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note.176 SIDE:G

「は〜……まぁ、いろいろあって頭パンクしそーだけど、とりま目的のマイスとリーフィーの契約は無事にできたんだし、今日はそろそろ帰ろっか」
「うん、だね」

 と、一旦はミスティスに頷きかけたところで、

「ちょっとちょっと、忘れ物よ。エンジェルズリリー、探していたんじゃないの?」

 リーフィーに呼び止められて思い出す。

「あ、そっか!」
「そう言えばそうだったわね」
「ありがとう、情報量が多すぎてもう頭から完全に抜けてたよ……」
「あぁ、僕も驚きすぎて忘れていたな」

 そういえば、リーフィーが場所を知ってるって話だったっけ。本当に色々なことが起こりすぎて、完全に頭からすっぽ抜けてたよ……。

「約束通り、とびっきりの場所を案内するのだわ。ついてらっしゃいな」

 というわけで、リーフィーの先導で歩き出そうとして。

「おけー……はれ?」
「わっ、ミスティス!?」

 突然、ミスティスが自分でも無自覚な様子でバタリと崩れ落ちてしまった。
 突然のことで何事かと心配して駆け寄ろうとしちゃったけど、

「あっはは〜……あとはリリーだけ取れたら帰りだ〜って思ったら、集中力切れて腰抜けちゃった〜」

 あー、いつものボス戦後のふにゃふにゃがここで来たってだけね……。そうでなくても今日はあの空を飛ぶスキルでかなり集中力的に無理してたみたいだし。

「あれだけフルコンセントレイトを酷使したんだ、無理もない」
「そ〜だね〜……にゃはは〜、ちょっと頑張りすぎちゃったかも。ごめぇ〜ん、しばらくは動けそうにないやぁ……。エンジェルズリリーはみんなでいってきて〜」

 明らかにいつにも増して気の抜けた声で辛うじてそれだけ告げて、ミスティスは完全に目を回して大の字に倒れてしまった。
 後で聞いた話、さっきのコンセントレーションを自前の集中力で無理やり維持し続けてスキル効果のステータス1.25倍+超反応状態を持続させるプレイヤースキルを通称「フルコンセントレイト」と呼んでいるらしい。まさに火事場の馬鹿力だね。そりゃあ集中力が途切れた瞬間ぶっ倒れるわけだよ……。

「はぁ、しょーがないわねぇ。あたしもついててあげる。ヒールもかければ多少マシになるでしょ」
はぇ(あり)がと〜、ツキナ〜……」

 なんとかそれだけ答えられたみたいだけど、結局そこまででそのまま気絶してしまったらしい。

 ってことで、エンジェルズリリーの採取は僕とオグ君だけで行くことになりそうだね。

「ふむ、そういうことなら、エンジェルズリリーは僕らで取ってくるとしよう」
「うん」
「あらら、わかったわ。私からも疲労回復の加護をかけておいてあげる」

 リーフィーがくるっと指先を回してミスティスを指差すと、周囲の空間で次々にフォトンの粒子が光りだしては彼女の身体に集まっていく。これほど濃密なエーテルを取り込み続ければ、すぐにでも回復できそうだね。実際、見る間に寝息がかなり安らかな調子になったのがわかる。

「それじゃ、こっちよ。ついてきて」
「うん」
「了解した」

 そんなわけで、ひとまずミスティスはツキナさんに任せて、僕たちはリーフィーについていく。
 そうして着いた先は――彼女の依代の巨樹を回り込んだ裏側、木の根がうねった下にできた隙間が小さな洞穴のようになった空間だった。さすが、元の樹がとんでもない大きさなだけに、根っこの一本だけでも、普通の樹で言ったら樹齢数百年は経ってそうな巨木と勘違いしてしまいそうな桁違いの太さで、そんな木の根にできた空間もまた、一般的な家のリビングぐらいはあるんじゃないだろうかという広々とした洞穴になっていた。実際、一番天井の高い真ん中でなら、僕たちが立って手を上げられる余裕すらあるぐらいだ。

「あそこよ」

 リーフィーが指差した先には、洞穴の樹の幹側の端、中腰になるぐらいまで奥まった辺りに咲いた、白百合の姿があった。

「わぁ……すごい……!」
「……これは……なんとも凄まじいな……! エンジェルズリリーの依頼は受けたことがないから、実物を見るのは初めてだが……これだけエーテルが濃い中にあるというのに、これほどの強烈な存在感を感じるとは……!」
「うん、前回僕が見たのと比べても比べ物にならないぐらい、ものすごい量のフォトンが集まってるのがわかるよ……」

