note.059 SIDE:G

 気配探知に引っかかった大きな反応。
 まだ相手は巨木の根のドームに隠れている形になっている僕たちには気付いていないみたいだけど、歩いてくる方向は間違いなく衝突コースだね。

「マリーさん」
「えぇ、気付いてますよー。とりあえずここを出ましょうー」

 三人頷きあって、樹の根の陰を出て気配の主を臨戦態勢で待ち構える。
 それが近づいてくるにつれて、ズン、ズン……と重量感のある足音が響く。
 そうして、ついに姿を現した気配の正体は――

「あーっ! 見つけたー! この乱暴者ーっ!」

 その姿を見た瞬間、妖精の少女が初めて見せる怒りの表情を露わにする。
 まるで、モップの毛糸部分を集めて人型を作りましたみたいな、全身薄汚い灰色のゴワゴワな縮れ毛に覆われた、4mぐらいはありそうな巨体。
 顔面も余すところなく全部その縮れ毛の奥で、果たしてその目は見えているのかいないのか。
 その毛むくじゃらの上からでもわかるほどの筋骨隆々ながら、脚の長さが胴体の半分ぐらいしかなさそうなぐらいの胴長短足。
 それでいて、腕は異様に太く長く不格好で、手先が地面に付きそうなほど。
 その右手には、樹を一本引き抜いて強引に振り回してたらこうなってました、みたいな、無骨を通り越して大雑把としか言えない棍棒が1本。
 このカスフィ森ダンジョン1Fの強敵ポジション、トロールだね。

 ちなみに「1F」って言い方をしたけど、カスフィ森ダンジョンは、森だから当然ながら明確な境界もなく地続きではあるんだけど、大別して、「外縁」と呼ばれる今僕たちがいる木漏れ日溢れる明るいエリアと、「深層」と呼ばれる本格的に巨木の密度が上がって昼間でも薄暗い奥のエリアに分かれていて、便宜上「外縁」を1F、「深層」を2Fって呼んでるんだよね。
 トロールは、カスフィ森におけるゴーレムみたいなポジションで、1Fではたまにこうして徘徊しているぐらいだけど、2Fに入ればメインターゲットとなる敵だ。

「ら、乱暴者?」
「そーよっ! こいつ、動くものが目に入れば何でもかんでもミンチになるまで叩き潰そうとするし、お腹がすいたら周りにあるもの手当たり次第全部ぐちゃぐちゃに潰して貪るし、それに巻き込まれて私の仲間たちも根っこを折られたり、依代を潰されて死んじゃったり、ホンット最悪なのよ! おまけに臭いし汚いし、そもそもこの森がダンジョンになる前にはこんな奴いなかったのに、いつの間にかふらっと現れて、いつの間にか数が増えててやりたい放題! 森のみんなの嫌われ者よ!」

 あまりの豹変っぷりに思わず聞き返してみれば、よっぽど手を焼いているらしく、物凄い剣幕で捲し立てる妖精の少女。
 そこに、マリーさんが補足を入れてくれる。

「トロールが妖精さんや精霊さんたちに嫌われているというのは有名なお話ですねー。この森に限らず、どこにいっても聞いての通り、環境破壊ばっかりしかしない、『自然の大敵』ですー。『自然』の体現者たる彼女たちに嫌われている時点で、わたしたち人類から見ても大したメリットもない存在ですし、可能であれば完全に絶滅してあげるのがよいのですがー……。この森はダンジョンになってしまっているので、彼ら亜人もエーテルを認識して復活してきてしまうのですよねー」
「あー……な、なるほど……」

 なかなかに根深そうな問題だねぇ……。
 何というか、ゴブリンといい、基本的にこの世界の「亜人」というカテゴリーはどこにいっても百害あって一利なしみたいな扱いみたいだね。

 さて、ともあれ、今はひとまず目の前のこいつを倒してしまわないとね。

「――――ーーー!!」

 向こうも僕たちを認識したみたいで、雄叫びを上げると、威嚇するように棍棒を力任せに地面に叩きつける。

「アンタなんか、さっさと死んじゃえーっ!!」

 おぉぅ……まさか彼女からここまで口汚い言葉が出るとは、相当怨みは深そうだね……。
 妖精の少女は開幕から一切の容赦なく、トロールの顔面に全力の魔力爆発をお見舞いする。

