戻る


note.121 SIDE:N

 突然、あらぬ方向から割り込んだ男の声。

「誰だ!?」

 声のした方を見れば、鉄パイプやナイフ等、思い思いの武器で武装した集団を従えた、マイスたちと同程度の年齢に見える青年の姿があった。
 青年は、黄色のパーカーに、緑がかった黒のカーゴパンツ、鍔を後ろ向きに被ったキャップという、ストリートギャングのような出で立ちだったが、どういうわけかその足だけは、降りしきる雪の中だというのに裸足だった。

「え、えっ!? 何!?」

 と、明らかに友好的ではない集団の襲来に怯えるユイリィを、マイスは庇うようにしてその前に立つ。

「一応、はじめまして、と言っておこうかな。ボクの名はカタギリ。『権の使徒』カタギリ。我らが唯一の神である『ルーラー』の名の下に、異端の魔女に神罰を下しに来た」
「『ルーラー』、『魔女』……『使徒』だと? さてはテメェ、『ニューズ』の能力者か!」

 ミノリと共に、マイスたちを後ろに隠すように数歩前に出て、カジマは「カタギリ」と名乗った青年に問い返す。

 「ニューズ」――正式名称「ルール・オブ・ニューズ(Rule of New's)」。
 「ルーラー」と呼ばれる存在を仮想空間世界の「唯一神」として崇め、ラクトグレイスを「神より授かりし恩恵」として信奉するカルト宗教の形式を取った、現在の裏世界で最大の勢力を擁するラクトグレイス能力者組織。

 彼らこそがユイリィに差し向けられた追手の正体と悟り、カジマは内心で苦虫を噛み潰す。

 カジマの問いに、カタギリは見た目には似合わぬ宗教家めいた口ぶりで返した。

「『ニューズ』……その呼び方はあまり好きじゃないね。我々のことはこう呼ぶべきだ。『新世界秩序』と」
「ハンッ、何が新世界だか。秩序から最も遠いところにいるお前たちが、よく言うぜ。片腹痛いわ!」

 鼻で笑ってみせたカジマの反論も、さして気に留めた様子もなく、カタギリは逆に小馬鹿にするように両手を広げて、大袈裟に肩を竦めながら頭を振る。

「やれやれ、嘆かわしいことだ。ラクトグレイスの恩恵を受けておきながら、我らの創る新たなる理想が理解できないとはね」
「ハッ! テメェらの世紀末じみた理想論なんぞ端っからクソ喰らえだ」
「なんと愚かな……。まぁ、いいさ。いずれ解ることだ。今はいい」
「ふぅん……で? 後ろのあんたたちは……『北』の馬鹿共ね?」

 カタギリに従えられた武装集団の方に、ミノリが目をつける。

「んだとコラ!? 誰がバカだって? あぁん?」
「うわぁ……なんかもうその反応が既に馬鹿っぽ〜い」

 馬鹿呼ばわりに俄かに殺気立つチンピラ集団の威圧も、まるで意に介さずにミノリは更に煽り返す。

「な〜んか最近急にコソコソしだしたのは知ってたけど、ジッパチの勢力図で自分たちだけラクトグレイスを持ってないからって、能力者欲しさにニューズの下っ端に成り下がったってところ? 本当に救いようのない馬鹿っぷりよね」
「クソアマがぁ! 殺す……ぜってーブチ犯して殺す……!」

 露骨に憐みの目でわざとらしく額に手を当てて頭を抱えてみせるミノリの態度に、集団の殺意もいや増していく。

「フン、余裕ブッこいてられんのも今の内だぜ、『スノークィーン』! 我らは既に使徒様より神のご加護を授かったのだ!」

 「スノークィーン」はジッパチの『西』と呼ばれる区画、天候が常に雪で固定された周辺の一帯を一人で支配しているミノリに対してつけられたあだ名の一つだった。

「あぁ、そうだったね。どれ、一つ見せてやるといい」

 集団の一人の台詞に、思い出したようにカタギリが視線で促す。
 その視線の先にいた、集団の一番手前の壁際にいた一人は、ニヤリと薄ら笑いを浮かべると、手にした鉄パイプを何でもないように素振りする。
 傍目には大した力も込められていなかったように見えたその素振りの先端が、集団の右手側にあったブロック塀に軽く触れた途端――触れた位置を中心に、ブロック塀の一角が爆発を起こして跡形もなく吹き飛んだ。

