戻る


note.069 SIDE:G

 泉でMPを回復させつつ、一休みしていると、程なくして泉を1周してきたマリーさんが戻ってくる。

「非常によい収穫でしたー。お二人とも本当にありがとうございますー」
「いえいえ、お役に立てたなら何よりです」
「私も楽しかったのだわ。クスッ」

 数も多かったし、妖精の少女が同士討ちさせた分に至っては、損傷の少ない死体もいくつか残っていたこともあってか、結構上々なドロップだったみたいだね。マリーさんの笑顔がとても満足気だ。

「さてー、それでは、お待ちかねのお肉にしましょうー」
「わぁ……楽しみです!」

 いよいよさっきの鹿肉が食べられるんだね。どういう感じの味なのか……ちょっとわくわくしてくるね。

 まずは、トレントの丸太が丸々一本分、立てた状態で取り出されると、飛距離と刃のサイズを調整したウィンドカッターで、底部を適度な高さで切り取って簡易のテーブルにすると、残りの上部は全て薪に崩して火を起こす。
 そして、丸々1匹分そのままの鹿肉を取り出すと、全体に満遍なく塩コショウを刷り込むようにまぶす。続けて、腹腔内に道中で採集していた香草を敷き詰めるように入れると、火の上に木組みを作って、脚を縛って棒に括りつけただけの鹿肉をそのまま豪快に直火にかけてしまう。
 うわぁ……こんな漫画みたいな丸焼きの仕方、本当にやるんだね……。

「ず、随分豪快にいきますね」
「せっかく全身取れましたからねー。これぐらいシンプルなのが一番美味しいのですよー♪」
「な、なるほど」

 まぁそれはいいとしても、ここから果たしてどうやって食べればいいんだろう……と思っていたら、マリーさんがストレージからお皿を取り出すと、ドネルケバブみたいな感覚で、火が通ったところから適当に削ぎ落としてお皿に乗せて、中に詰めた香草も少し取り出して一緒に添えると、魔力操作で小枝から削り出した串と一緒にテーブルに並べてくれる。つまり、このまま串で刺して食えと……。
 う〜ん……この辺の感性はさすが狩猟民族エルフ族、ということなんだろうか……。なかなかにワイルドだね……。

 ともあれ……自分と僕の分のお皿を丸太のテーブルに並べてくれたマリーさんは、

「さて、これでいいですねー。早速食べましょうかー」

 と、手を祈りの形に組む。

「それでは、狩猟の女神アルテミスと森の女神シラルジエの名の下に、森の恵みに感謝を捧げましてー……」

 そこで一旦言葉を切って、数秒の黙祷。
 僕もなんとなくそれに合わせて、日本式の合掌だけど、手を合わせることにする。

「いただきますー」
「いただきます」

 とまぁ、何はともあれ、まずは一口……と……これは……!

「柔らかい……美味しい……!」
「ですよねー。んん〜♪ やはり新鮮なシカさんは美味しいですー!」

 肉汁がすごい……そしてとにかく柔らかい……。
 味としては、淡泊だけど、牛肉に近い感じだね。
 それだけに、塩コショウと香草だけのシンプルな味付けがステーキのようで確かによく合っている。
 なんとなく勝手にイメージしてたような臭みもほとんど感じないし、脂っこさみたいなのもないからパクパクいけちゃうね。
 うん、これは美味しい……!

「人類種の食事というのは本当に手間がかかるのねぇ」
「確かに、いろいろと手間暇はかかりますがー。それも含めて、食事というものはわたしたち人類の最高の娯楽の一つなのですよー」
「まぁ確かに、素材や手順がいろいろ組み合わさって一つの食べ物が出来ていくという過程は見ていて興味深いわね」

 妖精の少女は寝そべるような格好で適当に空中を漂いながら、しげしげと僕たちの食事風景を眺めてくる。

 ところで、さっきのマリーさんの祈りの中で、僕たちにも聞き馴染みのあるアルテミスの名前が出てきたけど、この世界の神って、シティナやシラルジエのような、この世界オリジナルの神様と、アルテミスや、トールとかみたいな、リアル世界でもおなじみの神様なんかが、神話の垣根もなくごちゃ混ぜに信仰されてるみたいなんだよね。
 まぁ、ちょっとメタい話をすれば、こうしておけば元々の神話の世界観に囚われずにいろんな神話から神様やら伝説の武器やらを取ってこれるから、というのが多分、一番の理由なんだろうけど。
 実際、レアアイテムの中には、ゲイ・ボルグだったりダインスレイヴだったりヴァジュラだったり、出典も神話もバラバラな様々な武具が混在している。
 この辺を世界観的に上手く落とし込むために、シティナという架空の神を頂点に据えて、虚実入り混じったごった煮な感じの神話に設定したのかなぁ、というところだ。

