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note.157 SIDE:G

「じゃーさっそくやってみようか。エニルムスタッフ借りるね〜」
「あ、はい、お願いします」

 ミィナさんの「初回サービス」で+3まで強化してもらえることになったので、ありがたくエニルムスタッフを渡す。

「んじゃあまずは+1から」

 渡されたエニルムスタッフを一旦作業台に置くと、まずミィナさんが向かったのは蒸留器と繋がった、何やらちょっと物々しい感じのする貯水タンク。その側面には密閉できるドリンクバーみたいな装置がついていた。

「随分なんというか、仰々しい装置ですね」
「リアルでもそうだけど、純水って結構色々溶かしちゃうからね〜。真空状態にしてあげないと、大気中からでもいろいろ吸っちゃうんだー」

 そう言いながら上部の、ドリンクバーで言えばドリンクのタンクに当たる部分のハッチに魔晶鉄鉱を二つ入れると、下の注入口にはビーカーをセット。ボタンを押して装置を起動すると、上部の排気口から「パシュゥッ!」と空気が抜かれて、続いて蒸留水が注がれているのだろう、コポコポと水音がし始める。続けて、おそらく溶かすために攪拌されているのだろう、魔晶鉄鉱が容器にぶつかるカラカラという音が数回響いた後、それもやがて静かになって、水流の僅かな音だけになる。それが落ち着いたところで、出来上がった水薬がビーカーへと注がれて、装置は停止した。
 なるほど、出来上がった水薬は一見ただの水に見えて、意識してみればわかるという程度にぼんやりと、青い光を放っているようだった。

「これで魔晶鉄鉱の塗料……『魔晶塗料』の完成っ。こっからが腕の見せ所だよー」

 出来上がった水薬と共に、今度は両端に回転軸のついた旋盤らしき器具の元へ。器具にエニルムスタッフをセットすると、どうやら魔力で浮かせる方式らしく、魔力の光を発した両端の軸を起点に挟み込まれたようにしてスタッフは空中に固定される。

「さて、ここに塗料を塗っていくわけなんだけど……」

 左側面についたパチンコ台のそれのような、大きめのボタンのような形のハンドルを回すことで、軸を回転させて角度を調整すると、いよいよ刷毛を使って魔晶塗料を塗っていく。

「これが一見簡単そうに見えて難しいんだなー」
「そうなんですか?」
「そーなの」

 さっきの鍛冶みたいに熔かした鉄の中に沈めて見えない状態を経験と勘で判断するみたいな話でもなし、単に刷毛で塗っていってるだけだから、単純な作業に見えるけど……。

「まー+3までは成功率100%なのはその通りなんだけどね。けど、何事も最初は肝心! キングは説明端折ったけど、ここでの出来上がりの『品質』って結構後々に響いてくるんだよ」
「品質、ですか」
「そー。製造にも強化にも、出来上がりの結果に『品質』っていうパラメーターがあってね〜。作る時の『品質』は、高いと確率で効果が追加されたりブーストされたり、逆に、一定以上の『品質』を確保できないと付与に失敗する効果とかもあったりするの。
 そして、強化の時の『品質』は、次の強化の成功率を補正する! 『品質』が高ければプラスになるし、低いとマイナスにもなるから、出来上がりの『品質』を高く保っておくことってかなり重要なんだよ。一度下がっちゃった品質を後から上げ直すのって結構難しかったりするしね」
「なるほど……」
「キングのアレだって、適当に叩いてるように見えるだろうけど、あれは不純物を叩き出す以外にもう一つ、魔晶鉄のコーティングのムラを均すって意味もあるから、叩く位置や角度もちゃんと見極めて打ってるはずだよ。正しい位置を叩かないと、あんな綺麗な音は出ないしね。
 で、魔晶塗料の場合も、塗りムラを出さないことが重要! システムアシストで最低限塗り残しの位置ぐらいは見えるんだけど、品質を高めるには全体に隙間なく、かつ、塗り重ならないように均等に塗ってあげるのが肝心なわけよ」
「製造も戦闘とは違う意味でいろいろと難しいんですねぇ……」
「そりゃーまぁね。私たち製造職プレイヤーにとってはここを極めることこそが戦いであり『ゲーム』だからね。……っと、まぁこんなものかな〜。あとはこれをデポジションってスキルで蒸着してあげるんだけど、これもまた魔力を均等に配分しないと渇く速度にムラが出ちゃってダメになっちゃうんだよねー。……うん、完成っ! これで+1だよ」
「おぉー」

