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note.028 SIDE:G

 アミリア北の森――
 ギルドを出発してから30分程の後。
 森の中央を真っ直ぐ北上する街道から、ゴブリンの領域である東側に入った場所を僕たちは進んでいた。
 スライム森よりは幾分密度の高い森の中は、快晴の空の下にあっても、まるで曇天のような薄暗さだ。
 とは言え、アミリア周辺の平原から続いている森なだけに地形としては平坦なもので、植物型の魔物が隠れているようなこともないので、ただ歩き回る分にはそれほどの支障があるわけでもなく。
 ゴブリンなりウルフなりの奇襲に対する最低限の警戒だけは維持しながら、適当に散策していく。

「ふむ、本格的な戦闘の前に、まずは適当なノンアク相手で試し撃ちがしたいところだね」
「あー、ならそこにちょうどいいのがいたよ」

 そう言えば、弓は今日が初めてって言ってたね。
 そんなオグ君にミスティスが答えて指差した先には、ちょうどこちらに背を向けた二角ウサギが1匹、食事中なのか足元の草場を漁っていた。

 二角ウサギは、まぁ名前で大体想像はつく通り、森林地帯に生息する一角ウサギの亜種だ。
 一角ウサギとの差は、名前の通り角が2本になっていることと、詠唱反応もしない完全なノンアクティブMobになっていること、角による突撃に加えて、噛みつきの代わりにLv1ながら土属性初級魔法のストーンシュートを遠距離攻撃として使ってくるところだね。
 とは言うものの、戦力としてはほとんど誤差のレベル。
 一角ウサギが倒せるLvになっていれば全く気にならない相手だ。
 試し撃ちにはちょうどいいね。

「じゃあ、支援かけとこっか。支援込みの感覚で慣れといた方がいいでしょ」
「あぁ、よろしく頼むよ」
「ついでだし、全員支援回しておくね。ミスティスはともかく、マイスは支援もらうの初めてでしょ? あるとないとで結構変わるから、今のうちに慣れておくといいわ」
「うん、ありがとう」

 ふわりと袖をなびかせて、ツキナさんは先端に簡単な装飾と大きな水晶玉が配された長杖を一振りする。
 それを目の前で垂直に立てて構えると、長杖はひとりでに宙に浮かび、そうして彼女自身は祈りの形に両手を組む。

「《ブレッシング》 《アスペルシオ》 安息を、絶えざる光よ。《ルクス・エーテルナ》 導きを、照らし給え。《ルクス・ペルペチュア》」

 4つの支援スキルが立て続けに発動する。
 ブレッシングは全ステータスを割合で上昇させる、プリーストの存在意義とも言えるスキル。
 これ一つで全ステータスが最大1.2倍に引き上げられるんだから、かなり破格なスキルだよね。
 スキルポイントのストックを削ってでもプリーストになったらまずこれのLvを10にしろと言われるのも納得だ。
 アスペルシオは武器に聖水を付与することで、物理攻撃に対して武器攻撃力と同じ値の光属性攻撃力をダメージに追加するスキル。
 光属性は基本四属性に対しては全て100%の攻撃倍率を発揮するから、実質的に武器攻撃力を2倍にしてくれる強力なスキルだ。
 最後に、ルクス・エーテルナとルクス・ペルペチュアはそれぞれHPとMPに自然回復とは別の継続自動回復を一定時間付与するスキル。
 どちらも短縮詠唱だね。

「さて、どんなものかな」

 オグ君が弓を引いて、まだこちらに気づいていない二角ウサギに狙いを定める。

「《ロックオン》」

 ロックオンはアーチャーの基本中の基本とも言える補助スキル。
 攻撃対象を1体に絞って「狙いを定める」ことで、指定した対象1体に対してのみ、攻撃力と命中率、クリティカル率を上昇させる。
 指定対象以外への攻撃や範囲攻撃系スキルの使用で解除される他、ロック中のみ使用可能、逆に非ロック中のみ使用可能なスキルもある。
 状況に応じたこのスキルのオンオフの切り替えがアーチャー系職の根幹とも言われる、最重要スキルだ。

