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note.174 SIDE:G

 今日二度目の閃光がようやく収まる。
 視界に色彩が戻ってきて、そこに見えたのは、最後に残った、おそらくデカブツへと向けられていた光の柱。それも見る間に細く弱まって、程なく消失した。
 そして、全てが終わったそこには、もはや何も残っていなかった。
 5匹いたトロールも、あのデカブツの巨体も、塵の一つどころかフォトンの一粒すら見当たらない。そこにはただ、デカブツの衝撃波で荒れ果てた大地が残されているだけだった。

「お、終わった……? って、えぇぇ〜……」
「全く、今度は一体なんだ……なっ!?」
「うっそでしょ……」

 あまりの結果に、みんなで絶句する。
 僕も自分がやった結果と思えなくて、全く声が出せずにいると、突然笑い出したリーフィーに後ろから飛びつかれた。

「っふふ……あははははははっ! やった! やったわマイス! ついにやったのだわ!」
「わっ! わわ、リーフィー!?」

 首元に抱きついてきて、そのまま首を支点に目の前に回ってきたリーフィーが、その勢いのままにぐるぐると踊るように僕を振り回す。何がなんだかまだわかってない僕としてはされるがままだ。
 えーっと……どういうこと?

「リ、リーフィー? 一体何がどうしたのさ?」
「やったのよ! ついに奴らをこの森から一匹残さず駆逐してやったのだわ!」
「奴らをって……まさか!?」

 そういえば、さっきの光はこの森中に無数に降り注いでいたらしいことは少しだけ見えてたけど……一匹残さずって、この森全域のトロール全員、本当に今ので全部倒してしまったってこと……!?

「えぇ、そのまさかよ! どれだけ森中気配を探っても、もうどこにも奴らはいないのだわ!」
「すごい……すごいよリーフィー!」
「えぇ、本当に! 全部あなたのおかげよマイス! 本当にありがとう!」

 感極まったリーフィーが、ギュッと抱きついてくる。

「わっ、く、苦しいよリーフィー」
「あら、ごめんなさい。うふふっ」

 僕のギブアップで、ようやくリーフィーが首元から離れてくれる。

「それに、僕だけのおかげじゃないよ。そもそも複合属性魔法は君と二人じゃないと使えないんだし、僕たちの契約と詠唱の間戦闘を持たせてくれたみんなのおかげもあるし。だからこれは、僕たち全員での勝利だよ」
「うんうん♪」
「そうね!」
「あぁ、そうだな」
「えぇ、えぇ、その通りね。本当に、みんなありがとう!」

 そう素直な気持ちを口にすると、みんなも笑顔で答えてくれる。
 実際、みんなが前線を維持してくれなかったらとても契約も詠唱もしきれなかっただろうし、僕とリーフィーだけじゃない、みんなのおかげな部分は大きいよね。

「それにしても、つまり、もうこの森にトロールはいないってこと? ダンジョンなんだし結局後で復活してくるんじゃないの?」

 という、ミスティスのもっともな疑問だったけど、

「大丈夫よ。さっきの魔法は奴らの魂ごと全て強制的にフォトンに還元してしまったわ。だから正真正銘、この森にもう奴らは現れないのだわ」

 ということらしい。

「あー、だからボス倒したのにフォトンクラスターがないんだ」

 そう言われてみれば、MVPの通知は来てて僕が取ったことになってるのに、MVPドロップのフォトンクラスターがないね。そっか、これも魂ごと完全に消滅させてしまったから、残留思念も残らなかったってことなのかな。

「フォトンクラスター? あぁ、上位個体の残留思念が残すフォトンの澱みをあなたたち人類種の間ではそう呼ぶのだったわね。確かに、魂ごと還元してしまったから、残留思念も残っていないわ」

 やっぱり、そういうことだったらしい。

「まぁ、あんな奴の残留思念なんて残ってたところでどうせ碌なことにならないに決まっているのだわ。あぁでも、あなたたちのような冒険者にはアレでも有効利用できる代物なのだったわね」

