戻る


note.061 SIDE:G

 あれだけの巨木だと、森の中は真っ暗なのかと思いきや……入ってみると意外と明るい……?
 樹一本一本のスケールが大きすぎて距離感が掴めなかったけど、中に入ってみれば、巨木はそれぞれが大きい分、それほど密集してるわけでもなく、木々の間は結構なスペースが空いていて、葉っぱの密度自体は普通の木とそれほどの大差はないこともあって、むしろ、程よく直射日光を遮って柔らかな木漏れ日が降り注ぐ、優しい明るさの空間が広がっていた。
 その木漏れ日を浴びて、巨木の合間には普通サイズの草木もあちこちに生えていて、まるで森の中にもう一つ小さな森が出来ているような、幻想的な光景が広がっている。
 更に、森に流れ込んだニアス川も、木々の間を縫うようにして、もはや本流も支流もないようなぐらいに複雑に枝分かれしたり合流したりして流れていて、あちこちに小さな滝や泉や池を作ったりしていて、神秘的な雰囲気に一役買っている。

「なんというか、思ってたより明るいんですね。もっとこう、樹で塞がれて真っ暗なのかと」
「意外ですよねー? ふふっ。わたしはここの雰囲気が大好きなのですー」

 確かに、雰囲気はものすごくいいんだけど、巨木の木の根が大きく張り出していたり、苔むした岩の上を歩かなきゃだったりで、足場としてはかなり劣悪だ。
 そんな中でも、マリーさんは慣れたもので、まるでなんでもないようにすいすいと進んでいくので、僕はついていくだけで精一杯だ。
 それどころか、途中途中薬草やら何やらを採集して時々足を止めているはずのマリーさんに、どういうわけか全く追いつけない。

「ちょっ、マリーさん、速すぎですよ〜っ」
「あらー、ごめんなさいー。つい、いつものペースで進んじゃいましたー。慣れてないと、足場が結構大変ですよねー」

 マリーさんが一度立ち止まって待ってくれて、僕はようやく追い付くことができた。

「はぁっ……はぁ……この足場で採集までしながら、よくあんなペースで歩けますね……」
「採集で結構いろんな場所に行きますからねー。それに、これでもエルフの端くれですからー。山歩き森歩きはお手の物ですー」
「ははぁ……な、何かコツとかあるんですか?」
「うぅん……そうですねー。足を置く場所の見極めと重心移動が肝なのですけどー……具体的にどういう時にどう動けばいいかとかは、経験則ですのでー。口で説明ができたとしても、その人の体格にもよりますし、自分の身体で実際に理解しないとわからないと思いますー」
「なるほど……。足の置き場所と重心移動……歩きながら試していくしかないですね」
「そうですねー。それじゃあ、少し休憩にしましょうかー。あそこにちょうど泉がありますからー」

 そう言って、マリーさんが指差した先には、確かに直径で2mぐらいの小さな泉が湧いているのが見えた。
 ひとまず、一休みぐらいはできそうだね。

 泉に着いてみれば、水は一点の曇りもなく透明で、ちょうど腰掛けられそうな大きさの倒木なんかもあって、これぐらいの小休憩にはぴったりの場所だった。

「ふぅ……ようやく一息つける……。あ、この水ってもしや飲めますか?」
「はいー。元々、ニアス川自体かなり綺麗な川ですし、この森の水は、ダンジョンにもなっているだけあって、エーテルも豊富ですごく美味しいのですよー」
「どれどれ…………あ、ホントに美味しい……! すごい……疲れが飛びますね。水がこんなに美味しいって初めてかもしれないです」
「エーテル量が多いので、天然のポーションみたいなものですからねー。疲労回復には効果覿面なのですよー」

