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note.030 SIDE:G

 森の散策へと戻って程なくして、今度こそゴブリンの群れが現れる。
 それに最初に気が付いたのは、先頭を歩くミスティスだった。
 前方に何かを見つけたらしい彼女は、静止するようこちらに掌を向けつつ、すぐ傍にあった茂みの裏に身を隠すように屈みこむ。
 それに倣う形で僕たちも同じ茂みに身を屈めて、彼女が指先だけで小さく示す方向を覗き込むと、6匹のゴブリンが、立ち止まって頻りに周囲を警戒している様子だった。

「見て。あいつら、近くに何かいるっぽいことには気づいてるみたいだけど、私たちのことはまだ見つけられてないみたい」
「なら、こっちから先制しちゃいましょ」
「そうだね。……弓1、槍2、剣が大小合わせて3、か。ふむ、なら、気付かれる前に僕が弓を落とそう」
「おっけー。タイミングは任せるよ。オグが撃つのと同時に私も手前の槍に突っ込むね」
「了解した。そうすると……おそらく、その後、残りの奴らは突っ込んだミスティスを囲もうとするはずだ。マイス、君はミスティスの死角に回った奴をファイヤーボルトで仕留めて欲しい。無詠唱なら、奴らは発動まで気付かないはずさ。ツキナはいつも通りに適時支援を」
「うん、わかったよ」
「任せて」

 キョロキョロと見当違いの方向を警戒しているゴブリンたちに気付かれないようにだけ注意しつつ、手早く段取りを決める。
 それにしても、ツキナさんから先制攻撃の提案が出たのはちょっと意外だったかも。
 ログイン前のリアルでの様子だと、もうちょっと慎重派だと思ってたけど……やっぱり、ここがゲームだってわかってるからかな。

 まぁ、今はそこは置いといて、ゴブリンに見つかる前に作戦実行だね。
 オグ君が、弓手をロックオンして弓を引く。
 チャージングを発動することで、左手が一瞬光ると、その光は弓本体を薄く覆い、本来の張力の限界を超えて弓がしなる。

「じゃあ、カウントダウンでいこう。 2、1……今!」

 手筈通り、オグ君の合図で弓が放たれて、同時にミスティスが茂みを抜けて駆ける。
 オグ君もだいぶ手慣れてきたようで、最初に二角ウサギを相手にした時の倍はあるだろう距離を、過たず弓ゴブリンの頭を射抜く。

「!? ――!」
「――――!!」

 未だに僕たちに気付いていなかったゴブリンは、弓手を射抜かれたことで、矢の飛んできた方向から、ようやくこちらを認識した。
 が、その時には既に遅く、慌ててこちらに向き直ろうとした槍持ちの1匹は、武器を構える間すらなく、飛び込んだミスティスの横一閃で首を落とされる。

「――――!?」

 唯一の遠距離攻撃要員を初手で失い、さらにもう1匹も瞬く間に失ったゴブリンたちが慌てふためく。
 しかし、次の瞬間には、飛び込んできたミスティスが母体となり得る女性と判断したのか、ゴブリンたちの目の色が変わった。
 なるほど、最初に仲間を失ったことや、後方に控える僕やオグ君のことは既に眼中にないらしい。実にわかりやすい行動原理だね。

 一応、剣と槍で前衛後衛に分かれるぐらいの判断力は残っているようで、槍持ちが一旦後ろに下がると、大きめの剣を持った2匹が左右前方から大きく跳躍してミスティスへと斬りかかる。
 対するミスティスは、左の1匹を盾で受け止めて、同時に右の1匹と剣を切り結んでいなす。
 そして多分、2匹が僕たちの目線ぐらいまで大きく跳躍して仕掛けてきたのは、彼女の注意を上方に逸らす意味もあったんだろうね。
 その間に、彼女の死角になる真後ろの低い位置に忍び寄った、小さな剣を持った1匹が、右脚を狙って飛び上がる。
 更には、2匹を対処したことでガラ空きになった正面から、槍持ちが飛び込んでくる。その狙いも、やはり脚。
 どうやら、母体としての能力に傷を付けずに、かつ、逃げられないように、まず脚から狙う、ということみたいだね。

 まぁ、ミスティス一人が相手なら、それでよかったんだろうけどね。
 ここまでの流れは完全に事前のオグ君の予測通り。
 僕らの様子には全く気付いていない無防備な小剣持ちの背中に、すかさず無詠唱のファイヤーボルトを叩き込んでやる。

