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note.186 SIDE:G

 新しくやってきて、この辺りの猟や隘道にも被害を出しそうだというアイアンイーターを討伐するために、ソフォラさんに先導されて、隘道を外れて山へと分け入っていく。
 「隘道」なんて呼ばれるような地形を形作っている山なだけに、それなりの急斜面になってるねぇ。まぁ、エクストラスキルに加えてリーフィーの加護もある不整地踏破のおかげで、結構な斜面でも大して苦にはならないけど。

 それはいいんだけど……

「本当に静かだね」
「あぁ、魔物どころか獣の類すら一匹も見かけないとはな」

 山に入ってから、それなりに進んでいるけど、全く敵と遭遇する気配がない。これだけの深い山だし、オグ君の言う通り、普通なら魔物なり獣なり多少なりと遭遇しそうなものだけど……本当にみんな新しい巣穴から逃げちゃってるんだね。

「そうなんですよ……。私たち猟師としては商売あがったりってやつです。そうでなくても、このままだと周辺の生態系そのものにも影響してしまいそうですし。早くなんとかしないと……!」

 ソフォラさんの焦りも納得だね。そう言われてみれば確かに、今日遭遇した魔物もソフォラさんが逃がした一匹以外は全部元から巣穴があった右手側の山から降りてきていたような気もする。

 そんな話もしつつ、しばらく進むと、不意にソフォラさんがエルフらしい軽快な身のこなしで手近にあった木の枝に登ると、前方を指差す。

「ありました! あそこです!」

 指差された方向に少し進むと、なるほど、別に岩場や崖があるとかでもない、明らかに不自然な位置に唐突に開いた洞窟のような穴があった。サイズは人が十分通れる洞窟と呼べる大きさだけど、その開き方は確かに洞窟というよりまさしく巣穴だ。
 ひとまずみんなで、巣穴の前で足を止める。

「お〜、ここかぁ」
「はい」
「うひゃ〜、深そ〜」

 とはツキナさんの率直な感想。

「ふむ、中もずっとこの大きさで続いているとすると……戦闘には少し手狭か?」
「ん〜……ま、ギリギリだけどなんとかなるっしょ〜」

 まぁ、戦闘自体はなんとかはなりそうだけど、いつものミスティスみたいなあんまり派手な動きはできなさそうって感じだね。

「とりまいってみよ〜!」

 と、そんなことは特に気にした風もなさそうなミスティスを先頭に、いよいよ巣穴へと侵入する。

「《ライト》」
「奥の岩盤層に着くまでは土の下り坂か。足元に気を付けろよ」
「うん」

 表は完全に森林だっただけあって、かなり柔らかい土質の下り坂だね。ツキナさんからのライトの灯りも頼りに、杖を文字通り杖として使ったりしつつ、慎重に降りていく。
 しばらく進むと、本格的に岩盤に達したか、ようやく足元がしっかりとした岩場になり、下りも幾分緩やかになる。ここからなら、まともに戦闘もこなせそうだね。

 とはいえ、新しくできた巣穴だから、ここから先はマップも何も存在しない完全に未知の領域だ。

「《トーチ》」

 こういうところを初めて探索する時は、マジシャンとクレリックが両方いるならトーチとライトの補助魔法は併用するのが望ましいとされている。どちらも同じ灯りを浮かせる魔法ではあるけど、トーチは魔物の隠蔽魔法、ライトは罠と、見破れる要素が違うし、トーチの方には光を向ける方向を限定してより遠くまで照らし出せる機能があるから、トーチで前方を集中的に警戒しつつ、ライトで周囲の視野も確保できる、と併用することでお互いの役割を補い合うことができるからね。
 ってことで、セオリー通り、周りの灯りはライトに任せて、トーチは前方に方向を絞って壁面全体を照らせるようにしておく。

「とりあえずは何もいない……かな?」

 ひとまず、今見える範囲ではトーチに引っかかるものもないし、何かが潜んでるってことはなさそうだね。

「さすがに、まだダンジョン化はしてない、と思いたいところですけど……」

 ダンジョン化してしまうと、たとえアイアンイーターが撃退できたとしても、この巣穴自体が独自の生態系として独立しちゃうってことだからねぇ。後々まで影響が響くようなことになりかねない。その兆候がまだなさそうということであれば、そうなる前に今の内に対処したいね。