「――――!!!」

 一歩後退るほどにのけ反らされて、怒り狂ったトロールは、少女に向けて一直線に走り出す。
 けど、

「ゴーですよー」

 マリーさんの指示で、ナパームトレントが前に出ると、トロールの思考回路はとにかく近いものから叩き潰す方が優先らしく、あっさりと大妖精からは視線を外して、目の前の椰子の樹に向かってフルスイングで棍棒を打ち付けた。
 「バキャアッ!」と、かなり嫌な音を立てる打撃音がして、椰子の樹が僕たちの前ぐらいまでノックバックさせられてくる。
 一応、椰子の樹は何事もなくビヨヨンと例によってのコミカルな反応で身体を震わせて目をぱちくりさせただけで、見た目には無事に見えるんだけど……

「あー、これはちょっとー……この子が持ちそうにないですねー。仕方がありませんー」

 やっぱり、あの音はちょっとヤバい感じだったみたいだね。

「すみませんー。最後に少し援護はしますので、お二人で10秒だけ時間を稼げますかー?」
「了解!」
「任されたのだわ!」
「では、よろしくお願いしますー。《ナパームナッツ・ボム》!」

 足止めに椰子の実爆弾を投げ込ませて、マリーさんはナパームトレントを下がらせる。
 これでとりあえず炎上させれば足止めになるかと思ったんだけど……

「――――ー!」

 思いの外よく見えているようで、投げられた爆弾をまとめて叩き落すような軌道で棍棒が振り下ろされて、数発が着弾前に地面に落とされてしまう。
 残った数発で着火した火も、デタラメに暴れ回った風圧で無理やりに消されてしまう。
 なんて力技……。
 とは言え、これだけでもひとまず数秒は稼げている。
 これなら……!

「えぇ〜いっ!」

 妖精の少女が指差すようにしてトロールに幻覚を仕掛ける。
 あまり周囲に被害を出したくないのか、どうやら上方向に注目させるような幻覚をかけたみたいだね。
 トロールが、その場で何もない空中を棍棒で薙ぐ。
 その間に、僕もフロストヴァイパーの詠唱を完了させていて、間髪入れずに発動させる。

「《フロストヴァイパー》!」

 本来なら、それぞれにターゲットを探して襲い掛かる氷の蛇だけど、今回のターゲットはトロール1匹だけだ。
 三匹の蛇が全て絡みついたことで、ヒット数が一気に増えて、一瞬でトロールの身体が凍りつく。
 さらにそこへ、

「もう一発、受けなさいッ!」

 妖精の少女が追撃の魔力爆発をくらわせて、氷が割られる。
 だけど、三匹分のヒット数で一気に凍らせたこともあって、蛇はまだトロールの巨体に絡みながら駆け上っている最中。
 そこで氷が割れたということは、蛇の攻撃判定も復活するわけで。
 トロールは、氷が割れて一瞬何か叫びかけていたようだったけど、その反応すら許されずに再び氷塊へと閉じ込められていた。
 最終的にきっちり氷結の状態異常で足止めもしつつ、フロストヴァイパーの攻撃判定を有効に活かせる完璧なタイミングの追撃……さすがだね。

 その間、僕たちの後ろでは、

「《成長抑制:自死(アポトーシス)》」

 マリーさんのスキルで、椰子の樹がまるで逆再生動画のようにみるみるうちに成長段階を逆転させて、元の種へと戻っていく。

 成長抑制:自死は、今見た通り、既に召喚した自分の植物の成長状態を種に巻き戻すスキルだね。
 こうすることで、ナパームトレントみたいな自律型の召喚植物は同じ種をずっと使い続けることができるから、プレイヤーのように戦闘経験を蓄積させて強化していくことができるようになるんだよね。
 ついでに、種まで戻るから、減ってしまったHPや状態異常なんかもまとめてリセットすることができる。
 一応、このスキルでの保存に失敗して倒されちゃっても元通りの種をドロップするようにはなっているんだけど、その場合、ペナルティとして種は「休眠状態」になって、一定時間のクールタイム後に、いくつかの専用素材で調合できる「活性剤」を与えないと再召喚が出来なくなってしまう。

 最後に種はスキルエフェクトの光の軌跡を残しながら、ひとりでに彼女の手元に戻ると、マリーさんはそれをポーチに戻して、今度は別の種を取り出す。
 そうして、指先に一粒だけ乗せたのは、マンドラゴラの種と大差ないような、砂粒にも満たない大きさのほんの小さな種。
 でも、続けて取り出したのは、試験管じゃなくて、種の大きさにはあまりにも不釣り合いな、ナパームトレントの時と同じ、栄養剤がたっぷり入った大口の三角フラスコ……?
 一粒だけの小さな種をそれに浸すと、マリーさんは躊躇なくそのフラスコごとトロールの少し手前に投げ入れた。
 フラスコが落ちて割れて、中身がばら撒かれると同時、