 確かに、彼女にとっては残留思念でもトロールが残っているのは歓迎できることではないだろうねぇ。だからまぁ、これでいいと言えばこれでいいんだけど。
 とは言え、本来僕たちに利があったはずのものまで消してしまったことに、彼女なりに思うところはあったのか、リーフィーは少し思案して、

「それじゃあフォトンクラスターのお詫びと私からの感謝の印に、マイスに一つ贈り物をあげるわ」

 そう言うと、上空に両手を広げる。すると巨樹の梢から、今度は明確にわかる大きさの光るものが、先程と違って真っ直ぐに、ゆっくりと降りてくる。光はさっきと違って、どうやら僕のところに直接降りてきているみたいだった。
 彼女の手の動きに従って高度が下がって近づいてくると、光は僕が両手で抱える程度の大きさがありそうだった。
 思ったより大きいね。一体なんだろう?
 両手を差し出して降りてきた光を受け止めると、その光が弾けて、中から現れたのは……

「うわっ、これは、枝……?」

 一本の枝だった。
 鋭利な刃で切り落としたように切り口は滑らか、見た目は普通にいくつかに枝分かれした木の枝だね。まぁ、このまま武器にしてしまうのはちょっとさすがに無理がある形状だけど、全体の長さとしては、ちょうど両手を真横に広げた指先から指先までぐらい、かな。セージが主に使う、棒術による打撃武器としての使用も考慮に入れたロッドとワンドの中間ぐらいの長さの杖、「ケイン」ぐらいの長さだね。僕が驚いたのは、前回マリーさんと来た時に例のウォータースライダーで使った、それこそ僕やマリーさんが乗って滑れるぐらいの大きさはあったあの樹の葉っぱよりも更に巨大な、1枚で2メートルぐらいはありそうな葉っぱが2枚もついていたからだ。まだ成長中ということなのか、枝分かれした先端の方には普通サイズの葉っぱがついているところもあるね。それに、さっきペンダントにしてもらったのと同じく、花が咲いている箇所もいくつかある。

「そう、これは私の枝よ。このままだとさすがにただの枝だけど、私の力はしっかり込められているわ。人類種の技術があれば、加工は簡単なはずよ。好きに使いなさい」
「本当だ、すごく力を感じる……。ありがとう、大切に使うね」

 本当にすごい……樹から切られてこうして僕の手にあるはずなのに、樹そのものと全く変わりないぐらいの、まるで枝がまだ生きているかのような瑞々しさというか、強烈な生命力のようなものを感じるんだよね。

「感謝したいのは私の方よ。むしろ、こんな程度じゃお礼には全然足りないぐらいだわ。それだけのことをあなたはやってくれたのですもの」
「あはは……そ、そうかな」
「そうよ。全く、そういうところは相変わらずねぇ。もっと自分に自信を持ちなさいな」

