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note.062 SIDE:G

 さて、カスフィモンキーも無事撃退できて、泉のおかげで疲れもほとんど抜けたし、一段落だね。

「ふぅ……泉のおかげもあって、いい休憩になりました。そろそろ出発できますよ」
「それはよかったですー。では、いきましょうー」

 マリーさんに続いて、再び森を歩き始める。
 教えてもらったアドバイスの内、足の置き場……の方は、それこそこういう場所をいろいろ歩いて場慣れしていくしかないかなぁ……という気がしたので、ひとまずは、もう一つの重心移動を意識してみることにする。
 う〜ん……とは言え、これもやっぱり、一朝一夕の付け焼き刃でなんとかなるものでもなさそうだね……。
 まぁそれでも、慣れっていうのは偉大なもので、最初は完全に手探りならぬ足探り状態で、途中途中マリーさんに少し待ってもらいながらどうにかこうにかって感じだったんだけど、意識して歩いているうちに、気付けばマリーさんが採集で立ち止まってる間にはなんとか追い付ける、ぐらいにはそれなりのペースで歩けるようになっていた。

「だいぶついてこれるようになってきてますねー。なかなかによい飲み込みの速さですー」
「えぇ、な、なんとか……と言っても、まだだいぶ必死ですけどね……。さっきからほとんど足元しか見れてないです」
「くすっ。そこは今後の慣れですねー。わたしはきちんと見てますのでー。無理せず、自分のペースでついてきてくださいねー」
「ありがとうございます、助かります」

 そう言ってもらえるなら、ここはお言葉に甘えて少しペースを落としていこうかなぁ……。
 今のところ平和だけど、ここがダンジョン内であることを考えると、多少周囲にも気を配れる余裕が欲しいところだからね。

「そうそう、この辺りは擬態している植物型の魔物もいろいろいますのでー。周りには注意なのですよー」
「あ、はい。う〜ん……でも、注意と言っても、どう見分ければ……?」

 周囲を見る余裕が欲しい、まさに最大の理由がこれなんだけど……向こうから動いてくれないと、じっとしている状態の植物型の魔物は周りの普通の植物と大差ないからねぇ。
 何かわかりやすい見分け方があるといいんだけど……。

「そうですねー。この森の場合はまだわかりやすい方なのですよー。というのもですねー、この森に本来つる植物は存在しないのですー」
「つる植物……あ、じゃあ、あの蔦が這ってる樹とかは魔物ってことですか」
「正解ですー。ちゃんと見れてますねー」

 周囲を見回すと、見える範囲で1本だけ、幹や梢に蔦が伸びている樹があった。
 あれが樹に擬態する魔物の一種、トレントってことだね。

「なるほど。どうします? ここから先手を取りますか?」
「そうですねー。でも、その前に一つー」

 マリーさんは、さっきとは別のポーチから、何やらまた種を取り出した……のかな?
 なんというか、かなり小さい種みたいで、ほとんど砂粒?みたいなサイズのそれを、まるで塩でもつまむように一つまみ分取り出して、パラパラとその場に撒く。
 さっきの栄養剤は今回は使わないみたいだ。

「《促成栽培:マンドラゴラ》」

 魔法が発動すれば、種はみるみる育って……って、マンドラゴラ!?

「え、これ大丈夫ですか!? 抜けたら僕たち死にません!?」
「あぁー、それはお薬の素材として植わってるのを無理やり引き抜く時ですねー。促成栽培ならー……」

 と、マリーさんが言い切るより前に、育ちきったマンドラゴラは、小松菜みたいな葉が広がる中心に紫色の花を一つ咲かせると、「キュポンッ」と小気味いい音を立てて、自ら地面から這い出してきた。

「この通りですー」
「な、なるほど……よかった……」

 思わず、ほっと胸をなでおろす。
 そんな僕をよそに、次々と育って這い出してきたマンドラゴラの姿は、なんというか……ハニワに手足をくっつけたみたいな酷く大雑把な茶色の人型に、スマイルマークみたいなつぶらな目をした可愛らしい顔と、頭頂部には育ったそのままの葉と花、という、何とも愛嬌ある形だった。
 ひよこみたいにピーピー鳴きながら、マリーさんの周りで気ままにじゃれたり歩き回ったりしている姿は、普通に可愛らしく見えるね。

