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note.155 SIDE:G

「はーい、オッケーっ! カタログ用も十分いい画が撮れたし、この辺にしときましょ」
「あいよ、おつかれさん」

 一通り満足できるものが撮れたらしいまこさんがそう宣言して、撮影会も終わりを迎える。

「ポーズはもうおしまい?」
「うん。お疲れ様〜、ありがとね、ステラちゃんっ」
「ん。どういたしまして。楽しかった……これが、この時代のヒトが作るもの……」

 撮影ブースを出たステラが、名残惜しそうにスカートをつまんで自分の格好を眺めまわす。
 すると、

「その服、気に入った?」
「ん。いろいろ着たけど、これが一番。すごく可愛い……」
「そっ。ありがと♪ 実際に着てくれた人にそう言ってもらえるのが一番嬉しいわ。やっぱり、デザイナーとしては着てくれる人にとっての一番になるものを作りたいもんね。ふふっ、気に入ってくれたみたいだし、今日のお礼にその服はそのままあなたにあげるっ」
「本当? いいの?」
「わわ、い、いいんですか?」

 驚きの進呈に、思わず僕も一緒に聞き返してしまったけど、

「いいのよ。今日はいきなり押しかけてここまでたくさん付き合わせちゃったし、そのお礼。それに、そのまま着て歩いてくれるだけでも宣伝になるから、あたしにも利がないわけじゃないしね」
「そういうことなら……ありがたく頂いておきます」
「ん。もらっておく。ありがとう……♪」

 なるほど、服だから、ただ着てるだけでも歩く広告塔になれるんだね。その辺の打算も込みのWin-Winってことなら、まぁ遠慮なくもらっておいちゃってもいいのかな。

「それで、これはそれとは別の話なんだけど……二人さえ良ければ、今後もステラちゃんをモデルに撮影させて欲しいなっ。もちろん時間が合う時だけでいいし、報酬は、今日みたいにステラちゃんが気に入ってくれたら、その服はそのままあげる。それと、マイスに作ったその服も今後のLvに合わせて割引で更新してあげるっ。これでどうかしら?」

 それは……願ってもない条件だね。
 時間が合う時にこうして撮影に付き合うだけで、まこさんの作る新作の服が実質タダ同然で手に入る上に、デザイナーとしてだけじゃなくてゲーム的な意味においても服飾と彫金のトッププレイヤーであるまこさんに今後も割安で装備を作ってもらえるなんて……正直、こっちが得しすぎなんじゃないかと心配になるぐらいだ。

「ん。私、やる」

 まぁ、ステラは問題なくやる気みたいだね。それなら僕にも否はない。

「ステラもこう言ってるので、僕は大丈夫ですよ。むしろ、こっちが得しすぎじゃないかって思ってるぐらいです」
「そんなことないわ。さっきも言ったけど、服を着てもらうことはあたしにも利があることだし、何よりも、モデルとしてのステラちゃんを逃してしまうことの方がよっぽどの損失なのよ、少なくともあたしから見ればね。むしろそのためのギャラとして見れば、装備更新の方もタダにしてあげてもいいぐらいに思ってるもの」
「そ、そこまではさすがに……」
「うん、って言われると思ったから、今回はひとまずこの条件ってわけ。オーケー?」
「わ、わかりました、そういうことなら、その条件で引き受けますよ」
「うんっ、交渉成立ぅ♪ それじゃ……はいっ、連絡用のフレンド登録っ。改めて、これからもよろしくねっ!」
「あゎ……ありがとうございます。こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」

 話がまとまって、改めてフレンド登録と握手を交わす。
 あわわ……まこさんとフレンドだ……承認をタップする指めっちゃ震えちゃった……。
 うぅ……握手もやっぱりまだ緊張するなぁ……。というか、まこさんレベルのリアル有名人と握手できるって……何回経験しても慣れる気がしないよ……。

 ともあれ……おかげで、今後装備に関しては、防具の面では心配事が一切なくなったと言ってもいいぐらいだね。
 何せ、今日もらったこの装備を見るだけでも明らかだけど、彼女の作るもの以上の装備品を求めようと思ったら、よっぽど性能のいい上位ユニークレアでも見つけ出してこないとお話にもならないようなレベルだもんね。
 このクラスの装備品を安定して割安で作ってもらえるのは本当に破格の条件だと思う。

 そして、その流れでキングさんミィナさんともフレンド登録を交わす。
 今でもまだちょっと自分から知らない人に積極的に話しかけるような勇気は持てそうにない僕には、こういう製造職の人と縁を繋げられる機会ってかなり貴重だから、本当にありがたいことだね。