「――!!」

 背後から炎の矢に焼かれたゴブリンが、断末魔の叫びをあげる。
 けど、その身体がフォトンへ還る直前、結果的に後ろから炎に押し出される形になったこともあってか、辛うじて刃はミスティスの右太ももへと達して、スカートを大きく裂きつつ、ざっくりと切り傷をつけることに成功していた。

「……っ!」

 それによって一瞬、ミスティスの膝が落ちる、が――

「《ヒール》!」

 すぐさまツキナさんからのヒールが飛んで、開いた傷も、破れてかなり際どいところまで太ももを露わにしていたスカートも、何事もなかったように即座に元通りに治される。
 そうしてミスティス自身は、膝が落ちたことを逆に利用して一息に後方へと跳んで、目の前に迫っていた槍から完全に間合いを外す。

「!?」

 後ろからの一撃が決まったことでそのまま体勢を崩すとでも思っていたのか、驚愕した様子の声をあげる槍持ち。だけど、既に跳躍した空中で、得物を完全に振り切ってしまった身体でそれ以上何ができることもなく。
 跳躍の勢いが仇となって、標的を失った槍は地面に深々と刺さって、すぐに抜ける状態ではなくなっていた。
 そこに、ちょうどミスティスと位置を入れ替えるように前方へと飛び込んだオグ君が、至近距離から矢を叩き込む。

「《バーストアロー》」

 複数の矢を同時に射ることによる強攻撃スキル、バーストアローで2本の矢が同時に放たれて、綺麗に喉元と額を撃ち抜かれた槍持ちは、矢が刺さる衝撃のままに、どさりと後ろに崩れ落ちた。

 ちなみに、バーストアローはスキルLvによって最大4本まで同時発射できるようになるから、Lvが上がると、いつでも出せてそこそこ火力の出る単体火力っていう……マジシャンにとってのブレイズランスのような立ち位置にあたるスキルだね。

 さて、こうなってしまえば、残りは剣持ちの2匹だけ。
 母体欲しさと言えど、さすがに自分たちの身が危ういとなれば逃げ出す程度の知性はあるのがゴブリンという種族だ。
 単に統制がなかったのか、標的を分散させようという知恵なのかはわからないけど、互いにバラバラの方向に逃げようとする2匹。まぁ、いずれにせよ悪あがきだよね。
 片方は僕の無詠唱ファイヤーボルトで、もう片方はチャージングつきのバーストアローであっけなく撃ち抜かれて爆散した。

「ふむ、まぁ、こんなものかな」

 周囲を見回して、敵の全滅を確認したオグ君が構えを解く。
 逃げる2匹を僕らが仕留める間に自分でも先に確認してはいたのだろう、既に剣を肩に担ぐ形で楽に構えていたミスティスも、それを受けて剣を収める。
 僕はというと、一瞬とはいえ傷を付けさせてしまったミスティスの下へと駆け寄っていた。

「ごめん、ミスティス! 僕がきっちり仕留めきれなかったから……」

 とは言ったものの、当のミスティスはあっけらかんと笑って、

「あっはは、あんな程度、このゲームじゃ傷の内にも入んないって。見ての通り、ヒール一発で元通りなんだし」

 と、さっきやられたはずの右脚を軸にして、軽やかに一回転してみせる。

「それに、あれぐらいの想定外は誤差誤差。作戦としては完璧に流れ通りだったじゃん。気持ちは嬉しいけど、これぐらいでいちいち心配してたら身が持たないよ〜?」
「う、うん……」
「ま、最初の内戸惑う気持ちはわかるんだけどね〜。このゲーム、VRである前にRPGなんだから、戦えば被ダメがあるのは当然でしょ。今の内に慣れときなさい」
「そっ……か。うん、わかったよ」

 あー……まぁ、確かに、RPGであると考えれば当たり前の話なんだよね。
 戦いが発生すれば、当然被ダメも発生する。そして、多少のダメージを受けても、ポーションやなんかのアイテムだったり回復スキルがあれば、減ったHPも元に戻る。
 この世界がゲームである、と理解すれば、単純なお話だよね。
 う〜ん……どうしても、例の「ズレ」のせいか、無意識にHXT(この世界)も現実だと考えがちなのかもしれないなぁ。
 これはミスティスの言う通り、今の内に割り切って慣れておくべきところなのかもしれない……。


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