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note.071 SIDE:G

 というわけで、しばしただひたすらにマナ草を集めていく。
 エーテル草とマナ草の採集は駆け出し冒険者の最初の資金源にもなるだけあって、基本中の基本だから、特に考えるようなこともないね。マリーさんも説明してくれたように、元々生命力の強い種だから、とりあえず適当に引っこ抜いてしまっても根っこが無事ならまた生えてくるし、ポーションへの調薬も、とりあえず全部すり潰して煮出すだけだから、採集や保存の方法に気を使うような必要もない。とにかくただただ黙々と、まぁ一応は基本通り2割程度残すようにだけしつつ摘んでいくだけだ。説明通りなら、ここのは多少採りすぎちゃっても全然問題なさそうな感じだしね。
 摘んだ分のマナ草は、後でまとめて渡すことも考えて、ストレージではなく取引用の麻袋に入れていく。

 んん〜……それはいいんだけど、しゃがみっぱなしでずっと足元を見ながらひたすら草を引き抜くだけの単純作業は結構腰にくるね……。担当範囲を半分にしてこれなんだから、普段これを一人で全部採集しているであろうマリーさんはすごいと素直に思う。

 ちなみに、妖精の少女の方はと言うと、僕たちの作業を上から覗き見したり、足先で泉の水面を切りながら飛び回って遊んでたりと気ままなものだ。
 まぁ、その気ままさこそが、「総体として『自然』を作る」ということなのかもしれない。

 ……ふぅ……ようやく大体は採れたかな?
 立ち上がって全体を確認してみると……うん、まぁ、目安の8割ぐらいは大体採れたと思う。

「マリーさん、終わりましたー」
「はーい。ありがとうございますー。うふふっ、おかげでだいぶ助かっちゃいましたー。帰ったら報酬代わりに、ポーション少しおまけしますねー」
「いえいえ〜、それはすごく助かります。ありがとうございます」

 マリーさんの方も既に採集は終わっていたみたいで、軽く背伸びをしていた彼女に膨れた麻袋を渡せば、にこにこで受け取ってくれる。
 そう言えば、今朝マリーさんのお店に行こうとした目的がポーションの補充だったことを思い出せば、ポーションのおまけはありがたいね。というか、僕からしてみれば、今日の狩自体、実質僕のレベリングに付き合ってもらってるようなものになっちゃってるし、その上ポーションまでおまけしてくれるのは、ちょっと申し訳なさすら感じるぐらいだ。
 とは言え、マリーさんはにっこにこでそう言ってくれているので、まぁ、ここは素直にお言葉に甘えさせてもらおうかな。

「さて、それではー。普段わたし一人だと、ここを採集して帰ればちょうど夕方ぐらい、という感じなのですがー。今日はマイスさんのおかげでまだ余裕がありますー。なので、このままもう少し回って、いろいろ採っていっちゃいましょうー♪」
「了解です!」
「クスッ、今日は最後まで退屈しないですみそうね」

 そういうことなら、僕としてももう少しレベリングにさせてもらおうかな。
 ……それはいいんだけど、この場所、2m半ぐらいのちょっとした崖じみた土手に囲まれて、完全に窪地になっちゃってるんだけど……

「ところでこれ、どこから出るんですか?」
「あれを登れば出られますよー」

 マリーさんが指差した先には、なるほど、何かの地下茎なのか、ちょうどいい太さの根っこが1本、ローブのように上からぶら下がっていて、その下端は崖下で再び地面に潜っていた。
 上の方には巨木の根っこも張り出していて足場になりそうだし、これなら十分登っていけそうだね。

「なるほど。じゃあ、僕が先に登りますね」
「はいー。お先にどうぞなのですよー」

 マリーさん、スカートだからねぇ……。ここは僕が一旦先に登らないと、下からいろいろ見えちゃいそうだからね。

 とりあえず、泉を越えて降りている根っこを掴んでみる。
 うん、予想通り、根っこというよりは地下茎のようで、軽く引っ張ってみた感じでもかなり丈夫そうな感触だし、しっかりと根付いているから、途中で千切れたりとかの心配は要らなそうだ。

