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note.179 SIDE:G

 アヤムの町を出発して、程なく山間部に入れば、この辺りからがアヤクラ隘道と呼ばれる区域だ。
 隘道と言っても意外と結構な広さがあって、馬車の轍は2本走っていてすれ違いにも支障なさそうだし、その上でその両脇には歩道として十分通れるだけのスペースが空いている。それどころか、多少なら魔物との戦闘があっても反対車線なら馬車が通過していけそうなぐらいの余裕がある。広さのイメージ的には片側三車線の主幹道路ぐらいはありそうだ。

「隘道なんて言うから、もっと狭苦しい感じで想像してたけど、思ったより結構広いんだね」
「あぁ、確かに、隘道という字面でイメージするとかなり広く感じるかもしれないな」
「まぁ、両側はめっちゃふつーに山だから狭苦しさはあるけどね〜」
「それは確かに」

 まさに谷合の道という感じで両脇は思いっきり山に挟まれてるって意味では、ビジュアル的な圧迫感はあるね。

「それに、結構人が多いね」

 アヤムの町時点でも結構冒険者がいるなぁという印象ではあったけど、山道に入ってからも普通に他の冒険者集団を見かけるんだよね。

「大体Lv300ぐらいまでは魔晶鉄鉱の自力調達と言えばここにお世話になることになるからな。僕らぐらいのLvまでくれば、そろそろもう一つLvが上の場所に移れるか、ぐらいになってくるんだが」
「なるほど」

 この人の多さだと、他人の戦闘中のところは邪魔しないように多少は気を付けないといけないかな? まぁ、そこに気を配れるだけの広さは十分あるのが幸いだね。

 ひとまず道に沿って真っすぐ進んでいくと、気になるのは両脇の山肌のあちこちに、坑道……と言うにも満たない、小さな洞穴が大量に掘られていることだ。その一つ一つは軽く覗き込むだけでも行き止まりが見えるぐらい浅いけど、数はとにかくたくさんあって、その大半からは人の気配がしたり、ツルハシの音が聞こえてくる。

「えーっと、なんかちっちゃい坑道みたいなのがあっちこっちあるように見えるけど、どういうことなの?」
「あれは全部ここにくる冒険者が好き勝手掘った結果だな。この谷の間はどこでも自由に掘っていいことになっているからな。冒険者同士、他人の邪魔にならないよう空いてる場所を思い思いに掘ったものが長年かけてこうなっているわけだ」

 あー……だからこんな無秩序に小規模な穴があちこちに空いてるんだ。

「まぁ、僕らも今日はこのために来たんだ、どこか空いてれば適当に……ふむ、そこなら大丈夫そうだな。少し掘ってみるとするか」

 そう言ってオグ君が指差した洞穴は確かに、今は特に人の気配もなさそうだった。
 というわけで早速、その洞穴に入ってみる。

「お、おじゃましま〜……す」
「あははっ、誰もいないってば、マイス」
「いやぁ、わかってるんだけどなんかこう、気持ち的にね?」

 入っていい場所ってわかってても、なんかこういうところに勝手に入るのって謎の緊張がない? 僕だけ?

 ともあれ、入ってみた洞穴は……うわぁ、本当になんかもうその場その場で好き勝手掘られた結果みたいな感じだね。
 中はかなりいびつなドーム状になってて、一応、誰が建てたのやら最低限崩落しないように外周を囲う感じで四角く、坑道でよく見る木組みの枠で補強はされて、ランタンの明かりが吊るされてたけど、本当にそれだけだ。

「なんというか、本当にその時来た人が掘りたいところを掘っただけって感じだね……」
「そりゃあまさにそういう結果だからな。ふむ、今なら……と」
「おっ、こことかよさそー♪」

 何やら見つけたらしいミスティスが自分のツルハシを取り出して、壁面に先端を突き立てる。カツーン、と、音が反響した。そうして、幾度かツルハシが振り下ろされると、剥がされた岩の欠片がゴロリと落ちる。ミスティスはそれを拾うと、

「いぇーい、ほら見て! 魔晶鉄鉱!」

 僕に見せてきたその石には確かに、前にキングさんのお店でも見せてもらった青白い光を放つ金属光沢が混じっていた。

「わぁ、本当だ。結構簡単に採れるんだね」
「実際、なかなかいい魔力溜まりですもの。これなら、多少掘り尽くしてしまっても魔晶鉄ぐらいはまたすぐに結晶化してくるでしょうね」

 そう言って、リーフィーが気持ちよさそうに魔力を全身に浴びるような仕草で深呼吸する。
 なるほど、その辺りはまぁ、一度掘った「採掘ポイント」も時間が経てば復活するっていうゲーム的なお約束ってやつかな。

「まぁ、そんな感じだな。とりあえずせっかくだ、この部屋は採れるだけ採ってしまおう。マイスも適当に探して掘ってみるといい。魔晶鉄鉱なら見つけるのは難しくないだろう。一度見つけてしまえば、鉱物探知のエクストラスキルも手に入るはずだ」
「わかった、やってみるよ」

