note.113 SIDE:G
煌めくフォトンを背に、剣を収めたミスティスだったけど、
「あー、つっかれたー」
纏う空気が戦闘モードから切り替わった途端に、ぺたんとその場に座り込んで、適当に両足を投げ出す。
ここら辺はもういつも通りって感じだね。
「お疲れ様、ミスティス」
「おつあり〜」
この流れももう慣れたものだ。
そんな背後では、これまたいつも通りにフォトンが渦を巻いて虹色に集束していく。
今回のMVPは……ミスティスだね。
「ん、私かー。んじゃもらうね〜」
立ち上がって適当にポンポンと埃を払ったミスティスが、クラスターに触れる。白く弾けたフォトンが、彼女の手元に再び集束して形になる。
そうして現れたのは――
「おー、片手剣! いいねぇ♪」
黒蜘蛛を模した黒い片手剣だった。
全体の形状は、特に捻りもなく黒一色の両刃の直剣。ただ、その刃の中心、鎬の部分には赤いラインが一本入っている。鍔からは、蜘蛛の脚を模したのだろう、棒状の突起が四本ずつ、柄側に曲がる形で伸びていて、見ようによっては翼のようにも見えなくもない。その突起の根本には、これも蜘蛛の目を模したらしい、八つの小さな赤い玉が埋め込まれていた。
「ふむふむ……『闇閃剣ブラックウィドウ』……。お、いーね! ステータス補正とかは特についてないけど、闇属性付きだってさ!」
闇属性付き……それは優秀だねぇ。
闇属性は、基本四属性全てに対して150%の攻撃倍率になるからね。
同じ闇属性同士だと0%で無効化されちゃうのが欠点だけど、光属性に対しては攻撃倍率300%になるし、事実上、闇属性同士以外の全ての属性に対して、最低でも1.5倍以上の攻撃力を発揮できるってことだから、他のオプションがなくたって、闇属性が付与されている時点で物凄く高性能な武器になるんだよね。
ちなみに、光属性の方は、闇属性には300%のダメージを受けちゃうけど、闇属性と同じく光属性同士は0%で無効化、加えて、基本四属性全てのダメージを50%に半減させるから、防御面で優秀な属性とされている。
光属性と闇属性は、防御寄りか攻撃寄りかの差はあれど、どちらも基本四属性に対しては明確に上位の属性と位置付けられているんだよね。代わりに、同属性同士は0%だし、逆に光と闇とだとお互いに300%だしで、対策されると相性が両極端になるから、完全に光と闇が基本四属性の上位互換、というわけでもないんだけど。
「元の攻撃力自体もこっちのが強いし、闇属性付きならしばらくメインはこれで使っていけそうかな〜」
盾の裏にセットしてあったメインの剣を早速取り替えて、ミスティスは満足げに盾を掲げた。
と、そんな彼女の背後……いや、周囲の光景に、ふと違和感を覚える。
なんだか……ミスティスの姿が煌めいて……じゃない、周りが光ってる……?
いや、違う、これは……ドームを形作っている蜘蛛糸からフォトンが漏れてる……?
そう理解した瞬間、ドーム全体が糸の形を維持できなくなって、見る間に粘性の液状へと溶け出していく。
壁も天井も、全てが形を失って、でろんと溶けた……と思ったところで、蜘蛛糸だった粘液は一斉にフォトンへと還って、キラキラと光の粒になって蒸発していく。
これは綺麗……。
「わぁ……綺麗……。だけどえっと、どういうこと?」
「あの糸が、糸の形状を保てるのは、奴の魔力があってこそなのさ。奴が倒れて、フォトンクラスターの残留思念も変換されて完全に消滅したから、魔力の供給も絶たれて形状を維持できなくなったんだ」
「なるほどね」
糸が消えたおかげで、無理やり曲げられたり束ねられたりしていた木々も元通りになって、ドーム状になっていた空間は、今はもう青空が見える森の中のちょっと開けた陽だまりって感じだね。
そして、見上げれば、そんな木々に囲まれて区切られた空にも太陽が覗くぐらいには、もう日も高い時間帯になっていたらしい。
「あ〜あ〜……まったくもー、アイツのせいでだいぶ時間食っちゃったじゃん」
「まぁまぁ、逆に言えば、リーパーは倒したんだから、あとはもう王都まで一直線じゃない」
「まぁねー」
そんな太陽を見上げてぼやくミスティスを、ツキナさんが宥めた。
まぁ確かに、時間は食ったけど、ボスを倒したんだからあとは真っ直ぐ森を抜けるだけか。
そう考えると、道中の不安要素が消えたんだから、悪い話ではないよね。
あ……っと、そう言えば聞き逃すところだった。
「ところでミスティス? バイティングファングって上位職のスキルだよね? なんで発動できたの?」
「んー? あー、それねー。原理的にはオリジナルスキルと一緒だよ。システム上のスキルとして覚えられるかどうかってゆーのは、結局システムアシストを受けられるかどうかでしかないんだよ。発動の前提条件が揃ってて、スキルとして成立させるための動きが理解できてれば、システム上の職制限なんてカンケーないんだよ」
「つまり、前提のライジングファングとフォーリングファングの動きさえわかってれば、わざわざ上位職のシステムアシストがなくても二つを繋げるだけ、ってことね」
「そゆことー。前提のないスキルをゼロから再現するとなると魔力の流し方がわからないと難しいから、自分で探求するよりも素直に一度スキルとして覚えてアシスト受けた方が理解しやすいけど、既に覚えたスキルから派生するようなスキルは、基盤になるスキルの動作さえわかってれば、わざわざシステムアシストにスキルポイント振らなくても案外なんとかなっちゃうんだよね〜」
「ははぁ……なるほど」
HXTのこういうところはさすがの自由度だねぇ。
まぁ、それでも前提スキルの基盤があるとはいえアシストなしに上位職のスキルを再現できちゃうミスティスは多分、本人に自覚がないだけで結構すごいことをやってるんだろうけど……。
「さってとー、んじゃ〜そろそろ次いこ〜! 時間食っちゃったし、さっさと森抜けないと」
ミスティスの音頭で、改めて王都に向けて、西へ進路を取る。
まぁ、ボス戦で思ったより時間食っちゃったことは事実だから、少し急ぎたいのは確かだしね。
とは言え、ツキナさんの言った通り、ボスが倒せた今、もはや王都までの道に不安要素は残っていない。程なくして深層部を抜ければ、外縁部は消化試合って感じで、あとはもう一直線だ。
特に問題らしい問題が起きることもなく、日が傾きかける頃には王都の外郭が見えてきていた。