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note.181 SIDE:G

 ひとまずはじゃんけん虫を倒せて、引き続き山道を進む。

 空いていそうな坑道を探して進んでいると、唐突に山の斜面から飛び込んでくる影が……!?
 まぁ、僕が気付いたぐらいだから、ミスティスは問題なく気付いてるね。
 斜面を跳躍して、ほぼ真上から降ってくるような形になったそれを、ミスティスがスピニングパリィも加えて盾で受け止める。
 パリィ判定もしっかり決まって、跳ね返される形でもう一度上空に吹っ飛ばされて、しかし綺麗に着地を決めてみせたそれは――

「うs……鹿?」
「シカだね〜」

 ――大柄な鹿だった。
 いや、うん、鹿なんだけど……角が明らかに鹿じゃないんだよねぇ……。両側に大きく張り出して、前に曲がって伸びるその凶悪すぎる角はどう見ても鹿というよりはバッファローとか猛牛のそれだ。角で一瞬牛って認識しかけたよ何なのこれ鹿でいいの?
 名前はブルホーンディアー……う、うん、まぁ、鹿ではあるらしい。鹿……?

「鹿だよね……?」
「うん、ウs……シカだよー、シカシカ」
「いや、今絶対牛って言いかけたよねぇ!?」

 ……っていうか、

「思うんだけど、この世界の鹿って殺意が高すぎない?」
「まぁそれはそう」
「確かに、リアルの鹿をイメージしてるとちょっと凶暴すぎる気はする……?」
「いや、さすがにそれは奈良公園に引っ張られすぎじゃないか……?」

 そ、そうなのかな……う〜ん……。

「逆に、外界(パラスフェア)の鹿はそんなに大人しいのかしら?」

 とはリーフィーからの疑問。

「僕らの国には鹿が神の使いになっている地域があって、野生の鹿が普通に飼い慣らされているんだ」
「それは興味深いのだわ」

 なんて、謎に異文化コミュニケーションが始まってるけど、

「ほらほら、あっちがお待ちかねというか爆発寸前だからとりま始めるよ〜」

 うん、敵だったね。鹿の方は頭を低く下げて角をこちらに向けた状態で前足を踏み鳴らして、もう今にも突っ込んできそうだったところで、ミスティスが挑発してタゲを固定する。
 もうそれこそいつ突っ込んできてもおかしくない状態ではあったけど、挑発されたことで一気に鹿がミスティスへと吶喊してくる。

「《エンデュランス》!」

 ミスティスはエンデュランスをかけて、それを真正面から受け止めてみせる。

「コイツの場合はもうっ、真っ向勝負が一番だよ……ねっ!」

 エンデュランスでノックバックが消えてるから受け止めきれてるけど、鹿の方も退く気はないようで、完全に押し合いへし合いになる。
 まぁやっぱりこういう角の形だから、猪突猛進の直線勝負になるんだろうか。……やっぱ牛じゃない?

「いい勝負ってところね。それなら、少し加護をあげるのだわ」

 そう言ってリーフィーが指先をくるりと回す。と、

「……! おぉっ? ありがとリーフィー! そぉー〜〜〜ぇいっ!!」

 たちまちミスティスが拮抗していた鹿を押し返して跳ね除けてみせる。

「大地に根付く植物の加護よ。両足が地についている限り、外からの力には踏ん張りが効くわ」

 なるほど、植物のように「根を張る」加護ってことだね。要するにエンデュランスの超強化バージョンって感じかな。

 跳ね返されて一旦距離が開いたけど、鹿はすぐまた突進してくる。
 だけど、

「へへ〜ん、もうそんなのヨユーだよーっ!」

 加護のおかげで軽々と受け止めたミスティスは、力のベクトルを上に跳ね上げて、鹿を大きく仰け反らせると、両剣を回して、無防備になった首筋を顎下から斬り上げる。

「――!!」

 さすがにこれにはたたらを踏まされて、鹿が後ろに下がって、ぶるりと頭を震わせてよろめく。ここがチャンスだね。

「『《ブレイズランス》』!」

 ステラと一緒にブレイズランスを撃てば、オグ君からもブラスティックアローが飛んで、立て続けの爆発を喰らって鹿が更に仰け反る。

 業を煮やしたといった様子の鹿が、今度はスキップするようにぴょんぴょんと左右に跳ねるような歩調で距離を詰めると、ミスティスの目の前に踏み込んだところで嘶くように立ち上がって、真上から頭突きをするように角を振り下ろしてくる。

