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note.031 SIDE:G

 まだこの世界をゲームと割り切れていない僕の葛藤をよそに、森の探索は続く。
 とは言うものの、討伐自体は順調そのもの。
 一度だけ、2匹のみでの行動という珍しいパターンのウルフに遭遇した以外は順当に、散発的に遭遇する、さっきと同じような4〜6匹程度のゴブリン集団を狩っていく。
 そうして、ゴブリンとの戦闘にも味方への被ダメの発生にも、ようやく意識的に慣れてきたかな、と思い始めた矢先に、それは見つかった。

「あ、あれ!」

 と、ミスティスが指差すまでもなく、前方の遠目に見えてきたのは、ゴブリンが守る集落のような拠点だった。

「ようやくお出ましってやつね。今のうちに支援かけ直すわ」

 ブレッシング、アスペルシオ、サクラメント……と一連のスキルが再度かけ直されて、そこに加えて更に2つ。

「《ディバイン・プロテクション》 主よ、祝福を。《ルクス・ディビーナ》」

 ディバイン・プロテクションは、防具の防御力を一時的に上昇させる、アスペルシオやサクラメントの対になるような立ち位置のスキル。
 ルクス・ディビーナは、スキルLvで決まる一定回数、もしくは一定値までの累積ダメージを無効化するバリアを張るスキルだ。
 一瞬で防御回数を使い切ってしまうような多段ヒットには弱いのが弱点だけど、バリア耐久値さえ残っていれば耐久値を超えるダメージを受けても最後の1回は無効化してくれることや、攻撃されても回避に成功すれば当然回数も耐久値も減らないことから、どちらかと言えば耐久型より回避型のキャラに嬉しい性能だね。

「ん〜、とりあえずもうちょっと見える位置まで近づきたいなー。そこの樹の裏とかどう?」
「ふむ、そうだな。とりあえず、あそこから様子を見てみよう」

 ミスティスが指差した場所は、拠点から身を隠すのにちょうどよさそうな大木と、すぐ傍には茂みになっている低木もあって、拠点内部の様子を窺うにはちょうどよさそうだった。
 ひとまず全員で、拠点から見て茂みの裏側になる方向から、見つからないよう頭を下げて大木のところまで近づく。

 樹の陰から拠点を覗き見ると、ゴブリンの高さに合わせた木柵に囲まれ、門番役と思われる槍持ちのゴブリン2匹に守られた門と、門を挟む形で見える範囲に2ヵ所の簡易的な見張り櫓に弓持ちゴブリン、と哨戒兵こそいなかったものの、ほぼギルドでの偵察画像と同じ光景が広がっていた。
 それを確認した僕たちは、一旦茂みの後ろに完全に隠れるようにしゃがみ込んで作戦会議に移る。

「ふむ……大体事前情報通り、というところか」
「どうしよっか。テキトーに突っ込んじゃう?」
「まぁ、そうだね。僕が先にここから弓手だけ仕留めてしまえば、あとは考えずに突っ込んでも問題ないとは思う」
「えぇぇ……そんな適当でいいの?」

 ほとんど作戦ともいえないようなあんまりな作戦に、思わずツッコんでしまったけど、

「問題ないさ。見たところ、上位個体もいないようだしね。上位個体の統率がないゴブリン連中なんて、いくら数がいても烏合の衆には変わりない。適当に突っ込んで端から殲滅して、数が多いようなら一旦拠点の外まで退いてしまえばいい。連中に迂回とかそういう知能はないから、あの狭い門から馬鹿正直に数匹ずつ出てくるだけになる」
「な、なるほど」

 そういうことなら、まぁ、いい……のかなぁ……?
 なんか不安な気もするけど……さっきまで遭遇したゴブリンたちの、一度ミスティスにタゲを定めたらもう脇目も振らないみたいな単純思考っぷりを見てると、確かにそんな展開も予想がつくような気もする。

「とりあえず突っ込んじゃって、数がヤバそうなら、私が1回挑発(プロボ)しちゃうから、それを合図にみんな一旦外まで退避ね。引き付けるだけ引き付けたら私も全力で外まで逃げるから、みんなは援護お願いね」
「おっけ」
「了解した」
「わかったよ」

