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note.175 SIDE:G

「ステラ、アレは結局なんだったの? 波長がどうとかって聞こえた気がするけど」
『ん。説明する』

 契約の時に、契約とは別にステラが発生させたらしき眩い光……アレはなんだったんだろう?

『まず前提として、今のシティナスフェアは次元が歪んでいる。それは「闇」のせいだけじゃない。おそらくはマスターたち、外界人(パスフィアン)と呼ばれる外部の異世界からの訪問者の存在も原因の一つ』
「僕らプレイヤー……パスフィアンの存在がこの世界を歪めている……? 初めて聞く話だぞ」

 外界人が次元の歪みの一端になっているという話は、昨日の僕とミスティスしかいなかった時に出た話だったからね。思いもよらない話に、オグ君が驚愕する。

『だけど同時に、外界人の存在が「闇」とは別の形で世界を歪めていることで、同じ「次元の歪み」の結果である「闇」に世界が呑み込まれることが留保されている。世界を救う方法として、かなり強引ではあるけど、時間稼ぎとしては適切に機能している。ここまでが前提』
「ま、考えてみれば当然よね。『闇』の侵蝕は異世界が繋がってこちらの世界に漏れ出てしまった結果ですもの。こちらの世界から見れば、外界人も異世界そのものが文字通り服を着て歩いているようなもの。一人一人の影響は小さくても、全体としてかなり歪みが出ているのは間違いないでしょうね」

 ステラの説明に、そうリーフィーが補足してくれる。
 確かに、「闇」の流入と外界人と呼ばれる僕たち異世界人の流入、原理的には起こっているのは同じことか。

『そして、さっきの契約の中で、私はリーフィーの依代である大樹の中に眠る、このエーテル溜まりに流れ着いたエーテルに刻まれた記憶を見たの』
「エーテルの……記憶……?」

 ツキナさんがきょとんとした顔になる。
 まぁ、確かにそれ単体では生きているとかってわけではない、現実世界に当てはめれば素粒子に近い概念の無機物という認識のエーテルが、過去の記憶を持つ、と言われてもピンとこないのかもしれないけど……。

「これに関しては、僕も契約の瞬間に少しだけ見えたんだ。なんというか、そのエーテルが過去には何を形作っていて、その姿でどんな一生を送って、どんな経緯でこの場所まで流れ着いたのか……。僕もこの表現で合っているのかはちょっと自信ないけど、エーテルはちゃんと全部を『記憶』してるよ」

 僕は実際にその一部らしき記憶を垣間見ているからね。少なくとも僕自身は、こればっかりは自分の見たものを信じるより他ない。

「にわかには信じ難いが……マイスまで見たと言うなら、嘘ではないのだろう。わざわざこんな嘘をつく意味もないしな」

 僕の証言もあったことで、オグ君に頷いて、みんなひとまずは信じておくことにしたみたいだった。

『それで、エーテルに刻まれた過去と、私が認識している今現在を比べて、今の世界がどう歪んでいるのか、「歪み」の形を観測した。その結果、「闇」の侵蝕を別の「歪み」で留保している弊害として、「歪み」に呑まれて認識できなくなっている領域が見つかったの。だから、エーテルの記憶と比較して、「歪み」を補正する励起波長を生成した。それがさっきの光』

 えーっと……? は、話がだいぶ大きくなってきたね……。

「ふむ、まとめるなら、僕らパスフィアンの流入で『闇』と同様に世界が歪んでいるおかげで、今現在は『闇』の侵蝕が一時的に止まっている。しかし、その『歪み』の弊害で他者から存在を認識できなくなっている場所がこのユクリの国の中にもあって、さっきの光でそれを補正した、と?」
『ん。その認識で問題ない』

 オグ君が短くまとめてくれて、なんとか理解はできたと思う。
 つまるところ、現状は毒を以て毒を制す、みたいな話で外界人が齎す「歪み」で同じ歪みの結果である「闇」を押し留めていたけど、その「歪み」のせいで、存在を認識できない、誰も辿り着けなくなっている場所があったのを、さっきの光が解消してくれた、って感じかな。
 ただ、「闇」を押し留めていた「歪み」を解消したなると……

「えっと、そうするとじゃあ、『歪み』がなくなって、急がないとまた『闇』が迫ってくるってこと?」

 ……ってことになっちゃうよね?
 と思ったんだけど、ステラは首を横に振った。

『問題ない。私は「歪み」を補正して、世界が正しく見えるようにしただけ。「歪み」自体は何も変わっていない。例えるなら、私は世界に「眼鏡をかけた」だけ。眼鏡で表面上の視力は矯正できても、それで裸眼の視力までよくなったわけじゃない。「歪み」の根本を解決できるのは神の御業。それは「神器」の力がなければ不可能』

