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note.027 SIDE:G

 ギルドに着いて、まずは掲示板を確認するも、お目当てのものはなく。
 一つだけ、アミ北の森の中で稀に見つかる植物の採取依頼があったけど、自由掲示として貼り出されている辺り、それほどの緊急性とも思えず、狙って籠りでもしないと早々簡単には見つからない類の代物だったので、結局保留となった。

 となれば、自ずと斡旋依頼へと話は移る。
 斡旋依頼を複数人で受けるためにはパーティー登録申請が必要になるので、ひとまず全員で依頼確認用の窓口へ向かう。

「おっはよ〜♪ エリィちゃん!」

 とのミスティスの後に続いて、僕たちも挨拶する。
 その声に、にこりと笑顔を浮かべて、

「ミスティスさん! オグさん、ツキナさんに、マイスさん! おはようございますっ♪」

 と元気一杯に答えた、「エリィ」と呼ばれた彼女が、アミリアギルドのマスコット三人娘の一番の元気印、エルフ族のプエラリアさん。
 エルフ族らしい、容姿端麗、小柄ながらスレンダーで整ったプロポーションに、頭の後ろで結った、肩甲骨辺りまで伸びる金髪のツインテールとエメラルドグリーンの瞳の、いつもニコニコ笑顔眩しい童顔が可愛らしい、元気系お姉ちゃん、という感じの人だ。
 ただ、ちょっと……何処とは言わないけど、身体の一部が少々発育不良気味のようで……そのことを度々気にしている。
 と言うのも、三人娘の残り二人がどちらもそれなり以上のものをお持ちなので……まぁ、うん、僕からこれ以上は言わないことにしておこう……。

 エルフ族と言えば……まぁ、今更改めて説明するまでもなく、この手のファンタジー世界では定番の、弓と魔法を得意とする、尖った耳が特徴の麗人の長命種だね。
 この世界のエルフは、「人類」に括られる四つの種族でも「人間」と肩を並べる最大勢力の一つで、「闇」の侵食への共同戦線として多種族間の融和が進んだ現在では、人間同様にどこでも見ることができる、割と普遍的な種族だ。
 よくあるテンプレ設定では「肉を食べない」なんてイメージがあるかもしれないけど、この世界のエルフの弓に関する技術は元々狩猟民族であることに起因しているらしいので、肉も割と普通に食べられる。
 ただ、狩猟民族である故か、味覚に関しては、肉は軽く塩コショウして焼いただけとか、塩で味付けしただけの薄味の野菜だとか、シンプルで素材の味を楽しめるようなものが傾向として好まれるみたいだね。

「本日はどのようなご用件ですか?」

 いつも通りのニコニコ笑顔で出迎えてくれたプエラリアさんは、即座にお仕事モードの事務口調に切り替わる。
 対する僕たちはと言うと、特に決めたわけでもなかったけど、自然とオグ君が一歩前に出る形で応対していく。
 まぁ、僕は斡旋依頼を受けること自体初めてだから、手順とかがわからなくてわたわたしそうだし、ミスティスとツキナさんは……正直言っちゃえば、あんまりこういう細々した事務的な工程って得意そうなイメージないもんね。
 こういうところで一番しっかりした応対ができそうなのは、やっぱりオグ君な気がする。
 多分、三人ともお互いそれを理解して自然とこうなってるって感じかな。

「この四人のパーティーで斡旋依頼を受けたい」
「かしこまりましたっ。では、まずはパーティー登録ですね。少々お待ちください」

 言いながら、プエラリアさんはカウンターの中央奥側に置かれていた台座付きの直径20cm程度の水晶玉に、タッチパネルのようにいくつかの操作を加えて、こちらに差し出す。

 この水晶玉は、「オーブ」と呼ばれていて、ギルドに登録された冒険者であることの証として個人に配られる通常の「オーブ」と、ギルドに設置されている、今差し出された「マザーオーブ」に分かれている。