 ということで、みんな適当に分散して、それぞれ採掘作業に入る。
 えーっと、魔晶鉄鉱魔晶鉄鉱……あった、これ、そうだよね? と思った瞬間、スキル取得のシステムログが。オグ君の言った通り、鉱物探知のエクストラスキルだね。
 途端に、魔晶鉄鉱の青い光が強調されて見えるようになる。おぉ、これならわかりやすいね。
 う〜んと……この魔晶鉄鉱の青色を中心に周りをかち割って剥ぎ取る感じでいいんだろうか。まぁ、適当に思う通りやってみよう。

 とりあえずそれっぽく青い光の少し上ぐらいのつもりでツルハシを振るう。カツーン、と小気味いい音がして……お、なんか上手くいった? なんだかいい感じに露出した魔晶鉄を中心に含んだ一塊で砕けてくれそうな感じにヒビが入ったね。じゃあもう一度、気持ち的には同じ位置を狙うつもりで……っと。まぁ気持ち的にはって話で、さすがに毎回狙った通り同じ位置を叩けるほど小器用ではないけど、最低限肝心の魔晶鉄の塊部分を砕いてしまわないようにだけ気を付けつつ、更に数回ツルハシを振れば、

「わ、取れた」

 ゴロンと岩塊が石に割れて落ちる。
 拾い上げてみると、うん。ちゃんと魔晶鉄鉱だ。

「おぉー……」

 初めて自分で採った魔晶鉄鉱……ちょっとだけ感動?かも?
 まぁ、だからなんだって話ではあるので、サクッと次の魔晶鉄鉱を……うん?

「あれ? これなんだろ……」

 魔晶鉄鉱を拾うのにしゃがんだその視線の先、顔を上げた高さにちょうど、何か、魔晶鉄鉱と違う白い石が目に留まった。見た目ただの石灰石?みたいな質感のように見えるけど、明らかに、なんなら魔晶鉄鉱よりも強く魔力を感じる気がする。

「あらそれ、ミスリルね」
「わっ、リーフィー」

 後ろから覗き込んできたリーフィーに、顔が近くてちょっと驚いちゃったけど……え、ミスリル?

「お、ミスリル鉱を見つけたか」
「えっ、ミスリル? これが?」

 ミスリル……まぁ、この手のファンタジー世界ではおなじみの魔法の銀だね。
 この世界では魔晶水銀とも呼ばれていて、その名の通り、水銀のように常温では液体となる特殊な金属になっている。水銀と聞くと、僕たちプレイヤーからするとリアルのそれみたいに毒性があるんじゃないかと思ってしまうけど、あくまで「常温で液体の銀色の金属」という共通点で名付けられただけで、水銀のような凶悪な毒性はない。
 常温では液体だけど、一度焼き入れをすることで組成が変わって、ミスリルと聞いてよくあるテンプレ設定にも近い、鋼よりも強靭で尚且つ軽く、最高の魔力伝導性を持つ優秀な素材になる。焼き入れ前は液体として扱えるから、鍛造や強化の際に混ぜ込んで合金にしてもよし、塗料として塗り込めてコーティングしてもよしの万能素材なんだよね。
 ただ、一度焼き入れするまでは液体なせいで、単体だと非常に扱いが難しくて、純ミスリル100%で何かを作ろうと思うと腕のいい職人の熟練の業が必須らしい。その分、純ミスリル製の武具は硬い、軽い、魔力伝導率が高いと三拍子揃った最強クラスの装備になるそうだ。

 とまぁ、そんな万能素材ミスリルだけど……これが? 液体じゃないし、見た目は完全にちょっと魔力を帯びた石灰石なんだけど……。

「地中のミスリルは基本的に化合物の状態でその白い結晶として埋まっているのさ。リアルの水銀だって、産出するのは主に辰砂としてだろう。あれと似たようなものさ」
「なるほど」
「ミスリルは魔晶鉄鉱と違ってミスリル鉱のままでは使えないから、ある程度精錬可能な量を集めないといけないのが手間だな。だが、素材に混ぜ込めばそれだけで完成品が2ランクは強くなる。まぁ、この谷でもインゴット相当の精錬ができる分を集めることは不可能じゃない。一度見つければ次からは鉱物探知にも引っかかるはずだから、見つけたら掘っておくといい」
「ありがとう、そうするよ」

 ということだから、まぁまずは目の前のこれを掘り出してしまおうか。目指すはもちろん、素材として使える分量の確保だね。頑張って探してみよう。

 そうしてしばし、見える範囲の魔晶鉄鉱の光を掘り尽くして。

「ふぅ……こんなところかな」
「だね〜」
「こっちも大体終わったわね」
「ふむ、まぁここはこんなものか」

 ツルハシを杖代わりについて、額の汗をぬぐう。
 は〜……やってる間は割と夢中だったけど、ツルハシなんて初めて握るし、ただでさえ狭い空間で熱が籠るしで、思ったより暑くて消耗するね……。ゲームのアバターだから関係ないけど、リアルでこんなのやったらここまでの数十分だけで筋肉痛確定だよ……。

「だいぶお疲れみたいね。少し癒してあげる」

 リーフィーが指を回して、もはやおなじみになった疲労回復の加護をくれる。はぁ……フォトンが集まって、疲れが文字通り抜けていくのがわかる……。

「はふぅ……ありがとう、リーフィー」
「ありがとリーフィ〜♪」
「ふ〜……ありがとねっ」
「これはありがたいな、感謝する」

 さてと、おかげで元気も回復したことだし。

「んじゃ、次いこー!」

 ミスティスのテンションに合わせて出発だね。


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