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note.040 SIDE:G

 そうして、1時間ほど後。
 東西には広いけど、南北方向はそれほどでもなく、中央を縦断する街道はきちんと整備されていることもあって、僕たちは早々にアミ北の森林地帯を抜けていた。
 昨日の今日でゴブリンとウルフの戦局も小康状態といったところみたいで、特に障害もなくあっさりと森を抜けることができた。

「んん〜……。やっぱり、エニルムまで来るとのどかでいいわね〜」
「だね〜。蛇とか出るから草むらで気持ちよくゴロン、とはいかないのがあれだけど」
「あはは」

 なんて、前を歩く女子二人の和やかな会話を追いながら、のんびりと街道を北上する。
 ミスティスが言っていた通り、この辺りに出る魔物としては、おなじみの一角ウサギの他に、グリンスネークという、まぁ名前の通り緑色の蛇が出る。
 蛇と言っても毒はないし、強さ的にはウサギとほぼ変わらない。スキルを使ってくるとかもないし、ほとんどそこら辺の小動物と大差ない存在だ。

 一応、この世界にも「動物」と「魔物」の区別は存在している。
 それによれば、エーテルを認識し、自己再構築が可能な生物を「魔物」と呼んでいるようで。具体的に言えば、倒した時にフォトンに還元されて、自力でリポップしてくる生物を「魔物」としているらしい。
 他に、スキルや魔法として行使できるだけの魔力を保持しているのも魔物だけのようで、その点でも判別可能とのこと。
 この定義で言えば、小動物と大差ないとはいえ、倒せばきっちりフォトンに爆散するグリンスネークは分類としては魔物ということになるね。
 ついでに、この定義だとエーテルを認識できていない亜人種は狭義には魔物ではないことになるんだけど、ダンジョン内部でなら限定的にエーテルの認識も可能でもあるし、ややこしいので一般的には一緒くたに魔物扱いらしい。

 と、少し歩いていれば、不意に斜め右方向へと枝分かれする道が現れる。
 きちんと街道として整備された本線と比べると、ただ人がそこを通るからそうなっている、というだけの、半ば獣道という感じだし、遺跡そのものの姿はまだ見える気配もないけど、一応、明確に土が露出して道の体を成している程度には踏み固められているところを見ると、それなりに使われている脇道らしい。
 みんな特に気にした様子もなく脇道の方へ曲がっていくので、特に疑問もなく僕もそれに合わせる。

 まぁ、道が逸れて多少足元の整地が雑になったところで、何が変わるわけでもなく。
 ただ、本線の街道は何か魔物除けみたいな処置がされていたのか、時折飛び出して来るようになったウサギやら蛇やらを適当にあしらいながら進んでいく。
 そうやってもうしばらく歩いていくと、程なくして前方にそれらしい石柱群が見えてくる。

「あ、あれが?」
「そう、あれがエニルムの遺跡だよ」

 脇道は一旦、僕たちから見て遺跡を少し左に逸れて、遺跡の正面へと繋がる本線に合流していた。
 地面を均しただけの街道は、石柱に囲われた遺跡の正面通り手前で、不揃いな石で大雑把にレンガのように組まれた石畳に変わる。
 マップの区分としては、この石畳から先が「エニルムの遺跡」の領域みたいだね。
 石畳の道に入れば、そこからすぐに道の両脇には一定間隔で石柱が立ち並び始める。石柱には何かの動物なのか祀られていた神様なのか、抽象化されすぎててよくわからない何かの顔らしい装飾が彫られていたり、倒れて道を塞いでしまっているものもあったりとか。はたまた軽く辺りを見回せば、通りの外側、両脇の空間にも、かつては何かの像でも置かれていたのだろう壊れかけの台座なんかがちらほらあったりと、まぁ、こういうファンタジー世界で古代の遺跡と聞いてなんとなくイメージできるであろういかにも、といった風情が漂っている。
 う〜ん……ゲームの中とはいえ、やっぱりこういう場所をこうして目の前で目にすると、少なからずなんというか、浪漫を感じるものがあるよねぇ。

 と、思わずあちこち目移りしちゃってたけど、最低限の警戒を緩めるわけにもいかない。
 まだダンジョンの外とはいえ、もちろん通常フィールドではあるからね。
 それに、遺跡の領域内はダンジョンの強い魔力に惹かれるのか、周辺の平原と比べると少し強い魔物が湧く傾向にある。
 まぁ、平原のウサギや蛇と比べれば、って話で、ダンジョン内部とは比べ物にもならないから、よほど油断しない限り今の僕たちにはなんてことないレベルなんだけど。

