note.122 SIDE:N
「うおおおおおっ!」
「加護の力ぁぁぁ!」
あからさまにやる気のないミノリの挑発に乗って、彼女の左右に陣取っていた集団から一人ずつが、挟み撃ちにするように同時に飛びかかる。
だが――
左右から振り下ろされたバットと鉄パイプは、しかし何れもバギンッ!と硬質な音を立てて空中でその動きを止められる。
「な……に……!?」
「使徒様の加護が……消えてる……!?」
驚愕に目を見開く彼らの目の前には、広げられたミノリの両手の先に突然現れた巨大な氷塊が、振り下ろされた得物を受け止めていた。
「――《氷層絶華》」
がっちりと氷に受け止められ、ぴくりとも動かなくなった彼らの武器を脇目に、ミノリは深々と溜息をついて、
「ねぇ? あんたたちの受けたご加護とやらはそんな程度なわけ? この程度であたしの《氷華操相》をどうにかできるとでも?」
拍子抜けを通り越して、怒気すら含んだ視線で睨み付ける。
「ひっ!?」
その声音に怖気づいた、右手側を襲った男が思わず後退りしかけるも、
「な……バットが、動かねぇッ!?」
氷塊に僅かに食い込んでいただけのはずのバットが、もはやバットごと凍り付いてしまったかのように全く動かせなくなっていることにようやく気がつく。
慌てて手を離そうとしたその瞬間には、バキバキと音を立てて、バットそのものが分厚い氷に覆われ、男の両腕ごと完全に凍らせてしまった。
「ひぃぃっ!? 腕が!? 俺の腕がぁッ!!」
「ぎゃああぁぁぁ!?」
同時に、反対側の鉄パイプの男も同じ状態に陥って、悲鳴をあげる。
「《氷槍閃華》」
ミノリの宣告と共に、氷塊からそれぞれ馬上槍のような鋭い円錐形の槍が生み出されて、即座に弾丸のごとく射出され、動けなくなった男たちを容赦なく貫いた。
「ぎやああああっ!!」
「ぐあぁっ!?」
胴体に大穴を開けられた男二人の身体は、ブロックノイズへと分解され、最後には、[SYSTEM ERROR:OBJECT DELETED]のエラーコードを示すARウィンドウだけが一瞬残されて消える。
その光景に、残された集団全体の包囲網が怯えたように少し後退った。
「バッ、馬鹿な!?」
「ひ、怯むなッ! これだけの人数がいるんだ、誰か加護が残っている奴がいれば、数の差で押し切れる!!」
「そ、そうだッ! 俺たちならやれる! いけッ! かかれぇッ!」
「うおおおぉぉぉぉ!!」
及び腰ながらも、半ばヤケクソ気味になった集団の一部が一斉にミノリに殺到する。
「《氷蒼雪華》」
対するミノリは腰を落として両手を左腰で構えると、その手の中に、鞘まで一揃えで、精巧に拵えられた氷の刀が現れる。
そして、あと一歩で襲いかかった集団が彼女の下に届こうかという瞬間――一閃。
ミノリに向かっていた全員が、一太刀で切り伏せられて、断末魔と共にブロックノイズと消えた。
その右手側から、不意を突こうと少し遅れて仕掛けてきていた別集団にも、ミノリは冷静に向き直って、
「《氷叢烈華》!」
直後、視界を埋め尽くさんばかりの大量の氷の礫が、ミノリと集団を隔てるようにして空中に現れて、それらが一斉に弾丸として射出される。
その氷の弾丸の雨に成す術もなく、迫っていた集団も電子の塵と消えていく。
が、そちらに向き直ったことで、完全に死角となった背後から、どす、と鈍い衝撃。
見れば、背後から忍び寄った一人によって、ミノリの背中にナイフが突き立てられていた。
「ハ……ハハハッ! 殺った! 殺ったぞ!」
「おぉ……!」
ナイフを刺した男が歓喜し、周りも一瞬の動揺に包まれる。
しかし、歓声に湧きかけたのも束の間のこと、再びの鈍い衝撃音。
「へ……あ……?」
一瞬、何が起きたか理解ができず、ナイフの男の視線がゆっくりと下へ、自分の胸元へと降りる。
今度はナイフ男の身体から、胸を深々と貫いて氷の刃が生えていた。
「誰が、誰を殺ったって?」
「ぁ……どう……し……て……」
壊れかけた人形のようなぎこちない動作でナイフ男が後ろを振り向くと、そこには呆れた顔で自分に刀を突き立てるミノリの姿があった。
「《氷双鏡華》」
ミノリの台詞と共に、男がナイフを刺した側の彼女の身体が、ピシリと音を立てて罅割れる。
罅はみるみるうちに広がり、同時にその身体は色彩を失って、ただの氷の彫像へと変わって崩れ落ちていく。
