note.020 SIDE:G

 アミリア北の森――
 ギルドを出発してから30分程の後。
 森の中央を真っ直ぐ北上する街道から、ゴブリンの領域である東側に入った場所を僕たちは進んでいた。
 スライム森よりは幾分密度の高い森の中は、快晴の空の下にあっても、まるで曇天のような薄暗さだ。
 とは言え、アミリア周辺の平原から続いている森なだけに地形としては平坦なもので、植物型の魔物が隠れているようなこともないので、ただ歩き回る分にはそれほどの支障があるわけでもなく。
 ゴブリンなりウルフなりの奇襲に対する最低限の警戒だけは維持しながら、適当に散策していく。

「ふむ、本格的な戦闘の前に、まずは適当なノンアク相手で試し撃ちがしたいところだね」
「あー、ならそこにちょうどいいのがいたよ」

 そう言えば、弓は今日が初めてって言ってたね。
 そんなオグ君にミスティスが答えて指差した先には、ちょうどこちらに背を向けた二角ウサギが1匹、食事中なのか足元の草場を漁っていた。

 二角ウサギは、まぁ名前で大体想像はつく通り、森林地帯に生息する一角ウサギの亜種だ。
 一角ウサギとの差は、名前の通り角が2本になっていることと、詠唱反応もしない完全なノンアクティブMobになっていること、角による突撃に加えて、噛みつきの代わりにLv1ながら土属性初級魔法のストーンシュートを遠距離攻撃として使ってくるところだね。
 とは言うものの、戦力としてはほとんど誤差のレベル。
 一角ウサギが倒せるLvになっていれば全く気にならない相手だ。
 試し撃ちにはちょうどいいね。

「じゃあ、支援かけとこっか。支援込みの感覚で慣れといた方がいいでしょ」
「あぁ、よろしく頼むよ」
「ついでだし、全員支援回しておくね。ミスティスはともかく、マイスは支援もらうの初めてでしょ? あるとないとで結構変わるから、今のうちに慣れておくといいわ」
「うん、ありがとう」

 ふわりと袖をなびかせて、ツキナさんは先端に簡単な装飾と大きな水晶玉が配された長杖を一振りする。
 それを目の前で垂直に立てて構えると、長杖はひとりでに宙に浮かび、そうして彼女自身は祈りの形に両手を組む。

「《ブレッシング》 《アスペルシオ》 導きを、照らし給え。《ルクス・エーテルナ》 安息を、絶えざる光よ。《ルクス・ペルペチュア》」

 4つの支援スキルが立て続けに発動する。
 ブレッシングは全ステータスを割合で上昇させる、プリーストの存在意義とも言えるスキル。
 これ一つで全ステータスが最大1.2倍に引き上げられるんだから、かなり破格なスキルだよね。
 スキルポイントのストックを削ってでもプリーストになったらまずこれのLvを10にしろと言われるのも納得だ。
 アスペルシオは武器に聖水を付与することで、物理攻撃に対して武器攻撃力と同じ値の光属性攻撃力をダメージに追加するスキル。
 光属性は基本四属性に対しては全て100%の攻撃倍率を発揮するから、実質的に武器攻撃力を2倍にしてくれる強力なスキルだ。
 最後に、ルクス・エーテルナとルクス・ペルペチュアはそれぞれHPとSPに自然回復とは別の継続自動回復を一定時間付与するスキル。
 どちらも短縮詠唱だね。

「さて、どんなものかな」

 オグ君が弓を引いて、まだこちらに気づいていない二角ウサギに狙いを定める。

「《ロックオン》」

 ロックオンはアーチャーの基本中の基本とも言える補助スキル。
 攻撃対象を1体に絞って「狙いを定める」ことで、指定した対象1体に対してのみ、攻撃力と命中率、クリティカル率を上昇させる。
 指定対象以外への攻撃や範囲攻撃系スキルの使用で解除される他、ロック中のみ使用可能、逆に非ロック中のみ使用可能なスキルもある。
 状況に応じたこのスキルのオンオフの切り替えがアーチャー系職の根幹とも言われる、最重要スキルだ。

 そうして、十分に引き絞られてから弓が放たれる、が――

「ピッ!?」
「ふむ、外したか」

 矢はわずかに的を外れて、二角ウサギの左の足元に刺さっていた。
 驚いた様子で矢から離れるように飛び退ってこちらに反転したウサギは、お返しとばかりに足元に魔法陣の展開を始める。
 魔法陣の構築に連動するように、二角ウサギの頭上にはフォトンが集まって、土塊を形成していく。
 土塊は拳大ぐらいの大きさに固まったところで、オグ君に向けて射出された。

