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note.177 SIDE:G

 元来た道を引き返して、本当に消えてしまったのか、トロールを探すつもりで進む。

「ほぇいっ!」
「そこだ!」
「《ブレイズランス》!」

 ミスティスが作ってくれた隙にオグ君と僕で追撃して、立ち塞がっていたマッシュスライムが爆散する。

「よ〜ぅし、順調順調♪」

 跳躍していたミスティスが着地して、くるりと軽やかに回した両剣を地面に突き立てた。

「にしても、本当にいなくなってるみたいね、トロール」
「だね〜。おかげで行きと比べてめちゃくちゃMobの密度が少ない!」

 とは、ツキナさんとミスティスの感想。
 本当にその通りで、行きの時は出会うMobの8割ぐらいトロールって感じだったのに、今はそのトロールが丸ごといなくなって、深層部全体がまるでスカスカの状態だ。ダンジョン指定の深部領域とは思えないぐらい、森全体が静かで平和なんだよね。
 ただ同時に、元がそう多くなかったこともあって、森がスカスカと感じる程度には少ないとはいえ、それでも今まではトロールを避けてどこかに隠れていたのか、マッシュスライムやカエルなんかのこの森本来の魔物たちが少しずつ出てきているようで、行きの遭遇頻度と比べれば明らかに数が増えているような気もする。

「えぇ、えぇ、本当に……本当に奴らを駆逐できたのね……! こんな日が来るのを、ずっとずっと待っていたのだわ……!」

 万感の思いの籠ったリーフィーの呟きに、なんだか僕まで嬉しくなってくるね。

「ところで、トロールが消えてすごい平和な感じになっちゃったけど、これから先はどうなるんだろ?」

 と、周りを見渡しながらミスティスが聞く。
 まぁ確かに、今はこんな静かになっちゃったけど、今後はまた森本来の固有の魔物たちが増えたりするのかな?

「そうね、奴らを構築していた……言い換えれば、奴らに奪われていたエーテルと魔力も解放されたから、今後は昔奴らに絶滅させられてしまった魔物たちも帰ってくると思うのだわ。魔物というのは環境とエーテルと魔力の濃度に適応して生まれてくるもの。以前の環境に戻ったのだから、以前と同じ魔物が生まれるのが道理よ。あるいは、環境は同じでも昔と比べてもう今はかなりエーテル濃度も魔力濃度も高くなっているから、私でも知らない魔物も生まれてくるかもしれないわ」
「おぉ〜、じゃあ私たちにはまだ見たことのないこの森の魔物が出てくるかもってことだね!」
「そうね。この森のエーテルが濃くなって奴らが棲み付きだしてから、もう人類種の暦で数千年は経っているはずよ。今の人類種から見れば、新しい魔物も帰ってきた魔物たちも全くの新種という認識になるでしょうね」

 数千年……さすが僕たち人類とは時間の尺度が違いすぎるねぇ……。なるほど、数千年前の魔物ということになると、今のこの世界の技術で残っている資料は果たしてあるのやら……多分、それこそ全くの新種扱いだろうねぇ。加えて、リーフィーも知らない本当に新種の魔物も生まれるかも、かぁ。なんというか、生態系が激変しそうだね。

「なんにせよ、この森の本来あるべき姿に戻っていくことは確かね」
「お〜、それはいいことだー」

 いつもながら勝手に納得した感じでミスティスが頷く。

「よーし、じゃあこのままもう少し見回りっぽく森を抜けよ〜」

 と、ミスティスの音頭に応えて、再び森を歩いていく。

 そこからはまぁ、特筆することもなく順調だったね。
 トロールはもういないことは確かめられたし、外縁部まで戻ってしまえばあとはもう今更苦戦するような相手もいない。

 あっさりと森を抜けた後はいつも通りジャンプボールでの各自帰還でアミリアに戻って、まずはギルドへ報告だね。
 朝は一旦放置したエンジェルズリリーの掲示依頼は無事にまだ残っていたので、それの達成扱いにして報告。採ってきたエンジェルズリリーは言うまでもなく鑑定係のモティさんも太鼓判を押してくれた。