「変わり身……だと……!? ぅがっ……!」
その言葉を最後に、ナイフ男もARウィンドウを残して消滅する。
事ここに至って、集団は完全に瓦解していた。
「ひぃっ!? やっぱり無理だ! こんなの、加護なしじゃ勝てるわけねぇ!」
「逃げろォ! 一旦使徒様に助けを……!」
「うわああぁぁあぁぁぁ!?」
恐慌状態に陥り、散り散りに逃げ出そうとする残党集団。
だが、ミノリの声が無慈悲に響く。
「……ちょっと、誰が逃げていいなんて言ったかしら? 《氷結界・氷想恋華》!」
途端に、逃げ道となり得る通りの全てに、猛吹雪が吹き荒れる。
「ギャアアアァァァッ!!」
「た、助けてっ! 助、け……ッ!」
巻き込まれた集団は、ある者は吹き荒ぶ無数の氷と風の刃に全身をズタズタにされ、またある者は全身を凍らされて、やはり周囲の氷との衝突で粉々に砕かれていく。
吹雪の内部は完全に地獄絵図と化していた。
「ひぃぃ!? ち、畜生! 畜生ッ!!」
もはや逃げることすらできなくなった残党集団は、段々と包囲を狭めてくる吹雪を前に、逃げ惑う事しかできなくなっていた。
「クソッ! そうだ! 使徒様の言っていた、『異端の魔女』! あいつさえ殺せば!」
生き残りの一人が、後ろの方で怯えていたユイリィに目をつけて、襲いかかる。
「させない!」
「邪魔だ! そこをどけぇぇぇ!」
咄嗟に前に出てユイリィを庇うマイスと、彼ごと叩き潰そうとする残党。
振り下ろされるバットに、そこから決して動くことはなく、しかし、思わず目をつぶりそうになったマイスだったが――
「《氷層絶華》!」
またしても、マイスの前に現れた氷塊に、その軌道は押し留められた。
次の瞬間には、既に肉薄していたミノリの刀によって首が刎ねられて、男もデリートされる。
目を開け直してしばし呆然としていたマイスに、ミノリは憮然とした表情で、
「フン……まぁ、今ので逃げ出さなかったことは褒めてあげるわ、高坂 大樹。手を出しなさい」
「えっと、こう……?」
「その無能っぷりに免じてこれをあげるわ」
と、掬うように差し出したマイスの手の少し上に、冷気の塊が白く集まる。
その冷気から、マイスの手の中に、小さな氷のキューブがコロコロと落とされた。
「えっと……これは?」
「その氷はあんたの思考に反応して、その通り動くようにしておいたわ。強くイメージしてその氷を握れば、そいつはあんたのイメージ通りに形を変えるはずよ。とりあえずは10個渡しておくから。精々大事に使うことね」
「……――! ありがとう、ミノリさん!」
「別にあんたのためじゃないわ。後ろの彼女ソレを壊されないためよ」
マイスのお礼に、背を向けてそれだけ告げると、返答の間も与えずに、ミノリはさっさと残党狩りへと戻っていく。
その背中に、マイスはもう一度、そっと、
「素直じゃないなぁ。……でも、ありがとう」
と、微笑みかけた。
そこに、ユイリィが叫ぶ。
「マイスさん、前!」
ハッとなってユイリィが指差した方を見れば、また別の男がこちらに向かって殴りかかろうと得物を振り上げたところだった。
マイスは慌ててキューブの一つを握り、そうして、咄嗟に口をついて出た言葉は――
「氷の轍よ!」
HXTで最も使い慣れた短縮詠唱だった。
ほとんど条件反射に近い反応だったが、しかしてキューブはその意図を正確に読み取って実行した。
「ぐおぉぉあ!?」
キューブは親指大程度しかなかったはずの元々の質量を完全に無視して、マイスのイメージ通りに、HXTの氷魔法「フロストスパイク」を忠実に再現した。
巨大な氷の槍が、ちょうど二人の立っている道全体を塞ぐようにして無数に並び立ち、男を轍の先まで吹き飛ばしていく。
「ぐっ!? チ、畜生! なんだこの氷は! あいつ何をし……ぐあぁっ!?」
他にもユイリィの方へ向かおうとしていた残党集団が、突然現れた氷のバリケードに立ち往生している間に次々とミノリに仕留められていく。
「へぇ……なかなかやるじゃない、高坂 大樹。少し見直してあげる」
バリケードに阻まれた全員を始末したところで、ミノリは誰にも聞こえない声で呟いた。
そこからは、もはや戦闘と呼べるほどのものすら起こらず。
ものの数分で、百人はいたはずの襲撃者は、一人残らず電子の藻屑と成り果てていた。