 個人用のオーブは、ギルドに登録された冒険者であることの証明書のようなものとして機能しているので、冒険者として活動する時には、身体のどこかに必ず外から見える形で常に身につけている必要がある。
 見た目としては、単に魔法陣が埋め込まれた親指の先程度の大きさの水晶玉なので、指輪やブレスレットなんかのアクセサリーにしておくのが一般的だね。
 ちなみに、僕は今のところ衣装に合わせたネックレスにしてある。
 内部の魔法陣は、マザーオーブとの連携用の他、アイテムを魔法的に亜空間に格納する、ゲーム御用達のご都合主義魔法「アイテムストレージ」を始めとする種々の便利機能を提供してくれていることになっている。

 それと、もう一つの機能として、どうやらこの世界の「Lv」の概念は、オーブによって管理されているらしい。
 と言うのも、このオーブによる「Lv」システムが普及するまでは、「闇」の侵食によって「神器」を求めて冒険者になる人が急速に増えたことで、自分の実力も把握できずに無茶をする人がだいぶ多かったそうだ。
 そして、ゲーム的にはプレイヤーは復活自由になってるけど、設定上の本来のこの世界の人類的には、肉体を放棄して魂を留めるためには「心を強く保つ魂の力」が必要らしく、実際に肉体を放棄して生き残るためには「死への恐怖や死ぬ瞬間の痛みや苦しみ」を超克できる精神力が求められるとのことで。
 自力で自由にリポップしてくる魔物と比べるとかなり厳しいこの制約は、人類種がエーテルを認識できないことが関係しているらしい。
 まぁ、結果としてつまり、自分の実力も理解しないまま格上に挑んで、心を折られて肉体の放棄も出来ずに無駄死にする人が大量に出てきちゃったわけだね。
 これを問題視した一部の実力者たちが、個人の大まかな実力を示す指標として「Lv」のシステムを構築したことで、そういう事故がだいぶ減ったらしい。

 で、この「Lv」、どう判断されてるのかと言うと、ギルドへの登録が可能になる13歳の平均値をLv1として、オーブが個人の能力を読み取って判断しているらしい。
 ……とだけ聞くと、じゃあ大人になってから登録すればLv2以上からスタートとかもあり得るのか?って思うけど、どうやらLvの判定は実戦における技量・戦術・戦略的な部分も判断基準に含まれているらしく、単に加齢で肉体的に成長したというだけではほとんど上昇することはないらしい。
 幼少期から適切な訓練を積んでいたり、従軍経験のある者が後から冒険者になった等の場合には最初から相応のLvと判定されることもあるけど、そうでもなければ基本的には、新規に冒険者として登録すれば年齢に関係なくLv1からのスタートになるそうだ。
 この辺が、ゲーム的にはどんなキャラクリエイトをしてもLvは1からのスタートになることへの理由付けになっている。

「こちらのオーブに一人一回ずつ手を触れてください」

 プエラリアさんのガイドに従って、一人ずつ差し出されたマザーオーブに触れる。
 すると、マザーオーブが上向きに淡く光を発して、その光の中に、「.ogg Lv.324」「MISTIS Lv.57」「TsukIna Lv.326」「Myth Lv.57」と触れた順にリスト化されて、ギルドに登録したキャラ名が立体ホログラムのように文字として浮かび上がる。

 オグ君とツキナさん、二人ともLv320台かぁ。
 現在のHXTの、カジュアルとかライト層と呼ばれるような人たちの平均的なLv帯が大体300〜500近辺と言われているから、それなりに長くやっていれば不思議はない数字だね。
 ちなみに、Lvの上限が存在しないこのゲームでは、いわゆる「廃人」と呼ばれるような層は大体Lv1000超え、トッププレイヤーでは2000を超える人もいるらしいって話だから、なんというか……途方もないね。

「以上、4名でのパーティー登録でよろしいですか?」
「あぁ、問題ない」
「パーティーリーダーはどなたに設定しますか?」

 との質問には、

「はいはいはーい! 私がやるー!」
「……だそうだよ」

 すかさずミスティスが真っ先に挙手。
 オグ君も、軽く肩を竦めただけで、サクサクと話を進めていく。

「かしこまりました。ミスティスさんをリーダーとして、以上4名で登録致します。少々お待ちください」

 プエラリアさんが光の中に浮かぶ文字に触れると、「MISTIS」の名前が赤字で選択されて、リーダーを示すアイコンと共にリストの一番上に並び替えられる。
 ちなみに、ここで言う「パーティー登録」は、あくまでギルド側が適切な依頼を割り振るために、個人や登録されたパーティーごとでの依頼の受注履歴や結果の成否なんかの情報を管理するためのもので、ゲームシステム的には何か意味があるものではなかったりする。
 けどまぁ、ここでわざわざパーティー登録をして共同で依頼を受けるということは、ほぼ=イコールでそのメンバーでゲームシステム的にもパーティーを組んで依頼を進めることになるわけで。
 システムの設定で、ギルドのパーティー登録時に同期して同じメンバーでゲーム上でもパーティーを組む機能が用意されている。

