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note.185 SIDE:G

 馬鹿を倒した後は、しばらく順調だったね。
 他のパーティーや時折通る馬車に気を付けつつ、現れる敵を倒しながら、空いている坑道があれば魔晶鉄鉱やミスリル鉱を掘り出していく。
 そうして隘道を進んでいると、

「あっ、そっちは! こらーっ!」

 山の方から何やら声がする。
 声が聞こえた方を見上げてみると……斜面から何かが跳躍してきた!? ……って、あのシルエットは、ブルホーンディアー……牛鹿の方だね。
 このままだとちょうど、僕たちの真正面に着地しそうかな?というコースだったけど、

「ほい、パ〜ス」
「――!?」

 着地点に潜り込んだミスティスが、それこそバレーボールのトスでもするかのようにスピニングパリィで真上に打ち上げてしまう。
 と、直後、恐らくさっきの声の主だろう、人影が鹿を追うように跳躍してきて――

「やああぁぁぁぁぁっ!!」

 ――だいぶ小柄に見えるその身長の倍はありそうな巨大な和弓を、ライダーキックのような姿勢で足を掛けて全身を使って無理やりチャージングして――一閃。

 スナイピングショットで正確に首筋を射抜かれて、鹿が絶命する。

 足で引いたことで結果的に手放すことになったかに見えた弓は、足先に器用に引っ掛けて、後方宙返りをかけることで放り上げて、見事に空中でキャッチしてみせる。
 そのまま華麗に後方宙返りを決めて、鹿の死体の前に着地した少女は――

「ごっ、ごめんなさ〜い!!」

 ――平身低頭で平謝りしたのだった。

 まぁ、当然のこと初対面……だと思ったんだけど、

「にっししっ、相変わらずだねぇ、ソフォラ」

 予想外の反応をしたのはミスティスだった。

「へっ? どうして私の名前……」

 突然名前を呼ばれて、驚いた様子で顔を上げる少女。

 耳を見るにエルフみたいだから実際の年齢はわからないけど、とりあえずは少女に見えるソフォラと呼ばれた女の子は、身長は大体ミスティスと同じぐらいかな。背中まで伸びた、ビターチョコを思わせる濃いこげ茶の髪はポニーテールにまとめられている。鮮やかな青い瞳をした目からは、だいぶ活発そうな印象を受けるね。
 服装は木に紛れるカモフラージュの意味もあるのか、濃淡2色の茶色と差し色に緑でまとめられた上下セパレートのへそ出しスタイル。軽量化を兼ねて服そのものに防御力を持たせたということなのか、要所要所に革が縫い付けられていて、それが2色の茶色のコントラストになっている。下は同じ茶色のミニスカートなんだけど、側面にポケットの内布を模したように緑の生地が縫い付けられていたり、側面から内もも側に向かって一見パンツルックにも見えるような感じで革張りになっていたりするのがお洒落だね。その下にはどうやら黒のスパッツを履いているらしいことが裾から少しだけ見えていた。足回りは普通に山歩き用っぽいブーツだね。上着は……丈の短いパーカー?って言えばいいかな? 胸の下ぐらいまでの丈の、緑色のフードが付いた茶色い長袖のパーカーっぽい服なんだけど、弓を引きやすいようにか袖が着物みたいに広がってたり、こちらも要所に防護目的らしい革が縫い付けられていたりで、身を隠す地味な色合いの中でもお洒落と機能性を両立させたって感じだね。
 その上着の上に、弦が当たらないよう艶消しの胸当てを着けているんだけど……その、うん、胸当てで抑えてあるはずなのに、顔を上げた瞬間すっごい胸が揺れたんだよね……。これは思わず目がいっちゃうのはしょうがないよね、うん……。ミスティスとほぼ同じ身長なのに、ものすごくスタイルいいし。まさに出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ、トランジスタグラマーってこういう体型のことを言うんだろうなぁ……って感じ。

 そんな印象の彼女だけど……

「えっと、知り合いなの? ミスティス」
「うん、私の弟子!」
「「「「で、弟子ぃ!?」」」」
「えっ!? 師匠!?」

 えぇぇぇ!?
 まさかの答えに、全員それぞれの驚きが返る。

「ほ、ホントに師匠なのですか!?」
「そだよ〜、にひひっ。久しぶり、ソフォラ」
「あっ、でも顔と声は確かに師匠です! 師匠〜! お久しぶりです師匠!」

 ひとまず彼女もミスティスを認識できたみたいで、ひとしきり再会のハグを交わして。

「紹介するね〜。私の弟子のソフォラ! 1stの方でむか〜し一時期弓を教えてたんだ〜」
「ソフォラ・アウルニーです! この先のクラッツの町で猟師……の見習いをしてます。よろしくお願いします!」

 ということで、僕たちも答えて自己紹介する。

「や〜、にしても、しばらく見ない内にだいぶ腕を上げたねぇ。弓手としてはもう免許皆伝でいんじゃない?」
「本当ですか!? やったぁ!」
「ま、猟師としては獲物をこっちの街道に逃がしちゃったのはまだまだ赤点だけどね〜」
「はぅっ!? で、ですよねー……頑張りまーす……。うっ、うっ……こんなだから未だに見習いも抜け出せないんですよね……」

 すごく表情がころころとよく変わる人だねぇ。褒められてパッと花が咲いたかと思えば、ダメ出しで思いっきりショックを受けた顔になり、次の瞬間には分かりやすく人差し指を突き合わせて涙目で落ち込む。ミスティスへの懐き具合も含めて、なんというか……子犬感がすごい……。