「それで、この子たちを召喚したのは何でです?」
「それはですねー、毎回ではないのですが、トレントのような樹に擬態する魔物の枝葉には、虫型の魔物が潜んでいる時があるのですよー。あのトレントからも、かすかに羽音が聞こえるのでー」
「は、羽音ですか……?」

 試しに耳を澄ませてみるけど……う〜ん……僕にはいまいちよくわからないなぁ……。

「人間の耳ではこの距離から聞き取るのは難しいと思いますー。わたしたちエルフや、獣人さんの耳なら聞こえると思いますがー」
「あー……なるほど……。僕でも予めそれを探知できるような方法ってありますかね?」
「う〜ん……クレリックのライトや、マジシャンのサーチにも引っかかりはしますけどー。魔法を使うと向こうからも魔力で探知されてしまう場合があるのですよねー。それが嫌な時はー……聴覚強化――聞き耳の加護を受けるのがよいかとー」

 聞き耳の加護――つまるところ、エクストラスキルの聞き耳だね。
 まぁ名前そのまんま、聴覚をある程度強化してくれるスキルだ。

 ちなみに、マジシャンが使える補助スキルのサーチは、周囲に魔力の波を飛ばして、その反響で範囲内の魔法的な隠蔽を見破るっていう……まぁ、原理的には魔力を使ったレーダーだね。

「聞き耳の加護は一定以下の小さな音を聞き分けてみれば得られると思いますのでー。今試してみますかー?」
「あー、じゃあ、せっかくなのでちょっとやってみます」

 というわけで、できるだけ小さな音も聞けるように耳の後ろに手を当てて、音に集中してみるけど……この距離じゃやっぱり聞こえないねぇ……。
 仕方ないので、気づかれないように1歩ずつ、慎重にトレントへと近づいていく。

「あまり近づきすぎると気付かれちゃいますのでー。ゆっくりですよー」
「は、はい!」

 抜き足差し足で1歩ずつ歩を進める。
 森の中なだけあって、小鳥のさえずりや、関係ない虫の鳴き声、川のせせらぎなんかがあちこちから聞こえてくる。
 けど、違う、そうじゃない……もっと集中して……虫の羽音……虫の羽音…………あっ、これかな!?聞こえたかも!
 そよ風に揺れる梢の葉擦れに混じって、ブブッ、ブブブッ、と、わずかながらそれとは明らかに違う、くぐもった振動音が聞こえた。
 うん、間違いないね、虫の羽音だ。

 それを確信した瞬間、スキル取得の通知が表示される。エクストラスキル、聞き耳……確かに手に入ったね。

「あ、聞こえた……! 聞き耳も取れましたよ!」
「それはよかったですー。おめでとうございますー。多分、最初の内は、その距離で手を当てなくても聞こえる、ぐらいだと思いますー。慣れてきて、加護が強まってくれば、もっと離れた距離からでも聞こえるようになってくるかとー」

 なるほど、試しに手を外して姿勢を正してみると……

「あ、ホントだ、この距離でもなんとなくですけど、羽音が聞こえます」

 まぁ多分、一度羽音を認識して、聞き分けられるようになったから識別できている、という部分もありそうだけど、ともかく、相手に気付かれる前のこの距離で、隠れているのを見破れるようになったのはありがたいね。
 ん〜……聞こえてくる感じだと、音を増幅してるというよりは、聞き取れる音の振幅の下限値が広がった、という感覚かなぁ?
 別に周りの環境音が喧しくなったみたいな感覚は全くなくて、ただ、それこそ木々に潜む虫の羽音だとか、木の葉から滴った露の雫が水面に落ちた音とか、今までなら考えもしなかったような小さな音も聞き取れるようになった、という感じだね。これはなかなかに便利なスキルが手に入ったと思う。