 そんなことを思い直していると、

「あっと、あたし今日はインできるのここまでなんだった! 明日ロケが早いんだ〜。もう寝なきゃ! それじゃね、みんな! おやすみ〜っ」

 僕たちの「お疲れ様」と「おやすみ」の返答に見送られて、まこさんは来た時と同じように嵐の如く去っていった。
 ……うん、本当に嵐のような人だったね……。

 まぁ兎も角も、流れに一区切りついたところで。

「あー! コスプレでめっちゃノッちゃってここに来た話忘れてたじゃん!」

 と叫んだのはミスティス。
 そう言えば、最初は転職記念に装備更新しようってここに連れてこられたんだったね。

「今ならミィナもいるんだしちょうどいいや」
「あー、そうよね、わざわざここに来たんだからホントは多分製造依頼で来たのよね、あはは」
「おぅ、そーいやマイスは初めての客なんだったな、撮影で馴染んじまってすっかり抜けちまってたぜ」
「あー、はい、まぁ……」

 まぁ、うん、すっかり遅くなっちゃったし、そろそろ本来の目的に移らないとね。

「でね、私たち実は今日ここに来る前にギルドで上位職の許可もらってきたばっかりなんだー」
「なるほどー、それはおめでとうだね」
「おぉ、そりゃおめっとさん」
「ありとー♪」
「ありがとうございます」
「それで、マイスにこのゲームの装備の強化とか教えるついでに、転職の記念に装備更新しておこうかなーって」
「そういうことね〜」
「んぉ、そうか、マイスはガチ初心者だったか」
「あ、はい、よろしくお願いします」

 僕が軽く頭を下げると、キングさんが改めて店主としてカウンターに回る。

「ん〜じゃ、そういうことならいっちょチュートリアルといきますかぁ!」
「はい!」

 というわけで、キングさんとみんなで、HXTの装備強化講座が始まった。

「まずはそうだなぁ、このゲームの装備強化に何を使うかは知ってっか?」
「えーっと、一応調べて名前ぐらいは……『魔晶鉄鉱(ましょうてっこう)』……でしたっけ」
「おぅ、正解だ」

 「魔晶鉄鉱」というのがこのゲームの装備強化用の触媒アイテムの名前だ。
 世界観的な説明としては、閉鎖空間に溜まりやすいというエーテルと魔力の性質上、鉱山という場所は人工環境としては遺跡に次いでダンジョン化してしまいやすいらしく、それらの高濃度魔力環境下で生成された鉱物は、多量の魔力を蓄積することで、言わば「魔石と鉱物の中間体」とでも言うような状態に変質するらしい。そうして出来上がった特殊な鉄を「魔晶鉄」と呼び、それを含んだ原石が「魔晶鉄鉱」と呼ばれている。

「ちなみに、現物を見たことは?」
「さすがにないですね」
「これこれ、これが魔晶鉄鉱だよー」

 僕の答えに、ミスティスが取り出して見せてくれたのは、「鉄鉱石」と聞いてイメージできる通りの、不純物となる岩石の中に所々鉄が露出した不揃いな石ころ。
 ただし、そこに混じっているのは酸化鉄特有の赤錆色ではなく、ほのかに水色を帯びて、光に当ててやれば辛うじて反射する程度の僅かに、鈍い金属光沢を持った明らかに鉄と理解できる成分。

「これが魔晶鉄鉱……触ってみていい?」
「おけー」

 試しに手に取ってみるけど……うん、まぁ、石ころだよね。そりゃそうか。
 ただ、やはり曲がりなりにも鉄を含んでいるということなのか、岩石部分の見た目は軽石みたいなのに、見た目よりはかなりずっしりとした重さがある。

「なるほど、ありがとう」
「んし、んじゃ続きだ」

 僕が魔晶鉄鉱をカウンターに戻したタイミングを見計らって、キングさんが続きを話し始める。

「あー……の前に、チカ、これ出したんならなんか強化やんのか? 先よこせ」
「オッケー、これ二つお願い〜」

 言われて、ミスティスがカウンターに乗せたのは、ソードゴーレムの2本に依頼料……と、ゴロゴロと追加で取り出した魔晶鉄鉱。え、こんなに使うの……?