「ほいっと〜」

 すかさずその射線上にミスティスが割り込んで、盾で土塊を受ける。

「――!! キキッ!」

 攻撃を妨害されたことで、二角ウサギのヘイトはミスティスに向かったみたいだね。
 二角ウサギは角を突き出しながら大きく跳躍して、ミスティスに飛びかかろうとする。
 けれど、そのスピードは魔法職である僕でも余裕で視認できる程度でしかない。
 当然、ミスティスに見えていないはずもなく、これもあっさり盾に受け止められて、弾き返される。

「すまない、助かる。なるほど、言うは易くなんとやら、と言う奴か」
「ドンマ〜イ。こういう細かい誤差の修正は正直フィーリングだからね〜。慣れだよ、慣れ」

 と、軽く嘆息して二の矢を番えるオグ君に、アドバイスにもなってないようなアドバイスでカラカラと笑う弓手の先達(ミスティス)

 二角ウサギの方はと言うと、弾き返されて再び距離が開いたからか、もう一度ストーンシュートを詠唱しようとしていた。
 しかし、その魔法陣は展開しきれることなく、

「《チャージング》」
「ピキュッ!?……ゥゥ……」

 側面に回り込んでいたオグ君の放った矢によって、首元を射抜かれて今度こそ絶命した。

「ナイスぅ〜」

 首元の一撃で仕留めたおかげか全身そのままの形で残った死体を、一番近いミスティスが回収する。
 こうやって、きちんと狙えば獲物の損傷を可能な限り抑えながら討伐できるから、良質な素材をドロップとして残しやすいというのが弓を使う大きな魅力の一つだよねぇ。

 チャージングは弓本体に魔力を通して強度を上げることで、限界を超えてより強く弓を引けるようにして、スキル使用後の次の1射のみ、攻撃力と射程を増加させるスキル。
 当然、より大きく弓を引くことになる分、スキルを使うと発射前に一瞬隙ができてしまうし、このスキル自体にもクールタイムが10秒あるから、使いどころの見極めが肝心だけど、弓を使った射撃であればスキルを含めてほとんどあらゆる攻撃に効果を乗せることができる。
 ロックオンと並んで弓手の殲滅力を支える最重要スキルだね。

「ふむ……これは確かに、慣れ、としか言えないな。だが、なるほど。なんとなくは掴んだよ」

 傍目にはあんまりにもあんまりに聞こえたミスティスのアドバイスだったけど、オグ君的に何かしら掴めたものはあったらしい。

「うんうん。あれぐらいの細かい誤差になると、もう弓それぞれの個体値的な癖だったり、実際の手元のズレで言うと1ミリ未満とかの世界になってきちゃうからね〜。もうフィーリングだよフィーリング」

 と、いつもの調子で勝手に納得したように頷くミスティス。
 なるほど、それはもう本人の中で感覚的に理解していくしかないような領域だね。

「とりあえず進もうか。可能ならゴブリンに出会う前にもう少し慣らしておきたいね」
「よ〜し、じゃーいこー」

 というオグ君とミスティスに続いて、探索を続行する。

 その後、運よくゴブリンよりも先に出会えた2匹目の二角ウサギでオグ君が肩慣らしをしている間、僕は支援の効果を確認しておくために、体内の魔力操作の感覚を確かめていた。
 おぉ……確かに、これはだいぶ違うね。
 例えるなら……普段がなんとな〜く身体の中に感じられる霞か靄のようなものをふんわりと感じ取って動かしていたみたいな感覚で、それが今はさらさらに乾き切った砂の集まり、程度には、「魔力」というものの形を明確に意識できるようになっている。
 上級者になると、もっと滑らかに、水に浸した粘土とか、スライム、もしくは水そのもののような液体として認識するらしい、と話には聞いたけど、今の僕としてはこれだけでもだいぶ操作がしやすくなったと感じられる。
 僕のLvでもこれだけ差を実感できるんだから、ブレッシングの割合での上昇幅が大きくなる高Lv帯ではパーティーに必須と言われるのも頷ける話だよね。