 僕の距離でもまだ安全と判断したのか、後ろで待機していたマリーさんも僕の位置まで来る。

「では、ここから先手を取っちゃいましょうー。多分、ここから魔法を使えば、魔力で探知されて虫さんが出てくると思いますー。なので、虫の方はわたしにお任せくださいー。マイスさんは、トレントの方に全力の魔法をお願いしますー」
「了解です!」
「それでは、いきましょうー。《キリエ・エレイソン》」

 キリエがかかったから、まだ効果の残ってるサクラメントと合わせて、これから僕が使う魔法は威力が3倍になるってことになるね。
 これでトレントが相手となれば、選択するのはもちろん、ブレイズランスしかないね。

「猛り燃ゆる紅蓮の炎よ――」

 フル詠唱で魔法の構築を開始すれば、マリーさんの予想通り、詠唱反応した虫たちがトレントの茂みから一斉に飛び出してくる。
 その正体は――で、でっかい蜂!?
 これは……ジャイアント・キラービーだね。
 そのまんま、スズメバチをでっかくしたような蜂型の魔物なんだけど……実物で見ると、ここまで大きいとは……。
 1匹1匹が人の顔ぐらいの大きさはありそうだ。それが群れになって一斉に向かってくるのは……生理的な嫌悪感のある羽音と合わさって、威圧感が物凄い……。
 思わず足がすくみそうになるけど、キリエ・エレイソンの効果は1回きりだ。ここで躊躇ってキリエを無駄にするわけにはいかない……!

「その反応は予測済みですよー」

 と、横にいたマリーさんが、抱きかかえていたマンドラゴラの1匹を……放り投げたー!?
 バレーボールのトスのように、両手で抱えていた状態から、下から放り上げるようにして蜂たちの方にマンドラゴラを投げる。
 すると、それに続くかのように、足元にいたマンドラゴラたちも、蜂の方に自ら跳躍して特攻していく。
 そして――

「《カタストロフィ・ロア》!」
「――――――――――――――――!!!」

 マリーさんのスキル宣言で、マンドラゴラたちが一斉に叫びを上げる。
 こ、これは……とてもこの世のものとは思えない、本能的な恐怖を呼び覚ますような悍ましい絶叫がコーラスで響き渡る……。
 う……ぐぅ……正直蜂の羽音より、こっちの方が遥かにキツい……!
 僕、今日夜中にトイレいけるかな……。

 発生源たるマンドラゴラの口元に至っては、空気が振動していることが目で見てわかるほどの強烈な音響。その音波をもろに浴びた蜂たちの身体は、見る間にグズグズに崩れていって、わずかなフォトンの痕跡と共に完全に消滅してしまう。同時に、マンドラゴラ自身の身体も同じようにして全て自壊して消えてしまった。
 さすが、伝承に違わぬ凄まじい叫びだ……っていうか、死に方もエグい……。
 ……さっきも思ったけど、これホントに植物だよねぇ!?

 とまぁ、気を取り直して……。
 蜂たちが消滅して、クリアになった視界の先では、蜂が飛び立ったことでこちらに気付いたか、トレントが樹の洞でできた大雑把な顔を覗かせて、蔦の触手をうねらせながら、根っこを足のように器用に使ってこちらに歩いてくるところだった。
 蔦の攻撃範囲は結構広そうで、接近されたら厄介そうに見えるけど……。
 ただまぁ、マンドラゴラたちが稼いでくれた時間もあったし、既に僕の詠唱は完了できている。

「――《ブレイズランス》!!」

 サクラメントとキリエ・エレイソンの効果を乗せた、フル詠唱のブレイズランス。
 これが今できる最大火力……!
 渦巻いた炎の槍が、トレントを直撃する。炎はその幹の中心で爆裂して、トレントの樹の身体に容赦なく爆炎を撒き散らす。

「――!!」

 声にもならない咆哮を上げて、一瞬で全身を炎上させたトレントは、爆発によってその幹の半ばから真っ二つに折られて、ぐらりと倒れ、そのまま炎ごとフォトンへと消えていった。


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