブリンの方は、まぁこの手のファンタジー的な世界観でよくあるテンプレ通りの、緑色の肌に醜く尖った大きな鼻と耳を持った小鬼のような種族だね。
 彼らは、この世界では「亜人」と分類される種族の一つとされている。
 「亜人」とは、「概ね人型をしていて、ある程度独自の文化習慣を持つものの、人語を解するほどの知能はなく、原始的で人類や他生物に敵対的な種族」と定義されている。
 ゴブリン以外に亜人に分類されるのは、オークとかコボルドとか……まぁ、これもまたこの手の剣と魔法のファンタジー世界と聞けばありがちな、お馴染みのラインナップが揃っている。

 そして、これもまたテンプレ的なイメージ通り、彼らゴブリンの最大の武器は母体を一切問わない強靭な繁殖力にあるんだよね。
 母体になれる能力さえあれば……有り体に言えば、生物学的に雌であるならば、相手が何であれ、交配して数を増やすことができてしまう。
 どうやら、亜人はある程度人類に近いからか、他の魔物と違って、ダンジョン内部なんかの魔力濃度が高い場所でないと周囲のエーテルを知覚出来ず、かと言って、人類のような高度な魔法を扱う知能もないので、基本的に死んだら復活ができないみたいだね。
 それを繁殖力で補うことに特化したのが、この世界のゴブリンという種族であるらしい。

 繁殖力による数の暴力は、戦闘においても彼らの最大の脅威になってくる。
 普段の彼らは、洞窟の中や森の奥の開けた場所に、少数で極原始的な、「集落」と呼ぶにも満たないような拠点を作って暮らしている。
 しかし、数が増えればそれだけ「人手が増える」ので、その分拠点が強化されたり、新たな道具を作る余裕ができたりと、加速度的に「文明」を発展させていくのだ。
 それに従って、彼らの装備も簡素な棍棒から木剣や槍になり、弓矢が現れ、鉄器になり……と、どんどん進化して脅威度を増していく。
 最終的に、初歩的な魔法を使う個体等も現れ始めると、拠点をまとめるリーダー格となる個体が発生するようになる。
 こうなればもう、前衛から後衛まで、一通りの兵科を揃えた立派な軍団の完成だ。
 そうして組織化されたゴブリンは、優秀な母体を求めて、人類に対して特に敵対的になる。
 何とでも交配可能とはいえ、繁殖の効率としては「より人型に近い」方が優秀なようで――つまるところ、「人類」に規定されている種族こそが、彼らにとって最も優秀な母体となるから、ということらしい。

 ――という設定が、ゲーム的にどこまで反映されているのかはわからないけど、魔物としてのゴブリンの脅威は、人間同様の様々な武器種を持つことによる集団戦法だ。
 持っている武器種によって前衛後衛に分かれるぐらいの知能は持ってるから、こちらもある程度、対人戦に近い想定をした準備が必要になる。

 そんな二つの種族が、支配権を巡って争い続けているのがアミ北という場所だ。
 本来であれば、アミリアとしてはどちらも駆除できればそれに越したことはないんだけど、何しろ森の範囲が広大なので、一度に全てを殲滅しきるのは事実上不可能。
 かと言って、むやみに縄張り争いに介入すれば、勝ち残った方が一気に勢力を増して森を出て、アミリアに攻め込んでくる可能性が高い。
 そんなわけで、アミリアの対応としては、ウルフとゴブリン双方の討伐を常設依頼としつつ、戦力がどちらかに偏りそうなら群れや拠点の殲滅を斡旋依頼に回したりして、全体を常に間引きしながら、双方を延々と縄張り争いさせて森から外に出させない、という手段に落ち着いているのが現状だね。

「実は、今日ちょっと早めに昨日からログインして、装備をちょっと更新してみたんだよね〜。ウルゴブなら試し斬りにはちょうどよさそうだよ」

 そう言ってミスティスが軽く叩いて示してみせた、その左腰に目をやれば、確かに、剣の装飾が昨日とは違うものになっていた。
 改めて見てみると、鎧の下のピンク色でまとめられた基本の服は同じだけど、胸当てや籠手、足回りといった金属鎧の部分は、所々昨日とデザインが変わっている……ような気がする。
 昨日の装備をそんなにまじまじ見てたわけじゃないから、防具の差はちょっと確信が持てなかったけど。

