note.060 SIDE:G

 ようやく音が収まって、真っ白に焼き付いていた視界もなんとか見えるようになってきたところで、まだ耳鳴りでぐわんぐわんする頭を振りつつも立ち上がってみる。
 すると……あれ?無事……?
 いや、セイクリッドクロスがあったんだから無事なのはその通りなんだけど、セイクリッドクロスの範囲内以上に、僕たちの周りだけ被害が少ない……?
 と、爆心方向に振り返ってみれば、妖精の少女が光の幕で盾を張って僕たちを護ってくれていた。

「た、助かりましたー」
「ふぅ〜……な、なんとかなったのだわ……」

 マリーさんも何事もなく立ち上がってきて、妖精の少女は胸をなでおろしながら光の盾を消す。
 それなりに消耗もしたのか、僕たちに向き直ってぺたりとその場に着地して座り込むと、妖精の少女は消沈した様子で頭を下げる。

「ごめんなさい。ちょっと考えればわかりそうなものだったのに、頭にきすぎて魔法の選択をミスったのだわ……」
「あらー、まぁ、半分は事故みたいなものですしー。それでもしっかり護っていただいて、こうして三人無事なのですから、あまり気にしなくてもいいのですよー」
「うん、それ言ったら、あそこで手を貸してもらわなくても、ブレイズランスを選んじゃった時点で似たような結果にはなっちゃってた気がするしね。その意味では、そもそもブレイズランスを選んだ僕が悪かったんだ、ごめんなさい。それと、護ってくれてありがとう」
「二人とも、優しいのね。ありがとう、ふふっ」

 僕たちの言葉に、浮かび上がり直してもう一度頭を下げた妖精の少女に笑顔が戻ってくる。
 まぁ実際、あの状況だと粉塵爆発の可能性を考えたら、ブレイズランスよりも、一応Lv1の取得はしてあるんだし、風属性単体中級魔法のワールブラストとかにしておくのがよかったんだよね。
 僕も反省だ。

 それはそうと……

「ところで、今のは一体何をしたの? 僕の魔法陣に、上から追加で書き加えられて、全く違う魔法になった、ってイメージだったんだけど……」
「今のは言うなれば、そうね、妖術師特別体験コースお試し版ってところかしら?」

 う、うん……体験コースの時点でお試し版なのでは……?と思ったけど、ひとまず置いておこう。

「まぁ、何をしたかと言えば、今あなたが見て、感じた通りよ。あなたが描いた魔法陣に、私の詠唱を書き加えて、ついでに私とあなたの魔力を同調、統制して流し込んで、二つを組み合わせた新しい魔法陣に変換したの。これが、私たち妖精や精霊との同調によって発動できる『複合属性魔法』よ。魔法陣だけじゃなくて、出来上がる魔法のイメージも途中から書き換えられていたでしょう?」
「あ、うん。魔法陣を見ていたら、なんだか元のブレイズランスとは全然違うイメージが突然湧いてきて……」
「それは、私とあなたの魔力が同調したことで、イメージも一緒に同調したからよ。私が構築、イメージしていた魔法と、あなたが構築、イメージしていた魔法、二つのイメージが同調して一つになったから、あのイメージは生まれたの。魔法の名前に関しても同じことね。実は、如何に元の魔法のイメージを保持して自分の詠唱を完成させながら、あのイメージの変質に逆らわずに同調できるか、というのが、複合属性魔法の最大の肝だったのだけど……説明なしでいきなりやったのに、よく出来ていたわね。初めてにしては上出来よ。褒めてあげるわ」
「あ、ありがとう。えっと、それじゃあもしかして、『思ったまま唱えよ、導かれるまま従え』って言うのは……」
「えぇ、それがそのまま、複合属性魔法の一番のコツなのだわ。自分のイメージの保持と、変質したイメージへの同調、どちらが強すぎてもダメなの。自分のイメージが強すぎるとイメージの変質まで拒絶しちゃって同調ができない。かと言って同調したイメージに流されすぎると自分の魔法の構築が暴発するわ。今のあなたは両方ともすごく自然に出来ていたから、もし妖術師になるつもりがあるのなら、今の感覚を忘れないようにしなさい。きっと役に立つのだわ」
「なるほど、覚えておくよ」

 妖術師……マジシャン系の上位職の一つ、ソーサラーのことだね。
 その最大の特徴は、彼女が今説明してくれた通り、妖精や精霊の力を借りることで、複数の属性の魔法を合成した新たな属性を生み出す複合属性魔法にある。
 本来はソーサラーが精霊と契約の下に専用魔法を使って構築するもののはずなんだけど……。