「ふむ、ひとまずは進んでみるとしよう」

 オグ君に頷いて、とりあえず奥へ進んでみる。

「見事に魔晶鉄鉱が全くないね〜」
「あぁ、奴がいると見て間違いはなさそうだ」

 この一帯は本来なら、あれだけ無秩序に掘ってもどこからでも魔晶鉄鉱が掘れるような場所のはずだもんね。だというのに、この巣穴はどれだけ進んでも魔晶鉄鉱の光が一切見当たらない。これはつまり、全部そのアイアンイーターとやらが餌として食べてしまっている、ということなんだろうね。

 思いの外、道は縦横無尽に曲がりくねっていて、分かれ道もかなりの数がある。だけど、共通してるのは、どうやら通路の奥側からこっちに向かって分岐するようなY字になっているらしいということだ。

「随分分かれ道が多いね」
「奴が好き勝手に食い荒らした結果だな。気の向くまま食い進んで、腹が満たされたら塒に戻って寝るというのが奴の基本的な生活サイクルだからな」
「なんだか道に迷っちゃいそう……」

 なんて、ちょっと心配になったけど、

「大丈夫です! 分かれ道のたびに私がちゃんと光石を置いてますから」

 最後尾のソフォラさんが何やら光る石を持っているのを見せてくれる。

「光石?」
「この石のことです。周囲の魔力でこんな風に光るので、こういう時の道標に便利なんですよ。まだ百個以上持ってますから、安心してください!」

 なるほど、これなら、石が置いてある道を辿れば迷わずに帰ってこれそうだね。

「ふむ、そういえば、これも冒険者として常備しておくべきものの一つだったな。まぁ、石自体はありふれたものだから、冒険者向けの雑貨屋ならどこでも数百個単位で売っている。後でてんとう虫ででも買っておくといい」
「うん、わかった」

 確かに、これは常備しておけばこういう時に便利だろうね。次にてんとう虫に行った時にでも買っておこう。
 なんというか、我ながらまだまだこういう基礎が抜けているところが多いなぁ……。けど、こういうのって、今回もそうだけど、いざその時にならないとなかなか気が付かないものだよねぇ……。今度、情報サイトのこの手の基礎をまとめた部分を見直してみようかな。

 ともあれ、これでわかったことはつまり、分かれ道が合流している側へと向かっていけば一番奥まで辿り着けるってことだね。

「まーとりま、このまま分かれ道の元を辿ってみよー」

 と、当面の方針も定まったところで。
 前方から何か影が……!

「っ、敵!」

 身構えた僕たちの前に現れたのは、

「って、なぁんだ、じゃんけん虫じゃん」

 隘道でも見たじゃんけん虫ことロックペーパーシザーズだった。これなら大した相手じゃないね。
 ただ、ちょっと疑念なのは、

「まぁ、それはいいけど……ここ、ブレイズランス撃って大丈夫かな?」

 この閉鎖空間で爆発系のスキルって、天井とか崩れたりしないかがちょっと心配だよね……。

「ふむ、ボム系は正直怪しい気がするが、槍系ぐらいなら大丈夫じゃないか? 爆発と言っても刺さった内側からだしな」
「そっか。じゃあ平気かな」

 まぁ、そういうことなら大丈夫でしょう……多分。

「じゃまぁ、やっちゃうよ〜」

 ミスティスが挑発を打ち鳴らす。
 それを合図に、じゃんけん虫が尻尾のハサミを突き出して挟もうとしてくるけど、

「へへ〜ん、ざ〜んねん、チョキじゃグーには勝てないよー」

 ミスティスがしっかり盾を咬ませて受け止めてくれる。
 おかげで相手は実質棒立ちも同然だ。隙だらけだね。

「『《ブレイズランス》』!」

 ステラと同時のブレイズランスを撃ち込んで、じゃんけん虫はあっさりフォトンへと爆散していったのだった。

「な〜いす、まぁじゃんけん虫ぐらいならもうラクショーだね」
「うん、あと、ブレイズランスぐらいは撃っても大丈夫そうでよかった」

 今ので大丈夫なら、派手にやりすぎなければ巣穴が崩れる心配はなさそうだね。
 当面の戦闘には支障なさそうだし、探索を再開しようか。


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