 問題なさそうなのを確認して、根っこを掴んで崖に足をかける。
 こういう、鎖1本で急斜面を登るみたいなことは、昔小学校の頃の林間学校で一度体験したことがある。さすがに今となってはだいぶうろ覚えの記憶ではあるけど、それでもなんとなくの勝手は思い出せるから、思ったより恐怖は感じないね。
 まぁ、今回の場合は、仮に落ちても下は泉だから大きな怪我にもならなさそう、というのがわかっているのも恐怖を和らげている気がする。
 根っこで身体を支えながら、一歩ずつ着実に登っていけば、程なく巨木の根っこに手がかかるところまでくる。
 うん、もう少しだね。
 最初の巨木の根っこに足がかかったところで、地下茎の方を手繰って身体を起こせば、後は巨木の根っこ伝いによじ登れば……到着っと。
 ふぅ……なんとか危なげなく登りきれたね。

「マリーさ〜ん、登ってきて大丈夫ですよー」
「はーい、それでは、いきますねー」

 淵から覗き込むようにしてマリーさんに声をかけると、手を振って答えてくれる。
 スカートを濡らさないついでに動きやすさも兼ねてか、またスカートの裾を上げて縛ると、マリーさんも泉を渡って地下茎伝いに登り始める。
 登り着くだろう位置からは少しどいて、横からその様子を覗いてみてるんだけど、さすがの速さだね。僕の半分ぐらいの時間で、もう巨木の根っこに手をかけてしまった。
 やっていること自体は同じはずなんだけど……なんというか、見ててもこなれた感じというのが素人目にもわかるというか……。これはエルフ族だからなのか、マリーさん自身が熟練しているということなのか……まぁ、多分その両方かな。
 あっという間に登りきったマリーさんは、軽く拍手するように手についた土を払うと、スカートを元に戻す。
 僕たちが登る様子をちょうど中腹ぐらいの高さに浮いて見ていた妖精の少女も、彼女と一緒に上がってきている。

「二人ともお疲れみたいね。少し癒しの加護をあげるのだわ」

 そう言って、妖精の少女が光のベールで僕たちを包めば、周囲にフォトンがきらきらと光の粒になって集まってきて、身体に吸収されていく。
 それによって、エーテルを直接取り込んだおかげか、採集で腰にきてた分や崖登りで少し消耗した肩や腕の疲労感がすっと抜けていくのがわかる。

「わぁ……ありがとう」
「ありがとうございますー」
「今日はたくさん『信仰』をもらってるもの、これぐらいはお安い御用なのだわ」

 それぞれにお礼を言えば、少女は軽く胸を叩いて得意げに答えた。

「さてー、目的はもう終わったので、行くアテとかは特にありませんがー。少しお散歩タイムにでもしましょうかー」
「はーい」
「いいわね、ふふっ」

 というわけで、これまでよりもゆったりめのペースでのんびりと歩き始めたマリーさんについていく。
 元々、大妖精の加護のおかげでマリーさんの早足にもついていけるぐらいにはなっていたわけで、歩くペースが落ちた今は、気持ち的にも幾分楽になって、周りの風景を楽しむような余裕も出来てきていた。

 太さも高さも高層ビルのようなスケールの巨木たちは直射日光を程よく和らげて、そこから溢れる木漏れ日は安らかな温もりと共に光のカーテンを揺らす。その光の恵みは、巨木の合間にも木々や草花を育み、森の中にミニチュアサイズのもう一つの森があるような光景を生んでいる。
 そんな中をこうして歩いていると、人間サイズの妖精、なんていう異彩の存在が隣にいることも合わさって、実は巨木の方が普通の大きさで、まるで自分が小人にでもなったかのような気分にも思えてくるね。
 少し耳をすませば、あちこちで小川がせせらぎ、そよ風に揺れる木々の葉擦れに混じって、魔物同士の小競り合いだったり、魔物以外の小鳥や小動物の折々の営みの声も聞こえてくる。
 それこそ魔物と遭遇でもしないと、本当に幻想的で穏やかな光景で、ついついここがダンジョン指定されていることも忘れてしまいそうになってくるよね。

 まぁ、気配探知に引っかからないハンターディアーとかもまた出てこないとも限らないから、最低限の警戒は必要とは言え、ひとまずはゆったりこの大自然を楽しもう。


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