「ふむ、異論はなさそうだね。今日の狩場はアミ北にするとしようか」

 というオグ君の確認に、全員が同意で返す。

「それじゃ、1回ギルド確認してみない? アミ北なら掲示板か斡旋で何かあるかもだし」
「サンセー♪」

 と、話もまとまって、僕らはギルドへと足を運んだ。

 ギルドに着いて、まずは掲示板を確認するも、お目当てのものはなく。
 一つだけ、アミ北の森の中で稀に見つかる植物の採取依頼があったけど、自由掲示として貼り出されている辺り、それほどの緊急性とも思えず、狙って籠りでもしないと早々簡単には見つからない類の代物だったので、結局保留となった。

 となれば、自ずと斡旋依頼へと話は移る。
 斡旋依頼を複数人で受けるためにはパーティー登録申請が必要になるので、ひとまず全員で依頼確認用の窓口へ向かう。

「おっはよ〜♪ エリィちゃん!」

 とのミスティスの後に続いて、僕たちも挨拶する。
 その声に、にこりと笑顔を浮かべて、

「ミスティスさん! オグさん、ツキナさんに、マイスさん! おはようございますっ♪」

 と元気一杯に答えた、「エリィ」と呼ばれた彼女が、アミリアギルドのマスコット三人娘の一番の元気印、エルフ族のプエラリアさん。
 エルフ族らしい、容姿端麗、小柄ながらスレンダーで整ったプロポーションに、頭の後ろで結った、肩甲骨辺りまで伸びる金髪のツインテールとライムグリーンの瞳の、いつもニコニコ笑顔眩しい童顔が可愛らしい、元気系お姉ちゃん、という感じの人だ。
 ただ、ちょっと……何処とは言わないけど、身体の一部が少々発育不良気味のようで……そのことを度々気にしている。
 と言うのも、三人娘の残り二人がどちらもそれなり以上のものをお持ちなので……まぁ、うん、僕からこれ以上は言わないことにしておこう……。

 エルフ族と言えば……まぁ、今更改めて説明するまでもなく、この手のファンタジー世界では定番の、弓と魔法を得意とする、尖った耳が特徴の麗人の長命種だね。
 この世界のエルフは、「人類」に括られる四つの種族でも「人間」と肩を並べる最大勢力の一つで、「闇」の侵食への共同戦線として多種族間の融和が進んだ現在では、人間同様にどこでも見ることができる、割と普遍的な種族だ。
 よくあるテンプレ設定では「肉を食べない」なんてイメージがあるかもしれないけど、この世界のエルフの弓に関する技術は元々狩猟民族であることに起因しているらしいので、肉も割と普通に食べられる。
 ただ、狩猟民族である故か、味覚に関しては、肉は軽く塩コショウして焼いただけとか、塩で味付けしただけの薄味の野菜だとか、シンプルで素材の味を楽しめるようなものが傾向として好まれるみたいだね。

「本日はどのようなご用件ですか?」

 いつも通りのニコニコ笑顔で出迎えてくれたプエラリアさんは、即座にお仕事モードの事務口調に切り替わる。
 対する僕たちはと言うと、特に決めたわけでもなかったけど、自然とオグ君が一歩前に出る形で応対していく。
 まぁ、僕は斡旋依頼を受けること自体初めてだから、手順とかがわからなくてわたわたしそうだし、ミスティスとツキナさんは……正直言っちゃえば、あんまりこういう細々した事務的な工程って得意そうなイメージないもんね。
 こういうところで一番しっかりした応対ができそうなのは、やっぱりオグ君な気がする。
 多分、三人ともお互いそれを理解して自然とこうなってるって感じかな。

「この四人のパーティーで斡旋依頼を受けたい」
「かしこまりましたっ。では、まずはパーティー登録ですね。少々お待ちください」

 言いながら、プエラリアさんはカウンターの中央奥側に置かれていた台座付きの直径20cm程度の水晶玉に、タッチパネルのようにいくつかの操作を加えて、こちらに差し出す。

 この水晶玉は、「オーブ」と呼ばれていて、ギルドに登録された冒険者であることの証として個人に配られる通常の「オーブ」と、ギルドに設置されている、今差し出された「マザーオーブ」に分かれている。