 美味しい……疲れが吹っ飛ぶとはまさにこのことだね。
 こうして直接身体に取り込むだけで疲労が回復できるんだから、エーテルってすごいよねぇ。

 ――と、疲労感も落ち着いて、一息ついていると……何やら周囲の梢から気配を感じるような……?
 気になって、目に付いた木を見上げてみると……

「キキキッ」
「ウッキーッ!」

 猿がいた。
 カスフィモンキー……ゴブリンぐらいの大きさで、集団で樹上生活をしている、このカスフィ森ダンジョン固有の魔物の一種だね。
 性質上、常に集団で現れる上に、基本樹上から降りてくることもなく、石や硬い木の実を投げてくる遠距離攻撃や、飛びかかってきては標的を足蹴に再度樹上に戻る一撃離脱戦法がなかなかに厄介な相手だ。

「ウキキッ」
「キー! キー!」

 気付けば、10匹以上に取り囲まれている。
 個々のHPや防御力は正直大したことはないから、スキルでの攻撃が何か一発当たれば倒せる程度でしかないんだけど、とにかく数が多いのがカスフィモンキーの最大の問題だ。

「あらら、囲まれてますねー」

 と、この状況でも暢気な調子でマリーさんが困ったように首を傾げて頬に手を当てて、

「とか言ってる割に、結構余裕ありそうですね?」
「余裕ありますからねー」

 ルクス・ディビーナとサクラメントをかけてくれる。
 まだ仲間を呼び寄せているのか、しきりにウキウキ鳴きながら数を増やす猿たちのことも意に介さず、マリーさんは腰元のベルトに提げた試験管の内の1本を取り出して、親指でコルク栓を弾くと、ベルトの反対側にいくつか提げたポーチの一つから、何かの種を取り出して、赤紫色の怪しげな液体の入った試験管に入れる。
 その試験管を軽く振って、何やら具合を確かめたマリーさんは、一つ頷いた。

「それではマイスさん、左半分はお願いしますねー。右側はお任せくださいー」
「了解です!」

 マリーさんに答えて、僕も杖を構えて魔法の構築を始めつつ、頭上の猿たちを睨み付ける。
 僕のその視線と、猿の内の1匹と目が合ったのと、それは同時だった。

「ウキッキィーーー!!」

 猿の1匹が一際大きく声を上げると、5匹前後を樹上に残して、残りの猿が全周から一斉に飛びかかってきた。

「《フレアボム》! ――ッ!」

 出来るだけ多くを巻き込むために、可能な限りタイミングを遅らせてフレアボムを発動させたんだけど、引き付けすぎてちょっと着火点が近くなりすぎたね。自分の爆風に煽られて、少し後退ってしまう。
 けど、この程度は想定の範囲内。怯まず、続けてエアロブーメランを発動。フレアボムに巻き込みきれなかった数匹を、三方向の風の刃で迎撃する。

 そして、マリーさんはと言うと、猿の雄叫びに合わせて、試験管の種を液体ごとばら撒くと、祈りを捧げる。

「《促成栽培:砲千華》!」

 促成栽培は文字通り、種の状態から植物を一瞬で生長させるスキル。
 どう育つかは使った種次第だけど、とにかく戦闘に適した状態まで一気に育って、その場ですぐに効果を発揮する。種を媒介にした、限定的な召喚術式と言ってもいいかもしれない。

 スキルを発動させると、本当にほとんど一瞬でみるみるうちに種は低木に近い草へと育って、マリーさんの前方120°ぐらいをすっかり取り囲んでしまうぐらいに生長すると、やはり一瞬で赤く花をつける。……まではよかったけど、そのまま花を通り越して黄色く枯れちゃったんだけど、大丈夫なの!?
 と思ったのも束の間。
 花のあった場所にできていた実から、「パンッ!」と銃弾のごとく種が弾け飛んだ。それに続けて、次々と同じように実が破裂して、種の弾幕が片っ端から猿を迎撃していく。どうも種弾幕は見た目以上に相当な威力らしく、猿が次々と消し飛んでいく。
 すごいね……本当に散弾銃でも撃ってるみたいな威力と弾幕だ。……これ、植物だよね……?