 そうして、十分に引き絞られてから弓が放たれる、が――

「ピッ!?」
「ふむ、外したか」

 矢はわずかに的を外れて、二角ウサギの左の足元に刺さっていた。
 驚いた様子で矢から離れるように飛び退ってこちらに反転したウサギは、お返しとばかりに足元に魔法陣の展開を始める。
 魔法陣の構築に連動するように、二角ウサギの頭上にはフォトンが集まって、土塊を形成していく。
 土塊は拳大ぐらいの大きさに固まったところで、オグ君に向けて射出された。

「ほいっと〜」

 すかさずその射線上にミスティスが割り込んで、盾で土塊を受ける。

「――!! キキッ!」

 攻撃を妨害されたことで、二角ウサギのヘイトはミスティスに向かったみたいだね。
 二角ウサギは角を突き出しながら大きく跳躍して、ミスティスに飛びかかろうとする。
 けれど、そのスピードは魔法職である僕でも余裕で視認できる程度でしかない。
 当然、ミスティスに見えていないはずもなく、これもあっさり盾に受け止められて、弾き返される。

「すまない、助かる。なるほど、言うは易くなんとやら、と言う奴か」
「ドンマ〜イ。こういう細かい誤差の修正は正直フィーリングだからね〜。慣れだよ、慣れ」

 と、軽く嘆息して二の矢を番えるオグ君に、アドバイスにもなってないようなアドバイスでカラカラと笑う弓手の先達(ミスティス)

 二角ウサギの方はと言うと、弾き返されて再び距離が開いたからか、もう一度ストーンシュートを詠唱しようとしていた。
 しかし、その魔法陣は展開しきれることなく、

「《チャージング》」
「ピキュッ!?……ゥゥ……」

 側面に回り込んでいたオグ君の放った矢によって、首元を射抜かれて今度こそ絶命した。

「ナイスぅ〜」

 首元の一撃で仕留めたおかげか全身そのままの形で残った死体を、一番近いミスティスが回収する。
 こうやって、きちんと狙えば獲物の損傷を可能な限り抑えながら討伐できるから、良質な素材をドロップとして残しやすいというのが弓を使う大きな魅力の一つだよねぇ。

 チャージングは弓本体に魔力を通して強度を上げることで、限界を超えてより強く弓を引けるようにして、スキル使用後の次の1射のみ、攻撃力と射程を増加させるスキル。
 当然、より大きく弓を引くことになる分、スキルを使うと発射前に一瞬隙ができてしまうし、このスキル自体にもクールタイムが10秒あるから、使いどころの見極めが肝心だけど、弓を使った射撃であればスキルを含めてほとんどあらゆる攻撃に効果を乗せることができる。
 ロックオンと並んで弓手の殲滅力を支える最重要スキルだね。

「ふむ……これは確かに、慣れ、としか言えないな。だが、なるほど。なんとなくは掴んだよ」

 傍目にはあんまりにもあんまりに聞こえたミスティスのアドバイスだったけど、オグ君的に何かしら掴めたものはあったらしい。

「うんうん。あれぐらいの細かい誤差になると、もう弓それぞれの個体値的な癖だったり、実際の手元のズレで言うと1ミリ未満とかの世界になってきちゃうからね〜。もうフィーリングだよフィーリング」

 と、いつもの調子で勝手に納得したように頷くミスティス。
 なるほど、それはもう本人の中で感覚的に理解していくしかないような領域だね。
 フィーリングだなんて適当言ってるだけにも聞こえたけど、ちゃんと意味のあるアドバイスだったわけだ。

「とりあえず進もうか。可能ならゴブリンに出会う前にもう少し慣らしておきたいね」
「よ〜し、じゃーいこー」

 というオグ君とミスティスに続いて、探索続行だね。


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