 さっきのミスティスの剣の時も思ったけど、+1でもなんというか、気持ち艶やかさが増すというか、ちゃんと強化されたんだなー感が出るのがいいよねぇ。単に見た目の問題ではあるけど、なんだかちょっと嬉しくなる。

「じゃー続けて+3までいくよー」

 ということで、次は魔晶鉄鉱が4つ投入されて、魔晶塗料を改めて作るところからだね。
 そうして、作業を眺めることしばし。

「おっけぃ、+3完成〜!」
「わぁ……ありがとうございます!」
「いいっていいって、初回サービスなんだからね」

 ミィナさんからエニルムスタッフを受け取って、早速試しに魔力を流してみる。
 おぉ……すごい、流せる魔力の流量がだいぶ上がった……! それでいて、流す圧力も弱まるどころかむしろ上がっている。本当にちょっと性能のいい杖に乗り換えたような感覚……。

「安全圏の強化だけでもこんなに変わるんですね……すごい……!」
「でしょー? これでまぁ、Lv150超えるぐらいまでは十分使っていけるはずよ。これで性能が物足りなくなったらまたおいで。その頃には複合杖も装備できるはずだから、新しいのを見繕ってあげる」
「ありがとうございます。その時にはよろしくお願いします」
「うんうん」

 と、改めてミィナさんに次の杖を新調してもらうことを約束して。

「それじゃ、そろそろ一旦キングのとこ戻ろっか。チカちゃんの強化ももう終わってるでしょ」
「はい」

 ミスティスを迎えに、向かいのキングさんのお店へと戻る。

「おぅ、戻ったか」
「おかえり〜、二人とも」
「ただいま、ミスティス」
「ただいま〜。そっちの強化はどう?」
「こっちもちょうど終わったところだぜ」

 予想通り、ミスティスの方の強化もちょうど終わったみたいだね。

「それじゃ、マイスも帰ってきたし、今日はこのまま解散にしよー」
「そうだね、外ももうだいぶ暗いや」

 なんだかんだ、撮影会が割と結構な時間を食ったからねぇ。
 そんなわけで、キングさんとミィナさんにも改めて挨拶して、この日は解散になったのだった。

 その後、王都に宿を取っているらしいミスティスとは分かれて、アミリアの定宿に帰ろうとストリームスフィアに向かって歩いていると……あれ……? なんか、妙に周りから視線を集めているような……。いや、どっちかというとこれは僕じゃなくて、ステラが見られてる……?

「えーっと……なんかやけに注目されてるような……ステラ?」

 と、試しに聞いてみれば、

「ん。着て歩くのも宣伝、って言ってた。から、見え方を変えた」

 ということらしい。

「今の私はこう見えてる」

 ステラが一度目を閉じて開くけど……うん? 何も変わってないような……。

「普通にステラのことが見えてるけど……?」
「ん。そう。でも、目を閉じてみて」

 言われるままに目を閉じると……

「あ、あれっ!? ステラのことが……思い出せない……えっ!? あれっ?」

 ちゃんとステラを視界に入れていれば認識はできるのに、目を閉じたり視界から外れてしまうと、途端に遠い昔のことみたいに記憶が曖昧になって……この感覚をなんて言えばいいのか……強いて表現するなら、「記憶が滑り落ちる」とでも言うところかな……なんとなく「髪の長い女の子」とその着ている服のことまでぐらいは思い出せるけど、それ以外の、ステラ自身の詳しい容姿とか、どういうシチュエーションでどこにいたかみたいな情報が全然思い出せない……。夢の内容を覚えておこうとして、一番印象的だった一瞬のことは妙に頭に残ってるのに、他の部分が全く思い出せなくなってしまったような、すごいもどかしい感覚……。
 しかもこれ、瞬きぐらいのほんの一瞬ですら発動するから、こうやって街中ですれ違った程度じゃ、僕たちのことなんて一瞬で見逃しちゃうだろうね。

「なるほど……だから、妙に注目だけされる割に誰からも話しかけられたりしないんだ」
「そう。服の宣伝効果にはちょうどいい」
「これなら、確かに……」

 言いながら、ステラがもう一度目を閉じれば、僕への魔法は解いてくれたみたいで、元通りステラを認識できるようになる。
 これなら、まこさんが狙った宣伝効果はしっかり果たしつつ、僕たち自身は悪目立ちまではせずに行動できそうだね。
 まぁ、ちょっとこの妙な注目具合は落ち着かないところはあるけど……それぐらいはオーダーメイドの代金だと思って我慢しようかな。


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