 個人用のオーブは、ギルドに登録された冒険者であることの証明書のようなものとして機能しているので、冒険者として活動する時には、身体のどこかに必ず外から見える形で常に身につけている必要がある。
 見た目としては、単に魔法陣が埋め込まれた親指の先程度の大きさの水晶玉なので、指輪やブレスレットなんかのアクセサリーにしておくのが一般的だね。
 ちなみに、僕は今のところ衣装に合わせたネックレスにしてある。
 内部の魔法陣は、マザーオーブとの連携用の他、アイテムを魔法的に亜空間に格納する、ゲーム御用達のご都合主義魔法「アイテムストレージ」の機能を提供してくれていることになっている。

 それと、もう一つの機能として、どうやらこの世界の「Lv」の概念は、オーブによって管理されているらしい。
 と言うのも、このオーブによる「Lv」システムが普及するまでは、「闇」の侵食によって「神器」を求めて冒険者になる人が急速に増えたことで、自分の実力も把握できずに無茶をする人がだいぶ多かったそうだ。
 そして、ゲーム的にはプレイヤーは復活自由になってるけど、設定上の本来のこの世界の人類的には、肉体を放棄して魂を留めるためには「心を強く保つ魂の力」が必要らしく、実際に肉体を放棄して生き残るためには「死への恐怖や死ぬ瞬間の痛み」を超克できる精神力が求められるとのことで。
 まぁ、結果としてつまり、自分の実力も理解しないまま格上に挑んで、心を折られて肉体の放棄も出来ずに無駄死にする人が大量に出てきちゃったわけだね。
 これを問題視した一部の実力者たちが、個人の大まかな実力を示す指標として「Lv」のシステムを構築したことで、そういう事故がだいぶ減ったらしい。

 で、この「Lv」、どう判断されてるのかと言うと、ギルドへの登録が可能になる13歳の平均値をLv1として、オーブが個人の能力を読み取って判断しているらしい。
 ……とだけ聞くと、じゃあ大人になってから登録すればLv2以上からスタートとかもあり得るのか?って思うけど、どうやらLvの判定は実戦における技量・戦術・戦略的な部分も判断基準に含まれているらしく、単に加齢で肉体的に成長したというだけではほとんど上昇することはないらしい。
 幼少期から適切な訓練を積んでいたり、従軍経験のある者が後から冒険者になった等の場合には最初から相応のLvと判定されることもあるけど、そうでもなければ基本的には、新規に冒険者として登録すれば年齢に関係なくLv1からのスタートになるそうだ。
 この辺が、ゲーム的にはどんなキャラクリエイトをしてもLvは1からのスタートになることへの理由付けになっている。

「こちらのオーブに一人一回ずつ手を触れてください」

 プエラリアさんのガイドに従って、一人ずつ差し出されたマザーオーブに触れる。
 すると、マザーオーブが上向きに淡く光を発して、その光の中に、「.ogg Lv.324」「MISTIS Lv.57」「TsukIna Lv.326」「Myth Lv.57」と触れた順にリスト化されて、ギルドに登録したキャラ名が立体ホログラムのように文字として浮かび上がる。

 オグ君とツキナさん、二人ともLv320台かぁ。
 現在のHXT(ホリクロ)の、カジュアルとかライト層と呼ばれるような人たちの平均的なLv帯が大体300〜500近辺と言われているから、それなりに長くやっていれば不思議はない数字だね。
 ちなみに、Lvの上限が存在しないこのゲームでは、いわゆる「廃人」と呼ばれるような層は大体Lv1000超え、トッププレイヤーでは2000を超える人もいるらしいって話だから、なんというか……途方もないね。

