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note.112 SIDE:G

 黒蜘蛛のHPも半分を割って、いよいよ後半戦。
 攻撃パターンが特に増えたというわけではないけど、外周を潰されて半分ぐらいに狭くなったフィールドで、全体的にペースが上がってより激しくなった攻撃を捌くのは思った以上に難易度が上がっている。
 特に厄介なのが、撃たれてからしばらく残り続ける蜘蛛の巣攻撃で、巣が残る持続時間は変わっていないのにパターンのサイクルは早くなっているから、次と、その次ぐらいまでの逃げ場を考えて回避しないと、フィールド中が蜘蛛の巣だらけになって身動きが取れなくなってしまう。
 フィールドが半分になって攻撃頻度が上がる、言葉にすればたったこれだけのことなのに、考えることが一気に増えてすごく忙しい……!

「ヒュァオッ!」

 この鳴き方は……飛びかかり攻撃の方!?
 フィールドの中心に移った黒蜘蛛が、予告の魔力糸を張り巡らせ始める。
 これはマズい……!
 ここまでに2回連続で蜘蛛の巣を撒かれてる上に、あの巨体が中央に陣取ってしまったせいで、ただでさえ動ける場所がかなり少ない中で、この糸を避けて逃げ道を確保しなきゃいけないの!?

「チッ……! こいつは不味いか!?」
「……あらあら……」
「ちょちょちょっ、場所がないんだけど!?」
「わわわ……!?」

 逃げ場を失っていく僕たちに、

「こっちこっち! おいでー!」

 ミスティスが手招きしてくれる。
 そっか、ミスティスの近くなら、彼女に向けられた蜘蛛の巣数個しかないからまだスペースに余裕がある!

「! 助かる!」

 比較的近くにいたオグ君が即座に反応して、ミスティス側のスペースに飛び込んでいく。
 ツキナさんと雫さんも、なんとかそれぞれに場所を見つけて潜り込んだみたいだ。

 僕もミスティスの方に向かおうとしたけど……ヤバい、これ多分距離的に間に合わない!?
 っ……!しょうがない……!
 なんとか蜘蛛の巣の合間にしゃがめば入れるかなぐらいの隙間を見つけて退避!
 ……って、ちょっ、もう1本、ちょうど僕の身体を貫くように魔力糸が追加されたんだけど!?

「ヤバッ!?」

 えっとえっと、ふ、伏せればギリギリ……ッ!?……セ、セーフっ!
 咄嗟に寝そべったところで間一髪、糸が実体化する。
 あっぶなー……!

 ……なんて、安心する暇もなく……うげ、明らかに黒蜘蛛の影が僕の真上に来てるんだけど!?
 糸に触れちゃうから上を確認できないんだけど、これ多分僕がタゲだよねぇ!?
 これは死ぬ……!

 そう意識した瞬間、集中の極限まで僕の意識は引き延ばされていく。
 スローモーションになった世界の中で、影の動きと、視界の端に映る糸だけに更に意識が集束して、他の全てが認識から排除されていく。
 視線が追うのは、一番動きがわかりやすいだろう、脚の影の内の一本、ただ一点。
 何分、いや、何十分にすら感じられたかもしれない、ほんの一瞬――動いた!
 認識した瞬間、可能な限り素早いつもりで――しかし、引き延ばされた時間の中では嫌にゆっくりした感覚で顔を上げる。
 視線に飛び込んでくるのは、縦横に張り巡らされた糸の一本。
 それが今――消えたっ!!
 反射的に、腕立て伏せの要領で上半身を跳ね上げる。
 同時に、

「走れっ!」

 オグ君の合図が聞こえて、意識が一瞬で引き戻される。
 幸いにして、僕の周囲にあった蜘蛛の巣も糸と同時に時間切れだったみたいで、もう僕の走りを邪魔するものはなくなっている。

「ぅわああああああああぁぁぁぁ!?」

 自分でもよくわからないぐらい夢中になって、ビーチフラッグのスタートを切るように、一息に身体を起こして前のめりのまま全力疾走。
 既に落下中でみるみる大きく迫る影の端まで数歩走ったところで、前方へダイブしてヘッドスライディング……!

「ふぎゅっ! ……けほっけほっ……」

 ちょっと受け身に失敗して肺の空気が押し出されてしまって、ヘッドスライディングの砂ぼこりと合わせてむせちゃったけど、同時に背後からドスンと蜘蛛の着地の音と振動が来たのもわかったから、なんとか踏み潰されることは回避できたみたいだね。

「大丈夫!?」
「平気! ありがとう、ミスティス!」

 直後、ミスティスが遠目から挑発をかけ直してくれたおかげで、黒蜘蛛のタゲはそちらに向かってくれる。

「無事か!」
「けふっ……うん、なんとか。ありがとう」

 タゲを持っていってくれたミスティスと入れ替わりにオグ君が来てくれて、立ち上がる僕の手を引いてくれる。

「だいじょぶそーね。あと一息、気合い入れるわよ!」
「うん!」

 サブマシンガンを構えて、ミスティスが一旦距離を離してくれた黒蜘蛛に向かって突っ込んでいくツキナさんに頷いて、僕たちも戦線に復帰する。

 削れ方からして多分、もうあと一回糸攻撃がくるかこないかぐらいで――来た、HP25%での大技……!

