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note.180 SIDE:G

 掘り尽くした洞穴を抜けて、山道を進んで行く。
 山道はあちこちでツルハシの音が響き、他にも僕たちのような徒歩の冒険者や、なんなら魔物と戦闘中のパーティーもいるのに、時折その横を何事もないかのように馬車が通り抜けていく。

「なんというか、普通に戦闘してる横を普通に馬車が通ってくって、結構不思議な光景な気がする」
「実際、戦ってる途中で馬車が通ると、えっ!?ってなる時はあるわね」
「確かに、これはアヤクラ独特の光景かもね〜」
「まぁ、他ではあんまり見ない絵面ではあるだろうな」

 普通こう、イメージとして、馬車旅の道中で魔物に阻まれたら馬車は止まって護衛が対処する、みたいな流れがテンプレな気がするんだけど、この道の場合、すぐ隣で戦闘してようがなんだろうが、直接的に馬車の障害とならない限りは基本的に無視して突っ切っていってるようだ。

「ここは元々昔の冒険者たちが切り拓いた道、というのもそうなんだが、普通の街道なんかに使われる魔物除けというのが、どうもせいぜい二桁Lv程度までにしか効果がないらしいんだよな。それでも、この道は王都から山脈を越えるには最短ルートだ。
 そこで考えられたのが、開拓の功績への褒章の名目で冒険者全体に自由採掘を認めさせることで、手間をかけずに冒険者を常駐させて魔物の駆除を任せてしまおう、という話だ。
 冒険者はいつでも誰でも無許可で魔晶鉄鉱が掘り放題、お偉方や商人連中は余計な手間をかけずとも勝手に冒険者が集まって魔物を駆除してくれて万々歳で、お互いWin-Win、めでたしめでたしというわけだな」
「う〜ん……そう聞くとなんだか上手いこと乗せられてるような……」
「ま、どこの世界でも世の中美味い話には裏があるということさ。おかげで僕らプレイヤー……要はこっちからすれば異世界人のパスフィアンでも、冒険者ならタダ乗りで魔晶鉄鉱が掘れる」
「あははー……」

 なんというかまぁ、色々と複雑な事情が絡み合ってこの光景が出来てるってわけだね……。
 まぁ、深く考えずにありがたく魔晶鉄鉱を掘らせてもらおうか。

 と、そんな話もしつつ歩いていると、何やら虫らしき何かが斜面を下りて僕たちの前を横切って……こっちに気付いたか、僕たちに向き直る。なんというか、岩肌に似た保護色に、やけに扁平すぎる身体でなんの虫なんだかいまいちわかりにくかったけど……その特徴的な尻尾をこっちに向かって持ち上げて威嚇してくれば正体はわかる。なるほど、これハサミムシだ。

「あー、出た出た、じゃんけん虫」

 虫型Mobだからか、微妙に嫌そうな顔でミスティスが言う。
 っていうか何その名前……。

「じゃんけん虫……?」
「そー、ロックペーパーシザーズ」

 …………はい?

「……なんて?」
「『岩場に棲む』、『紙っぺらみたく薄い身体の』『ハサミムシ』。で、ロックペーパーシザーズ」
「う、うん……それで『じゃんけん虫』ね……」
「やっぱりいろいろとツッコミどころよね、うん、わかるわかる」
「まぁ、初見だと冗談みたいな名前というのは否定しないな」

 いやその、うん、チョキに親指も立ててグーチョキパー全部出しみたいな小学生のアレじゃないんだからさ……とか思ったけど、これで正式な名前らしい。実際Mobの名前を表示させて確認しても確かにそうなっている……。な、なんともはや……。
 まぁ、その保護色と合わせて、普通のハサミムシみたいに岩の裏側とかに潜んだりするための独特な薄っぺらい身体なんだろうなーというのはなんとなくわかるけども。

