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note.029 SIDE:G

 その後、運よくゴブリンよりも先に出会えた2匹目の二角ウサギでオグ君が肩慣らしをしている間、僕は支援の効果を確認しておくために、体内の魔力操作の感覚を確かめていた。
 おぉ……確かに、これはだいぶ違うね。
 例えるなら……普段がなんとな〜く身体の中に感じられる霞か靄のようなものをふんわりと感じ取って動かしていたみたいな感覚で、それが今はさらさらに乾き切った砂の集まり、程度には、「魔力」というものの形を明確に意識できるようになっている。上級者になると、もっと滑らかに、水に浸した粘土とか、スライム、もしくは水そのもののような液体として認識するらしい、と話には聞いたけど、今の僕としてはこれだけでもだいぶ操作がしやすくなったと感じられる。
 僕のLvでもこれだけ差を実感できるんだから、ブレッシングの割合での上昇幅が大きくなる高Lv帯ではパーティーに必須と言われるのも頷ける話だよね。

 そうこうしているうちに、オグ君の肩慣らしも済んだようで、僕たちは改めて警戒を強めつつも森を更に東へと散策していく。
 歩いていると、ふとミスティスが何かに足を止めた。
 何事か……と思うよりも、僕にも何かが近づいてくる気配が感じられる方が先だった。みんなもその気配に気づいたようで、それぞれに武器を構える。

「来るよ!」

 と言ったミスティスの台詞と、その気配が茂みから飛び出したのは果たしてどちらが速かったか。ほぼ同時のタイミングでミスティスに飛びかかった気配の正体は――

「あにゃ、ウルフが先か〜」
「ふむ、既にこの辺りはゴブリンの領域のはずだけどね」

 予想に反して、フォレストウルフの方だった。
 跳躍から首筋を狙って牙を剥いたウルフの横っ面を、ミスティスは横合いから裏拳気味に殴りつけるようにして盾で弾き返す。
 飛ばされたウルフは、それでも空中で器用に体勢を立て直して、最小限のダメージで着地。その着地際を狙ってオグ君の矢が放たれるけど、それも読まれていたようで、着地と同時に後ろに跳んで躱される。

 そんなやり取りの間に、後ろではツキナさんが、前の2人へのバフのかけ直しと、僕への魔法バフを追加してくれていた。

「《アスペルシオ》 《サクラメント》」

 サクラメントは効果の発動後から最大5回分の魔法の使用に対して、魔法攻撃力を1.5倍にしてくれるスキル。
 つまり、今から5回だけ、僕の魔法の威力が1.5倍になるってことだね。

 さて、支援ももらえたことだから、僕も魔法を準備しないとね。
 ブレッシングで強化された今の状態なら、初級魔法ぐらいならLv10でも無詠唱でやれそうだ。中級魔法でも、多分3分の1ぐらいなら短縮して詠唱できると思う。
 まずは小手調べってことで、ファイヤーボルトの無詠唱から試してみようかな。

 オグ君の矢を躱した、その更に着地際を狙うつもりで、魔法陣の構築を開始する。
 ……うん、魔力の「輪郭」とでも言うべきものが普段より明瞭に感じられるから、ファイヤーボルトぐらいだったら僕でもほとんど一瞬で構築できるね。
 そうして組み上げられた魔術回路が、サクラメントの効果で補強されていく。

 おぉ……なるほど。例えるなら、普段の僕の魔術回路が単に魔法陣の形に地面を掘っただけの堀だとすれば、サクラメントはその内面をコンクリートできちんと固めて治水工事をしてくれる、って感じかな?
 普段の僕じゃ意識しても気付かなかったような、細かい回路の歪みなんかが綺麗に均されて、普段より魔力の流れがすごくスムーズだし、回路自体も補強されてるから、許容魔力流量もだいぶ上がってそうだね。
 サクラメントの効果通りで言うなら1.5倍になってるはずなんだから、もっと思い切って魔力を流しちゃってもいいかな。……って表現すると、許容流量が増えた分、MPの消費も1.5倍になっちゃってるのでは?って思うかもしれないけど、こういう時に追加で流す魔力は普通、周囲の大気中に漂ってるものを利用すればいいから、自分の消費MPはそのままでいいんだよね。

 だけど、後から思えばこの時の僕は、支援魔法の劇的な効果に夢中で、フォレストウルフの「狩り」についてを完全に失念してたんだよねぇ……。
 バックステップで距離を取ったウルフが「バウ」と一声吠えれば、それを合図に前方からミスティス目掛けて3匹、加えて、それすらも囮にした不意打ちで、僕たちの左後方から1匹がオグ君へと一斉に飛びかかる。

 やば……ど、どうしよう!?
 真っ先に援護するべきは3匹に襲われてるミスティスの方だとは思うけど、今はファイヤーボルトを構築してしまったから、今更フレアボムには切り替えられないし、かと言って3匹から1体だけでも倒そうにも、残りの2匹はミスティスに対応してもらわないといけないから、どれを倒すべきかタゲを噛み合わせないと……いっそ先に左の1匹から……?