「ヒュゥゥ……ォアアアアァァァァァァアアアァァァッ!!」

 今までで一番の咆哮を上げて、威嚇するように一度上半身を持ち上げた黒蜘蛛は、僕たち全員を視界に捉えられる向きでフィールド中央にバックステップ、その着地と同時に、フィールド全体に攻撃予告の巨大な蜘蛛の巣が描かれる。

「うっわ!?」
「攻撃判定は糸の上だけだ、網目に入れ!」
「! そっか!」

 ちょっと慌てかけたけど、言われて冷静になってみれば、蜘蛛の巣はその大きさの分、網目一つ一つも十分に大きくて、僕たち一人ずつなら問題なく網目の隙間に立てそうな広さは残ってるね。
 糸を跨がないよう少し位置をずれるだけのことだ。
 直後、巣からバチバチと電流を纏ったような光のオーラが立ち昇る。

「巣が光ってる間だけ攻撃判定がある。消えたら奴から攻撃がくるから別の網目に移ればいい」
「わかった!」

 オグ君の解説が聞けたところで、ちょうど光が収まる。
 直後、黒蜘蛛本体から全員に向けてそれぞれ風の刃が飛ばされてくる。
 これは問題なく回避して別の網目に入ると、一瞬前に立っていた位置では風の刃が滞空して空を斬る。
 数秒回った風の刃が消えると、再び蜘蛛の巣が攻撃のオーラを発する。
 なるほど、これを交互に繰り返して回避する感じかな。
 と、単純に考えていたんだけど……。

「え、網目が!?」

 2回目のオーラが収まったところで、同時に、安全地帯だった蜘蛛の巣の網目のいくつかが、攻撃予告の魔力エフェクトで埋められてしまう。

「網目はだんだん攻撃判定で埋まっていく。足場に気をつけろ!」

 つまり、安全地帯が段々少なくなっていく中で風の刃を避けていかなきゃいけないってことか……。
 まぁ、まだそう足場に困るほどでもない。
 慌てずに空いている安全地帯に入って風の刃を避ける。
 続いてまたオーラ攻撃。
 それが収まって風の刃がくるけど、さっき埋まった網目は埋まったまま、更に新たに網目が攻撃予告で埋められて、回避に使える場所がじわじわと減っていく。
 い、一応まだ回避できるけど……!
 3回、4回とそれを繰り返す内に、安全な足場はどんどん消えていく。
 風の刃のせいで、必ず別の網目に移らないといけないのに、移れる場所がみるみる減っていく。
 5ループ目ともなれば、もう全体の2割ぐらいしか網目は残されていなかった。
 うわわわわっ、風の刃は回避したけど、逃げ込める網目が……!

「こっちだ、マイス!」
「おぁわ!? ありがとう、オグ君!」

 オグ君の声に振り向けば、僕の背後に残されていた網目を指差してくれていた。
 なんとか走り込んで……ギリギリセーフっ!

「これが終わったら蜘蛛の巣が実体化する。それと同時にジャンプだ!」

 オグ君の台詞の間に5回目のオーラ攻撃が終わると、埋まっていた網目が全て復活して、攻撃予告は綺麗な蜘蛛の巣状に戻る。
 と、中心から外側に向かって、キラリと一度改めて蜘蛛の巣全体に攻撃予告を示す光が走る。
 直後、蜘蛛の巣が白く糸を実体化させて――

「……今ッ!」
「たっ!」

 オグ君の合図と共に、ジャンプっ!
 その足元で、蜘蛛の巣は一瞬で中心に向かって収縮するように引き寄せられて、いつの間にか繋がっていた尻からの糸に引かれて蜘蛛の体内へと戻っていった。
 ジャンプに失敗してたら、今ので足元を掬われて一気に奴の前に引き寄せられてやられてた、ってところかな……危ない危ない。

 ともあれ、ここまでくればあと一息……!

「よし、大技は終わりだ、畳み掛けるぞ!」
「OK!」

 通常攻撃のパターン再開だね。
 今までと少し変わったのは、蜘蛛が中央から動く気がなさそうってことかな。
 ミスティスが鎌の届かない距離にいる時には糸飛ばしと風の刃だけしかしないようで、あくまでもフィールド中央に居座りたいらしい。
 あと、方向転換とかで脚が動いた時に、降ろした足元に小さな衝撃波を伴う攻撃判定が出るようになってるみたいで、側面からと言ってもむやみには近づきづらくなっている。
 まぁでも、やることは一緒だね。
 ミスティスが引き付けてくれている間に側面から叩く!