 そうこうしているうちに、オグ君の肩慣らしも済んだようで、僕たちは改めて警戒を強めつつも森を更に東へと散策していく。
 歩いていると、ふとミスティスが何かに足を止めた。
 何事か……と思うよりも、僕にも何かが近づいてくる気配が感じられる方が先だった。
 みんなもその気配に気づいたようで、それぞれに武器を構える。

「来るよ!」

 ――と言ったミスティスの台詞と、その気配が茂みから飛び出したのは果たしてどちらが速かったか。
 ほぼ同時のタイミングでミスティスに飛びかかった気配の正体は――

「あにゃ、ウルフが先か〜」
「ふむ、既にこの辺りはゴブリンの領域のはずだけどね」

 予想に反して、フォレストウルフの方だった。
 跳躍から首筋を狙って牙を剥いたウルフの横っ面を、ミスティスは半ば横合いから裏拳気味に殴りつけるようにして盾で弾き返す。
 飛ばされたウルフは、それでも空中で器用に体勢を立て直して、最小限のダメージで着地。
 その着地際を狙ってオグ君の矢が放たれるけど、それも読まれていたようで、着地と同時に後ろに跳んで躱される。

 そんなやり取りの間に、後ろではツキナさんが、前の2人へのバフのかけ直しと、僕への魔法バフを追加してくれていた。

「《アスペルシオ》 《サクラメント》」

 サクラメントは効果の発動後から最大5回分の魔法の使用に対して、魔法攻撃力を1.5倍にしてくれるスキル。
 つまり、今から5回だけ、僕の魔法の威力が1.5倍になるってことだね。

 さて、支援ももらえたことだから、僕も魔法を準備しないとね。
 ブレッシングで強化された今の状態なら、初級魔法ぐらいならLv10でも無詠唱でやれそうだ。
 中級魔法でも、多分3分の1ぐらいなら短縮して詠唱できると思う。
 まずは小手調べってことで、ファイヤーボルトの無詠唱から試してみようかな。

 オグ君の矢を躱した、その更に着地際を狙うつもりで、魔法陣の構築を開始する。
 ……うん、魔力の「輪郭」とでも言うべきものが普段より明瞭に感じられるから、ファイヤーボルトぐらいだったら僕でもほとんど一瞬で構築できるね。
 そうして組み上げられた魔術回路が、サクラメントの効果で補強されていく。

 おぉ……なるほど。
 例えるなら、普段の僕の魔術回路が単に魔法陣の形に地面を掘っただけの堀だとすれば、サクラメントはその内面をコンクリートできちんと固めて治水工事をしてくれる、って感じかな?
 普段の僕じゃ意識しても気付かなかったような、細かい回路の歪みなんかが綺麗に均されて、普段より魔力の流れがすごくスムーズだし、回路自体も補強されてるから、許容魔力流量もだいぶ上がってそうだね。
 サクラメントの効果通りで言うなら1.5倍になってるはずなんだから、もっと思い切って魔力を流しちゃってもいいかな。
 ……って表現すると、許容流量が増えた分、SPの消費も1.5倍になっちゃってるのでは?って思うかもしれないけど、スキルの発動に必要なSPって、実は必要最低限の魔術回路の構築と維持の分だけで、こういう時に追加で流す魔力は普通、周囲の大気中に漂ってるものを利用すればいいから、自分の消費SPはそのままでいいんだよね。

 だけど、後から思えばこの時の僕は、支援魔法の劇的な効果に夢中で、フォレストウルフの「狩り」についてを完全に失念してたんだよねぇ……。
 バックステップで距離を取ったウルフが「バウ」と一声吠えれば、それを合図に前方からミスティス目掛けて3匹、加えて、それすらも囮にした不意打ちで、僕たちの左後方から1匹がオグ君へと一斉に飛びかかる。

 やば……ど、どうしよう!?
 真っ先に援護するべきは3匹に襲われてるミスティスの方だとは思うけど、今はファイヤーボルトを構築してしまったから、今更フレアボムには切り替えられないし、かと言って3匹から1体だけでも倒そうにも、残りの2匹はミスティスに対応してもらわないといけないから、どれを倒すべきかタゲを噛み合わせないと……いっそ先に左の1匹から……?