 なんて咄嗟の判断に僕がテンパってる間に、この状況に一番冷静に対処できていたのはオグ君だった。
 竪琴のように構えられた弓の弦が弾かれて、ピィーーー……ン、という張り詰めた音が響く。
 弦を弾くことで魔力を乗せた音を発して、一定範囲内の敵に確率で混乱の状態異常を付与するアーチャーの補助スキル、鳴弦(めいげん)だね。

 このゲームでの混乱の効果は、効果時間中のスキル使用不可と、敵味方関係なく自分に一番近い位置のキャラを強制的にターゲットにして攻撃を仕掛けさせる事。
 複数体にかかれば場合によってはそれだけで戦況をひっくり返せる強力な効果だけど、その代わり、Lv差による耐性補正がかなり大きくて、同格以上の相手には極端にかかりにくいんだよね。
 とは言え、自分と同じLv以下の相手に対してはそれなりの効果を発揮するから、アーチャー系のソロで多数を相手に各個撃破を仕掛ける時に頼りになるのが鳴弦というスキルだ。

 今回はLv70前後のフォレストウルフに対して、Lv320超えのオグ君が使ったから、全員あっさりと混乱にかかってくれたね。
 飛びかかろうとした空中で魔力を乱されたせいで、体勢を崩して不格好に地面へと落ちるウルフたち。
 こうなっちゃえばもう楽勝だね。

 ふらふらと身を起こした、最初に吠えた1匹の首を、悠々と横に回ったミスティスが落とす。
 左後ろからきた1匹は、落下して横たわった首筋をオグ君が踏みつけて、固定された頭の上から目を射抜くことで仕留める。
 で、残りは前方の3匹だね。

 とりあえず構築完了できているファイヤーボルトを1匹に向けて発動。1.5倍になった魔法攻撃力でなら、今の僕でもフォレストウルフぐらいは一撃だ。
 残り2匹は……あ、絶賛同士討ち中だね。

 ちょうどいいから、今度こそフレアボムの短縮詠唱を試そうか。
 えーっと、ここと、ここと……これはこう……でいいかな。
 フレアボムの魔法陣を思い出しながら、作れそうな場所から組み立てていく。
 う〜ん……他はちょっとわかんないなぁ。
 多分、ブレッシングをもらった今の感覚で詠唱を重ねていけば、構築の感覚は掴めそうな手応えはあるんだけど……まぁ、今は素直に詠唱に頼る方がよさそうだね。

「猛り狂え、渦巻け轟炎、爆ぜろ烈火よ」

 構築できない合間の部分を埋めるように詠唱する。サクラメント分の魔力も充填して……よし。

「《フレアボム》!」

 混乱でお互いに噛みつきあって団子状態の2匹をまとめて吹き飛ばしてやる。
 支援スキルの効果もあって、さっきの1匹同様に僕からすれば格上のはずのウルフも一撃でフォトンの塵へと還っていった。
 とりあえずはこれで殲滅完了かな?

「ふむ、これで終わりかな」
「助かったよ、オグ君。最初ファイヤーボルトにしちゃったから、いきなり来て焦っちゃった」
「何、気にすることじゃないさ」

 オグ君はあぁ言ってくれたけど、ウルフもゴブリンも基本は群れで狩りをすることを忘れてなければ、最初からフレアボムを選択できてたはずだからね。反省はしておかないと。

「それにしても、てっきりゴブリンばっかりになるかと思ってたけど」
「だねぇ〜」

 ツキナさんの疑問符に、暢気な調子で答えつつ、自ら首を落としたウルフの死体を回収するミスティス。
 僕がやった分はまとめて爆散しちゃったけど、二人がピンポイントに一撃で仕留めた分は綺麗に死体がドロップしたね。
 オグ君も自分で仕留めた死体をストレージに放り込みつつ続ける。

「まぁ、ウルフとてこの状況に黙っているわけはないだろうから、今のは偵察隊の類、という見方もあるけれど」
「ゴブリンだって、自分たちの領域が拡がってる分、四六時中全部を見ては回れないと思うしね」

 って僕は思うんだけど……。
 オグ君は何やら引っかかるところがあるようで、思案気に腕を組みつつ顎に手を当てていた。

「ま、考えてたってしょーがないでしょ。それよりほら、これ歩合制なんだから、ジャンジャン見っけて敵倒さないと時間なくなっちゃうよっ」
「そうだな。まぁ、僕の考えすぎという話もあるか。先を急ごう」

 ミスティスに急かされて、オグ君も思考を切り上げて後に続く。
 確かに、歩合制であることを考えれば、今は1匹でも多く敵を見つけて稼ぎたいのはごもっともだね。
 それじゃあ、探索を再開しようか。


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