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note.114 SIDE:G

「お〜、見えてきた見えてきた♪」
「あれが王都ユークス……すごい……」
「いやいや、外郭だけで驚くのはまだ早いよ」

 さすが、ユクリ最大の都市なだけはあるね。
 アミリアのそれよりも遥かに巨大な外壁。
 そこに誂えられた門もまた相応に大きく、かなり大型の馬車でも余裕を持ってすれ違えそうな道幅と高さが確保されている。
 多分、リアルで言えば4tトラックとかでも余裕ですれ違えるんじゃないかな。
 王都と言うだけあって、検問もそれなりにしっかりしているみたいで、そろそろ西の地平線は色づき始めているだろうこの時間帯にあっても、その大門の前には王都へ入ろうとする数台の馬車が検問の順番を待っていた。

 ひとまず、徒歩の僕たちは、大門の両脇にある人の出入り用の小さな門をくぐる。
 当然、こちらにも検問はあるんだけど、

「あぁ、冒険者の方ですか。オーブの記録も……問題はありませんね。どうぞお通りください」

 オーブがある種の身分証明書になっている僕たち冒険者は初めて来る場所でもほぼ顔パスだ。
 オーブに記録された行動ログはこういう検問所でもある程度読み取れるように整備されているからね。
 やましいことをしていなければ冒険者への検問というのは結構ゆるい。
 ちなみに、例え人を殺したりしていたとしても、依頼の上であれば問題なしのルールはここでも適用されるし、もちろん野盗の類に対する正当防衛も認められているから、本当に後ろ暗いことでなければ殺しに関してすら結構基準がゆるかったりするんだよね。
 多分にゲーム的なご都合主義の部分もあるだろうけど、冒険者ってなかなかに便利な身分だ。

 ともあれ、何事もなく門をくぐり抜ければ、いよいよ王都の街の中だ。

「よ〜っし! 王都ユークス、とーちゃ〜っく♪」

 街に入れたところで、ミスティスがぴょんと小さく跳ねて、体操選手の着地のように両手を広げる。

「これが王都……さすが、都会だね」
「でしょ?」

 ひとまず周りを見回しての僕の第一印象がそれだった。
 縦横の通りになっている部分以外には隙間なく建ち並ぶ家々は、ほとんどが2階建て以上の高さがあって、それだけでも平屋かせいぜい2階建てがほとんどのアミリアと比べると規模が大きいことが見て取れる。
 門の大きさそのままの、大型の馬車もすれ違える幅の大通りは、色も形もきっちりと揃えられた緻密な石畳で整備されていて、そろそろ夕方と言えるこの時間帯にあっても、行き交う人々の活気に満ち溢れていた。
 人々の様子も何というか、この中世風世界の都会らしい、活気と同時にどこか華やかさも併せ持ったような、洗練された空気感が感じられるね。
 そして、大通りが真っ直ぐに続くその正面には、この距離からでもはっきりそれとわかる王城の威容が、西日をまるで後光が如く背負いながら、街を見下ろしていた。

「とりま、まずはストリームスフィアのアクティベートからやっちゃお〜」
「うん」

 このゲームで新しい街に着いてまずやることと言えば、ストリームスフィアをセーブ地点と転送先として使えるようにアクティベートすることだね。
 アクティベートは、スフィアと必ずセットで設置されている「台帳」と呼ばれる、見た目には書見台に置かれた一冊の本という形の装置で行う。見た目は台の上に本が開かれて置いてあるって感じだけど、これ全部で一つの装置だから、本は完全に固定されていて、本部分だけを持ち出して移動させたりはできないようになっている。
 アクティベートは簡単で、この本に手を触れればいいだけだ。
 これで、個人の魔力の波長が記録されて、ストリームスフィアの各種機能が使えるようになる。

 それにしても、ストリームスフィアは大体の場合その街の中央に置かれることが多いけど、王都のは意外と入口から近い距離にあるんだねぇ……と思ったら、

「あ〜、これは東口のスフィアだからね〜。王都のストリームスフィアは、王城と貴族街になってる西区以外の三方向と中央合わせて四つあるんだよ」

 とのことだった。
 これには驚いたけど、「闇」に呑まれる前の本来の世界からすれば小国のユクリとは言え、さすがはやっぱり一国の王都って感じだね。
 ちなみに、アクティベートはどこか一ヵ所ですればいいらしく、一度アクティベートしてしまえば王都内のどのスフィアにもアクセス可能になるため、他の街からだけでなく、王都内同士での簡易移動手段としても使えるとのこと。便利だねぇ。