 大筋の方針が定まったところで、早速オグ君が立ち上がって、樹の陰から見張り櫓の様子を窺う。

「さて、まずは邪魔な弓手の掃除、といきたいところだけど、おそらく角度的にあちらを狙うと矢が門番の前を通過してバレるね」
「じゃあ、それを突撃の合図にしちゃえばいいんじゃない?」
「そーねー。どうせ突っ込む時には真っ正面からバレるんだから、一緒一緒」

 と、気楽な調子のツキナさんとミスティスに、

「それもそうか」

 と、こちらも軽い調子で肩をすくめるオグ君。

「さて、じゃあ、始めようか」

 改めて、オグ君がロックオンとチャージングをかけつつ、手前側の見張り櫓に向けて弓を引く。
 チャージングの発動で手元に魔力の光が灯るけど、その光は反対側の櫓からはちょうど樹の裏に隠れる位置で、上手く隠せている。

「《スナイピングショット》」

 一瞬だけ魔力の閃光を残しながら、これまでよりも鋭い風切り音を上げて矢が射られる。
 スナイピングショットは、弦に通した魔力で矢を加速させることで、射程、弾速、精度と威力を上昇させた強力な一撃を放つ、ロックオン中にのみ使用可能な狙撃用スキル。
 なまじ精度が上がる分、手元の僅かなブレも最終的に大きな誤差に増幅されてしまうから、照準に繊細な操作が必要になるのが難点だけど、ほとんど撃った瞬間には着弾しているレベルの圧倒的な弾速と、基本職であるアーチャーとしては破格の高火力が魅力だね。

 そのスペック通りに、引ききられた手から矢が放れた、と思った瞬間には、既に手前の櫓のゴブリンの頭部は弾け飛んでいて。
 残されたゴブリンの身体は、半ば吹き飛ばされるようにして後ろに倒れながらフォトンへと爆散したみたいだったけど、それがちょうど櫓の内部に倒れ込む形になったみたいで、そのフォトンの光は仄かに櫓が光ったかな?ぐらいにしか確認できなかった。
 あの様子なら、見張りが1匹やられたことは他のゴブリンたちには気付かれてなさそうだね。

「ないっしゅ〜♪」
「ふむ、まずは上々」

 オグ君も、だいぶ射撃に慣れてきたみたいだね。
 弓手として先輩のミスティスが素直に褒めるんだから、多分、筋はいいってことなのかな?

「さて、あとは向こう側か。手筈通りいこう」

 矢を番え直すオグ君に、僕たちもそれぞれ応える。

「少し遠いな……。《ホークアイ》」

 傍目には少しわかりにくい変化だけど、スキル宣言と共に、ほんのりとオグ君の目の色が変わる。
 ホークアイは魔力による視力強化スキル――要するに、望遠鏡だ。
 今回はスキル名宣言があったけど、スキルとしては任意で効果のオンオフが可能なパッシブスキルに分類されるから、慣れれば宣言なしでも発動できる。

 弓が引き絞られるのに合わせて、ミスティスもいつでも飛び出せるように構える。
 僕たちもその後ろを追わなきゃいけないんだから、いつでも駆け出せる準備はしておかないとね。

「《スナイピングショット》」

 櫓に向けて閃光が走る、と同時に、門番に向けてミスティスが突撃する。

「――!?」
「――! ――!」

 突然の閃光に驚いた門番役が、その軌跡を辿ってこちらに振り向いて、警報らしき声を上げる。
 僕たち人間には、ただギャーギャー喚いてるようにしか聞こえないけど……一応、彼らなりに言語として成立はしているらしい。
 それに反応して、ちょうど近くにいたらしい1匹が門番と共に迎撃に出てくる、が――

「とぉ〜やぁ〜〜〜」

 そんな妙に暢気な調子の掛け声で放たれたミスティスの、魔力によって範囲と威力を増幅された横薙ぎ一閃――ワイドスラッシュで3匹まとめて斬り倒される。

「命中。行こう」
「うん!」

 櫓の弓手が倒れたことを確認して駆け出すオグ君に、僕とツキナさんもそれぞれ応えて後に続いた。


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