 その後は、約束通り無事に契約できたことを報告しに、マリーさんの雑貨屋「てんとう虫」へ向かう。

「マリーさん」
「あらー、マイスさんたち、いらっしゃいませー、おかえりなさいー。契約はどうでしたかー?」
「はい、無事に契約できましたよ」
「マリー!」

 僕の報告に合わせて花のペンダントが光って、リーフィーが実体化したと思えば、そのままカウンターを越えてマリーさんに飛びついて、マリーさんも応じて抱き留める。

「あらー、あの日以来ですねー。お久しぶりですー」
「名前はリーフィーになりました」
「改めましてね、マリー。今の名前はリーフィーよ」
「リーフィーさんですかー、素敵なお名前をもらいましたねー」
「そうなの! マイスったら、私のことを若草みたいだなんて言ってくれたのよ♪」
「あらー、それはそれは……」

 うっ……なんか話がちょっと気恥ずかしい方向になりかけてる……?

「あ、あー……その、えっと、マリーさん、それでですね、今朝ちょっと買い忘れたものが……」
「クスッ、そんなに無理して話を逸らさなくてもいいのに」
「あははっ、顔真っ赤だよ、マイス」
「ふ〜ん、あたしたちが戦ってる後ろで契約の間どんな話をしてたのやら……ちょっと興味あるな〜?」
「うぅ……か、勘弁してください……」
「うふふっ、では、その話はまたの機会に取っておきましょうかー」

 な、なんとか勘弁してもらえたけど、ミスティスたちにまで笑われた……くっ……これ多分しばらくネタにされるやつだ……!

「それでー、買い忘れたものというのはー?」
「えーっと、採取道具の類を全然持ってなかったのを現地でようやく気付いてですね……」
「あぁー、そう言われてみれば、採取道具をマイスさんが買いに来たことはなかったですねー。本格的な採取依頼が初めてなら、そちらもご案内するべきでしたねー」
「いやまぁ、僕が自分で完全に忘れてただけなんで、悪いのは僕なんですけど」
「それでは、基本の採取道具セットをお持ちしますー。少しお待ちくださいねー」

 一旦奥に向かったマリーさんは、程なくして色々抱えて戻ってくる。

「こちらがうちで初心者さんにとりあえず最初に提供している一番基本のセットですねー。そちらの道具コーナーにも置いてあるものですー。内容は見ての通りですねー。植物や地中の採取用のシャベルとスコップ、鉱物用のツルハシに、虫取り網と釣竿、それと、直接触れると危ないもののための作業用の手袋ですー」

 まぁ、特に捻りもなく、採取用の道具と言われて一般的に思いつく範囲の普通のものを過不足なくって感じだね。それぞれのものとしても特に何の変哲もない、材質が特別とかってこともなさそうな普通の品物ばかりだ。
 強いて一つ気になるとすれば、釣竿は本当に最低限釣竿として機能すればいいみたいな代物で、本格的な竿というよりは、単純にしなりのいい枝の先に糸を結んで疑似餌付きの針をぶら下げただけというような簡素な造りだった。その疑似餌にしても、一応はミミズ的な虫に見えるっぽそうな色合いの赤い糸をそれっぽい太さに束ねて針の根本に結んであるだけ、みたいな適当さだ。

「えーっと……釣竿だけ微妙に気になるんですけど、これ本当にちゃんと釣れます……?」
「う〜ん……その疑似餌(ひらひら)がアテになるかどうかは保証しかねますがー。一応、餌をちゃんと用意してあげれば、最低限釣竿としては問題ない造りにはなっているはずですー。ニアス川とか、その辺の小さな川で練習に使ってみる分には問題ないかとー」

 う、う〜ん……本当に最低限って感じだね……。

「経験者から言わせてもらえば、実際ニアス川程度の小川でとりあえず小魚をその日の食材の現地調達に使う程度ならその程度でも一応十分ではあるぞ。まぁ、お察しの通りその疑似餌では全くアテにならんから餌は別で用意した方がいいがな」
「あー……やっぱり?」
「だそうですよー?」

 と、一応オグ君が補足してくれたけど、見るからに微妙に不安が残る……。

「気になるのでしたら、道具コーナーをどうぞー。最近はパスフィアンの方がリールと呼んでる糸巻き機も出回ってましてー。うちでもお手頃なお値段の範囲でそこそこいいものを扱っていますよー」
「ありがとうございます。ちょっと見てみます」