「おけ、とりあえず『安全圏』だな」
「うん、よろしく〜」
「安全圏?」
「あぁ、まぁ順に説明してやるよ。このゲームの強化の最大値は+10までなわけだが、全部が魔晶鉄鉱でできるわけじゃあない。+3つごとに段階が分かれてて、上の段階を強化するにゃあこいつを精錬してやらにゃあならん。精錬していくごとに、魔晶鉄鉱、魔晶鉄(ましょうてつ)魔晶鋼(ましょうこう)魔晶玉鋼(ましょうぎょっこう)とランクが上がっていく。玉鋼は表記は『玉鋼』だが読みは『ぎょっこう』な。で、こいつらが+1〜3、4〜6、7〜9、+10用と対応してんだ」
「なるほどです。にしても、随分使いますね」
「あぁ。強化が進むごとに素材の要求数が2、4、8個で倍々だからな。+3までを2本もやりゃあ、こうもなる」
「そういうことでしたか」

 +3までで武器1本につき14個かぁ……。それは確かに大量になるね。

「ほんで、『安全圏』っつーのは、最初の魔晶鉄鉱を使う+3までのことを言うんだ。この段階の装備品は、まぁ当たり前だが手ぇ付ける前なんだから魔力の器としちゃあまだ空っぽの状態なわけだ。容量にも余裕があるし、それに、最初の内は鋳熔かした魔力そのものが全体を覆って保護してくれるからな。だもんで、+3までは必ず成功率100%の『安全圏』になってんのよ。ここまでは誰がやったって……それこそ初心者が初めてやったって、システムアシスト通り手順さえ間違えなきゃ確実に成功する。仕上がりの品質は二の次にしてもな。
 が、+4以上となりゃあ話が変わってくる。こっからは使う触媒も精錬されて純度が高まっていくからな。当然、強化値が高くなる程成功率は下がっていくし、失敗すりゃあ装備品としちゃあおじゃんだ。表面はひび割れっちまうし、割れた場所から魔力が漏れ出して、鋼自体もスッカスカのボロボロんなっちまう。修理もできなかねぇが、直せる度合にも回数にも限度があるし、正直よっぽどの愛着でもなきゃあ直すよりその材料で新しいのを調達した方がいいぐらいの素材を要求される」
「な、なるほど……」
「っつぅことで……まぁ俺たち製造職のスキルにゃある程度確率を補正してくれるスキルも当然あるし、職人の腕(プレイヤースキル)でシステムの枠を超えて補正できる部分も結構あるから、実際のところ+5ぐらいまでは割と安全にいけたりもすっけど、基本的には+4以上は多かれ少なかれ博打になっちまうわけだ。だもんで、Lv低い内の繋ぎの装備だとか、逆に博打が怖ぇ一品もののレア物なんかは基本安全圏までに留めておくのが安牌ってこったな。逆に、+6以上を積極的に狙うことが多いのは、ボス周回すりゃ数が用意できるMVPドロップとか、同じレシピが用意できりゃ作り直せるオーダーメイド物とかだな。
 この辺の兼ね合いで、最終装備をどこに定めるかは一長一短だな。ユニークな性能も多いが強化するには博打が怖ぇ一品ものか、ぶっ飛んだ壊れスキルはなかなか付かねぇが、オーダーメイドならカスタムも利いて気兼ねなく強化して高性能を狙える量産品か、ってな」
「それは確かに……迷いますね」

 このゲームのオーダーメイドの強力さはまこさんにもらったこの服で十分に実証済みだ。このクラスの性能が安定的に手に入って、尚且つ例え強化に失敗しても同じレシピで作り直せば再挑戦できるというのは大きな魅力だね。
 だけどユニークレアも、ミスティスがエニルム3Fで手に入れた空間認識のエクストラスキルがついた破壊不可の軽鎧とか、ユニークの名に相応しい独自のスキルによる専用構築というのもこの手のゲームの浪漫だよねぇ。

「ほんでまぁ……こっからは説明するより見た方が早ぇだろ、来な」

 と、店の奥の作業場へ通される。

「さて、そこで見てな。こっからは集中力勝負だ」

 キングさんがギラリと目を光らせて、職人の顔つきに切り替わる。

「まずは魔晶鉄鉱を炉に入れる」

 ミスティスが渡した魔晶鉄鉱の内、まずは二つを炉の上下二つついた口の上側に入れる。

「溶かした魔晶鉄ってのはな、言わば『液体化した魔力』なんだ。魔力が普通に結晶化すりゃあ魔石だが、魔石は液体にはできねぇ。熱には反応しねぇからな。マナ草からMPポーションとして水薬にすることならできるが、そりゃあくまで水溶液だ。その点、魔晶鉄は含有率にもよるが、基本的には金属化した魔力そのものを直接鋳熔かせるからな。純粋な魔力そのものを液体にできるのさ」
「だから装備強化の触媒になれるんですね」
「その通り。……さて、このままほっとくと無限に温度が上がっていっちまうんで、適切なタイミングで……下に移す」