 前回マリーさんが採取したものなんか本当に比べ物にならないぐらいの、あまりにも圧倒的なフォトンの濃密さ……。前回のエンジェルズリリーも確かに白かったけど、それでもその輪郭は、指先の血潮が透けて見えるように透明に見える部分も少なからずあった。だけど、今目の前にあるこれは……どこをどの角度で見ても曇りの一点すらない、紛うことなき純白……! それでいてどうしてか、不思議とそれが花の形をしているという輪郭は理解できるんだよね。
 そうか、これが……これこそが正しく天使の白百合(エンジェルズリリー)……。そう呼ばれるに相応しい威容で、白百合は暗闇の中、気高く咲き誇っていた。

「私の下に生えているのですもの、これぐらいは当然よ」

 うん、これはリーフィーのドヤ顔も納得だ。元々フォトンを糧に育つ花が、こんな人間でも知覚できるようなエーテル溜まりで咲いたら、これぐらいになるのも当然か。

「えぇっと、これ……逆に、持ってっちゃっていいの? なんか、なんというか、その、畏れ多いんだけど……」

 思わず生唾を飲んで、リーフィーに聞いてしまう。

「えぇ、いいのよ。むしろ今採取しないと、まぁ大体あと7日もすれば、この子はフォトンに還ってしまうわね」
「えっ、そうなの?」
「エンジェルズリリーは最後には、溜め込みすぎたフォトンに自分で耐えられなくなってエーテルに蒸発してしまうのよ。だけど、その時のフォトンの蒸発に乗せて胞子を飛ばして、また新たに芽吹くの」
「なるほど、そういうサイクルなんだ」

 ってことは、素材としてはむしろ、輸送の時間的余裕もあって、尚且つ最大限フォトンを溜め込んだ今がベストな状態なんだね。
 胞子で増えるってことは、見た目は百合の花に見えるけど、実際のところどっちかというとキノコとかに近い植物だったりするのだろうか。

「それなら……まぁ、ちょっと綺麗すぎて気が引けるけど、採取しちゃおうか」
「あぁ、そうしよう」

 と、二人で頷いて。

「ふむ、それはいいが、そういえばマイス、君は採取道具セットは持っているのか?」
「えっ? あっ……!」

 そう言われてみれば、今まで採取依頼ってとりあえず適当に手で摘んでしまえば事足りるエーテル草とかマナ草の常設依頼ぐらいしかやったことがなかったから、こういう時に使う採取道具の類って一つも持ってないじゃん!

「まぁ、だろうな。そう言えば、今朝てんとう虫に寄った時点でその辺りも気にかけておくべきだったな。すまない」
「ううん、オグ君が謝ることじゃないよ。僕が自分で気が付かなかったのが一番悪いんだし」
「本来ならまぁ、そうだな。まぁいい、採取道具はアミリアに戻ったら揃えようか。今回は僕に任せてくれ」
「うん、お願い」

 しょうがない、今回の採取はオグ君にお任せだね。
 手持ちのシャベルを取り出したオグ君が、花の前にかがむ。

「直径も深さも20センチ、だったな」
「だね」
「その子の場合、もう少し慎重にやった方がいいんじゃないかしら。これほど大きく咲いたものはなかなかないわ」
「ふむ、だろうな。これほどの大輪だ、念を入れ過ぎて損はあるまい」

 そんなわけで、目安と言われた20センチよりもだいぶ広めに余裕を取って、30センチ弱程度の土塊として慎重に掘り出して、なんとか崩壊させることなくポットに収めることに成功する。
 あとは触れないように慎重に蓋を閉じて……ストレージに戻すっ。

「っはぁ〜……できたぁ」
「ふぅ……これはさすがに神経を使うな……。下手したらさっきまでの戦闘よりも消耗したかもしれん」
「その気持ち、わかるよ……」

 根っこまで含めてどこにも何も触れさせちゃいけないって、扱いが繊細すぎだよ……。この作業だけでどっと疲れた気がする……。

「クスッ、お疲れ様ね。あなたたちにも加護が必要そうね」

 そう労って、リーフィーがまた指を回して、さっきミスティスにもかけていた疲労回復の加護を僕たちにもくれる。

「わぁ……疲れが一気に抜けてく……ありがとう、リーフィー」
「……ふぅ……だいぶ楽になった、ありがとう」
「どういたしまして。ふふっ。さぁ、それじゃあ戻りましょうか」
「だね」
「あぁ」