 ということで、道具コーナーを覗いてみることに。
 あー、確かに、さっきの基本の奴を、竿と疑似餌をきちんとしたものに変えて多少マシにした、というようなレベルのものから、僕たちにとっては見慣れた、本格的な伸縮機構と外付けのリールのついたリアルのそれと変わらないような高級品まで、思ったより豊富なバリエーションが揃っている。
 ただやっぱり、リアルのものに近い高級品はちょっと値が張るねぇ。このゲームにも、ギャザリング用のエクストラジョブに釣りスキルが揃うフィッシャーマンとかあったりするけど、別にそういう方面でやり込みたいわけじゃないから、ここまでの性能はさすがに無駄にお高いだけで宝の持ち腐れだなぁ……。
 あ、これはいいかも。本体の素材は基本のと似たような枝一本だけど、太さは基本のよりだいぶがっしりしてるし、長さも釣竿と聞いてイメージできる十分はある。どうやらリアルで言えば竹に似たような木を使ってるみたいで、その節の構造を上手く利用して、枝の内部を通す形で糸を通してあるから、枝一本ながら強度を確保しつつ、ばっちりリールもついている。周りに気を付けながら軽く振ってみても、重すぎないし、釣竿としてのしなりも問題なさそうだ。

「これ、いいかも」
「いいところに目を付けましたねー。そちらは最近人気なのですよー。リールがついている中では一番値段がお手頃で、値段の割には性能も良いと評判なのですー。さすがにパンブルムの枝なので、大物狙いは限界がありますがー。常識的な魚の範囲でならまず不足はないと思いますー。わたしからもオススメの一品ですねー」

 この竹みたいな、でも普通の木みたいな黒茶色をした枝はパンブルムというらしい。リアルの竹はバンブーだから名前もなんとなくそれっぽいね。「枝」って言ってた辺り、似てるだけで全然別物っぽそうだけど。

「あとはー、そうですねー。基本セットで不満が出そうなのは、虫取り網でしょうかー。鋏を持ってたり、顎の強い虫だと破られることもありますからねー。こちらの強化繊維タイプがオススメですー」
「なるほど、じゃあ網もそっちにしておきます」
「あとは基本セットでも当面は問題ないと思いますー。ツルハシも、魔晶鉄鉱はもちろん、ミスリル鉱ぐらいまでの普段冒険者がお世話になる汎用的な鉱石だったら基本のこれで十分掘れますのでー。本格的な採掘業でよほど硬い岩盤を相手にするとかでなければ問題はないかとー」

 そういうことなら、残りは基本セットのままでよさそうかな。

「じゃあ、この組み合わせでお願いします」
「はいー。おまけに手袋の予備もお付けして、お値段18000アウルですねー」
「相変わらずお安い……」
「基本セットそのままで10000アウルでのご提供ですからねー。基本セットは本当に一番広く出回っている初めての冒険者の方のための安物をセットにまとめたものなので、そもそもお安くなっているのですよー」
「ははぁ、それはなるほどです」

 本当に駆け出し冒険者が最低限の採取依頼をこなせるための基本セットってことだね。そりゃあ駆け出しでもすぐに稼げる程度の値段になってるわけだ。
 ともあれ、支払いを済ませて取引完了だね。

「お買い上げありがとうございましたー。今後ともごひいきにー」

 いつもの台詞で見送られて店を出れば、もう辺りは暗くて、だいぶいい時間だね。

「もう真っ暗じゃない。道理で眠いわけなのだわ。ふぁ……私はお先に寝るわ。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」

 あくび混じりに軽くみんなとも挨拶を交わして、リーフィーが姿を消す。信仰の繋がりの感覚からして、どうやらこのペンダントも依代の巨樹の一部って認識だから、本来の巨樹本体との間で自由に出入りできるみたいだね。これはこれで便利そうだねぇ。

「うちらも解散にしよっかー」
「だね」

 まぁ、特にこれ以上今やっておかなきゃってものもないし、また明日だね。
 ということで、僕たちもそれぞれに挨拶だけして、この日は解散となったのだった。


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