 タイミングを見て炉に繋がったレバーを引くと、下の口の蓋が開かれて、その先に固定されている、ちょうどお風呂の湯船ぐらいの大きさの箱へとドロドロに熔けた魔晶鉄鉱が流れ込む。
 熔けた魔晶鉄鉱は、一見すると普通の鉄と変わらないように見えて、どういう原理で脳が認識できているのか「色は赤熱しているのに青い光を発する」という不思議な色合いをしていた。

「で、ここが一番難しいんだが、ここに強化対象を……ぶっこむ!」

 やっとこで掴まれたソードゴーレムが、一気に魔晶鉄鉱の中に沈められる。

「この引き上げのタイミングは完全に経験と勘だ。ゲームのシステムアシストがあるにはあるが、ガチでやるんならそんなもん目安程度にしかならん。何しろこの通り、外からじゃ何も見えないから……なッ!」

 言いながらも、完璧なタイミングで引き上げられたソードゴーレムは、元の形状を一切崩すことなく、液化した魔晶鉄鉱が垂れることもなく、ムラなく均等に、青い光の赤熱で覆われていた。

「で、こいつを叩いて不純物を出す!」

 やっとこで固定したまま金床に乗せたそれに、ハンマーが打ち付けられて、「カァンッ!」と綺麗に澄んだ音が響き渡る。それを正確に一定のリズムで、続けること三回。

「最後に水で一気に〆る!」

 未だ赤熱するそれを、用意してある水槽に沈めると、「バジャアアアア!」と一瞬で水が沸騰して泡を吐きながら蒸気を白く立ち昇らせて、それと対照的に真っ赤だったソードゴーレムは急速に元の金属色を取り戻していく。
 その水の反応が落ち着いたところで引き上げてやれば、

「おぅし、いっちょアガリぃ! これで+1が完成だな」

 これで一段階分の強化が完了ということらしい。
 キングさんが可視化して見せてくれたアイテム詳細ウィンドウは、確かに「ソードゴーレム +1」という表記に変わっていた。
 見た目も……心なしか作業前より全体の艶が増した……ような気がする。

「ま、このゲームの装備強化はこんな感じだな。っし、じゃあこのまま残りの強化も終わらせちまうか」

 と、キングさんがソードゴーレムを+3にする作業に集中し始めたところで、ミィナさんが補足してくれる。

「ちなみに、このやり方は鍛冶の場合ねー。木工とか服飾でこんなことしたら燃えちゃうでしょ」
「あはは、それはそうですね」
「木工とか服飾の場合も強化の触媒自体は魔晶鉄なんだけど、やり方が変わるのよ。鍛冶以外の場合はね、魔晶鉄を塗料にするの」
「塗料……ですか?」
「そ。魔晶鉄は鉄であると同時に、魔力の塊でもあるわけよ。だから、高濃度エーテルを含んだ純水になら溶かせるの。そうすることで、魔晶鉄の純粋な魔力だけを含んだ水薬ができる。あとは、それを塗料として強化したいものに塗り込んで乾燥させてあげれば、水分だけが飛んで、鍛造と同じように魔力を定着させることができるってわけ」
「あれ? でも、それだけ聞くと、さっきキングさんが言ってたMPポーションでも結果は同じになるんじゃ……?」

 さっきのキングさんは、MPポーションは水溶液だからダメって言ってたけど……結局水に溶かすなら同じなのでは……?

マナポーション(マナポ)とはちょっと違うんだなーこれが。似て非なるものね。一言で言えば、マナポってミルクティーなのよ。混ざったらもうミルクとティーには戻らないでしょ。けど、魔晶塗料って塩水なの。だから、乾かせば塩分……つまり、魔力だけ析出できる」
「あー、それで魔晶鉄じゃないとダメなんですね」
「そー」

 なるほど、「水に溶ける固体」であることが重要なんだね。
 液体として混じってしまっているMPポーションではダメ、固体から溶かせない魔石でもダメ、水に溶かして液化できる、だけど析出して固体に戻せる魔晶鉄じゃないとダメなんだ。

 と、そこで、

「あそーだー、+3二本もやるならちょっと時間ありそうだし、その間にマイスくんには私のお店でちょっと武器を見繕ってあげよっか」

 とのミィナさんからの提案。

「え、いいんですか?」
「えぇ、せっかくの新規顧客さんだもん、キングのとこばっかりじゃなくって、うちのお店も見てもらいたいじゃない?」

 まぁ、こう言ってくれてることだし、実際ミィナさんのお店への興味も少なからずあることは確かだね。

「なるほど、それじゃあお言葉に甘えて……」
「決まりぃ〜。ってことで、チカちゃ〜ん、少しマイスくん借りてくねー」
「オッケー」

 そんなわけで、僕とステラだけで一旦通りの向かいのミィナさんのお店にお邪魔することになったのだった。


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