 ホログラム上でミスティスがリーダーになると同時に、自分のウィンドウが表示されたのだろう空中に彼女が操作を加えると、僕とミスティスだけだったパーティーが一旦解散されて、新たにパーティー招待のウィンドウが現れる。
 それをOKすると、視界左上のステータスバーが、オグ君とツキナさんを加えた新たなパーティーに更新された。

 またいくつかの操作がマザーオーブに加えられると、ホログラムを映していた光が一旦消える。
 そこに今度は手を翳して、プエラリアさんが何かの魔法を発動させると、マザーオーブそのものが一瞬仄かに光を発した。
 光が治まったところで、もう一度タッチパネルのようにいくつか操作が加えられると、マザーオーブは再びホログラムを起動する。
 そうして表示されたのは、依頼の概要文が羅列されたリストのようだった。
 どうやら、これが今の僕たちで受けられる斡旋依頼のリストということみたいだね。

 マザーオーブの機能は大体今見た通りで、個人用のオーブと連携して、冒険者個人や登録された「パーティー」単位での、「Lv」やそれに応じた適切な依頼の管理、他には報酬の精算や、転職の管理とか、ストレージに持ち切れないアイテムをギルドに預かってもらえる個人用倉庫サービス「バンク」の機能を仲介して、バンクとストレージの直接転送をしてくれたり……。
 イメージとしては、コンビニに置いてある、一昔前ならロッピーとかマルチコピー機とか呼ばれてたような統合情報端末にレジとATMとコインロッカーを全部まとめたものって感じかな。

「こちらが、現在受注できる依頼のリストになります。ご希望の依頼を選択していただければ、内容をご説明しますよっ」

 リストを覗き込むと、すぐに一つの依頼に全員の目が留まる。

「ふむ、この依頼の詳細が欲しい」

 オグ君が概要文に触れると、触れられた一文を残して他の項目が消えて、その下に新たに文章が追加される。
 そうして表示されたのは、

《アミリア北部ゴブリン重点討伐》
  指定領域:アミリア北の森
  成功報酬:歩合制

 という内容だった。

「では、依頼の内容をご説明します」

 片手でマザーオーブを操作しつつ、プエラリアさんが切り出す。

「こちらの任務は我々ギルドからの直接依頼となります。直近の常設依頼『アミリア北の森フォレストウルフ討伐』及び『同ゴブリン討伐』の達成状況、並びに、先日行われたギルドによる定期調査の結果から、当該地域におけるゴブリンの勢力拡大が確認されました」

 プエラリアさんの操作に合わせて、ホログラムはアミリアの周辺地域を映した地図から、アミ北へとクローズアップされると、森の左側にフォレストウルフ、右側にゴブリンのアイコンが現れて、森全体が赤と青でそれぞれ塗り分けられる。
 最初は半々だった塗り分けは、押し返すように青が領域を広げる様子を映す。

「定期調査では既に要塞化されたゴブリンの拠点も複数存在が確認されており、状況をこのまま放置することは、上位個体の出現や、組織化されたゴブリンによるアミリアへの侵攻等が予想されます」

 ホログラムは青に染まった領域へとクローズアップされると、領域内の数ヶ所に赤い点が現れて、更にいくつかの小窓が表示されて、記録写真らしき光景を映す。
 写真には、周囲を囲う「城壁」こそゴブリンの高さに合わせた簡素な木の柵で、人間の基準で見れば「集落」のレベルに見えるものの、簡易的ながら弓兵が守る物見櫓が建てられていたり、歩哨役らしき複数のゴブリンが柵の外を歩く様子など、現時点での彼らなりの「要塞化」が施されているのだろうことを映し出していた。
 小窓はすぐに一旦縮小されて脇に除けられると、ゴブリンを統率する上位個体「ゴブリンキング」を映した小窓が示される。
 その小窓も脇に除けて並べられると、地図の表示はアミ北からアミリアまでを含む周辺地域までに一旦ズームアウト。
 続けて、森の青い領域が赤い領域を更に縮小させながら広がって、そこから青い大きな矢印がアミリアに向けられる様子が映される。