 なんて咄嗟の判断に僕がテンパってる間に、この状況に一番冷静に対処できていたのはオグ君だった。
 竪琴のように構えられた弓の弦が弾かれて、ピィーーー……ン、という張り詰めた音が響く。
 弦を弾くことで魔力を乗せた音を発して、一定範囲内の敵に確率で混乱の状態異常を付与するアーチャーの補助スキル、鳴弦(めいげん)だね。

 このゲームでの混乱の効果は、効果時間中のスキル使用不可と、敵味方関係なく自分に一番近い位置のキャラを強制的にターゲットにして攻撃を仕掛けさせる事。
 複数体にかかれば場合によってはそれだけで戦況をひっくり返せる強力な効果だけど、その代わり、Lv差による耐性補正がかなり大きくて、同格以上の相手には極端にかかりにくいんだよね。
 とは言え、自分と同じLv以下の相手に対してはそれなりの効果を発揮するから、アーチャー系のソロで多数を相手に各個撃破を仕掛ける時に頼りになるのが鳴弦というスキルだ。

 今回はLv70前後のフォレストウルフに対して、Lv320超えのオグ君が使ったから、全員あっさりと混乱にかかってくれたね。
 飛びかかろうとした空中で魔力を乱されたせいで、体勢を崩して不格好に地面へと落ちるウルフたち。
 こうなっちゃえばもう楽勝だね。

 ふらふらと身を起こした、最初に吠えた1匹の首を、悠々と横に回ったミスティスが落とす。
 左後ろからきた1匹は、落下して横たわった首筋をオグ君が踏みつけて、固定された頭の上から目を射抜くことで仕留める。
 で、残りは前方の3匹だね。

 とりあえず構築完了できているファイヤーボルトを1匹に向けて発動。
 1.5倍になった魔法攻撃力でなら、今の僕でもフォレストウルフぐらいは一撃だね。
 残り2匹は……あ、絶賛同士討ち中だね。

 ちょうどいいから、今度こそフレアボムの短縮詠唱を試そうか。
 えーっと、ここと、ここと……これはこう……でいいかな。
 フレアボムの魔法陣を思い出しながら、作れそうな場所から組み立てていく。
 う〜ん……他はちょっとわかんないなぁ。
 多分、ブレッシングをもらった今の感覚で詠唱を重ねていけば、構築の感覚は掴めそうな手応えはあるんだけど……まぁ、今は素直に詠唱に頼る方がよさそうだね。

「猛り狂え、渦巻け轟炎、爆ぜろ烈火よ」

 構築できない合間の部分を埋めるように詠唱する。
 サクラメント分の魔力も充填して……よし。

「《フレアボム》!」

 混乱でお互いに噛みつきあって団子状態の2匹をまとめて吹き飛ばしてやる。
 支援スキルの効果もあって、さっきの1匹同様に僕からすれば格上のはずのウルフも一撃でフォトンの塵へと還っていく。
 とりあえずはこれで殲滅完了かな?

「ふむ、これで終わりかな」
「助かったよ、オグ君。最初ファイヤーボルトにしちゃったから、いきなり来て焦っちゃった」
「何、気にすることじゃないさ」

 オグ君はあぁ言ってくれたけど、ウルフもゴブリンも基本は群れで狩りをすることを忘れてなければ、最初からフレアボムを選択できてたはずだからね。
 反省はしておかないと。

「それにしても、てっきりゴブリンばっかりになるかと思ってたけど」
「だねぇ〜」

 ツキナさんの疑問符に、暢気な調子で答えつつ、自ら首を落としたウルフの死体を回収するミスティス。
 僕がやった分はまとめて爆散しちゃったけど、二人がピンポイントに一撃で仕留めた分は綺麗に死体がドロップしたね。
 オグ君も自分で仕留めた死体をストレージに放り込みつつ続ける。

「まぁ、ウルフとてこの状況に黙っているわけはないだろうから、今のは偵察隊の類、という見方もあるけれど」
「ゴブリンだって、自分たちの領域が拡がってる分、四六時中全部を見ては回れないと思うしね」

 って僕は思うんだけど……。
 オグ君は何やら引っかかるところがあるようで、思案気に腕を組みつつ顎に手を当てていた。

「ま、考えてたってしょーがないでしょ。それよりほら、これ歩合制なんだから、ジャンジャン見っけて敵倒さないと時間なくなっちゃうよっ」
「そうだな。まぁ、僕の考えすぎという話もあるか。先を急ごう」

 ミスティスに急かされて、オグ君も思考を切り上げて後に続く。
 確かに、歩合制であることを考えれば、今は1匹でも多く敵を見つけて稼ぎたいのはごもっともだね。
 それじゃあ、探索を再開しようか。


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