 しばらく続ければ、次は全体への糸攻撃だね。
 パターン通り……と思っていたんだけど……。
 僕たち後衛組に飛んできたのは今まで通りの小さな蜘蛛の巣だったから、普通に回避したんだけど……。
 正面のミスティスと、その逆側の蜘蛛の真後ろに対して投げられたのは、さっきの大技の巨大蜘蛛の巣を分割したような、フィールド端までを覆う巨大な投網状の蜘蛛の巣……!
 ただでさえ足元の衝撃波で近づくこともできなくなってるのに、これがフィールドに残った状態で蜘蛛糸を回避していかなきゃいけないの!?
 言うまでもなく僕たちに向けられた小さい蜘蛛の巣もしばらく判定は残ってるし、これは相当に回避に気を使わないと、糸攻撃を避けられる場所がなくなる……!

 ミスティスが投網を避ける方向も確保してあげなきゃいけないこともあって、最初に回避した反時計回り方向にそのままじりじりと回りながらなんとか立ち位置を確保してたんだけど……。
 それを4ループも繰り返す頃には、黒蜘蛛の前と後ろの4分の1ずつは完全に蜘蛛の巣で埋まっている状態で、つまるところ、フィールドが動ける場所と蜘蛛の巣とで交互に4分割されちゃってる状態。
 更に、僕たちが陣取ってる空間はもう蜘蛛糸だらけで、蜘蛛の巣領域ギリギリの位置まで追い詰められている。

「このままだと次の蜘蛛糸逃げられないよ!?」
「問題ない。次に蜘蛛糸がくる時にはこの隣の巣は消える」
「なるほど、了解!」

 そういうことなら安心だね。
 そのまま攻撃を続けると……来た!

「ヒュアアッ!」

 蜘蛛糸攻撃の予兆の咆哮。
 と同時に、巨大蜘蛛の巣の内、僕たちのすぐ右隣、最初に張られた分の分割が消滅して、スペースが空く。
 確かに、これなら回避できるね。
 空いたスペースに退避して、無事に糸攻撃を避ける。

 そうとわかってしまえば、なんてことはないね。
 どうやら蜘蛛の巣での行動制限を優先してるのか、糸張りからの飛びかかり攻撃はもうやってこないみたいだし、もはやパターンを繰り返すだけだ。
 黒蜘蛛のHPも残りわずか……!

「そろそろ〆るよっ!」

 間合いを詰めようとしたミスティスだったけど、それを阻止するかのように黒蜘蛛からの風の刃。
 ミスティスはそれを、盾で受けることでノックバックに変換して一度間合いを取り直す。
 そこに真上から振り下ろされた鎌を、側宙で躱す。
 その空中で身体が上下反転した辺りで、ちょうどその首を狩るような高さで逆側の鎌から横薙ぎがくる。
 対するミスティスは、頭上――つまりは地面方向に向けて突きを入れて、剣先で鎌の軌道を逸らしつつ、自分の高度を上げてこれを回避。
 そうして着地したミスティスの後方からは、既に引き斬りの刃が首筋に迫って――
 しかし、それに合わせてピアシングスラストで懐に飛び込むことで、ミスティスは凶刃を回避しつつカウンターの刺突を頭に叩き込む。

「ヒュゥァッ!!」

 悶絶するような声を上げつつも、黒蜘蛛は噛みつきでミスティスを捕らえようとするけど、

「ほいっと」

 彼女は刺さった剣先で頭蓋を抉り込むように、剣を軸に跳躍。
 そのまま頭を蹴りつけて離脱すると、ピアシングダイブを起動してダブルピアーシングに繋げる。
 そこから更に、もう一度頭を蹴って再度離脱。

「ヒュァァオッ!!」

 怒涛の連撃に怯んだ隙を見逃さず、着地と同時に反動をバネに吶喊。

「おっしまーーーーーーいっ!!」

 右腕を鞭のようにしならせて、斬り上げから斬り下ろしに一息で繋ぐ。
 ほぼ一瞬で叩き込まれた二連撃と共に、下と上、その両方から魔力の刃が生じて、二つはまるで喰らいつく貪狼の顎の如く――

 これは……ライジングファングからフォーリングファングに繋ぐことで、獲物に喰らいつく牙のように上下からの魔力の刃で両断する、ソーディアンの正統進化の上位職、ブレーダーのスキル(・・・・・・・・・)――バイティングファング……!?

 追随して続いた二本のソードゴーレムが、魔力の顎と共に左右から一閃。
 十字の軌跡を描きながら、ミスティスが黒蜘蛛の背後へと斬り抜ける。
 斬り下ろしを振り切った、残心の一拍の後――

「ヒュォ……オアアアァァァアアアアァァアアアアアァァァァァァッ!!」

 ――断末魔の喘鳴を残して、黒蜘蛛は崩れ落ちながらフォトンの光へと爆散した。


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