「――!」
「――、――!」

 ……と言ってたら、早速来たね。
 この遺跡フィールド固有の魔物の一種、ルインゴブリンだ。
 どうやら、何かの理由でアミ北の森を出たゴブリンの一部がこの遺跡を根城に住み着いたものらしく、遺跡周辺での生活に適応した結果、アミ北のゴブリンよりも一回り小さな身体と、それによって増した機動力が特徴だ。
 機動力が増したと言っても、結局のところ身体が小さくなった分、個体としては元のゴブリンより弱いんだよね。
 強さとしては、平原の魔物たちに一人で対処できるようになったぐらいの強さの人なら、数人でパーティーを組めば十分対処できるぐらい、という感じだ。

 どこに隠れていたのやら、4匹のゴブリンが、周りの石柱やら崩れた台座やらを使って一斉に跳躍してくる。
 うん、確かにウサギの角突進よりは多少速いんだけど、まぁ、それだけだよね。
 着地する間も与えることなく、僕の無詠唱ファイヤーボルトで1匹、オグ君がチェインアローで2匹を仕留める。
 ミスティスに至っては、逆手に持った片手剣をそのまま槍投げでもするかのように、跳んできたゴブリンに空中で突き刺して、そのまま地面に縫い留めてトドメを刺していた。
 なんとなく思ってたことだけど……

「ミスティスって、1stが弓メインって割りには剣もだいぶ慣れてる感じあるよね」

 今みたいな、咄嗟で剣を逆手に持ち替えるとか、早々できる発想じゃないと思うんだけど……。

「まーねー。一応ほら、エクステンドがトルーパーだから、片手剣も案外使うんだよ」
「あ、そっか、なるほどね」

 そう答えて、ミスティスは得意げにくるくるっと軽やかに剣を回して鞘に収めてみせる。
 弓と剣を切り替えながら近距離戦の機動力で翻弄するのがトルーパーって職だもんね。
 片手剣はむしろお手の物ってことか。

「さてっと、じゃ、さっさとダンジョン入っちゃおー」

 ミスティスの先導で、再び遺跡を進んでいく。
 この遺跡固有の魔物としては、もう一種類、グリンポイズンっていう、見た目はグリンスネークに似てるけど、目の色が違う、毒持ちの蛇がいるんだけど、今回はそちらが出てくることはなかったようだ。

 元々それほど大きい遺跡ってわけでもないこともあって、少し進めばすぐに遺跡は最奥へと辿り着く。
 そこにあったのは、大体2階建てぐらいの高さの小さなピラミッド。
 ピラミッドは三角と言うよりは、マヤとかアステカみたいな文明を思わせる階段状のもので、四方の面の中央上段には、石柱のものと同じ、よくわからない何かの顔の彫刻があったり、四角い渦巻きやら何やらが組み合わさったそれっぽい装飾がされてたりと、これまたいかにもといった雰囲気の造りだ。
 そして、そのピラミッドの正面には、例の顔的なものを頭上に携えた、これまたいかにもな下へ降りる階段がぽっかりと口を開けていた。

「とーちゃ〜く♪ っと言っても、ようやくダンジョンに着いたってだけだし、むしろこっからが本番だけどね!」

 ミスティスが何故か無駄にドヤ顔の仁王立ちで腰に手をやってダンジョンの入り口を見据える。

「エニルムか。僕らも初心者の頃は通っていた時期があったな」
「そうね〜。その意味ではちょっと懐かしいかも」

 なんて、オグ君とツキナさんは感慨深げだ。

 僕はと言うと、いよいよか、と思うワクワクとわずかな緊張感に、何とはなしに頭上の謎顔レリーフを見上げていた。
 そうして、改めてその入り口を見据えて気合を入れなおす。

「……うん、よし、行こう」
「おー? いいねぇマイス、ノリノリじゃん♪ おっけーおっけー、それじゃ、さっそくれっつごー!」

 と、僕よりむしろ一番ノリノリなんじゃないかというテンションのミスティスを先頭に、僕らはついにダンジョンへと足を踏み入れるのだった。


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