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note.060 SIDE:G

 マリーさんの薬草講義に夢中になっている間に、気付けば僕たちはすっかりカスフィの森に辿り着いていた。
 ここに来るまでで、密度的にはまだ林と呼ぶにも足りないようなまばらな感じとは言え、多少なりと木が増えてきたなぁとは思ってはいたけど……。

「こ、これは……」
「いつ見ても圧巻ですよねー。大自然の恵みと脅威、素晴らしいですー」

 森の手前側、真っ直ぐ前方に広がる景色だけを見れば、確かにかなりの密度だけど、見た目にはまだ普通の森かな?という感じに見えなくもない。
 だけど、少し上を見上げればそこには、もはや「大樹」という言葉すら生温いような、そこらの高層ビルぐらいはあるんじゃないかというぐらいの、見上げるのも一苦労な巨木が無数に立ち並び、まだ森に入ってもいないのに、既にほとんど空が見えない程に視界の限りを埋め尽くしていた。
 森の中と外では完全に別世界と言うほかない、まさに「異界」だね。

「これは……ダンジョン指定もされるわけですね……」
「ですよねー。さぁ、そろそろ森に入りますよー。気を引き締めていきましょうー」

 そう言って、マリーさんは、腰元の肩掛けカバンから魔導書を取り出す。

 魔導書は、長杖と並んでこの世界ではスタンダードな魔法職用の武器の一つだね。
 いくつかある魔法職用の武器の中ではIntに関する補正は一番控えめなんだけど、代わりにDexの補正が高い傾向がある。
 更に、魔導書だけの特殊機能として、魔法をセット可能な「スロット」が設定されていて、初級魔法をコスト1、中級がコスト2、上級をコスト3として、スロット数に対応したコスト分までの魔法を記録しておくことができて、記録した魔法は消費MP3分の2の無詠唱で発動が可能になるんだよね。
 もう一つ、魔導書の利点として、ある程度の範囲内で魔力操作によって浮かせることができて、浮かせた魔導書を起点にして魔法の発動ができるから、疑似的なビットとしても使えるんだよね。
 ただ、これの操作は結構難しいらしくて、あまりこの使い方を使いこなせる人はいないみたいだけど。
 それでも、本の方をその場に滞空させておいて、自分が移動することで疑似的な多角攻撃に使う、みたいな使い方はそれなりにされているらしい。
 総じて、マジシャン系ほどIntが重要ではないクレリック系職がDexの補正やスキルスロットで詠唱を短縮したり、自分が移動しながらの多角攻撃を成立させやすいAgi風炎型みたいなタイプに人気がある武器だね。
 某稲妻の傷に丸眼鏡の魔法使いが使ってるみたいな、指揮棒サイズの短い杖、ワンドとセットで使う人も多いけど、マリーさんは魔導書単体で使うスタイルみたいだね。

 マリーさんは、取り出した魔導書をふわりと浮かせると、祈りのポーズを取る。

「《ブレッシング》 《ルクス・エーテルナ》 《ルクス・ペルペチュア》」
「あ、あれ? これってプリーストの……?」
「はいー。アルケミストはエクストラジョブですからー。それとは別に上位職として、プリーストも使えるようにしてあるのですよー」
「なるほど、助かります」

 今回、このカスフィ森の格上が相手での不安要素として、ツキナさんがいない分、ブレッシングのステータス補正がもらえないことっていうのがあったんだけど……マリーさんもプリーストスキルが使えるのなら安心だね。
 ちなみに、ゲーム的にはNPCであるマリーさんとは、同行を決めた時点で自動的にシステム上のパーティーが組まれているから、パーティー支援スキルもきちんと効果を発揮してくれている。
 こういうNPCとのパーティー結成は、システム側で自動的に加入や脱退を処理してくれるから、ほとんど意識する必要もないんだよね。
 そう言えば、聞いてなかったけど……

「そう言えば、マリーさんってLvはいくつぐらいなんですか?」
「あぁー、そう言えばまだ言ってなかったですねー、うふふっ。実はですねー、これでも一応、281だったりするのですよー」
「結構高いんですね。月一の採集だけでそのLvなんですか?」
「そうなのですよー。たま〜にしかお出かけしないとは言え、このお仕事を始めてから、もう結構長いですからねー」
「あー……なるほど」

 そっか、マリーさんはエルフ族だもんね。
 見た目には20歳過ぎぐらいに見えるけど、冒険者としての活動は何十年とかになっていても不思議はない。
 まぁ、ここで下手に年齢の話を出す程野暮ではないつもりだけど……。

 HXTにおいては、NPCだから弱いとか、同じLvでもPCの方が強いとか、そういう類の補正は一切ないので、人間と遜色ない高度なAIもあって、相応のLvがあればNPCであってもLv相応に十全な戦闘力を持っている。
 Lv281となれば、プレイヤーの平均Lvよりは少し低いけど、少なくともアミリア周辺地域でこうして採集系の依頼をこなすだけなら、戦闘で遅れを取ることはまずないだろう、十分なLvだね。

「では、いきましょうー」

 と、どこか楽し気なマリーさんに連れられて、僕たちはいよいよ巨木が立ち並ぶカスフィ森の深部、ダンジョン指定されている領域へと足を踏み入れた。


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