「わっ!?――」

 それも加護のおかげで受け止めたミスティスだったけど、鹿はその反動すら利用するようにして大きく跳躍、更に上空から角を突き下ろす二連撃に繋いでみせる。
 けど、それでもリーフィーの加護をもらったミスティスは揺るがなかった。

「――……ちゃあっ!」

 鹿の渾身の一撃にも、きっちりとスピニングパリィを決めて、初手の時と同じようにその巨体を弾き飛ばしてみせる。

「『《ブレイズランス》』!」
「もらったぞ!」
「――――!?」

 宙に浮いた無防備な鹿に、僕とオグ君から追撃が入って、


「ほぉいやぁっ!」

 最後に、その着地点を先読みして飛び込んでいたミスティスが、走り高跳びの要領で身体を横倒しにした背面飛びからの縦回転で、ソードゴーレムも追従させた四連撃、その回転をそのまま利用して、着地に続けて一回転ターンで今度は横回転の同じく四連撃。一瞬で十文字に八連撃が叩き込まれて、鹿はフォトンへと爆散したのだった。

 今のは、両剣用四連撃スキルのクロッシングスイープだね。
 ソードゴーレムで手数が倍増してたけど、本来は低空スピニングブレイドでの縦斬り二連から、その勢いのまま回転を地上に移して横斬り二連へと繋がる十文字斬り。スピニングブレイドの動きが入ってる通り、本来はシステムアシストがないとかなり身体の制御が難しい技なんだけど……事もなげにブレーダーのままアシストなしで発動させてるんだよねぇ。そこに関してはさすがと言うほかないね。

「よぉしおわりぃ!」

 スキル後の残心から居直って、ミスティスはくるりと回した両剣を地面に突き立てて片手を腰にやる。

 そろそろ疑問なんだけど、

「今のミスティスって、両剣使いだしてから戦い方はすっかりウォーリアーだよねぇ」
「あ〜、確かにね〜。まぁ、私の戦闘スタイル的にステータスの補正はブレーダーの方が合ってるから職はブレーダーのままやってるんだけどね。ウォーリアーだとさすがにStr偏重すぎてさー。私みたいな回避重視にはちょっと噛み合わないんだよね〜」
「そっか、それで職は変えてないんだ」

 なるほどね。確かに、ウォーリアーって両剣以外も大剣やら長槍やらの大型の長物武器を扱う職なこともあって、ソーディアン系の中でも特にStrに特化した補正になってて、多少の被ダメは気持ち高い設定のVitと自己バフスキルでゴリ押しする、攻撃は最大の防御を地で行く脳筋スタイルが最強と言われてる職だもんねぇ。空中機動を多用して回避と同時に攻撃するミスティスのスタイルとはちょっと噛み合ってないよね。

「その点、思いつきでやった割には今のこれで色々ちょうどいいんだよね〜。ブレーダーの補正ならStr下げずにAgiも平均的にあるし、これならダブセも盾も両方使えるし、ダブセのスキルはまぁ、アシストなしで頑張ればいいだけだし」
「そのアシストなしってのが一番難しそうなんだけど……」
「あははっ、まぁね〜。まぁ実際なんとかなってるんだから、ヘーキヘーキ♪」

 う、うん……まぁ、平気……なんだろうか……?

「一般的なプレイヤーはそもそも未経験の他職のスキルをアシストなしで成立させようという発想にはならないし、できないんだがな……」
「そうよね、普通に発動してるからサラッと流してたけど、完全に廃人の発想と所業なのよそれは」
「あ、うん、普通に流されそうだったけどやっぱりそうだよね? 普通そうだよね?」

 オグ君とツキナさんからの的確なツッコミ。
 やっぱり明らかにやってることおかしいよね!? これ、例えばの話僕だったら、今この場で詠唱文とかなんにも知らない、例えばウォーロックとかの魔法を即興でやってみようって言って成功させてるようなもんだもんねぇ?

「何よぅ、いーじゃん、できてるんだから文句ないでしょー」
「まぁ、うん、実際できてるんだからすごいことなんだけど……」

 こういうのが廃人こわいって言われるところなんだろうなぁ……。


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