「ほじゃいくよ〜」

 やっぱり虫系なのが引っかかるのか、気持ちテンション低めにミスティスが、直接抜刀したソードゴーレムの片方で両剣に着けた盾を叩いて挑発を発動する。挑発だけ打ち鳴らした後は、ソードゴーレムはもう片方と一緒にいつも通り追従させるようだ。

「せ〜ゃっ!」

 初手で跳躍したミスティスが、じゃんけん虫の頭を踏みつけつつ、バッシュを乗せた両剣を突き立てる。けど、岩肌みたいな見た目は保護色だけではないのか、「ガツン!」と本当に岩に剣を突き立てたみたいな音が返ってくる。実際、刃はあんまり通らなかったようで、追従して両脇から刺さったソードゴーレムもあまりダメージは入っていなさそうだ。
 ミスティスはそのまま頭を蹴りつけて再度跳躍、ハサミでの反撃を回避しつつ、一旦距離を取り直す。

「ぐぬぬ〜、やっぱペラいくせにかったい!」

 頭を踏まれたことで怒ったか、キチキチと顎を鳴らしたじゃんけん虫は、思いの外素早い動きでミスティスへと飛びかかる。

「ちょっ、来んなバカぁ!」

 案の定、ミスティス的にこのサイズのハサミムシはアウトということらしい。珍しく回避より先に本能的にそうなった、という感じで両剣を回転させつつ盾で受けた。

 盾で受けたのはともかく、両剣を回転させたのは、例によって本来はウォーリアーの両剣スキル、スピニングパリィだね。
 回転させてる間前方へのガード判定が出るスキルだけど、パリィの名の通り、スキルの出始めのコンマ数秒だけパリィ判定があって、いわゆるジャストガードでタイミングよく発動すれば、近接なら弾いて大きく隙を作り、遠距離も物理なら反射、普通は防げない魔法も、さすがに反射まではできないけど防御できる。

 虫に怯えた本能的な反応だったとはいえ、タイミングはばっちりだったようでじゃんけん虫がパリィ判定で弾き返される。が、今回に限ってはそれが逆によろしくなかった。
 弾き飛ばされて、ひっくり返ったじゃんけん虫が、虫特有の動きでジタバタともがく。

「嫌ー、やめてその動きキモイマジキモイ!?」

 それを見せられて、ついにミスティスは完全に盾で視線を遮った上で目をつぶって顔を背けてしまった。
 あー……うん、これはひっくり返ってるうちに早いところ終わらせてあげよう、うん。

「まぁ……こいつは典型的な物理防御型だ、さっさと片付けよう」
「う、うん。ステラ、リーフィー」
『ん』
「えぇ」
「『《ブレイズランス》』!」
「てっ!」

 爆発なら物理でも多少は通りがいいということか、オグ君がチャージング付きのブラスティックアローを放ったのに合わせて、ステラと同時のブレイズランス。加えてリーフィーも魔力爆発を浴びせてくれる。
 うん、なるほど、魔法には弱いタイプだね。あっさりとじゃんけん虫はフォトンに爆散していった。

「うぅ〜……お、終わった……?」

 フォトンに還った音で察したか、ミスティスがそっと盾を視線分だけ下げて、顔は向けないまま片目でチラ見する。

「うん、もう平気だよ」
「は〜……キモかった……。うぅ……ごめん」

 安心と同時にガックリと肩を落とすミスティス。

「まぁ、あからさまに虫だったしねぇ、これはしょうがない」
「本来の大きさの虫の時点でキモいのに、半端にデカくなられると視覚的には実質アップで見せられてんのと変わんないのよね……」

 ツキナさんもちょっとビジュアル的にキツかったか、グロッキー気味にそう同意される。

「あぁ……まぁ、理屈はわかるかなぁ……あはは……」

 二人ほど露骨に拒否反応が出るって程でもないけど、悪寒が背筋にゾワゾワくる程度には僕もあんまり直視したい光景ではなかったからねぇ……。

「とりあえず倒せたんだ、次に進むか」
「おっけ〜……」
「そーねー」
「うん」

 うん、まぁ、立ち往生しててもしょうがないし、次行こうか……。


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