note.111 SIDE:G
ひとまず3割程度のHPを削ることができたものの、リーパーウィドウとの戦闘はまだまだ前半戦だ。
まぁ、HPが減って段階が進んでも、ミスティスがタゲを取ってくれる間に側面から攻撃を入れつつ、定期的に挟まれる全体への糸飛ばし攻撃を避ける、基本のパターンは変わらない。
けれど、攻撃パターンは増えたみたいで、それまでは、糸飛ばしの他は単純にハサミのように両側から交差する斬撃と、横薙ぎ、時折繰り出される、腕を伸ばしてから刃を引き戻す鎌独特の首を狩るかのような引き斬りと、水平方向の攻撃しかしてこなかったのが、今はそこに、上から刃を突き立てて地面を引っ掻くように引き斬る攻撃や、×字に交差する斬撃といった縦方向の要素を加えた攻撃に、少し飛んだ先で一定時間滞空して回転し続けるエアロブーメランに似た風の刃という、行動範囲を制限してくるような魔法攻撃が追加されているようで。
さっきまでは合間合間に適度に反撃する余裕もあったミスティスも、少しその余裕がなくなってきたようで、盾で受けることにしたり、手が出せずに攻撃ではなく挑発のかけ直しでタゲを維持するみたいなタイミングが目に見えて増えている。
とは言え、言ってしまえばそれだけの話で、ミスティスの表情にはまだ焦った様子はない。
この分なら、僕たちのやることは変わらずでよさそうだね。
さっきまでと同様に、糸を避けつつブレイズランスを基本に蜘蛛への攻撃を加えていく。
ただ、糸攻撃も少し強化されて、今までは着弾地点に鳥もちが残るだけだったのが、蜘蛛の巣型に投網のように広がって飛んできて、そのまま着弾地点にも蜘蛛の巣が残るようになっているから、少し余裕を持って大きめに動いて避けなきゃいけなくなってることだけ注意かな。
しばらくはパターン通りでいけるかと思っていたら、
「ヒュァオッ!」
糸攻撃がくるかと思ったタイミングで、今までとは少し違う声で鳴いた黒蜘蛛が、僕たちを捉える方向ではなく、フィールドの中心に立つようにバックステップする。
そして、お尻が大きく持ち上げられると……そこから魔力の糸らしきものがものすごい速度でフィールド全体に張り巡らされていってる!?
糸の位置や方向に規則性はないみたいで、完全にランダムに、逃げ場をなくすよう縦横無尽に糸が張られていく。
「ちょっ、え!?」
「落ち着け、魔力だけの段階ではあの糸に当たり判定はない。まぁいわゆる攻撃予告ってやつだ。判定が出る前に糸に触れない位置に陣取ればいいだけだ」
「わ、わかった!」
なるほど、そうとわかって改めて見渡せば、そのランダム性のおかげでむしろ、糸同士の間隔はバラバラで、糸が密集してる場所もあれば、人一人ぐらいは余裕で立ったまま入れそうな場所もたくさんあるって感じだね。
とりあえず、糸を避けられる手近なスペースに入る。
魔力の糸を伸ばし終わった蜘蛛が、最後にお尻を下して地面に本物の糸を発射すると、糸が地面に着いた途端、そこを起点に魔力の糸全体が全て一斉に実体化した。
続けて、黒蜘蛛自身は実体化した糸を登って空中を歩き始める。
「次はランダムターゲットがくる。と言っても、あの巨体だ、狙いがミスティス以外ならほぼ後衛全員にくると思っていい」
「うん」
オグ君が教えてくれる間にも、蜘蛛は案の定僕らの内の誰かをタゲったみたいで、僕たちの直上に一番近い糸を伝って頭上までくる。
向き的には……多分タゲられてるのは僕か雫さんかかな?