「でも、本来これって、それこそソーサラーになってから扱えるものだよね? 自分でやっておいてなんだけど、マジシャンでできるものだとは思わなかったよ」
「そうね。本来なら、妖術師として上位概念の精霊と正式な術式契約を結んだ上で、妖精側の魔法と組み合わせる前提の専用魔法を使うのが複合属性魔法だけど、今回は本当に特別。今日、今、このタイミングで、私とあなただからこそ出来たことなのだわ」
「今日の君と僕だから……?」
「そう。普通の妖精というのは、さっきも言ったけど、概念からして曖昧な存在よ。自我もほとんど……そうね、あなたたち人間に例えるならせいぜい喋り始めの幼児程度にしかないわ。そんな彼女たちが、その日たまたま出逢っただけの人間に、多少の信仰をもらったところで……まぁ、ほとんどはその日の内には忘れてしまっているでしょうね。だけど、私はこうして人並みの自我を手に入れているから、受け取った信仰を覚えていられる。そして今日は、その私があなたからたくさん信仰をもらって、その分あなたに加護も与えた。そのおかげで、一時的なものだけど、限定的な『契約』に近い状態になっているの。今回はこの疑似契約状態を使って、私の方が全面的にあなたのブレイズランスに合わせる形で魔力を同調させたというわけよ」
「信仰による疑似契約状態を使った、契約外の妖精との複合属性魔法……なかなかに貴重なものを見せてもらいましたー。マイスさんはこの先きっと、良い魔術師になれますねー」
「そ、そうですかね……?」
「えぇ、私からも保証するわ。こと魔法に関してエルフと大妖精からのお墨付きよ、もっと自信を持ちなさいな」
「自信は……まぁ、正直ないけど……でも、二人にそうまで言ってもらえるなら、その期待に応えられるようにはなりたいから、頑張ってみますよ」
「その意気なのだわ」
「楽しみにしていますよー、ふふふっ」

 マリーさんは笑顔で、妖精の少女は小さくガッツポーズで、それぞれに激励してくれる。
 まぁ、実際に僕が言うほどすごい魔術師になれるかと言われれば、それほど、所謂廃人プレイができるようなわけでもないし、時間をかければいずれは中間層に追いつけたらいい方かな……ぐらいにぼんやりと考えている程度でしかないんだけど……。
 とは言え、二人の言う「良い魔術師」は何もLvのことだけを言っているものでもない、ということぐらいはわかる。
 彼女たちの言う通り、魔法のことでエルフと大妖精からのお墨付きがもらえているというのなら、僕なりに胸を張ってそれに応えられるようにはなりたいな。

「さてー、邪魔者も退治できたところで、今日はそろそろ帰りましょうかー。今からなら森を出て、アミリアにジャンプボールでちょうどいいぐらいの時間でしょうからー」
「あ、はい」
「あら、残念なのだわ。もうそんな時間だなんて」

 気が付けば、差し込む木漏れ日がわずかにオレンジ色に色づき始めていた。
 暗くなる前に森を出ることを考えれば、確かにそろそろ時間だね。

 そんなわけで、一路森の外へ。
 特にこれといって難もなく道中の雑魚を退けつつ、森を抜ける頃にはすっかり夕暮れ時だ。

「さてー、この辺りならそろそろー……えぇ、ジャンプボールも使えそうですねー」

 差し込む日差しの角度もだいぶ落ちて、木々の密度もまばらになってきた辺りで、マリーさんがジェムの様子を確かめて言う。

「私が依代から離れられるのもこの辺りが限界なのだわ」
「では、ここでお別れですねー」
「そうね。少し名残惜しいけど……でも、今日の『信仰』を覚えている限り、私たちはいつでも繋がっているわ」

 妖精の少女は、自分の中に感じられる繋がりを確かめるように、胸の前に手を置いて、

「だから、またきっと、遊びにいらっしゃいな。その時には、森に入れば私の方から居場所が感じられるはずなのだわ」

 そう言って、柔らかく微笑む。

「うん。きっと近いうちにまた来るよ。もう少しLvが上がったら、次に来る時は深層での狩も経験しておきたいしね」
「わたしも、この森には定期的に採集に来ますからねー。あの泉のエーテル草とマナ草が元通り生えてくる頃には、また来ますよー」
「楽しみにしているのだわ」

 僕たちの返答に笑顔で頷くと、妖精の少女はそこで、「あぁ、そうそう」と付け加える。

「マイス。あなたがもし、妖術師か召喚術師になったら、その時には必ずここに来なさい。術式契約を結んであげるから。その代わり……」

 少女はピシリと僕を指差して、

「その時までに、私のためのとびっきり素敵な名前、考えておきなさいよね! 変な名前を付けたら承知しないわよ!」

 念を押すように言う。

「ありがとう。その時までに、じっくり考えておくよ」

 妖術師か召喚術師かぁ。
 今日の「お試しコース」の威力も破格だったし、召喚術師も、せっかく魔法なんてものが使えるこの世界での浪漫の一つだよねぇ。
 どちらにも興味はある。
 最初に転職する上位職をどうしようかは正直まだ全くビジョンがなかったのも確かだ。
 せっかくこうまで言ってくれていることだし、彼女との契約を目標にしてこのどちらかを目指す、というのは理由として十分なものに思えるね。
 妖術師か召喚術師かは……まだちょっと悩むところだろうけど、ともかく、彼女と契約を結ぶことを目標にして、しばらくは頑張ってみようかな。

「それでは、帰りましょうー。《ジャンプボール》」

 マリーさんに倣って、僕もジャンプボールのジェムを起動する。

「では、またなのですよー」
「またね」
「えぇ、また会いましょう。いつでも待ってるのだわ」

 改めて、妖精の少女に手を振って見送られながら、僕たちはジャンプボールに触れてアミリアへと飛んだのだった。


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