 なるほど、眼鏡をかけただけ、というのはわかりやすいね。「歪み」の根本は何も解決できていないけど、その「歪み」のせいで隠されていた場所は認識できるようになった……。あえてゲーム的な表現をするなら、これも一種の追加マップのアップデート、ということになるんだろうか……。フィールドアップデート……? あれ? これって結構すごいことなのでは……?
 これにはみんなも気が付いたようで、

「あれっ? それじゃあ今ので、どこかに追加のマップができたってこと? えっ、ヤバくない!?」
「そういうこと……だよね?」
「えっ、ちょっ、思ったより大事件じゃない……!?」
「あぁ、これは場合によっては大事になるぞ。一体どの程度の広さが解禁されたのか……この国に言うほど探索漏れがあったとは思えないが……」

 うん、そういうこと……だよね?
 このHXTというゲームの不満点の一つとして、「フィールドアップデートが未だに一度もない」というのがあって、バックストーリーの説明通り、プレイヤーが「神器」を見つけ出して「闇」を払うことがアプデの鍵なのでは?という説から、ゲーム内に実在するレアアイテムとしての「神器」を探す「探索派」というプレイヤー派閥が一定の支持を得ているぐらいなのだ。そんなフィールドアップデートが、既存マップであるユクリ国内のこととはいえ、さっきの契約の瞬間に行われた……? えぇぇ……?

『ん。観測した「歪み」からして、大騒ぎするほど広い範囲ではないはず。むしろ、歪みのしわ寄せが全部集まってしまったからこそ、そこだけ外部から認識できない程に歪んでしまった、という方が適切。見つかっても多分、単に今まで見逃されていた場所、ぐらいの認識だと思う』
「それならまぁ、変な騒ぎにはならなさそうかな」

 そこはひとまず安心かぁ。と言っても、仮に騒ぎになっても、今日のこの出来事はここにいる僕たちしか知らないわけで、他人からすれば有象無象の無名プレイヤーの一人でしかない僕たちと新マップを結びつけるなんてできるはずがないから、知らんぷりしてればどうってことないとは思うんだけどね。

『歪みが集まっていたのは北。「闇」との境界線に近い、山脈の節目の辺り』
「北、かぁ」

 現状実装されているフィールドであるこのユクリという国は、大陸の東の果てにあって、西側の他諸国とは山脈を国境として接している。その山脈は、ユクリ国内では単にそのまま「国境山脈」と呼ばれていて、北西辺りで国内を南北に分断するカルヌ山脈と枝分かれして、全体としては左右反転した「ヲ」、もしくは右向きに捻じ曲げた「Y」の字、というような地形をしてるんだよね。
 山脈の節目ということは、ちょうど二つの山脈が枝分かれする辺りってことかな。

「ふむ、あの辺りなら、そもそも山間部で人の手が入りづらいし、Lvで言えば800以上から、場合によっては1000を超えるような魔物も闊歩する未踏査地帯だ。多少マップが追加されたとて、単なる見落としで十分説明がつくだろうな。であれば、それほど大きな騒ぎにはならないか」
「そーね」

 うん、オグ君の言う通りだね。あの辺りのエリアなら、こっそりマップが増えてても見つけるまで誰も気付かなさそう。僕たちが悪目立ちすることもなさそうかな。

『あの光については、これで全部』
「そっか。わかった、ありがとう」

 う〜ん……エーテルの記憶に、「歪み」の観測と補正、そして人知れずのフィールドアップデート……いろいろなことが起こりすぎて、なんだか目が回りそうだけど。

『マスター』
「うん?」
『私にも理由はわからない。だけど、世界の観測と、補正……これはきっと、私の使命、なんだと思う。今はそう感じるの。だから、これからも、こういう場所……マスターたち人間でも知覚できるようなエーテルの澱みがあったら、私を連れていって欲しい。そこにある何か……もし何もなかったら、その場所の草木の一本とか石ころの一つでいい、とにかくその場所の何かと、私を通して契約するか封印すれば、同じように世界の歪みを観測できるはず』

 世界の観測と補正……それってつまり、僕の行動次第で今後も認識できていなかったマップが追加される、ってことだよね……。僕個人の行動でゲーム全体に影響するって……ものすごい大事じゃない? それはもうゲームなの……? なんだか大変なことになっちゃった気がする……。
 だけど……それでも。

「わかったよ。さっきも言ったけど、ステラが必要だと思うのなら、多分それが正しいことなんだと思う。それはきっと、僕が知りたいこと……君の声が届いたのがどうして僕だったのかを知ることにも繋がってると思うんだ。だから、君が望むなら僕も一緒に行くよ」

 今はただ、僕がステラの持ち主に選ばれた理由とその意味を見つけたい、その気持ちの方が強かった。
 まぁ言ってしまえば神器だって、仮に実在するのなら、発見したプレイヤー個人にゲーム全体の進行を委ねているようなものだ。そう考えれば、僕がそこに多少マップをこっそりと追加したって大差ないだろう。

『ん。ありがとう……マスター』

 そう答えて、ステラは嬉しそうに光った。


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