 ……と、そんなことを考える間にも、食べる手は止まることなく、気付けばもうほとんど脚の肉ぐらいしか残っていないような状況だった。
 あれだけの量を二人でここまで食べてしまったと考えると、だいぶ食べたね。

「ふぅ……美味しかったですー。残りのもも肉は、お土産ということにしましょうかー。火を通してしまえば、ストレージの中なら時間の経過もないですしー」

 言っている間に程よく火も通って、あまり食べるところのない足首近くの部分は既に削ぎ落とされて両端に骨が露出した、所謂「マンガ肉」みたいな状態になったもも肉を2本、マリーさんが渡してくれる。ありがたく受け取って、ストレージに入れておこう。
 こうしておけば、この焼き立て熱々の状態のままで時間経過なしに保存しておけるんだから、本当に便利な魔法だよねぇ、ストレージ……。

「ありがとうございます。後でゆっくりいただきますね」
「はいー。それでは、出発しましょうかー。……と言っても、次の目的地は割とすぐそこなのですがー」

 手早く火の後始末をして準備を整えると、泉を回り込むように歩き出すマリーさんの後を追う。

 河口付近が茂みになっていてわかりにくくなっていたけど、この泉からは、見た目にすぐわかる一つの他に、もう一つ、隠れた小川が流れだしていたみたいだね。これは気がつかなかった。
 その小さな流れを辿っていくマリーさんに、僕たちもついていく。
 川自体は軽くジャンプすれば一歩で跨いで飛び越えられるぐらいの小さな幅で、最初はそれこそ茂みに隠れてしまってほとんど気付かないぐらい水音もしない静かな流れだったんだけど、途中で一段、膝丈ぐらいの高さ程度の小さな滝を落ちた後は、流れはそこそこに速くなっている。……と思えば、川はすぐに巨木……大妖精が言うにはカスフィウム・デレクシア、だっけ?の根元にぶつかって消えてしまっていた。

「あれ? 行き止まり?」
「に、見えますよねー。実は違うのですよー、くすっ。ここから先のことは秘密にしておいてくださいねー? 誰にも言っちゃダメですよー」
「はぁ……わ、わかりました」

 何が何やらよくわからないけど、そうまで念を押されてしまえば、とりあえずは頷いておくしかない。

「ふふっ、ここを知っているなんて、なかなかこの森に詳しいわね」
「この場所のこと、知ってるの?」
「当たり前じゃない。この森の中は私の庭よ?」

 妖精の少女はどうやら、この先がどうなっているのか知ってるみたいだね。
 どう見ても川はここで行き止まりだから、この樹を回り込んで先に進むしかないみたいだけど……?

 何を始めるのか、マリーさんが巨木にそっと手を触れると、巨木全体が優しい青緑色の光に包まれ始める。続いて、一歩下がって祈りを捧げると、光はふわりと一度強まってから収まった。すると、何かが二つ、重たげながらも風に乗るように、するりと上から落ちてきた。これは……?

「わ……これ、葉っぱですか?」
「そうですよー。この樹の妖精さんに、祈りで少しだけ力を差し上げる代わりに頂いたのですー」

 落ちてきたのは、ハート型っぽい形をした、根元から先までで1.5mぐらいはありそうな巨大な葉っぱだった。
 これが、この巨木の葉っぱ……さすがの大きさだね。
 まぁそれはいいんだけど……

「でも、葉っぱなんかもらって何をするんですか?」
「それはですねー。ここですー」

 マリーさんが巨木の根元、川が消えている辺りの茂みを軽く掻き分ける。
 するとそこには、川は巨木に堰き止められて行き止まりかと思いきや、その巨木の根の隙間に、ちょうど人一人が潜っていけるぐらいの空間が空いていて、その先へとまだ流れ込んで続いているようだった。
 なるほど、まだ先があったんだね。だけど……って、葉っぱの意味ってもしや……?

「この葉っぱに乗って、ここを滑り降りるのですよー」
「え、えぇぇぇ!?」

 や、やっぱりそういうことだよねぇ!?
 ゲーム内での時間感覚だと既に3日前ぐらいの感覚に感じる今日のリアルでのジッパチの件といい、このところ妙にこの手の絶叫マシンに縁があるような……。
 うぅ……勘弁して欲しいなぁ……。


戻る