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note.172 SIDE:G

 契約を無事に完了して、みんなのところに合流する。
 うわぁ……何があったのか、周りの地形が全部ぐちゃぐちゃだよ……すごいことになってるねぇ……。地面がそこら中めくれ上がって、完全に瓦礫の山の中で戦ってるような状況だ。まともに足の踏み場もないような状態だけど、ミスティスは件のスキルで空飛んでたからなんとかなってた感じなのかな、これ。

「みんな、お待たせ!」
「マイス! さっきのは何? 驚きの白さだったんだけど!?」
「ホントよ全く。目が潰れるかと思ったわ」
「というかまぁ、おかげで実際奴の目はしっかり潰れて今こんな状況なわけだが……」

 オグ君が半ば呆れ気味に今も悶え転がってるデカブツを見やる。
 あー……まぁ、やっぱりまずそこをツッコむよね、あはは……。
 まぁ、とは言えそこは、

「あはは……ごめん、僕にもまだわからないんだ。契約の瞬間に、ステラが何かしたみたいなんだけど……」
『それは今話すと長くなる。戦いが終わったら教える』
「ってことみたいで……」

 当のステラがこの調子だから、今は後回しにするしかないんだよねぇ。

「ふむ、そういうことなら光のことは一旦置こう。それで? 契約は完了できたってことでいいのかい?」
「うん、改めて紹介するよ。僕の守護精霊になった……名前はリーフィーだよ」
「改めましてね、マイスのお友達。私はリーフィー。これからよろしくね」
「おぉ〜、リーフィー! いい名前になったね! 改めてよろしくねっ♪」
「よろしく、リーフィーちゃん」
「あぁ、よろしく頼む」

 と、リーフィーとみんなの改めての顔合わせも済んだところで。

「さってと、そんじゃ、いろいろツッコミは後! 今度こそ奴を倒すよ!」

 ミスティスの仕切り直しに、みんなそれぞれに応える。

「――――――!!!」

 デカブツの側もちょうどそこで、ようやく身を起こして一つ叫ぶと、額が割れて血が出るのも構わず、瓦礫の山になった地面にガンガンと頭を叩き付け始める。幾度かそうして、ようやく視界を取り戻したらしい。デカブツがもう一度咆哮する。

「――――――!!!!」

 どうやら、ここまでで既にみんなでだいぶ頑張ってくれてたみたいだね。右足にかなり深い傷を負っているみたいで、膝立ちしかできなくなってるっぽいのかな。そういえば、5体もいた取り巻きのトロールたちもどこにも見当たらないし。
 なるほど、これなら契約を完了させた僕とリーフィーが加わればもうすぐにでも……と思ったんだけど……。

 音波が視覚化される程の特大の咆哮……! のように見えたけど、違う、これは、咆哮の音波で励起されたフォトンが拡散してるんだ。それが意味するところは――

「――!!」
「――!!」
「――――!」
「――!」
「――――!!」

 ――取り巻きの再召喚……!
 一度肉体を破棄した魔物は安全な場所に逃げて自らフォトンを励起して肉体を再構築する、というのがこのゲームのMobの「リポップ」の世界観的な設定だけど、一度ボスの取り巻きになった個体にとっては、結局のところボスの近くにいることが一番安全、という判断になることが多くて、ほとんどの場合、倒されて魂だけになった状態でもボスの周囲から離れないらしいんだよね。そして、そこにボスが自身の肉体を再構築する要領で周囲のフォトンを励起してやれば……この通り、倒した取り巻きがその場で再復活してくるってわけだね。
 せっかくいいところまで追い詰めてたっぽかったのに……そう一筋縄ではいかせないってことか……!

「あっちゃ〜、呼び直されちゃったか〜」
「チッ……不味いな。ミスティス、まだいけるか?」
「正直ちょっちキツくなってきたかも……」

 オグ君に答えつつ、ミスティスが腰元に吊っていたポーション瓶を一口煽る。HPポーションは物理的な傷だけじゃなくて、飲むだけでスタミナも回復できるからね。
 多分、オグ君が訊いたのは、例の空を飛べるスキルがまだ維持できるかってことかな? さっきの戦闘直前の様子からして、かなり集中力を使うスキルみたいな雰囲気だったもんね。となると、ここから親玉に加えて取り巻き5体を相手にするのは……なかなか厳しい戦いになりそうだね。

 なんて、思いかけたんだけど……

「安心なさい。この程度の有象無象が帰ってきたところで、どうってことないのだわ」

 そう力強く宣言してみせたのはリーフィーだった。

「リーフィー?」
「言ったでしょう? 私とあなたの契約を正式なものに出来れば、こんな奴ら全部ひっくり返せるって。だからこそ、無理を言って契約を先にしてもらったんだもの。心配しなくても、稼いでもらった時間分はキッチリお返ししてあげるわよ。マイス!」
「……! うん!」