「キキーッ!?」
「ウキャキャッ!?」

 結局、飛びかかってきた猿たちは一瞬にして全滅してしまい、おそらく援護のつもりで樹上に残っていたのだろう数匹に明らかな動揺が見える。

「キ……キ、ホヒーッ! ホヒーーッ!」
「キキッ」
「キャキャキャッ!」

 残りの内の1匹がそれまでと違う調子の甲高い声を上げると、それが撤退の合図だったのか、残った猿たちが逃亡に転じる。
 けどまぁ、ここでみすみす逃がす道理はないよね。

 この状況での追撃にちょうどいいスキルを思い出して、僕は一つ、新しい魔法を試すことにする。
 そのスキルとは、中級氷魔法「フロストヴァイパー」。
 「ヴァイパー」の名の通り、冷気でできた蛇を3匹召喚するスキルで、召喚された蛇は、それぞれ周囲のターゲットを自動索敵して、自動追尾で襲い掛かる。もちろん、凍結効果もきちんとあるから、今みたいな、逃げようとする相手への足止めと追撃にはちょうどいいスキルだね。
 詠唱は……「氷刃集いて霧と成せ。氷霧集いて蛇と成せ。凍止(いと)め縛る氷魔の蛇よ、其は捕食者なり。万象捕らえて、喰らえ、呑み干せ。氷禍の獄の贄と成せ」。
 思い浮かべれば、例によって脳内で魔法陣が組み上がる。
 足りてないのは……

「集え、氷魔の蛇。捕食者よ、万象喰らい呑め! 《フロストヴァイパー》!」

 発動させて杖を向ければ、その杖の先端から真っ白く吹き出した冷気が、三方向に分かれてそれぞれ巨大な蛇を形作って、残りの猿たちに向かっていく。

「キキキッ! ホキキーッ!?」
「キャキャー!」

 必死に逃げる猿たちだったけど、あくまで木の枝伝いの猿たちよりも、速度的にも明らかに勝り、さらには軌道上の木々を凍てつかせながら一直線に迫る氷の蛇に、あっという間に追い付かれて次々飲み込まれていく。

 この「蛇」に食いつかれて、その「身体」の頭から尻尾までを通過するまでの間に、攻撃判定は5回発生する。そして、このスキルの攻撃判定を5回くらうと、確定で凍結状態になるようになってるんだよね。仮に5ヒット前に抜け出せたとしても、ヒット回数は累積するようになっているから、自動追尾でもう一度噛みつかれればやはり凍結は確定する。
 蛇の数は3匹で固定なので、4体目以降の敵に対しては、蛇が誰かを凍らせて、追尾対象を切り替えるまでのラグが発生してしまうから、決して万能なスキルと言うわけではない。
 けど、安定して5回の攻撃判定と凍結の状態異常を確定させることができるのは、ダメージソースとしてはランダム性の強いアイスボムにはない利点だね。

 とは言え、今回は元々HPの低いカスフィモンキー相手だ。猿たちは瞬く間に呑まれて、凍るまでもなくフォトンに消えていく。
 結局、全く成す術もないまま、1匹残らず猿たちは全滅してしまった。

「よい追撃ですー。お見事なのですよー」
「あ、ありがとうございます」

 マリーさんがパチパチと拍手までしてくれるので、少し照れくさくなってしまう。
 誤魔化しついでに、ちょっと気になったことを聞いてみる。

「ところで、最初に種を入れてたあの液体はなんだったんですか?」

 液体ごと地面に撒いてしまってた気がするけど、大丈夫なのかな……。

「あぁー、さっきのこれですかー。これは、わたしが調合した植物用の栄養剤ですー。本来の砲千華の生長範囲はさっきの半分ぐらいなのですー。あそこまでおっきくなったのは、このお薬のおかげなのですよー」

 言いながら、マリーさんは腰元のベルトにもう何本か用意されていた同じ色の液体の試験管を1本取り出して見せてくれる。

「ちなみに、種の時点で吸わせてあげないと効果はありませんのでー。さっきのでここに突然ヘンなのが生えてくるとかはないのでご安心ですよー」
「そ、それはよかった……」

 見た目が露骨に怪しすぎてなんかヤバそうに見えちゃってたけど、そういうことなら大丈夫……なのかなぁ……?
 まぁ、平気……ということにしておこう。どのみち僕には確かめようもないし、うん。


戻る