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note.021 SIDE:R

 改めて、僕らは一路お屋敷を目指す。
 予想通り、と言っていいかは微妙なところだけど、そこからの道中では何も起きることはなかった。

 無事にお屋敷に到着した僕たちは、ひとまず右回りに外周を回り込み、南側に面した正面の正門へと回った。
 リアルであれば普段は固く閉じられている正門は、完全に開け放たれていて、閉じられている普段とはまた違った、見る者を呑みこもうとするかのような威容を呈していた。

「おぉ……ちゃんとこうして開いてるところは初めて見たけど、なんつぅか、これはこれでいつもと違う威圧感があるな」
「わぁ、中はホントにあの頃のまんまなんだね〜! ね、早く入ろう!」

 珍しく、ここで一番乗り気なのは塚本さんだったみたいで、もう待ちきれないとばかりに真っ先に門の中へと走っていく。
 その後姿を追って僕たちも門を潜ると、見事な庭園と、どこか荘厳さすら漂わせる、いかにもといった格式を持った、広大な木造平屋建ての日本家屋の姿があった。
 その姿に圧倒されてしまった僕は、一瞬、ここがジッパチの中の10年以上前の再現データであることも忘れて、ただただ立ち尽くすしかなかった。

 敷地内はほぼ全面に砂利が敷き詰められていて、北半分はそのほとんど大半を平屋建ての母屋が占める。
 北東の角には2階建て分ぐらいの高さの、石造りの大きな蔵があり、北西の角は母屋の西の縁側に面して、本格的な日本庭園として整備されているようだった。
 南西側は手入れの行き届いた庭になっていて、おそらく当時のデータそのままなのだろう、一画には木組みの棚が作られて、いくつもの盆栽の鉢が並んでいる。
 そして、南西の角には朱塗りの小さな橋がかけられた池が掘られていて、そのほとりには一本の柳の樹が植えられていた。
 東側は全体が離れになっていて、母屋に似た平屋建ての、北側半分だけが後から増築されたのか、2階建てになっていた。
 正門から正面右にある母屋の玄関までは、緩やかに逆S字を描いて敷石が並べられていて、その上を半ばまで渡った、いつもの南高の制服姿の塚本さんが、くるりとスカートを翻してターンした光景は、純和風の日本家屋に現代的な学校制服というミスマッチでありながら、何故だか妙に絵になっている気がして、僕はしばしの間、見惚れてしまっていた。

「みんな〜、何してるの〜? 早く早く〜!」

 と、一度こちらに手を振った塚本さんは、すぐにまた母屋に向けて敷石を渡って行こうとする。

 そんな彼女の姿に、思わずボーっとしてしまっていた僕に、不意に横から九条君の声がかかる。

「ハハッ、すげぇだろ。やっぱ初めてこれ見るとそういう反応になるよな」
「……へ? あ、う、うん、すごいね」

 確かに、この場所に圧倒されてもいたけど、どちらかと言うと塚本さんに見惚れてしまっていたことはこの際黙っておこう……。
 それよりも、どうもこの屋敷ことを知っているかのようなみんなの言い回しが気になって、僕は誤魔化すように話題を変える。

「なんだかさっきから、みんな元々ここを知ってるみたいな感じだけど、ここに入ったことあるの?」
「あぁ、ガキの頃にな。先代の爺ちゃんが亡くなる前は、結構しょっちゅう遊びに来てたんだよ」
「みんな、あの人と知り合いだったってこと?」
「いや、最初はそういうわけでもなくてな」

 九条君は少し懐かしむように語り始めた。

「ほら、この屋敷ってここらじゃ一番でけぇだろ? いっつも塀を外から見てて、やっぱり子供心に中がどうなってるのかってのはどうしても気になってな。俺たち三人で忍び込もうとしたことがあったんだ」
「あの時は大変だったね。確か、あの辺りだったっけ」

 と、小倉君が西側の外壁の一角を指差す。

「そうそう、あの辺の外側から、三人で肩車してな。そん時に、肩車の順番どうするかっつって、女の子のリナに、俺たち二人を引き上げさせるわけにも、支えさせるわけにもいかないっつーんで、結局、オグが一番上、リナが真ん中で、俺が一番下になって、そこまではよかったんだけどな。
 オグが最初に塀の上に登って、そっからじゃあ、リナを俺が下から押し上げて、オグが引っ張り上げようってなったところで、リナがその時スカート履いてきちまってたもんだから、俺に『絶対上は見ないで〜』なんて言い出して、そんな無茶なー!って……」
「もう! その話はしちゃダメっていつも言ってるでしょ!」

 九条君の語りにくつくつと思い出し笑いが含まれ出したところで、いつの間にか背後に戻ってきていた塚本さんが、顔を赤くして抗議してきた。

「あれ、ホンット恥ずかしかったんだからね!?」
「あー、はいはい、ッくく……」
「もう!」

 思い出し笑いを抑えきれない九条君にそっぽを向いてしまった塚本さんを、宥めにかかった彼を引き継いで、小倉君が話を続ける。

「で、そんなこんなで、なんとか全員で塀に登って、内側に降りたまではよかったんだけどね。まぁ、見ての通り、下一面砂利だったもんだから、足音で速攻バレてね。三人揃って家主のお爺さんに大目玉さ」
「でも、散々怒られたけど、お爺ちゃん最後には、『うちに遊びに来たいのなら、きちんと礼儀を以て、正面から遊びに来なさい』って言ってくれたのよね」

 と、どうにか機嫌を直したらしい塚本さんも話に加わりだす。

「そうそう、それからは、三人でしょっちゅう遊びに行ったもんだ。いい人だったよなぁ、爺ちゃん……」
「怒るとすっごい怖かったけどね」

 懐かしむ九条君に、塚本さんが付け加えて、三人で笑い合う。

「へぇ、あのお爺さん、そんな人だったんだね。僕は喋ったことなかったから、家の大きさとあの厳つい見た目で見て、勝手になんだか怖そうな人って思ってた記憶があるなぁ」

 当時の当主だったお爺さんは、長く伸ばした白い口髭に、老齢さを感じさせない鋭い目つきとガッチリした体格で、袴姿の似合う、厳格な雰囲気を纏っていたのが、僕の記憶にある姿だ。
 常に固く閉じられた屋敷の正門にも、子供ながらにある種の神聖さのようなものすら感じられる気がして、そもそも屋敷自体にあまり近寄ろうとしなかった覚えがある。

「ははっ、確かに、見た目だけだとすっげー怖かったもんな。真面目な顔してる時だと目つきなんかもつり目でギョロギョロしててさ。でも今にして思えば、爺ちゃん、あれで案外子供好きだったんだと思うな」
「そうだね。僕らが庭で鬼ごっことかしてるのを、いつも縁側でお茶を飲みながら、にこにこして見守ってたのを思い出すよ」

 少ししんみりした空気になって、なんとなく話に一段落ついたところで、塚本さんが持ち掛ける。

「ねぇ、中に入ってみようよ。せっかく来たのに、そろそろ立ち話もなんだし、ね!」
「そうだな、行ってみっか!」
「いろいろと懐かしい物も見られそうだね、楽しみだ」
「僕は初めて入るから、別の意味で楽しみだなぁ」
「中もいろいろすげぇから、期待していいぜ!」

 そうして、今度こそ全員で、敷石に沿って母屋へと向かった。


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