「以上、4名でのパーティー登録でよろしいですか?」
「あぁ、問題ない」
「パーティーリーダーはどなたに設定しますか?」

 との質問には、

「はいはいはーい! 私がやるー!」
「……だそうだよ」

 すかさずミスティスが真っ先に挙手。
 オグ君も、軽く肩を竦めただけで、サクサクと話を進めていく。

「かしこまりました。ミスティスさんをリーダーとして、以上4名で登録致します。少々お待ちください」

 プエラリアさんが光の中に浮かぶ文字に触れると、「MISTIS」の名前が赤字で選択されて、リーダーを示すアイコンと共にリストの一番上に並び替えられる。
 ちなみに、ここで言う「パーティー登録」は、あくまでギルド側が適切な依頼を割り振るために、個人や登録されたパーティーごとでの依頼の受注履歴や結果の成否なんかの情報を管理するためのもので、ゲームシステム的には何か意味があるものではなかったりする。
 けどまぁ、ここでわざわざパーティー登録をして共同で依頼を受けるということは、ほぼ(イコール)でそのメンバーでゲームシステム的にもパーティーを組んで依頼を進めることになるわけで。
 システムの設定で、ギルドのパーティー登録時に同期して同じメンバーでゲーム上でもパーティーを組む機能が用意されている。

 ホログラム上でミスティスがリーダーになると同時に、自分のウィンドウが表示されたのだろう空中に彼女が操作を加えると、僕とミスティスだけだったパーティーが一旦解散されて、新たにパーティー招待のウィンドウが現れる。
 それをOKすると、視界左上のステータスバーが、オグ君とツキナさんを加えた新たなパーティーに更新された。

 またいくつかの操作がマザーオーブに加えられると、ホログラムを映していた光が一旦消える。
 そこに今度は手を翳して、プエラリアさんが何かの魔法を発動させると、マザーオーブそのものが一瞬仄かに光を発した。
 光が治まったところで、もう一度タッチパネルのようにいくつか操作が加えられると、マザーオーブは再びホログラムを起動する。
 そうして表示されたのは、依頼の概要文が羅列されたリストのようだった。
 どうやら、これが今の僕たちで受けられる斡旋依頼のリストということみたいだね。

 マザーオーブの機能は大体今見た通りで、個人用のオーブと連携して、冒険者個人や登録された「パーティー」単位での、「Lv」やそれに応じた適切な依頼の管理、他には報酬の精算や、転職の管理とか、ストレージに持ち切れないアイテムをギルドに預かってもらえる個人用倉庫サービス「バンク」の機能を仲介して、バンクとストレージの直接転送をしてくれたり……。
 イメージとしては、コンビニに置いてある、一昔前ならロッピーとかマルチコピー機とか呼ばれてたような統合情報端末にレジとATMとコインロッカーを全部まとめたものって感じかな。

「こちらが、現在受注できる依頼のリストになります。ご希望の依頼を選択していただければ、内容をご説明しますよっ」

 リストを覗き込むと、すぐに一つの依頼に全員の目が留まる。

「ふむ、この依頼の詳細が欲しい」

 オグ君が概要文に触れると、触れられた一文を残して他の項目が消えて、その下に新たに文章が追加される。
 そうして表示されたのは、

《アミリア北部ゴブリン重点討伐》
  指定領域:アミリア北の森
  成功報酬:歩合制

 という内容だった。

「では、依頼の内容をご説明します」

 片手でマザーオーブを操作しつつ、プエラリアさんが切り出す。

「こちらの任務は我々ギルドからの直接依頼となります。直近の常設依頼『アミリア北の森フォレストウルフ討伐』及び『同ゴブリン討伐』の達成状況、並びに、先日行われたギルドによる定期調査の結果から、当該地域におけるゴブリンの勢力拡大が確認されました」

 プエラリアさんの操作に合わせて、ホログラムはアミリアの周辺地域を映した地図から、アミ北へとクローズアップされると、森の左側にフォレストウルフ、右側にゴブリンのアイコンが現れて、森全体が赤と青でそれぞれ塗り分けられる。
 最初は半々だった塗り分けは、押し返すように青が領域を広げる様子を映す。

「定期調査では既に要塞化されたゴブリンの拠点も複数存在が確認されており、状況をこのまま放置することは、上位個体の出現や、組織化されたゴブリンによるアミリアへの侵攻等が予想されます」