「タゲった奴に向けて飛び降りてくるが、それと同時に糸は消えてくれる。糸が消えたら走って散開すれば回避は十分間に合う。……今だ走れ!」
「OK!」
オグ君に答えたところで、狙いを定めた黒蜘蛛が天井近くまで大きく跳躍、同時に張り巡らされていた糸が消滅する。
なるほど、無駄に天井付近まで高く跳んでることと、そのジャンプの頂点で脚を大きく広げた瞬間、一瞬空中に静止するタイミングがあるみたいで、これは見てから回避余裕でしたって感じだね。
しっかりと全員回避して、誰もいなくなったそこに黒蜘蛛が着地する。
と、散らばるように逃げた僕たちと入れ替わりに、着地際を狙ったミスティスが飛び込んで、
「そぉやーーーいっ!」
ソードゴーレム二本をプロペラのように追従させたスピニングブレイドで背後から腹部を両断するかのように斬りつける。
「ヒュアアアアアッ!!」
堪らずといった様子でのけぞるように一度上半身を浮かせた黒蜘蛛に、ミスティスはバックステップで離脱しながらも、その去り際にもライジングファングを入れて追撃する。
これで完全にヘイトはまたミスティスに向かったようで、散り散りになっている僕たちには目もくれずに黒蜘蛛は彼女に襲いかかっていく。
そこからは、定期的にくるバックステップからの攻撃パターンが、この糸張りからの飛びかかり攻撃か、今まで通りの糸攻撃かのランダムになったけど、鳴き声の違いとバックステップの方向でどちらがくるかは完全に見分けがつくから、ちょっとパターンが増えただけでどうってことないね。
特に危なげもなくHPを削っていき、そろそろ残り半分……また何か大技がくるかな?
「ヒュウゥァアアアァァァッ!!」
うん、予想通り、HP半分で何かくるみたいだね。
馬が嘶きのように上半身と前二対の脚を持ち上げながら鎌を振り上げて、黒蜘蛛が鳴き声を上げる。
それを見て、
「みんな、中央集合!」
ミスティスが叫ぶ。
直後、黒蜘蛛が鎌の刃先を交互に地面に突き立ててシュレッダーのように刻み抉りながらミスティスを追いかけていく。
追われるミスティスは、指示通りフィールドの中央に集まった僕たちから蜘蛛を引き離すように、フィールドの最外周に誘導していく。
「おわひゃあああぁぁぁ〜〜〜!」
なんて、悲鳴を上げながら逃げてるけど、どう見ても速力にまだ余裕あるから、あれはタゲが切れない程度に抑えつつギリギリを楽しんでるだけだね……。
ともあれ、ミスティスの誘導で、蜘蛛は地面を抉りながらぐるりと外周を一周。
もちろん、その間は中央に退避している僕たちから見れば隙だらけだ。
遠慮なく横槍を入れていく。
一周回りきったところで、軌道の内側に入ったミスティスの前に立ち塞がるように、黒蜘蛛は大きく跳躍して彼女と対峙する向きで着地する。
大技はこれで終わりみたいだけど、フィールドの外周は黒蜘蛛があちこち抉って地形がボコボコになってしまっていて、まともに戦闘できるような状態ではなくなってしまっている。
なるほど、ここからはこの行動範囲を制限された状態で戦わなきゃいけないってことだね。
ミスティスへの通常攻撃も、頻度が上がって苛烈さを増しているみたいだ。
とは言え、パターンが増えたとかってわけじゃなさそうだから、対処はまだ問題なくできているようだ。
狭くなった分、後々の逃げ場も考えて大きく動きすぎないようにだけ気を付けながら、通常攻撃のパターンを再開する。
ミスティスが上手いこと円の外側に蜘蛛の位置を誘導してくれたから、広く残りのフィールド全体を使っていけるのがありがたいね。
さぁ、ここから後半戦。
残りHPは半分……いや、外周回ってる間にもう少し削れて4割ってところかな。
油断せず、最後まで押し切りたいね。