「当該地域は元来より、フォレストウルフとゴブリン、双方の勢力の均衡を保つことで、危険度の高い上位個体の出現や増長した魔物勢力によるアミリアへの侵攻の封じ込めを維持しており、今回のケースにおいても、勢力維持のための介入が必要と判断されました」

 地図は再び、赤と青の比率を現在の勢力状況を示す状態まで戻しながら、アミ北の森までズームインすると、赤の領域からフォレストウルフ、青の領域からゴブリンのホログラムがそれぞれ浮かび上がって、ゴブリンの方が大きく表示される。

「つきましては、当該地域内のゴブリンの重点的な討伐を依頼します。ただ、本任務そのものに明確な達成条件はありません。報酬は完全歩合制で、オーブによって討伐数が自動的に記録されますので、特別な手続きも不要です。作戦時刻についても指定はありませんので、準備が完了次第、任意に出発し、任意に帰投してください。
 尚、フォレストウルフも討伐対象としてカウントしますが、任務の性質上、報酬の割合はゴブリン7、フォレストウルフ3とさせていただきますのでご了承ください」

 小さめに表示されていたフォレストウルフのホログラムが拡大されて、ゴブリンと同じ大きさで並べられると、フォレストウルフの上に「3」、ゴブリンの上に「7」と数字が浮かび上がった。

「また、上位個体やゴブリンの拠点を発見した場合には可能な限りの殲滅をお願いします。殲滅に成功した場合は追加の報酬を支払わせていただきます。ただし、殲滅が不可能だった場合は任務は失敗扱いとさせていただきますので、速やかに帰還して、ギルドへの報告をお願い致します。その場合でも、記録上は失敗扱いとなりますが、その時点までの討伐記録に応じた報酬はお支払いしますのでご安心ください」

 報酬割合の数字が消えると、フォレストウルフは上位個体の「ジェネラルウルフ」に、ゴブリンはゴブリンキングにそれぞれホログラムが切り替わり、ゴブリンキングの周囲には、さっきの拠点の偵察画像が並べられる。

「この規定は、危険度の高い上位個体や、その発生の温床となる大規模拠点を確実に排除し、地域の安定を確保、維持するための処置となりますので、予めご理解、ご了承ください。以上が本任務の内容となります。こちらの依頼を引き受けていただける場合は『受諾』の、キャンセルする場合は『取消』の文字に触れてください」

 ホログラムには、

  作戦目標:指定なし
  失敗条件:上位個体、及びゴブリン拠点の殲滅失敗
  敵戦力 :ゴブリン、フォレストウルフ、他不明

 と表示され、その上に受諾と取消の文字が並ぶ。

「ふむ、問題なさそうだね」
「いいんじゃないかな〜」

 オグ君の確認に、ミスティスも同意して、僕らも頷きで返す。

「いいだろう。この依頼、引き受けた」

 受諾が押されると、契約完了に文字が文字が切り替わって、ホログラムは消えた。

「かしこまりました。では、後の処理手続は我々ギルドで行いますので、皆さんは任意にご出発ください。ご利用ありがとうございました。ご武運をお祈りしますっ!」
「それじゃ、行ってくるね、エリィちゃん!」
「気を付けていってらっしゃいませっ」

 早くもカウンターを離れつつ手を振るミスティスに、きっちりお仕事モードでお辞儀してから、にこやかに手を振り返すプエラリアさん。
 誰に対してもこの対応を、営業スマイルじゃなく素の笑顔でできるのが、彼女のすごいところだと思う。
 人付き合いの苦手な僕としては、素直に尊敬できるところだ。

 そんなプエラリアさんのニコニコ笑顔に見送られながらギルドを後にして、僕たちは早速アミリアの北に向けて出発するのだった。


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