戻る


note.156 SIDE:G

「は〜い、いらっしゃ〜い。アトリエ・ミィナへようこそ! ま〜まずは好きに見ていってよ」
「お邪魔します」

 キングさんのお店から通りを挟んだちょうど真向かいの、ミィナさんのお店に通される。
 店内の大まかな構成はキングさんのお店と大体一緒だね。
 接客用のカウンターだけで仕切られた広々とした大部屋で、手前側は陳列スペース、カウンターの向こう側は作業風景が見える工房スペースという、いかにも職人の店構えといった雰囲気。
 大型の熔鉱炉と金床、水冷用の水槽の三つで大半のスペースを占めていたキングさんの鍛冶工房とは対照的に、ミィナさんの工房はいろいろと細々とした設備や器材が雑然と並んでいた。
 大きいものは、どれも魔石動力なのだろう、テーブルソー……って言うのでいいんだっけ?木材を置いて下からせり上げる丸のこで加工できるテーブルとか、糸のこがついたテーブルとか、グラインダー……でいいの?円盤状の砥石が回転する研磨機とか、旋盤……かな?何やら回転軸のついた機械とか。他にも、奥の壁にはいろんな大きさの手持ちの鋸だとか、刃先やサイズの違う鑿と槌だとか、諸々の工具が綺麗に整列されて掛けてあったり。別の一角では、革をなめすのに使うのだろう何かの薬品やら工具やらに、日の当たらない場所になめされた革が日陰干しされていたり。かと思えば、おそらくあれがさっき言っていた「魔晶鉄を溶かす純水」を作るためなのだろう蒸留器も置いてあって、なめし用の薬品と相まって、そこだけ見たら錬金術の道具?みたいな部分もあったり。
 設備一つ一つが大きい分、点数は少なくシンプルにまとまっていた、鍛冶屋然とした無骨な印象のキングさんの工房と比べると、随分と賑やかな印象だ。

 陳列スペースの方は、木工と革細工が専門と言っていた通り、弓と杖、それからマネキンに着せられた革鎧一式とかが主に並べられているね。

「えっと、これって触ってみても?」
「えぇ、大丈夫。なんならあそこから裏庭に出れば試射場もあるからご自由に〜」
「あぁ、いえ、ちょっと触ってみたかっただけなので」

 とまぁ、許可ももらったので、試しに適当に目についた、僕のLvで装備可能ないくつかを手に取って、軽く魔力を流して比べてみる。
 あー……なるほどねぇ……。今まで比較対象が少なすぎてわからなかったけど、同じ僕のLv帯で装備できる杖でも、素材の差なのか製造工程とかもっと違うところの差なのか、魔力を流してみると流れ方の感覚が割と違うんだねぇ。例えるなら……魔力を流す堀を固めている素材が違う、って感じかなぁ。魔力の流れって割と触覚に近い感覚で感じ取れるんだけど、エニルムスタッフだとこう、見た目通り荒削りな木材って感じで、今手に取ったやつは表面は滑らかだけど触るとざらついているコンクリートみたいな感じ、こっちはプラスチックのストローの中を通しているかのようなツルツル感、これは樹の皮に近いガサガサ感だし、こっちのは乾いた砂場の上を軽く撫でてるみたいな粉っぽくてサラサラした感じ……かな?

「なんというか、思った以上に杖ごとに魔力の感覚に個性があるんですね」
「あー、なんかマジシャンの人はみんなそう言うねー。私は戦闘は銃使っちゃうからそこの違いはよくわかんないんだけどさ」
「これって素材の差なんですか?」
「そだねー、単杖だと単純に素材の差ってことになるかなー」
「短杖……ですか?」
「うん、単杖。あー、この場合は短いの『短』じゃなくて単純の『単』ね」

 あ、「短」杖じゃなくて「単」杖ね。このゲームで短い方の「短杖」だと指揮棒サイズのワンドのことになっちゃうからなんか話が噛み合わなかったんだ。
 でも単杖ってなんだろう?と思っていると、ミィナさんが続けて説明してくれる。