「ひぅう!?」

 すっかり怯えたユイリィが、マイスの後ろで縮こまる。
 しかし、ミノリとカジマは全く動じていなかった。
 むしろ拍子抜けすらした様子で、

「……あー、うん、で? 加護とか言うのはそれだけ?」
「テ、テメェ……状況わかってんのか? 俺たち全員がこの加護を受けたんだぞ、テメーらは今日でお終いなんだよ! 今日からこのジッパチは我らの創る『新世界秩序』によって支配されるのだ!」
「……とか言ってるんだけど、カジマー」
「あー、いやー、オレに振られてもな……。好きにすればいいんじゃねぇの?」

 何を言っているのか本当に理解ができない風に集団を指差すミノリに、我関せずを決め込もうとするカジマ。

「こんの……――」
「まぁまぁ、少し待ちたまえ」

 怒りのままに襲いかかろうとした集団を、カタギリが一度押し留める。

「我々は秩序であって、無法集団ではないよ。交渉の余地を少しだけあげようじゃないか」

 カタギリは一歩前に出て言葉を続ける。

「正直なところ、祝福に目覚め、権勢の位を得た使徒たるこのボクが、わざわざ出向いてきた理由はただ一つ。そこの――」

 マイスの後ろに身を隠そうとするユイリィを指差して――

「『異端の魔女』をこちらに引き渡してくれればそれでいい」

 突然に指差されて、びくりと怯えてマイスの後ろに隠れるユイリィ。
 ――しかしてそれに、カジマは鼻で笑って返した。

「ハン、この流れではいそうですかと答える奴がいると思ってんならテメーの頭ん中はどんだけお花畑だよ!」
「……そうかい。ボクとしては最後のチャンスをあげたつもりだったんだけどね。なら仕方がない。異端を庇い立てするのもまた異端だ。異端者には神罰を!」
「おう、グダグダ言ってねぇでさっさとかかってこいよ! 《位相変換(メタモルフェイズ)》!!」

 突如、カジマの全身が光沢を帯びた金属色へと変質する。
 その姿は一瞬にして、体毛の一本一本まで精緻に彫刻された彫像のようになっていた。

「ふぅん。それが君のラクトグレイスというわけかい」
「そういうこった。見ての通り、オレの身体の材質は自由自在よぉ。ちなみに、今のこいつは強化タングステン合金だ――」

 文字通りの肩慣らしと言わんばかりに軽く肩を回してから、拳を握り込んだカジマは、脚を踏み込んで、

「死ぬほど痛ぇぞッ!!」

 一足飛びに距離を詰めてカタギリへと殴りかかる。
 それに応じる形で、カタギリもバシャリと足元の雪を巻き上げながら飛び込んでいく。

「あーあー……なんか勝手に始めちゃったし、んじゃ、あんたたちの相手はあたしがするってことでいいのね?」

 取り残されたチンピラ集団に向かって、呆れ気味にミノリが歩み出る。
 対するチンピラ集団には、若干の動揺が広がっていた。

「ぐ……や、やれるのか? 俺達だけで……」
「畜生、そもそも何で今日に限ってカジマのヤローまで一緒にいやがるんだ!?」
「うっ、うろたえるな! 今の俺達には加護のお力がある! この数の差なら俺達だけでもやれる!」

 何の気もなさげにただ集団に向かって数歩歩いただけのミノリに対して、道を開けるようにしてじりじりと半包囲していくチンピラ集団。
 ある程度の包囲がそれとなく完成したところで、待ちくたびれたとでも言うようにミノリは告げる。

「……で、話はまとまった? まとまったんならさっさと始めてくれないかしら? ほら、初撃のチャンスぐらいはあげるから、かかってきなさいよ」

 そんな気だるげなミノリの台詞が、開戦の合図となった。


戻る