 とまぁ、そんなこんなで戻ってみると、

「おかえり〜、どうだった?」

 ツキナさんがミスティスを膝枕してあげているところだった。
 まだ寝ているミスティスの胸の前にかざされた左手が緑色に光ってるから、現在進行形でヒールもかけてあげているようだ。

「あぁ、少し骨だったが、問題ない」
「うん、これだよ」

 一旦ポットを取り出して、そっと見える位置に置いてあげる。

「わあ〜、きれ〜い! っていうか、このエーテル空間と比べてもエグいフォトンの密度ってわかるんだけど、どんだけヤバい量のフォトンなのよ」

 なんて、ツキナさんがもはやちょっと引き気味な感想を言ったところで、

「ん……ぅ……はれ?」

 ようやくミスティスが復活したみたいだ。

「お目覚め?」
「うん、すっごいよく寝たよ〜♪ あれ、私ってどんぐらい寝てたの?」
「ちょうど30分ぐらいかしら?」
「僕らがちょうど行って帰ってきたところだから、大体それぐらいか」

 僕たちがこの巨樹を裏まで回って、白百合を慎重に慎重に掘り出して、往復して……だから、まぁ30分経ったかどうかぐらいかな。

「っていうか、起きたんならさっさと起きなさいよ、足痺れるでしょ」
「ん〜? にゅふふ〜。あー、ツキナいい匂いする〜♪」
「ちょっ、こっち向かないでっ、嗅がないでっ、頭すりすりしないでぇっ! やっ、鼻息がっ! 変なとこ当たってっんっ……ぁ……ちょ、やぁんっ……!」
「よ〜っし! ツキナニウム補給かんりょー!」

 ちょっと男性陣が直視してちゃいけなさそうな光景がしばしの間繰り出されたところで、ようやく満足したらしいミスティスがガバっと両手を上げて元気よく起き上がった。

「ミ〜ス〜ティ〜ス〜〜〜!?」

 すっかり耳まで真っ赤になったツキナさんがスカートを抑える。

「あはっ、逃げろ〜♪」
「っていうかまずツキナニウムってなんなのよ〜〜〜!? って、ぁっ、ちょ、待っ、足痺れたぁ〜!?」

 逃走したミスティスを追いかけ……ようとして足の痺れで崩れ落ちるツキナさんに、ここぞとばかりに背後に回ったリーフィーがふくらはぎをつっつく。

「うりうり〜♪」
「ぴゃああああああ!? もー! ミスティ……じゃない!? リーフィー〜〜〜っ!!」
「きゃぁ〜♪」

 う、うん、微笑ましい光景……と言えばそうなんだけど……その、僕たちが反応に困るから程々にして欲しいな……?

「コホン、あー……とりあえずそろそろ撤収にしよう。目的は全て達したし、このままだと時間も遅くなる」

 僕と一緒にそっと視線を逸らしていたオグ君が、なんとか仕切り直す。

「おっけー」
「あー、そうね。全くもう……」
「そうね。それに、私としては森の様子も一度自分の目で見ておきたいのだわ」
「うん、そうだね。本当にトロールがいなくなったのかは確かに確認したいかも」

 一応、戦闘終了からそれなりに経ったからね。仮にトロールの殲滅が結局一時的なものだったとしたら、もうリポップはしているはずだ。今森を見て回って本当にトロールがいなくなっていれば、真の意味で奴らを駆逐できたと判断していいだろう。
 よし、それを確かめるためにも、出発しようか。

「ほわぁ〜……それがエンジェルズリリー……!」
「うん」
「はぇ〜……すんごい綺麗……まさに天使!って感じ!」

 ストレージに戻そうと持ち上げたエンジェルズリリーのポットをミスティスが覗き込んでくる。そう言えば、気絶してたからミスティスにはまだ見せてなかったね。

「あれ、ミスティスも見たことないの?」
「うん、実物は初めて。扱いが繊細ってのは聞いてたから、自分で取りに行こうとは思わなくってさ〜」
「あぁ、実際かなり骨の折れる採取だった」
「あ〜、やっぱり? 私じゃ多分取りに行っても採取でやらかしそーだもん」

 あー……うん、ごめんだけどなんか想像ついちゃうのがまぁ、うん……あはは……。

「ほら、早くいきましょう。森の様子がみたいのだわ」
「あ、うん」
「おっけ〜」

 とまぁ、リーフィーに急かされて、ポットはストレージに戻して出発することにしたのだった。


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