「《促成栽培:ラフレシア・マンドラゴラス》!」

 促成栽培を発動。
 すると、種の植わった場所からは、途中の過程が全部すっ飛ばされたかのように、いきなり蕾が地面から直接生えてきた。
 しかも、最初のあの種からは予想もつかないぐらいに、とてつもなくでかい!?
 蕾だけで軽く1m超えてるぐらいありそうなんだけど!?
 そしてそれが花開けば、直径3mは超すだろう、巨大な花が現れる。
 これは……中央にぽっかりと丸い口を開けた巨大な花、5枚開いた丸く赤い肉質の花弁に、全体を覆う黄色っぽい白のブツブツの斑点……なるほど、見た目は完全に名前の通りのラフレシアだね。
 だけど、「マンドラゴラス」ってことは……?
 ……と思ったのとほぼ同時、予想通り、自ら這い出てくるように土の中から巨大な身体が出てきて、花が自立する。
 そもそも花の大きさが大きさだけに、出てきた身体もとんでもなくでかい……!
 トロールの巨体に全く引けを取らない大きさの巨大な根っこ……?と呼んでいいのかももはやわからないけど、とにかくこちらも巨人が出来上がった。
 なるほど、あんな小さな種一粒にわざわざ三角フラスコを出したのは、こんな成長をするから大量の栄養剤が必要だった、ってことかな。

「《サクラメント》 《キリエ・エレイソン》」

 続けて、マリーさんが僕にサクラメントのかけ直しとキリエをくれる。
 まぁ、せっかくトロールも凍ってるもんね。
 遠慮なく雷魔法で追撃させてもらおう。
 今回は対単体だから、チェインライトニングじゃなくて……。
 雷魔法版のブレイズランスのような立ち位置に当たる、指定地点に向けて落雷を1本呼ぶ、中級雷魔法――

「《サンダージャベリン》ッ!」
「――――ーーーー〜〜〜〜!?」

 轟音と閃光を撒き散らして雷が落ち、サクラメントとキリエと氷結の効果で6倍化された電撃がトロールの全身を駆け巡る。
 さすがに元の威力から6倍ともなれば結構なダメージになったはずなんだけど……さすがに格上のさらに強敵ポジション、まだ倒れる気配はなさそうだね。

「――ーーーー!!」
「では、ゴーなのですよー!」

 完全にブチギレた様子のトロールが、マリーさんの指揮で既に目の前に迫っていたラフレシアに棍棒を叩きつける。
 が、今度は椰子の樹と違って、どうやらラフレシアの身体は根っこというよりも、エリンギのような、肉質のキノコ類に近いような構成らしく、ボスン、と鈍い音を立てて、しっかりと棍棒の一撃を受け止められていた。
 そこから先は……うん、なんというか、怪獣大決戦かな?
 トロールとラフレシア、4m級の巨体同士の純粋な力と力の殴り合い。
 トロールが上から真っ直ぐに棍棒を振り下ろして打ち据えれば、ラフレシアがその横っ面に綺麗な左フックを叩き込み、棍棒のフルスイングがもろに決まれば、トロールの胴体にボディーブローが突き刺さる。
 おぉぅ……こ、これはちょっと近づき難い……。
 だけど、よく見ていると……だんだんとトロールの動きが鈍ってきてる?
 まぁ、僕と妖精の少女で与えた分のダメージもあるだろうし、単純にダメージが蓄積してきているのかとも思ったけど、明らかにそれ以上に消耗してる……?
 ……と、そこで気が付いた。
 なるほど、ラフレシアが叩かれると、その度に何やら頭の花の部分から花粉が飛び散ってるみたいだね。
 どうも、それがやはり、ただの花粉というわけではなかったようで。
 見た感じ多分、麻痺の効果かな?
 不意に、トロールが棍棒を取り落としてしまい、ズシリとその場に膝を突く。
 対して、ラフレシアは勝ち誇ったように両手を上げてガッツポーズをとってみせる。

「効いてきましたねー。追撃ですー。《ポイズンパウダー》」

 マリーさんのスキル宣言に従って、ラフレシアがガッツポーズの体勢のまま身体全体を揺らすようにして、花の部分から明らかにヤバそうな色合いの紫色の粉を撒き散らす。
 トロールが力なく血を吐き始めた辺り、見た目通りあの花粉は毒ってことなんだろうね。
 あんなに暴れていたトロールの動きがすっかり止まって大人しくなってくれたし、ここが追撃のチャンスだね。