 勝算を確信した表情のリーフィーに、なんだか励まされたような気がして、僕も自然と大きく頷いてみせる。彼女には何か秘策があるみたいだね。確かに、こうまで無理やり契約を優先する理由として、契約を正式なものに出来れば全部ひっくり返せるとは言っていた。そして今、条件は既にクリアされている。なら、僕がするべきは彼女を信じることだけだ。
 そう念じた瞬間、今までとは比べ物にならない信仰の光が僕とリーフィーを包む。同時に……わぁ……す、すごい……! この聖域の、元々僕たち人間でも知覚できる程の濃密なエーテルが一気に集まってきて……まるで身体の奥底から力が湧き出てくるような感覚……!

「こ……れは……!」
「エーテルが集まって……体中から力が溢れてくる! すっごーい! 疲れも一発で全部飛んじゃったよ!」
「契約前も十分すごかったが……契約した守護精霊の力、これ程のものとは……!」
「身体が軽い……! それに、なんだか周りのエーテルがあたしたちに応えてくれてるみたい! 魔力操作のしやすさがさっきまでと全然違うわ!」

 今までにも増して強力になった加護の力に、みんな驚きの声を上げる。

「ふふん、ここは元より私の聖域ですもの。精霊の力を手にした今ならこの程度はなんてことないのだわ。まだまだ、本番はここからよ」

 対してリーフィーは、腰に手を当てての渾身のドヤ顔でそう言ってのけた。

「さぁ、お友達のみんな、これでもう一ふんばりお願いね。私とマイスの詠唱が終わるまでの間だけ持たせてくれれば、私たちの勝ちよ!」
「オッケーオッケー! 今ならもう、大魔法の詠唱いっこにこぐらいヨユーヨユー♪ むしろ、この戦闘を最初からやり直せって言われても全然余裕だよ!」
「あぁ、任せてくれ」
「今ならなんだってできちゃう気がする!」

 リーフィーの頼みに、みんな揚々と応えてくれる。うん、ツキナさんじゃないけど、僕も今ならそれこそなんだってできてしまうような気がするよ。

「それじゃあ、マイス。妖術師特別体験コース、今日はとっておきのスペシャルメニューよ。今回は私が先に詠唱するから、あなたは私に合わせてくれればそれでいいわ」
「えっと、それはいいけど……リーフィーの詠唱ってあの時のなんだかよくわからない言語だよね? 合わせるって言ってもどうすれば……?」
「心配は要らないわ。あなたはただ、私の詠唱を聞いて、思ったままに唱えればいいの。正式な契約を結んだ今のあなたなら、意味はわからなくても理解はできるはずよ。あの時の感覚を思い出して。教えたでしょう? 唱えなさい、思ったままに。従いなさい、導かれるままに。それこそが理、それこそが自然の摂理よ」
「あの時の……うん、わかった!」

 あの時の感覚と一緒……流されすぎないように自分のイメージを明確に、だけどその変質に逆らわないように、思ったままに唱え、導かれるままに従う……! うん、きっと大丈夫!

「さぁ、準備はいいかしら、マイス?」
「いつでもいけるよ!」

 ステラの書を前に、杖を構える。準備は万端だ。

「――――!!」

 そんな僕たちに呼応するかのように、デカブツの咆哮を合図に、復活したトロールたちも咆哮を上げてこちらに向かってくる。

「そんじゃーこっちも始めるよっ!」
「あぁ、行くぞ!」
「オッケー!」

 ミスティスがソードゴーレムで挑発を打ち鳴らして、オグ君とツキナさんも戦闘態勢に入る。

「《コンセントレーション》!」

 続けて、ミスティスはコンセントレーションを起動して、件の空を飛ぶスキルを使い始める。
 コンセントレーションってシステム的には単体だと十秒間もしくはワンアクションの間ステータス1.25倍ってスキルだったはずだけど、この空を飛ぶスキルがコンセントレーション前提ならどうやって戦闘中ずっと維持してるんだろう?と思ったんだけど、後で聞いた話、どうやら実際のところは「火事場の馬鹿力」とか言われるような極限の集中状態を意図的に発生させて瞬間的に身体能力を引き上げるのがこのスキルの本質らしくて、それを自前の集中力で無理やり持続させるっていう裏技的なプレイヤースキルがあるらしい。そりゃあリーフィーのバフをもらうまで辛そうだったわけだよ。気力の消費が半端じゃなさそう……。

 ともあれ、みんなも戦闘に入ったし、後は僕がリーフィーを信じて詠唱を合わせるだけだ。
 さぁ、デカブツと決着を付けよう!


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