 ホログラムは青に染まった領域へとクローズアップされると、領域内の数ヶ所に赤い点が現れて、更にいくつかの小窓が表示されて、記録写真らしき光景を映す。
 写真には、周囲を囲う「城壁」こそゴブリンの高さに合わせた簡素な木の柵で、人間の基準で見れば「集落」のレベルに見えるものの、簡易的ながら弓兵が守る物見櫓が建てられていたり、歩哨役らしき複数のゴブリンが柵の外を歩く様子など、現時点での彼らなりの「要塞化」が施されているのだろうことを映し出していた。
 小窓はすぐに一旦縮小されて脇に除けられると、ゴブリンを統率する上位個体「ゴブリンキング」を映した小窓が示される。
 その小窓も脇に除けて並べられると、地図の表示はアミ北からアミリアまでを含む周辺地域までに一旦ズームアウト。
 続けて、森の青い領域が赤い領域を更に縮小させながら広がって、そこから青い大きな矢印がアミリアに向けられる様子が映される。

「当該地域は元来より、フォレストウルフとゴブリン、双方の勢力の均衡を保つことで、危険度の高い上位個体の出現や増長した魔物勢力によるアミリアへの侵攻の封じ込めを維持しており、今回のケースにおいても、勢力維持のための介入が必要と判断されました」

 地図は再び、赤と青の比率を現在の勢力状況を示す状態まで戻しながら、アミ北の森までズームインすると、赤の領域からフォレストウルフ、青の領域からゴブリンのホログラムがそれぞれ浮かび上がって、ゴブリンの方が大きく表示される。

「つきましては、当該地域内のゴブリンの重点的な討伐を依頼します。ただし、本任務そのものに明確な達成条件はありません。報酬は完全歩合制で、オーブによって討伐数が自動的に記録されますので、特別な手続きも不要です。作戦時刻についても指定はありませんので、準備が完了次第、任意に出発し、任意に帰投してください。尚、フォレストウルフも討伐対象としてカウントしますが、任務の性質上、報酬の割合はゴブリン7、フォレストウルフ3とさせていただきますのでご了承ください」

 小さめに表示されていたフォレストウルフのホログラムが拡大されて、ゴブリンと同じ大きさで並べられると、フォレストウルフの上に「3」、ゴブリンの上に「7」と数字が浮かび上がった。

「また、上位個体やゴブリンの拠点を発見した場合には可能な限りの殲滅をお願いします。殲滅に成功した場合は追加の報酬を支払わせていただきます。ただし、殲滅が不可能だった場合は任務は失敗扱いとさせていただきますので、速やかに帰還して、ギルドへの報告をお願い致します。その場合でも、記録上は失敗扱いとなりますが、その時点までの討伐記録に応じた報酬はお支払いしますのでご安心ください」

 報酬割合の数字が消えると、フォレストウルフは上位個体の「ジェネラルウルフ」に、ゴブリンはゴブリンキングにそれぞれホログラムが切り替わり、ゴブリンキングの周囲には、さっきの拠点の偵察画像が並べられる。

「この規定は、危険度の高い上位個体や、その発生の温床となる大規模拠点を確実に排除し、地域の安定を確保、維持するための処置となりますので、予めご理解、ご了承ください。以上が本任務の内容となります。こちらの依頼を引き受けていただける場合は『受諾』の、キャンセルする場合は『取消』の文字に触れてください」

 ホログラムには、

  作戦目標:指定なし
  失敗条件:上位個体、及びゴブリン拠点の殲滅失敗
  敵戦力 :フォレストウルフ、ゴブリン、他不明

 と表示され、その上に受諾と取消の文字が並ぶ。

「ふむ、問題なさそうだね」
「いいんじゃないかな〜」

 オグ君の確認に、ミスティスも同意して、僕らも頷きで返す。

「いいだろう。この依頼、引き受けた」

 受諾が押されると、契約完了に文字が文字が切り替わって、ホログラムは消えた。

「かしこまりました。では、後の処理手続は我々ギルドで行いますので、皆さんは任意にご出発ください。ご利用ありがとうございました。ご武運をお祈りしますっ!」
「それじゃ、行ってくるね、エリィちゃん!」
「気を付けていってらっしゃいませっ」

 早くもカウンターを離れつつ手を振るミスティスに、きっちりお仕事モードでお辞儀してから、にこやかに手を振り返すプエラリアさん。
 誰に対してもこの対応を、営業スマイルじゃなく素の笑顔でできるのが、彼女のすごいところだと思う。
 人付き合いの苦手な僕としては、素直に尊敬できるところだ。

 そんなプエラリアさんのニコニコ笑顔に見送られながらギルドを後にした僕たちは、早速アミリアの北へと歩を進めた。


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