 そう言って、リーフィーはクスリと笑った。
 まぁ、実際この結果はすごいことだというのはわかるし、彼女の言う通り、少しは胸を張るべきなのかな。

 なんて、改めて思い直していると。

「それにしても、これが精霊の視座というものなのね。あはっ♪ 素晴らしいわ……!」

 リーフィーが恍惚とした表情になる。

「精霊になっただけで、そんなに変わるものなの?」

 精霊と妖精でそれほど見えるものが変わるのだろうか。
 彼女の陶酔っぷりに思わず聞いた、当然の疑問だったんだけど、

「それはもう! 何せ――」

 そこまで答えかけて。
 ふと、何の気なしに目に留まった、という感じで、リーフィーがちらりとステラを見た、その瞬間。

「な……ぁ、ステラ……あなた…………待ってっ……嫌っ!!」

 途端に目の焦点が合わなくなり、全身を震わせて……リーフィーの輪郭が一瞬揺らいだ!?と思った瞬間、ギュッと目を瞑った彼女がその場に崩れ落ちる。

「リーフィーッ!?」
「だ、大丈夫……平気よ……」

 何があったのか、慌てて駆け寄ろうとしたけど、肩で息をしながらも、彼女自身に制止されて、一応は踏みとどまる。

「――……ふぅ……少し、持っていかれそうになっただけよ、心配要らないわ……」

 そう深呼吸して、まだ少しふらつきながらも、リーフィーはなんとか元通り浮かび上がる。
 ステラを見ただけで、一体どうしてこんな……。

「マイス、あなた、ステラの魔導書としての中身は読んだ?」

 数回深呼吸して、ようやく落ち着いたリーフィーが尋ねる。
 ステラの書の中身……

「一度だけ……でも、知らない言語でなんにも読めなかったし、すぐに閉じちゃったよ」
「えぇ、それで正解よ。その書を書物として読んではダメ」

 答えると、リーフィーはそう忠告してきた。

「えっと、どういうこと? そもそも読めないんだから、ダメも何も……」
「違う……違うのよ。その書の中身をある程度の時間直視していれば……誰であっても(・・・・・・)何であってもその書は読めてしまう(・・・・・・・・・・・・・・・・)。そして、その書の内容を定命の生物が理解してしまえば……その瞬間(・・・・)そいつは死ぬわ(・・・・・・・)
「ッ…………!?」
「それはそういうものだから」

 今までで一番真剣な目で、リーフィーはそう言い放った。

「えぇー……ステラの魔導書ってそんな危なかったの……? 私、マイスと一緒に少し読んじゃったよ……まぁ、私も全然見たことない言語だったんだけどさ……」

 冗談を言っているようにも見えないリーフィーの真面目な様子に、ミスティスが青ざめる。

「一体、何を見たの……?」
「それは……私からは言えないわ……。言ってしまえば……内容を知ってしまえば、中を見なくても書の本体を見ただけで効果が出てしまうから。マイス、あなた本当によく彼女と契約できたわね……?」
「う〜ん……今日の最初の方でも言ったけど、どうして僕がステラに選ばれたのかは、自分でもよくわかってないんだ」

 内容を人伝に知るだけでも危険……? 本当に、ステラの書には一体何が封印されているんだろうか……。

『長く封印されすぎていて、私の中に何が記述されているのか、私はもう覚えていない……。ずっと封印されていた私の声を、マスターだけが聞き届けてくれたの。だけど、私の記述がそんなに危険なものなら、私は……』
「いえ、そこはあなたが気にする必要はないわ、安心してちょうだい」

 少し落ち込みかけたステラだったけど、リーフィーは優しく言い聞かせる。

「書の中身を直接、一定の時間以上読まない限りは人類種には被害は出ないわ。私にしても、魔導書の状態のあなたを、そのつもりで魔力視で直視してしまわない限りは何も問題ないから、私たちの方が自分から意図してそうしない限りは、あなたはただの無害な魔導書よ。安心して」
『ん……わかった。ありがとう』

 そうリーフィーに答えたステラから発される光は、心なしかほっとした……ように見えた。

「ってことは、自分からステラの書を読もうとして直接開かない限りは特に問題なく安全ってことでいいのかな」
「えぇ、その認識で問題ないわ。人の姿でいたり、普通に魔導書として使う分には無害ね」
「そっか。それなら大丈夫かな」
「は〜……よかった〜……」

 僕と、あの時一緒に少し読んでしまっていたミスティスが胸をなで下ろす。

「あ、そうだよ! 結局、契約の時の驚きの白さは一体なんだったのさ!」
「あぁ、それのことよ! 私も驚いたのよ? 契約が完了できたと思ったらあの光だったんですもの。まぁ、今となっては、私はあの時何が起きたのか、大方は察しがついたのだけど」

 そう言えば、その話もあったね。リーフィーはさっきのでステラの書の内容を把握したからか、ある程度は理解できてるみたいだけど……。
 これはまぁ、ステラが説明して……くれるんだよね?


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