「弓に単弓と複合弓があるのと一緒で、このゲーム、杖にも単杖と複合杖があるんだよね。原理も弓とおんなじ、複合杖(コンポジット・ロッド)は複数の素材を組み合わせて1本の杖にするんだ。芯材を仕込んだり、外殻を重ね合わせて多層構造にしたりとかね。そこら辺素材と構造と加工工程でかなり変わるっぽくってね〜。拘る人は性能よりも魔力の流れ方の感覚の好み優先で何回もリテイクかけてくることもあるぐらいだよ」
「そ、そんなに違うんですか」
「らしいねー、使う人からみれば。特に、魔力循環で戦闘中ずっと武器に魔力を流し続けるセージの人とかは拘りの強い人が多いかな」
「あー、それはなるほどです」

 なるほど、実際単杖の素材の差だけでもこれだけ違うとなると、確かに魔力循環で戦闘中ずっと魔力を体内と武器で循環させ続けることになるセージだと、この魔力を流す時の感覚は重要かもしれないね。この感覚に常時触れ続けながら戦闘するってことだし。

「そっちに並んでるのが複合杖だけど……ちょっとまだマイスくんには早いかな〜。複合杖ってそれ自体結構な装備Lv要求するから。まー見る分には好きに見ていっていいよ」
「あ、はい、ありがとうございます」

 とりあえず手近な一つを手に取ってみる。
 なるほど。元は一本の木材みたいだけど、一度縦に真っ二つに割ってから貼り合わせ直したような継ぎ目がある。持った感覚としても単なる木の棒に見える見た目よりもずっしりとした重みを感じるから、二つに割った中には何か芯材が入れられているんだろうね。ぐにゃぐにゃと魔術的な装飾になった頭の部分も、杖部分と木材の色が違うし根本に継ぎ目もあるから、どうやら別のパーツらしい。
 試しに魔力を通してみようとして……あれ? 魔力が……流れない……?
 どうして……あー……この感じ、わかった気がする。要するに、今の僕じゃこの杖に魔力を通すには出力が足りてないんだ。言うなれば、流れるプールぐらいの太さの堀に井戸用の手押しポンプで水を流そうとしてるようなものだ。水の流量も圧力も全然足りてなくて、全力で流してもただ近くの底にちょっと水たまりが出来てるだけ、みたいな感じ。アイテム詳細を確認すると、要求Lvが185……まぁ、そりゃまだ全然足りないわけだよね。

「なるほど、これは僕にはちょっとまだ早いみたいです」
「あははっ、だと思った。複合杖は低めの素材でも要求Lvは大体150くらいからだから、それぐらいになった時にまた来てくれればマイスくん用にも複合杖を作ってあげる」
「ありがとうございます。その時にはお世話になります」

 ありがたい話に、ミィナさんにお礼を言っておく。と、

「複合杖の話はまたその時になったらってことで……。それはそれとして、せっかくお店にも来てもらったことだし、今日のところは、私の仕事も少し見せてあげるついでで、そのエニルムスタッフを安全圏の+3まで強化してあげる」
「えっ、いいんですか? 僕はまだ魔晶鉄鉱とか持ってないですし、その、お代とかは……」
「その辺は気にしないでー。初回サービスってことにしといてあげる。せっかくの優良顧客候補さまですもの、これも今後のための先行投資っ、ふっふふー♪」
「は、はぁ……」
「これで案外とこの業界、競争激しいのよねー。当たり前だけど、トッププレイヤーって呼ばれてる層は何も私やキングとかまこりんだけじゃないし、このゲーム、プレイヤー補正なんてご都合主義ないからNPCにだって私たちとタメ張るような職人さんはいるしね〜」

 突然の申し出に戸惑う僕に、嘯くようにミィナさんは語る。

「それにほら、マイスくんだって、どのみちそろそろ素のままのエニルムスタッフって買い替え時じゃない? でも、+3までとりあえず強化しておけば、Lv150ぐらいまでは戦えるぐらいにはなるからさ。そしたら、その頃に改めてうちに来てくれれば、ほら、ピッタリ複合杖に買い替える頃合いの適正Lvというわけなのだよ、ふっふっふー。そういうわけだから、代わりに今後ともアトリエ・ミィナをぜひごひいきに〜♪ よろしくねっ!」

 とまで満面の笑みに人差し指を立ててウィンクで言われてしまえば、

「そ、そういうことなら……こちらこそよろしくお願いします」

 こちらとしても否はないし、もう頷いておくしかないよね。

 ただ……いや、うん、なんか今日の僕いろいろと状況に流されすぎじゃないかなぁ……?
 まぁ、どれも僕の方に利があるようなことばっかりだとは思ってるから、今日はなんかもうそういう日ってことにしておこう、うん……。


戻る