「っていうか、まだ見習いのままだったんだ?」
「そうなんですよー……。おっしゃる通り、今回みたいなミスがまだまだ多くてですね……」
「あーなーほーねー。まそーゆーのは私よりもソフォラのお父さんに直接教わって経験積むしかなさそーだもんね〜」
「そうなんですよね……。うぅ……精進します……」

 話を聞くに、ソフォラさんの家は代々猟師ってことなのかな。まぁ、今回みたいな獲物が行っちゃいけない方向に逃げちゃったとかは、弓の腕とかっていうよりは、罠を仕掛ける位置とか自分の位置取りと詰め方みたいな、純粋に猟師としての技術って感じっぽそうだもんね。

「ところで、師匠はどうしてそんな小さくなっちゃったんですか? 武器も弓じゃなくなってますし……」
「私たちパスフィアンはシティナスフェアにくる時の身体を何個も作れるからね〜。これは新しく作ったブレーダーの身体だよ〜」

 ミスティスの顔の広さと会う人みんなに1stキャラとのギャップで驚かれるこの流れももうすっかりいつものパターンだね。

「ふへぇ……なんだかすごい世界なんですねぇ、外界(パラスフェア)って……」

 そんな彼女の答えに、感心したような、あんまりわかってないような微妙な表情で、ソフォラさんは口元に人差し指を当てて視線を宙に彷徨わせた。

 と、そこで不意に、ソフォラさんがはっとなってミスティスに向き直る。

「はっ! し、師匠! 師匠と皆さんならどうにかできるかもしれません! どうか助けてもらえませんか!」
「わわ、落ち着いてソフォラ。まずは何の話か聞かないとわかんないよ」

 切羽詰まった様子でかなり前のめりに迫るソフォラさんをミスティスは一旦宥める。
 何かよほどの困りごとみたいだね。

「そそ、そうでした、すみません! えっとですね、最近、山の中腹に新しい魔物の巣穴ができてしまったんです。中の様子からして、おそらくアイアンイーターらしいんですけど……」
「アイアンイーター?」

 ってなんだろう?

「あぁ、ご存知なかったですか。えっと、アイアンイーターはこの辺りの地中に棲んでる蛇型の大型の魔物です。名前の通り、魔晶鉄鉱を主な餌にしてるんです」
「まぁ、僕らの言葉で言えばここ一帯のMVPボスだな。ふむ、だが、奴はこの道の先にあるダンジョン化した巣穴にいるんじゃなかったか?」
「それが、それとは別の個体が棲み付いてしまったみたいでして……」
「それは……あまりよろしい状況ではないな」

 話を聞いて、オグ君たちが深刻な顔になる。
 別個体の何が問題なんだろうと思えば、

「あれ、アイツって結構縄張り意識あったんじゃないっけ?」
「そうなんです。今はまだお互い遭遇してないみたいなんですけど、それも時間の問題で……」

 なるほど、MVPボス同士の縄張り争いともなったら、周辺にも何かしらの被害が出てもおかしくないね。

「それに、問題は巣穴ができたのがあちらの山ということなんです」

 そう言って、ソフォラさんは隘道の左手の山を指す。

「あー……元からある巣穴ってこっちだったっけ……」

 ツキナさんが指差したのは隘道の右手側の山。ということはつまり……

「となると、両者がぶつかるのは高確率でこの隘道の近辺になる、つまりはこの隘道にも何らかの影響が出る可能性が高いということか」
「そうなんです……。それと、私たちにとってはこっちの方が問題なんですが……巣穴ができたせいで、周辺の生き物が軒並み逃げ出してしまいまして……。私たちの猟にも既に影響が出てるんですよ……」
「あ〜、そっか、そりゃ大変だぁ」

 それは確かに、猟師としては死活問題だね。

「お願いします! 新しくできた巣穴の主を討伐してもらえませんか? 元々、明日にでも正式にギルドに依頼として出すつもりだったので、その分の報酬は用意してあります! それから、取れた素材は皆さんのものにしてもらって構いません! あとは、えっとえっと……」
「あははっ、そんな焦らなくても、その条件で受けてあげるから安心して! お師匠様に任せなさい!」
「師匠〜! ありがとうございます!」

 ミスティスのこの自信過剰マウントも久々だねぇ。ソフォラさんもソフォラさんで、だいぶ大袈裟に涙目をキラキラさせながら祈るように手を組んで前のめりにミスティスを崇めている。……うん、なんというか、この辺りはこの師匠にしてこの弟子ありということなのかもしれない。

 まぁ、僕たちとしても否はないよね。

「実際、報酬も出すというなら断る理由もないな。むしろ、隘道への影響を考えれば、事は一刻を争うと言っていいだろう」

 オグ君の言う通りだね。この隘道は僕たちぐらいのLvの人たちにはほぼ唯一の魔晶鉄鉱の調達元だし、王都から山脈を越える最短ルートだし、事実上冒険者全体で管轄している領域でもある。ここに何かあった場合のいろんな方面への影響があまりにも大きすぎるんだよね……。まだボス同士が接触していない今の内に対処できるならしてしまいたいことは間違いない。

「ぃよ〜っし、それじゃー蛇狩りだー! ソフォラ、案内よろしくね!」
「はいっ! こっちです、ついてきてください」

 そんなわけで、ここからは予定変更だね。そのアイアンイーターとやらを倒しに行こう。


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