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note.173 SIDE:G

 僕とリーフィーを背に、みんなが取り巻きを復活させたトロールたちとの戦闘に入る。
 さて、後は僕がリーフィーを信じて詠唱を合わせるだけだね。

「では、始めましょう」
「うん」

 リーフィーに頷いて、集中しようと一度目を閉じる。

《██・████・█・████・██・██████――》

 僕の後ろで、リーフィーの詠唱が始まる。
 相変わらず、明らかに人間が発音を理解できるような音をしてなくて、なんて言ってるのかはさっぱり意味不明なんだけど……あれ……? これ……は……何を言ってるのか、言葉としては何も理解できていないはずなのに、彼女がやりたいこと、僕が何をするべきかは伝わってくる。比喩でもなんでもなく、文字通りの以心伝心。それを理解すると同時に、するりと脳内に一つの詠唱文が浮かび上がった。既存の魔法にはもちろん存在しない。僕自身も全く知らない未知の詠唱。だけど、まるで最初から知っていたかのように、聞き慣れた曲のイントロの数音だけでも曲の全体が思い出せるように、一切の疑問もなく、全てすんなりと受け入れられる。頭の中で流れるままに、逆らうことなく口に出す。

「蒼天に光ありて、遍く天地を照らし給う――」

 一度唄いだしてしまえば、後はそれこそ聞き慣れた曲をイントロで思い出して即興で歌うのと大差なかった。当たり前のようにすらすらと口が動く。

《――████・██・█・███・████――》
「――其は原初の光、其は別つ者――」

 僕が詠唱を始めた前方では、挑発で全てのタゲを引き受けたミスティスが、身体を浮かせるためのブースターとは別に、加速用らしき巨大なブースターを点火して、目にも留まらぬ速さでトロールたちに突っ込んでいく。取り巻き5匹に完全に囲まれる形になって、早速左右から挟み撃ちの棍棒が振り下ろされてくるけど、右肩と左肩でブースターを、傍目には半ば爆発に近いような勢いで瞬間的に放射、まるで瞬間移動したかのようにしか見えない機動で易々と左右に回避して、続けて飛翔に使っているメインらしいブースターも同じように瞬間的に起爆して前方へ瞬間移動、そのまま全速を乗せて正面の違う1匹に一撃をお見舞いする。
 ここまでが5秒もかかってないぐらいの一瞬……! アレが道中でも使ってた瞬間移動の正体……。さっきまでの僕たちの契約の間も、あんな超高速機動を制御しながら戦闘もこなしてたのか……。そりゃあ、「火事場の馬鹿力」を無理やり引き出すような無茶が必要になってくるわけだよ。僕じゃあんなの、あっという間に目を回しておしまいだ。

《――█・█・█████・███・███████・██――》
「――其は光闇を別ち、其は夢現を別ち、――」

 どうすれば彼女の意図に合わせられるかはわかっている。そのための詠唱を、僕ならどう組み立てるか。

《――████・████・████・██・█████████――》
「――其は天地を別ち、其は昼夜を別つ――」

 ブースターの三次元機動と瞬間移動で縦横無尽にミスティスが暴れ回る。
 オグ君はその高速戦闘にもしっかりと連携して、時に攻め込む起点を作り、時に追撃で畳み掛け、時に彼女の隙を埋めて、的確に援護射撃を入れていく。

《――██・█████・███・█・███・█████――》
「――其は唯、光であるが故に闇にあらず――」

 デカブツが地面を殴りつけ、その両手からそれぞれ衝撃波が襲い掛かる。ミスティスはそれを後ろに瞬間移動して距離を取って盾で受けて、続いてその衝撃波で飛散してきた瓦礫の弾幕を瞬間移動で躱し、足場にして蹴り飛ばし、そのままでは後ろの僕やオグ君たちに被害が出そうな軌道のものや大きな塊はきっちりと盾で受けてくれる。多少そこでルクス・ディビーナのバリアが割れたりしても、ツキナさんのカバーも滞りなく回っている。

《――██・█████・███・█・███・███████████――》
「――其は夢でなく現でなく、天でなく地でなく――」

 詠唱を始めた最初のイメージは、雲一つない大空に燦然と降り注ぐ陽の光だった。だけど、詠唱が進むとすぐに、イメージが変質していく。これは……これは「光」そのものだ。この世界の創世神話そのもの……最初に生まれ出た故に、世界の全てを二分し、万物を生み出した「原初の光」……!

《――███・█████・█████・███――》
「――昼でなく、夜でなし――」

 デカブツが取り巻きも構わず押し退けて、タックルで倒れ込むかのように肩口からボディプレスを落とす。それ自体は余裕で回避したミスティスだったけど、そのボディプレスで奴の周囲に上向き判定の衝撃波が発生したらしく、瓦礫と一緒に空中高くへ放り上げられる。とはいえ、その程度は想定内とばかりにミスティスは軽々と空中で体勢を立て直すと、上昇した高度を使って間合いを取り直して一旦着地……した瞬間には既に追加ブースターのチャージが完了していて、一瞬でまた飛び込んでいく。

《――██████・██・████████!》
「――是即ち黄昏なり!」

 僕とリーフィーの魔法陣が重なって、新たな魔法陣が生まれていく。イメージが更に書き換わる。
 僕の中で完成したイメージは、天上より遍く世界を照らし出す原初の光。そこから生まれた「創世と評決の女神」こと女神シティナの「創世」の側面とでも言うべき姿。だけど、今変質したこれは、もう一つの「評決」の側面とでも言うべき、あるべき世界の「あるがまま」を定めて「秩序」と成し、従わぬ者を容赦なく断罪する神罰の光……!

 瞬間、あの時と同じ、全てのピースが矛盾なくカチリとハマった感覚。同時に、完成した魔法の名前が自然と思い浮かんでくる。
 うん、この魔法を放つのに、これ以上相応しい名前は他にない。

「摂理を外れた無法者共め、今日という今日は許しはしないのだわ。これこそが我ら大自然の本物の怒り。天の裁き、因果の報いと知りなさい!!」
「「《ジャッジメント・レイ》!!!」」

 導かれるままに、その名を解き放つ。

 そして起きたのは、先程の契約の時にも負けないぐらいの、眩い光。それが巨大な柱となって、トロールたちへと降り注ぎ、奔流の中へと呑み込んでいく。まずは取り巻きの5匹が……それだけじゃない、梢の隙間から、光は森全域に無数に降り注いでいるのが見て取れた。
 圧倒的な輝きに、周囲の景色が全て真っ白く霞んでいく中、最後に一際巨大な光がデカブツを呑み込んで――

「――――――――!!!」

 ――全てが、白へと消えた。


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