note.058 SIDE:G
翌日のこと。
オグ君たちは昨日言っていた通り別行動になるから、今日いつものストリームスフィア前にいるのは僕とミスティスだけだったんだけど……。
「さてっと〜……んー? 待って、ちょっと囁きがきた」
Wis――つまり、特定個人を指定してのチャットだね。
一旦僕に背を向けて、昔世代の受話器を耳に当てるようなジェスチャーで対応するミスティス。
こういう時の会話はちゃんと外に漏れないようになってるから、便利なシステムだよね。
どうやら会話が終わると、ミスティスはガックリと肩を落としてこちらに向き直って、
「ごーめーん、マイスぅ……ちょっと1stの方呼び出されちゃったー……。アレは確かに、私いないとキッツいから、行ってあげないと……」
「そっか。そういうことなら遠慮しなくて大丈夫だよ。いってらっしゃい」
「今日オグたちもいないのに、ホントにごめんねー! 今度何か埋め合わせるから!」
「そこまで気にしなくていいよ。頑張ってきてね」
「ありがとーマイスぅ……。とりあえず、いってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
両手を合わせて謝りつつも、キャラ変更のためにログアウトしていく。
ミスティスのことだから、普段からあちこち首突っ込んだりはしてそうだし、それこそ1stキャラを含めたらかなり顔は広そうだもんねぇ。これぐらいのお誘いはそう珍しいことでもなさそうだ。
う〜ん、これで今日は一日1人になっちゃったかぁ……。
まぁ、ゲーム内では一日とは言え、リアル時間にしてしまえば30分の話だ。それぐらいなら一旦落ちてしまって、ちょっとしたリアル休憩タイムでもまぁ、よかったけど……。
ふと、そう言えば、ここ数日分で使った消耗品をそろそろ補充しておいてもいいかな?と思い立つ。
これはこれで、久々の一人の時間、と逆に考えれば、久しぶりにのんびりアミリアの街中でも散策して一日使うのもありかなぁ、なんてね。
うん、そうと決まれば早速、消耗品の買い足しからかな。
そんなわけで、まずは行きつけの雑貨屋「てんとう虫」へと向かう。
「てんとう虫」はストリームスフィアからも程近く、値段も良心的で品揃えも悪くないとあって、アミリアで冒険前の準備を整えるとなればまず名前が挙げられる、冒険者御用達のお店の一つだ。
ストリームスフィアから東西に伸びる大通りを東に少し歩けば、すぐにポーション瓶にとまるてんとう虫が可愛らしく描かれたその看板が目に留まる。
と、店先からはちょうど店主であるマリーさんが出てきたところだった。
そこで、マリーさんも僕に気付いたみたいで、声をかけてくれた。
「あら、マイスさん。おはようございますー。ごめんなさい、今日はこの通り閉店でしてー」
「おはようございます。あれ? マリーさん、お出かけですか?」
「はいー。そろそろお薬の材料の在庫がないので採ってこないといけないのですよー」
マリーさん――本名は、マリー・エンケーファー、だったかな?……うん、キャラ名確認したら、合ってるね。
雑貨屋「てんとう虫」を一人で切り盛りしている、エルフ族のお姉さんだ。
三つ編みにまとめた茶髪を左肩から前に垂らした髪型と、同じ色の少し眠そうにも見える垂れ目が印象的な、嫋やかなお姉さん、という感じのふんわりした雰囲気の人だね。
普段はブラウスにカーディガンとロングスカートや、ラフなシャツにオーバーオールスカートとか、長袖のワンピーススカートなんかの、大人し目のスカートルックが多いけど、この日はいつもの白いワンピーススカートの上にケープを羽織って、その上に、聖職者がつけているような、魔術的な紋様の施された緑色の長い帯を首から提げていた。
下に着ているのはいつもの見慣れた服装のはずなんだけど、布帯一枚で結構印象が変わって見えるね。
そして、その首元につけたペンダントは……
「あれっ? そのペンダント……マリーさんって冒険者登録してあったんですか!?」
「うふふっ、実はそうなのですよー。お店で出してるお薬は全部自分で採ってきて自分で調合しているのですー」
「なるほど、それで安定してあの価格で売れてるんですか」
マリーさんのお店がオススメされる最大の理由が、ポーション類の品質のよさに比べて、値段が安いことなんだよね。
他のお店で同品質のポーションを買おうとすると、大体3〜4割増はする、というぐらいの値段で、かなり品質の高いポーションを売ってくれるから、基本的にポーションが主な回復ソースになるソロやクレリック系のいない少人数パーティーにはすごく助かるんだよね。
低価格の秘密は、調達から調合まで全部自分でこなしてたからだったんだね。
「あー、それじゃあもしかして、今までも月一ぐらいで休業の日があったのって……」
「はいー。お薬の材料調達ですねー」
なるほど、今までも、ゲーム内時間で月に一度ぐらいの頻度で休業日があって、その日は決まって人の気配もなく完全に留守にしてたみたいだったけど、そういう事情だったんだね。
「その格好って、クレリック系です、よね? 採集はいつも一人で?」
「そうですよー。クレリックはクレリックでも、わたしはアルケミストをエクステンドしたアルケミックドルイドですからー。一人でも、独りじゃないのですよー」
「一人でも独りじゃない?」
えっと、アルケミストは確か、製薬とか調合に関わるような行動で手に入るエクストラスキルの錬金術から派生させたエクストラジョブだったはずだね。
この世界の錬金術は、卑金属を金にするとか賢者の石とか不老不死だとかのリアルでも伝わっている伝説に加えて、実際の魔法が加わることで、化学や薬学、魔法学も含む、かなり複合的な概念になっていたはずだ。一応、主軸としては不老不死の研究が主体で、それに繋がるものとしての薬学とか魔法学が錬金術の範疇だったかな。
薬師とは違うの?って話だけど、所謂「薬師」は錬金術師の中でも本来の不老不死探究からは外れて製薬を専門にしてる人がそう呼ばれてるみたいだね。
ドルイドは、植物を利用する聖術を得意とする、クレリック系の上位職だ。
植物を使った拘束とか、花粉や芳香によるバフやデバフとか、みたいなスキルがメインのデバッファー寄りの職だったはずだね。
あとは、植物の生長操作とか、成分抽出みたいなスキルもあって、そこから錬金術スキルに派生させることもできる。
でも、一人でも独りじゃないっていうのはどういうことだろう?
「ふふふっ、気になりますかー? マイスさん、Lvはおいくつでしたっけー?」
「昨日94になりましたけど……」
「そうですねー、なら、今日行く場所にはついてこれそうですー。良ければ一緒に行きませんかー? ドルイドの戦い方というものをお見せしましょうー」
「えっ、いいんですか?」
「はいー。マイスさんなら、いつもごひいきにしてもらってますしー。それに……くすっ、独りじゃないとは言っても、たまにはお話相手ぐらいは欲しい時もありますー」
なんて、人差し指を口元に当てながら、悪戯っぽい笑みでウィンクしてみせたマリーさんの表情に、少しドキリとさせられてしまう。
「ぅ、えっと、そ、それじゃあ、お言葉に甘えて……よろしくお願いします」
「はいー、こちらこそなのですよー」
動揺して少ししどろもどろになっちゃったけど、ともあれ、成り行きながら今日の僕の行き先は決まったみたいだ。
……と言っても、肝心のその行き先をまだ聞いてないんだけど、どこに行くんだろう?