「では、お願いしますよー。《キリエ・エレイソン》」

 マリーさんも当然それは承知してか、再びキリエをかけてくれる。
 まぁ、ここで選ぶのはやっぱり、一番使い慣れた僕にできる最大火力、ブレイズランスが安定だよね。

「猛り燃ゆる紅蓮の炎よ――」

 詠唱を始めると、何を思ったか、妖精の少女が僕の後ろにつく。

「せっかくアイツに日頃の鬱憤を晴らせるチャンスだもの。少しは本気を出さないと収まりがつかないってものだわ。マイス、あなたはそのまま詠唱を続けなさい。私が力を貸してあげる」

 何をするのかわからないけど、とにかく何か手を貸してくれるらしい。
 まぁ、どちらにせよ詠唱は開始してしまってるし、彼女の言う通りこのまま続けてみよう。
 了解を示すために、一度彼女に向けて頷いてから、詠唱を再開する。

「――我が意を示し、槍と形成せ。――」
《■■・■■■■・■■・■・■■■――》

 僕の詠唱に合わせて、後ろの妖精の少女も何かの詠唱をし始める。
 けど……何を言ってるんだろう?これ……。
 英語?では明らかにないし、ドイツ語やフランス語?とかもなんだか雰囲気が違う……?というか、何語とか以前に、おおよそ人間が聞き取れるような発音をしていないように聞こえるんだけど……言うなれば、妖精語?みたいな?

 それと同時に、僕の周りでも驚きの光景が生まれていた。
 足元で展開されている、今僕が詠唱中のブレイズランスの魔法陣。
 その上からもう一つ、別の魔法陣が展開されて……上書きされてる!?
 いや、違う……!
 僕のブレイズランスと彼女の魔法陣、二つが重なることで、全く別の新しい魔法陣が出来ている……?

「――貫き、穿て。――」
《――■■■・■■・■■・■■■■■――》

 魔法陣が重なり、完全に一つになる。
 頭の中に見えている魔法陣に、新たなパスが書き加えられていく。
 イメージが、書き換えられていく。

「――焼き尽くせ」
《――■・■■■■・■■・■■■・■■■■■■■!》

 僕が無意識でイメージしているブレイズランスは螺旋を纏う馬上槍。
 だけどこれは……違う、そうじゃなくて、もっと……直接的な……燃え滾り、逆巻く炎……そこから生まれる強烈な上昇気流と……対流……斬り裂く暴風と、焼き尽くす業火……これは……!

 僕と少女の双方の詠唱が終わった瞬間、魔法陣が組み上がる。
 頭の中で、全てのピースがカチリとハマったような感覚。
 瞬間、新たな魔法の名前がするりと思い浮かぶ。
 どうしてそう思ったのかはわからない。
 だけど、不思議とこの魔法の名はそれ以外ないと確信を持って言える。

「躊躇うことはないわ。さぁ、唱えなさい、思ったままに。従いなさい、導かれるままに。それこそが理、それこそが自然の摂理。無法者め、大自然の怒りをとくと味わうがいいわ!」

 少女の言葉に従って、己の中の直感に導かれるままに、その名を、唱える。

「……! 《成長抑制:自死》」

「《ブレイジング・ストーム》!!!」

 直前、何かを察したのか、マリーさんが間一髪、ラフレシアを種へと戻した。
 次の瞬間――

「――――――――ーーーーーーーーーーー!!」

 トロールが断末魔の絶叫と共に、巨大な爆炎に呑まれる。
 直径で5m程になった、天を衝く炎の竜巻は、トロールの全身を斬り刻みながら、その影すら残すことなく焼き消していく。
 ……は、よかったんだけど、ん……?これって……。
 ただでさえ、竜巻になるほどの炎と風の暴力、そして今、その周辺にはラフレシアの撒いた毒の花粉がまだ残っているわけで、そんなところに火を点ければ、当然次に起こるのは――

「あ……そこまではちょっと考えてなかったのだわ。やりすぎちゃった☆」
「ちょっ――!?」
「わわわ……せ、《セイクリッドクロス》ッ!」

 ――粉塵爆発。
 それも、竜巻の周囲の対流による下降気流に巻かれて薄く広くちょうどいい感じに広がった花粉に一気に着火されて、周辺一帯全てを巻き込んだ大爆発だ。

「わああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 マリーさんたちもそれぞれに何か叫んでた気はするけど、爆風がすごすぎて何も聞こえないや。
 反射的に後ろを向いてその場でうずくまって、目を閉じて耳を塞ぐ。
 それでも、まぁもろに爆風が起きているその渦中にいるわけだから当たり前なんだけど、光と音が容赦なく視界を焼き、三半規管を揺さぶってくる。
 マリーさんのセイクリッドクロスが全員分間に合ってなかったらどうなっていたことやら……。


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