 それが終わったら、次は道中でこなした依頼の報告にギルドだね。
 この王都は、西が王城と貴族街、そこから東西に真っ直ぐ伸びる中央通りに沿った中央から東側が商業区、その中央通りを挟むように南北に庶民が住む居住区と大まかに分かれているらしい。
 まぁ、僕たちのような外部から来る人も多い冒険者が一番よく使うのは、言うまでもなく中央通り沿いの商店街なわけで、それに合わせてギルドも東のストリームスフィア前に配置されている。なので、商業区の中でも東ストリームスフィアから南北に走る露店街とその周辺は冒険者向けの店が多く、冒険者区と呼ばれて区別されているらしい。
 やはり王都となるとギルドの規模も相応に大きくなるのか、ストリームスフィアから振り返れば、4階建ての立派な建物が、そこには鎮座していた。

 ギルドの中は……なるほど、各窓口がそれぞれ二つずつあったりとか、相応に規模は大きくなってるけど、基本の構成はアミリアとそう変わらないね。
 おそらく、この内部の配置は共通規格にしてあるんだろうね、どの街でもギルドの機能は同じように使えるように。
 唯一、大きく違うのは、あちらでは本当にただ軽い打ち合わせや休憩用のスペースとして丸テーブルと椅子がいくつか設置されているだけのアミリアと違って、こちらは完全に酒場が併設されていて、憩いや冒険者同士の情報交換の場として成立しているようだった。
 おかげで、依頼の報告やらで最も人出の多くなるこの時間帯ともあって、フロア全体が冒険者特有の混沌とした活気に満ち溢れていた。

 とりあえず、目的の素材窓口の空いてる方に並ぶ。

「こんばんは。本日のご利用ありがとうございます。と、初めてお見えの方がいらっしゃいますね。私は本日の当窓口を担当させていただきます、アニス・フェアファックスです。お見知り置きください」

 そう言ってお辞儀で出迎えてくれたのは、琥珀色と言うのが一番近いかな、茶色に近い明るい金髪のショートボブと、同じ色の瞳にモノクルが似合う人好きのしそうなお姉さんという印象の女性だった。

 ひとまず、僕とミスティスも名乗っておく。

「ミスティスで〜す!」
「マイスです。よろしくお願いします」
「ミスティスさんにマイスさんですね。以後よろしくお願いします」

 と、事務的な自己紹介を終えたところで、「さて」とアニスさんが話を進める。

「本日はそちらの5名のパーティーでのご利用ということでよろしいでしょうか?」
「あぁ、問題ない。この依頼の達成の確認を頼む」

 事前にオグ君にまとめてあった依頼票と依頼目標のジェムと蜜袋を提出する。
 アミリアで受けてきた自由掲示依頼だけど、基本的に依頼の達成はどこのギルドに提出しても大丈夫なようにインフラが整っているから、今回のように、街を移動する際にその道中で受けられる依頼を受けて移動先で報告するのは何も問題ない。

「かしこまりました。では、確認いたします」

 モノクルはどうやら鑑定用の魔道具だったみたいで、その縁に手をかけて、アニスさんは提出した物をチェックしていく。

「真贋、品質、共に問題なし、と。依頼品、確かに受領いたしました。最後に、行動ログを確認します。パーティーリーダーの方はこちらに触れてください」
「はーい!」
「行動ログも問題なし。では、こちらの二件、依頼達成ですね。お疲れ様でした」

 オーブの確認も終わって、達成印の押された依頼票が返却される。
 そうして、ついでに諸々のドロップ品も換金してもらってから、僕たちはギルドを後にした。

 外に出れば、西の外壁の向こう側にわずかにまだオレンジ色が残っていることが辛うじて察せる、というぐらいで、もうほとんど夜と言っていい時間になっていた。

「んん〜……! 今日もお疲れ様〜」
「うん、お疲れ様」

 大きく伸びをするミスティスに、みんなもそれぞれお疲れ様を返す。

「リアルはそろそろ11時って感じかー。この後どうする〜?」
「う〜ん……せっかくだし王都観光にもう1日使ってもいいけど……キリがいいのも確かだし、今日はここまでにしておこうかなぁ」

 日付が変わるまでに寝れれば十分だから、もう1日、11時半までやってもいいと言えばいいんだけどねぇ。
 ちょっと迷ったけど、王都観光と目的の図書館は明日に回して、今日はこの辺で切り上げておこうかな。

「ふむ、まぁ、実際切りはいいか。僕も今日は引き上げておくとするか」
「ほいほい。ほいじゃま〜、今日は解散にしよっかー」
「そうだな、お疲れだ」
「……お疲れ様です」
「おやすみ〜。あ、ツキナはまだ落ちちゃダメだよ! ストロベリーサンデー、忘れてないよね!」
「わかってるぅ。それじゃ適当に宿取ろ」
「だね。せっかくだし相部屋にしよーよ♪」
「……ふふっ……いいですね、みんなで泊まりましょうか」
「ってことで、二人はまたね〜!」
「うん。それじゃ、みんなお疲れ様。おやすみ」
「あぁ、おやすみ」

 そうして、賑やかに去っていく女子組三人を見送りながら、僕はログアウトのボタンに手を伸ばしたのだった。


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